「え? 私を養子にですか?」
夜の8時に主の寝室に呼ばれて、何事かと思いながら来たら
リオンがいて、唐突にその話を持ち出されたグリスは驚いた。
「はーい。 本当なら大学進学の時に申し込みたかったのでーすが
あなたの跡継ぎへの気持ちが揺れていたようだったので
気を利かせて控えたんでーすね。」
「でもまた何故でしょうか?」
「叔父があと数年で政界を引退するので
私が票田を継いで、市議会議員になるのでーす。
身寄りのない者を養子にする慈悲は、選挙のために有利でーす。」
隠さない邪心は主で慣れていたとはいえ、グリスはさすがにウンザリした。
隣でゲームをしていた主が、その様子を見て言った。
「グリス、この国では “身分” というものが幅を利かせているんですよー。
あなた、外の学校に行ってた時に、差別されましたかー?」
「はい、同年代の子たちには少し・・・。」
「大学ではー?」
「あ、そういえば、大学ではまったく。」
「後見人のリオンは、大学に面会に来てくれましたか-?」
「はい、度々いらしてくださいました。
講義室や寮を見学なさった後は、大学のカフェでお茶をしたり
大学周辺の美味しいレストランに連れて行ってくださったり。」
「良い車に乗って、良い身なりで、侍従を連れてー?」
「・・・はい・・・?」
主はコントローラーを置いて、グリスに向き直った。
「本来なら、あなたや私は差別対象の人種なんですよー。
あなたが大学で差別をされなかったのは
いかにも身分の高そうなお金持ちが後見人だ、と
周囲にリオンが見せ付けていたからなんですよー。」
グリスはリオンの顔を見た。
リオンはただニコニコとしているだけだった。
「リオンはあなたの着る物も送ってくれてたんでしょうー?」
「はい、季節ごとに。
靴や時計もいただきました。」
「それらはすべて良い仕立てのものだったでしょうー?」
「はい、私にはもったいないほどの高価な物で
いただく度に恐縮したものです。
リオンさん、本当にありがとうございました。
今でも大切に使わせていただいています。」
「私は大金持ちですから、大丈夫でーす。」
リオンは変わらずニコニコしながら、腹黒い答をした。
「あなたの元に来るリオンを直接見てない人も
あなたの格好や持ち物を見て、あなたを軽んじてはならない
と判断していたんですー。
善も悪も関係なく、この国ではそういう感覚なんですよー。
あなたが余計な不遇に邪魔されずに
快適な大学生活を送れたのは、リオンの気遣いのお陰なんですよー。」
グリスは言葉に詰まった。
主との仲に嫉妬をして、リオンを敬遠していた自分を恥じたのである。
「リオンの養子になれば、あなたはこの国で認められますー。
加えて、あなたの次の主候補をあなたが養子に出来る、という
可能性も出てくるんですよー。」
グリスは、ハッとした。
そうか、そういう事も考えて判断しなきゃいけないんだ。
「パスポート期限失効の私には、その選択肢はありませんでしたー。
まあ、ダーティーな手段はあるにはありますけど
リオンの養子である方が、あなたの今後のためになりますしねー。」
主の養子? グリスにそれは酷な話である。
そんな事になったら、親子になってしまう。
いくら血が繋がっていないとはいえ、道義的に罪悪感がある。
「でも養子にも相続権が発生しますよねー。
それはどうクリアするんですかー?」
主がリオンに訊く。
「それは遺留分なしの生前贈与で、最初に片付けておきまーす。」
「あの、たとえ養子になったとしても、ぼくは財産など受け取れません。」
グリスのその当然の遠慮に、リオンが首を振る。
「グリスくん、これはケジメでもあるんでーす。
自分の野望が一番ですが、私は私なりにきみを愛しているんでーすよ。」
「ま、そうじゃなきゃ、いくら作戦のためでも
他人を養子になど出来んわなー。」
主がひとりごとのように言って
TV画面の方を向いてゲームを再開した。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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あしゅの創作小説です(パロディ含む)
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かげふみ 28
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かげふみ 27
さて、マデレンが来てからというもの、主の様子がぎこちなくなったか。
一日目の最初は、それこそカメラを意識して
カメラ目線で妙なポーズを取ったりしていた。
マデレンは特に注意をする事もせず、忍耐強く無言で撮影を続けた。
主様は素人だから、慣れるまでにはかなりの月日が必要だわね。
カメラマンとしての実績は、その忍耐強さに表れていた。
ところが初日の午後にもならない内に、主が言った。
「何かもう、格好つけるのが面倒くさくなっちゃいましたー。
どうあがいても、私は私でしかないし、それを隠す必要もないし
不適切な部分ばっかりでしょうけど
そこらへんは、そっちで何とか体裁つけてくださいねー。
ほんっと、面倒かけてすみませんけどー。」
そう宣言すると、ダラッと椅子に座った。
主は、いつもの主に戻った。
マデレンはその主の姿を見て驚いた。
今まで数々の被写体を追ってきたが
こんなに早く、素をさらけ出す人物はいなかった。
この人はどういう人なんだろう?
マデレンは、レンズを通して主の本質を見つけたい
という、使命とは別のやり甲斐を感じた。
マデレンの標的は、主だけではなかった。
ジジイやグリス、リリー、その他館の諸々の人々
周囲を通して、“主の素晴らしさ” を作り上げるのである。
主の、一日中カメラに追い回される、という懸念も
それによって、少しは薄れた。
館という独特の空間にも、マデレンは興味をそそられた。
不安があったこの役目だけど、楽しく仕事が出来そうだわ
マデレンは日々イキイキと、カメラを担いで動き回った。
マデレンが主の次に興味を持ったのは、グリスであった。
普段から無愛想な態度の主が、この次期主に対しては
目も合わせずに、ことさらに冷たくあたる。
なのに、彼はそんな主に従う。
しかも嬉々として、である。
端整な顔立ちでスタイルも良く、頭も良さそうな
非の打ち所のない若者なのに、何故このような冷遇に耐えているのだろう。
複雑な生い立ちゆえに、辛抱強いのかも知れないけど
それだけでこの仕打ちを我慢できるのだろうか?
マデレンは、主とグリスの関係が理解できなかった。
「ああ、それはな、単純な話じゃ。」
ジジイがカメラに親指を立てながら言う。
ジジイは写りたくて、館に日参していた。
「あんたも数ヶ月、主を撮ってきたからわかるじゃろうが
あやつには “優しさ” というものがないじゃろう?」
「いえ、そんな・・・。」
「かばわんでよい。 事実じゃからの。」
言葉を濁すマデレンに、ジジイが軽く言う。
「じゃがな、特殊なのは、あやつは自分にも優しくないんじゃ。
甘えるわ、我がままだわ、勝手だわ、ロクでもないヤツじゃが
自分を守ろうとだけはせん。」
確かに・・・。
あの素の出し方は、自分を良く見せようとしていたら出来ない。
マデレンは妙に納得できた。
「それが館の者には逆に、“主は自分より皆を守ってくれる” という
安心感を与えておるんじゃよ。
グリスもそうじゃ。
実際に主はグリスを守るためなら、己を平気で見捨てるじゃろうな。
だから普段どんなに冷たくされても
主に対しては絶大な信頼感があるんじゃ。」
はあー、と感心するマデレンにジジイが言う。
「あんたもこの館に関わったからには
主の “守る” 対象になっとるだろうよ。」
「え? そうなんですか?」
驚くマデレン。
「主は、館を守るためだけの存在じゃからな。」
普通に考えれば、人権を無視したひどい話をするジジイに
マデレンが気になって訊いてみた。
「あの、立ち入った事をお聞きしますが
元様は何故この館にいらっしゃったんですか?」
「んー、わしはある国の有力貴族だったんじゃ。
その国の貴族の長男は騎士となり、次男は僧侶になるのじゃ。
わしは長男じゃったんで、戦に出とった。
じゃが、内戦で我が一族の与する側が負けてな。
我が家系は、お家取り潰しとなったんじゃよ。
そのまま国に残ったら、残党どもが “お家再興” とかうるさいんで
諸国を放浪して、たどり着いたのがここじゃったんじゃ。」
「すごい過去をお持ちなんですねえ。」
素直に受け取ったマデレンに、ジジイがピースをした。
「という設定でどうじゃ?」
「えっ? 作り話なんですか?」
ジジイは、フォッフォッフォッと笑うだけだった。
ファインダーを覗きながら、マデレンは思った。
このお方も謎だわ・・・。
続く
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かげふみ 26
「マデレンと申します。」
館にカメラマンがやってきた。
「この館の事は、ひと通り教わってまいりました。
私などがこのような大役を果たせるか、不安もありますが
精一杯努めさせていただきますので
どうぞ、よろしくお願いいたします。」
立派な挨拶をする30代の逞しい女性に
グリスはホッと胸を撫で下ろした。
仏頂面の主に代わって、グリスが挨拶をする。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
こちらが主様で、私は次期主の予定のグリスと申します。
ご不便な事がありましたら、何でも私にお申し付けください。」
「恐れ入ります。
少し自己紹介をしますと、私はクリスタル州の西の海辺の町出身で
今までは戦場カメラマンをやっていましたが
首と背骨を負傷して、静養中だったのです。
そこにこのお話をいただきまして、自分なりに理解できたので
お引き受けする事にいたしました。」
「とすると、将軍から派遣されたんですか?」
グリスの問いに、マデレンは首を振った。
「いえ、私は軍人ではなく新聞社勤務なのです。
クリスタルシティにあるクリスタル州立新聞社です。
今回のお話は、社主直々のお達しによるものです。」
長老会というのは、どこまでパイプを持っているんだろう
その組織の底の知れなさに、グリスは
決して甘く考えてはいないはずの、自分の取り組む姿勢に
気合いを入れ直した。
ここで気合いの入らないヤツがひとりいる。
「マデレンさん、ようこそいらっしゃいましたー。
ですがー・・・」
「ああ、大丈夫、わかります!」
マデレンは、主の憂鬱をすぐさま汲み取った。
「普通、ずっとカメラに追い回されるなど、ごめんですものね。
ですが、カメラと私を無機物だと思ってください。
いてもいないのです。
撮る側に悪意がないので、すぐに慣れますよ。」
「そういうもんですかねー。」
「野生の動物の映像とかが良い見本ですよね。」
グリスの例えに、主は納得した。
「ああ、なるほどー。」
って、私は獣かい! と思ったが、これも役目のひとつ。
主がさっさと諦めて、気持ちを切り替えた。
「では、申し訳ありませんが、慣れない内は無視させていただきますねー。」
「はい、どうぞしたいようになさってください。
決して無理をなさる必要はありません。
主様のペースでゆっくりといきましょう。」
ふたりのやり取りを横で聞いていたグリスは、主の態度に感心した。
自由奔放なお方には、こんな監視されるような事なんて
誰よりもお嫌であろうはずなのに、それをも受け入れるなんて
このお方は、館の “プロ” なのだ。
自分が主についていき、主の願いを叶えたいのなら
館を攻略せねばならないのかも知れない・・・。
グリスのこの考えは、主様は素晴らしい! という
崇拝に基づく、いつもの感覚だったが
そこに不気味な問題が見え隠れしていた。
今の主に代替わりをして、終息させたはずの相続戦が
形を変えて、次の相続者に襲い掛かっているようにも見える。
管理者の人間としての権利を放棄する犠牲・・・
結局この館は、贄が必要なのかも知れない。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 25
「館はあくまでも公的施設でーす。
我が国では政教分離の原則はないとは言え
あからさまな宗教はいただけなーい。
ですから、情に訴えるんでーす。」
紅茶をひと口飲み、続ける。
「暗い過去を持つ館を改革し、住人たちの心を救った “英雄”、
主をそれに仕立て上げるんでーす。
ひとりの人間を、“恩人” として奉るのは
各地によくある話で、しかも非常に道義的でーす。
神を信仰するのではないので、宗教ではありませーん。
一般民衆の共感も得やすいでしょーう。」
「なるほど、見事な心理誘導だな。」
将軍がつぶやいた。
「そうですね、それなら公でも可能ですね。」
「しかし、“神官” ですぞ?」
「そこは言い方じゃないですかな?
“生涯独身だった主に敬意を表して、館の管理者は独身を貫く”
と義務づける、というのはいかがですか?」
白髪の紳士が落ち着いた口調で発言した。
「「「 おお!!!!! 」」」
メンバーが一斉に、同調した。
「それが良い! ゲン担ぎのようなものだし。」
「伝統は重んじるべき、という我が国の風習にも合う。」
「これで決定ですね。」
会議室の空気が一体になったのをブチ壊すのは、いつも主である。
「あのー、ちょっと良いでしょうかー?
ごく一部には、崇拝者もいますが
どう自分に甘く見ても、“偶像” まで行けないと思うんですがー。」
「それはあんたの死後にするから大丈夫じゃろう。」
失礼な事を見事に言いたれるジジイに、将軍がもっと無礼な異議を唱える。
「ですが、捏造にも限度がある事ですし
主には今から言動を控えていてもらわないと。」
「その事なんでーすがあ。」
リオンが再び提案をする。
「主の毎日の演説は録画されていまーす。
これは後々の良い材料になりまーす。
それだけじゃなく、仕事中などの普段の姿も映像に撮るのでーす。
我々はそれを、切ったり貼ったり塗ったり削ったりして
美しい記録として残せば良いのでーす。」
メンバーのひとりが、ダンディー紳士に耳打ちした。
「いやはや、貴殿のご子息はヤリ手ですなあ。
先が楽しみですな。」
ダンディーは いやそんな、と恐縮しながらも、少し気落ちした。
代々市会議員を務めてきた我が一族だが
私にその才はなく、弟がその役目を肩代わりしている。
その弟も、そろそろ引退すると言っている。
弟の息子たちは、私似で政治家には向いていない。
逆に私のこの長男が弟にそっくりだ。
弟の跡は、多分この息子が継ぐ事になるだろう。
血というものは時折、奇妙な遺伝をするものだな・・・。
ダンディーの生真面目で心優しい性格では、その “才” が
非情で不道徳なものに思える事も、ままあったのだ。
「では、早速カメラマンを手配しよう。」
そう話がまとまりそうになった時に、主が慌てて制止しようとした。
「ちょ、やめてくださいよー!
一日中カメラに追われるなんて、冗談じゃないですよー。」
「きみが素で偶像になれるぐらいに好人物だったら
こんな予算も手間も掛けずに済んだのだがね。」
「うっっっ・・・。」
メンバーのその容赦のない批判に、主は反論の言葉も出なかった。
「では、そういう事で・・・」
「ちょっと待ってください!」
会議を締めようとする声を遮ったのは、意外な事に
主の死後の話にしょぼくれて、ずっと無言でいたグリスであった。
「何かね?」
長老たちは、グリスに優しい。
「カメラマンは女性にしてください!」
「「「「「 !!! 」」」」」
その言葉に、メンバーたち全員が意表を突かれ
主は瞬間だけ、嫌な顔をしたが
すぐさま長老たちに納得されたので、その願いは聞き届けられた。
この会議でグリスは発したのは、このひとことだけだった。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 24
翌日の午前中に、さっそくジジイとリリーは
性犯罪冤罪や女性とのトラブルについて、学習室でグリスに講義をした。
グリスは熱心にノートを取りながら聴いていた。
「・・・と、このような事例が現実に起きております。
これらは交通事故と同じで、いつ自分の身に降りかかるかわかりません。
自分に落ち度がなくても、被害に遭う可能性もあるのです。
だから常日頃から、自分のお立場を自覚し
充分に注意して、節度ある言動をなさいますように。」
「ありがとうございました、リリーさん。
とてもわかりやすくて、勉強になりました。
そんな可能性には気付かずに、皆さんに接していました。
今後は気をつけすぎるぐらいに気をつけようと思います。」
礼儀正しく頭を下げるグリスに、ジジイが訊いた。
「おまえは、自分が格好良いと思った事はあるかね?」
「・・・いえ、主様に避けられているので
とてもそんな自信は持てません・・・。」
ああ・・・、主様の予想通り、
どうしても主様が嫌がる方向へ話がいくわね
リリーは内心、そう思った。
グリスと話すと結局は必ず、主様が主様は主様に、なのだ。
気のない相手からの、そういうアプローチは確かにうっとうしい。
だけど主様はそれもお仕事のひとつだし、とリリーは冷たく流していた。
「元様、次期様、魅力というものは人それぞれの嗜好がありますので
自己判断は意味を成しません。
相手に勘違いをさせない、ふたりきりにならない
特別扱いをしない、心身共に距離感を保つ
そういう具体的な対策を講じてくださいね。」
リリーの冷徹な口調に、ジジイは救われた。
ジジイはグリスの事となると、ついつい感情に流されがちなのだ。
にしても、うちの女性陣は冷めたすぎるのお
やはりわしぐらいは、グリスの気持ちをなだめてやらねば。
ジジイは、早々と自分の力不足を棚上げした。
その日の午後は、今度は4人で会議である。
執務室のソファーに座って、ああでもないこうでもない、と話し合った。
「この問題って、私の死後この館がどう変わるかに掛かってきますよねー。」
「主様! そういう事は・・・。」
グリスの横やりに、主が怒るかと思ったら
やけに優しく諭すように話し始めたので、驚くジジイとリリー。
「いいですか、グリス、これは大切な事だから心して聞いてくださいー。
この館の改革は、私の死をもって完了する予定で進められているのですー。
不吉な話題でしょうが、避けては通れない事なのですよー。
私は、私の死後の館をあなたに任せるつもりなのですー。
私のこの願い、聞いてくれますねー?」
“敬愛する主様のお願い” という、卑怯な手を使い
うっとうしい心配を封じる主。
グリスはその汚い手段に、まんまと騙される。
「はい・・・、私情をはさんで申し訳ありませんでした・・・。」
反省するグリスに、主は続けた。
「予定では、“宗教ではない宗教の館” ですー。
それを前提にすると、管理者を “神官” にするのはどうでしょうー?」
「神官かね!」
長老会メンバーたちは度肝を抜かれた。
館での4人の話し合いでは、良い案が他に出なかったので
とりあえず長老会会議に掛けたのである。
「はいー。 何せジジイとババアだったんで
主の “結婚” という項目までは、考えが及びませんでしたー。
でも、この問題、ものすごく重要だと思うんですー。
管理者だけが館に家庭を持つわけにはいかないでしょうー?」
「・・・そうですよね・・・、想定外でした・・・。」
「確かに、館で家庭を持つのは厳しいな。」
「神官だったら、独身を貫く、という掟も可能ですよね。」
「しかし、そうなると途端に宗教くさくなり過ぎるのがなあ・・・。」
ザワめくメンバーたち。
恰幅の良い紳士が問題提起をした。
「ひとつ問題点があります。
州の公共の施設を宗教化しても良いのか、です。
あの館は、今後も元犯罪者の厚生施設でなければならない。
そこに宗教を持ち込んでも良いものでしょうか?」
「だからこそ、主の偶像化をするのでーす。」
リオンがケーキを食べながら言った。
「あんた、いつ見ても何か食っとるのお。」
「重責を担ってるんで、ストレスが多いんでーす。」
ジジイの突っ込みを、サラリと流すリオン。
「それより、主の偶像化とは何かね?」
メンバーたちが一層ザワめきたった。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 23
「・・・とは言ったものの、心配でたまらんのじゃ!」
ソファーに座って茶を飲みながら叫ぶジジイに
主がマウスをせわしなくクリックしながら答える。
「私も、隠居したはずのジジイが何故いつも目の前にいるのか
幻覚でも見えてるんじゃないかと、己の視力が心配でたまらんわー。」
「ええい! わしが来ると悪いんか!」
「べーつーにーーー?
グリスが帰ってきて調子づいてるのは構わんけど
余分な問題をほじくり出されかねんのが恐ろしいだけですよー。」
「・・・そうなんじゃ・・・。
わしも問題が起こるのが恐いんじゃ。」
カチッ カチカチッ カチカチカチカチカチカチカチカチ
「・・・あんたのパソコンは、そんな連打が通じるのかね?」
「・・・・・フリーズしたんですー・・・・・。」
「あんたの操作を見とると、早すぎると思うんじゃが。」
「開くのに、いちいち年齢確認をされる、
画像だらけのサイトしか見ないヤツは
そりゃ、待ち慣れてるでしょうけどねー。」
主はジジイを横目で睨みながら、電源をブチ切りした。
「また、ザツな事をしよる・・・。」
「うっせー! どいつもこいつも同じ事を言うんじゃねー!」
ジジイはリリーに訊いた。
「いつもこの調子かね?」
「はい。 先週も電気部に怒られていらっしゃいましたわ。」
リリーは自分のデスクで、フェザータッチでキーを打ちながら答えた。
「ふうむ、何に関しても平等にザツなんじゃのお。」
ジジイの妙な感心に、イラ立った主が墓穴を掘った。
「私が他の何に対してザツな事をしてると言うんですー?」
その言葉に、ジジイが思い出す。
「おっ、そうじゃそうじゃ、こやつと話すといつも脱線する。
グリスの事なんじゃがの・・・」
「あー、それはそっちで随時適切な処置をお願いしますー。」
「ほおら、ザツに扱いよる。」
「そんな事はないですよー。」
ジトーッとしたジジイの視線が、主に突き刺さる。
耐え切れず、音を上げる主。
「もうーーーっ、一体何なんですー?」
「グリスの女性問題じゃ!」
「あー・・・、それはそっちで以下同文ー。」
パソコンを再起動する主に、ジジイが詰め寄る。
「逃げるでない!」
「すいませんー、“それ” 関係、苦手分野なんですー。」
主の珍しい敗北宣言に、ジジイが胸を張る。
「心配すな、わしもじゃ!
じゃが、ひとりよりふたり、ふたりより3人
知恵を出し合えば何とかなる。」
え? わたくしも頭数に? と、チラッと見るリリー。
「バカとバカが考えても、バカの二乗になるだけだと思いますがねー。」
主が懲りずにまたマウスを連打しながら、面倒くさそうに答える。
「グリスが “住民との交流” をするつもりらしいが・・・」
「私の止めとけ提案、無視ですかいー。」
「いいから聞け!
わしが思うに、それは危険が一杯だと思うんじゃ。」
ジジイは、ガッと立ち上がって熱弁をふるった。
「グリスはあの通り、男前じゃ。
住人の女性が思いを寄せるのは当たり前じゃ。」
「グリス、誰かと恋愛してるんですかー?」
「いや。」
「誰かがグリスに片思いをしてるんですかー?」
「いや。」
「・・・妄想、お疲れ様ですー。」
「わしが言うとるのは、グリスがいくら純真な気持ちで
次期主として振舞っても、邪念を抱く女性が出てきて
トラブルになるやも知れん、という恐れなんじゃ!」
「・・・姑根性、お疲れ様ですー。」
とことん相手にしない主に、リリーが口を出した。
「主様、元様の懸念は、確かに想定して対処すべき事ですわ。」
ヘ? と、驚く主に、今度はリリーが語る。
「裁判にも関わっていた頃の経験から申し上げますが
レイプや痴漢などの性犯罪が、親告罪なのを良い事に
中にはフラれたなどの腹いせに、でっち上げをする女性もいるんです。
次期様がそういう事に巻き込まれないとも限りません。」
「ああー、なるほどー!」
犯罪系の話になると、イキイキとする主。
「それに、今後の主様方の結婚はどうなさるおつもりですか?」
このリリーの質問に、ジジイと主は顔を見合わせた。
「私はババアだから、考えた事もなかったわー。」
「わしも、せいぜい覗き見ぐらいで満足しとったから
家庭を持つ事など、想像もせんじゃったのお。」
ロクでもない犯罪告白に、ドン引きする主とリリーをよそに
ジジイは考え込みながら続けた。
「しかし、ここは原則 “ひとり” じゃからのお・・・。」
「でも、そういうのは人権上、無理っぽくないですかー?」
主の意見に、リリーが補足をする。
「ここは表向きは、税金でまかなっている元犯罪者厚生施設ですから
住人たちには、その “ひとり” の原則は適用できますし
長老会所属の者たちは、館以外へと所属替えをすれば済みますけど
管理人である主様は、どうしようも出来ませんよ。」
「ううむ・・・。」
話が意外な方向にいって、悩みまくるジジイ。
グリスは主・命だから、他のおなごとの結婚の心配はないとは思うが
グリス以降の主をどうするか、じゃなあ・・・。
「じゃあ、性犯罪冤罪の回避の件も含めて
グリスを交えて、話し合う事にしましょうー。」
こと館の事となると、主も苦手分野とか逃げてはいられないらしい。
「でも、何かうっとうしい予感がするので
冤罪うんぬんは、ジジイとリリーさんとで
前もってグリスに忠告しておいてくださいねー。
私が加わるのは主の結婚設定のみ、という事でよろしくー。」
ああ、やっぱり逃げれる部分は、とことん逃げる気だ・・・
ジジイとリリーは、同時に同じ感想を思った。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 22
主がイヤな事を言った。
「午前中はあなたの好きな事に時間を使いなさいー。
私が死んだら、自分の時間など持てなくなりますからねー。」
「主様! 死ぬなんて縁起でもない事をおっしゃらないでください!」
「順番的には、それが現実なんだけどー。」
「主様!!!!!」
グリスがあまりに怒るので、主は折れた。
「はいはいー。 私が楽隠居をするまでは
あなたの執務は午後から、という事にしますからねー。」
これは主なりの、グリスへの気遣いだった。
若者は、午前中と夜ぐらいは自由な時間が欲しいだろう
主はそう思ったが、グリスが決めたスケジュールは実にタイトなものだった。
毎朝6時に起きて、1時間は道場で体の鍛錬をする。
そして週に3日は勉強その他、1日はジジイの話、残りは館の見回り。
土曜日曜は一応休みにするけど、予備として考える。
食事は3食とも、住人用の食堂で食べる。
夜は9時に部屋に戻り、入浴をして本でも読みながら
遅くとも12時までには眠る。
うーん、私だったら夜中3時ぐらいまでゲームをして
朝は11時ぐらいまで寝たくるけどなあ
主はグリスの勤勉さが、逆に心配になるぐらいだった。
グリスの館の見回りは、自分なりに考えた方法だった。
「私は “館” の事だけを考えてきましたー。
“館” の事は、私の代で何としても安定させるつもりですー。
だからあなたには、私がしなかった事、
つまり、“住人たち” の事を一番に考えてほしいんですー。」
主のこの頼みを実現させるための策である。
これを相談された時に、ジジイは少し迷った。
「いいか? グリスよ。
誰とも仲が悪くなってはいけないが、同時に誰とも仲良くなっちゃならん。
主を見てみい。
常に自分ひとりで動いておる。
そりゃ世話係などはおるが、仕事関係以外の付き合いはないじゃろう?
トップに立つ者は、孤独に耐えられる事が第一の条件なんじゃよ。」
その言葉に、グリスは異議をはさんだ。
「でも、リオンさんは?」
「あれも仕事の一環なんじゃよ。 お互いにな。」
「では計算ずくでの付き合いなんですか?」
ジジイはグリスの若さに、つい微笑んだ。
「のお、グリス、おまえの年じゃと
損得のない愛や友情が尊い、と思う気持ちもわかる。
じゃがな、純粋な打算というものも確かにあるんじゃよ。
あやつらは、打算や損得で己を犠牲に出来る人種じゃ。
正義がひとつじゃないのなら、それも悪い事ではない、と思わんかな?」
「・・・難しいです・・・。」
考え込むグリスの肩を、ジジイがポンポンと叩く。
「考えてもわからない事は、おまえにはわかる必要がないのか
いずれわかる時期が来るのか、どっちかじゃろう。
年寄りの言う事なぞ、とりあえず覚えておけばよいのじゃよ。」
グリスには、その言葉がとても大事なヒントに思えた。
改めて、ジジイに向き直って深く頭を下げた。
この国には、頭を下げる習慣はないが
館では主が、しゅっちゅう “日本式お辞儀” をしているので
住人たちの間でも、頭を下げる行為が習慣化されていたのである。
「おじいさま、いつもありがとうございます。
お教えを守って、一生懸命頑張りますので
これからもご指導をよろしくお願いいたします。」
この言葉に、ジジイはジーンときた。
主からは聞いた事もない言葉じゃのお。
あやつは、うるせえ クソジジイ 死ね! しか言わん。
ほんに、この子は良い子じゃ。
気を良くして言う。
「グリスや、おまえのしたいようにしなさい。
ジジイはいつでも、おまえの味方じゃぞ。」
続く
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かげふみ 21
数ヵ月後、グリスは館に戻ってきた。
メールをもらったジジイが、朝からスキップをしながら来て
うっとうしくウキウキソワソワとしていたので
それを見た全員が、グリスの帰還が今日だと知った。
館に到着したら、部屋に荷物を運ぶ前に
真っ直ぐに執務室に向かったグリス。
ドアを開けた途端、ジジイが大喜びして迎えた。
ジジイと挨拶をしていると、主が書類を見ながら入ってきた。
「主様、ただいま戻りました。」
グリスの声に、主は平然と応える。
「はいー、お帰りなさいー。」
棒読みで返事をしつつ、書類から目を上げ
グリスを見た主は、ギョッとする。
育ったとは思ってたけど、間近で見たらこんなにデカいとは・・・。
見上げる主を見下ろしながら、グリスは感動した。
以前は主様がとても大きく見えたものだ。
でも大人の男性から見ると、主様は細くて小さくてか弱い女性だったのだ。
何だか、お可愛らしい
そう思ったら、無意識にクスッと笑っていた。
その “クスッ” が、グリスの運命を変えた。
この子もこんなに大きくなったんだから
これからは一人前の大人として、対等に付き合おう
主はデカくなったグリスを見て珍しく殊勝に、そう思ったのだ。
なのにグリスがタイミング悪く、“クスッ” などとするから
それが、カチーーーーーンときたのである。
こいつ、ちょっとばかりデカくなったからと思って
偉そぶってんじゃねえぞ!
主はグリスをジロリと睨むと、プイッとそっぽを向き書斎に入って行った。
グリスはこれ以来、主に下僕扱いをされる事になる。
弱い者にももちろん容赦なく強いが
強い者にはより一層牙を向くのが、主の無謀な習性だった。
ジジイは、主の機嫌損ねの理由も、グリスの “クスッ” の気持ちも
端で見ていて理解できたので、ただハラハラするだけで
何の役にも立たなかった。
グリスも自分のウッカリを自覚したが
迷いがなくなって図太くなったのか
とにかく主の側にいられれば、それで良いのだ。
自分のこの変わりように、自分でも驚いた。
「グリスや、とりあえず着替えておいで。
それから茶でも飲みながら、話を聞かせてくれんかのお。」
ジジイの促がしに、ようやくグリスは懐かしい自分の部屋へと戻っていった。
ジジイが執務室で待っていると、リオンがやってきた。
「グリスくんが戻ってきたんでーすねえ。」
「何じゃ、早耳じゃのお。」
「私も卒業と帰宅の連絡は受けていたんでーすよお。」
リオンは、グリスの後見人であった。
グリスが入国する時は、将軍が身元引受人になったが
その後、リオンがひんぱんに館を出入りするため
利便性のため、と自ら後見人を買って出たのである。
「お待たせしました。」
グリスが部屋に入ってきた。
「おおー、大きくなりまーしたねえ。 何cmありまーすかあ?」
「187cmです。」
ジジイとリオンは将軍の見立てに感心した。
グリスに会いに行った時に、遠目でその姿を見て
長老会秘密臨時会議で言っていたのである。
「30m先ぐらいの姿しか見ておりませんが
あれは186 ~ 188cmぐらいありましたぞ。」
さすが軍人は目標物の洞察に優れている。
「さあ、学生生活の事を聞かせておくれ。」
「お友達は出来まーしたかあ?」
ふたりにせかされ、グリスは勉強やバイトや寮の話を
写真や動画を見せながら話した。
その話から、グリスにとって有意義な経験だったと
ジジイとリオンはうかがい知る事ができた。
続く
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かげふみ 20
「で、どうするんだい?」
訊くアスターに、迷いなく答えるグリス。
「うん、帰るよ。」
「そうか、寂しくなるな・・・。」
無理をしながら笑顔を作るアスターに、グリスは気遣って言った。
「でも、せっかく入らせてもらった学校だから
ちゃんと卒業してから帰るよ。
それまでもうちょっとの間だけど、一緒にいられるよ。」
グリスのその表情を見て、アスターは驚いた。
「もういつもの、いや、前よりも大人びたんじゃないか?
驚いたな、あの一瞬で・・・。
主様というのは、きみにとってどれだけの存在なんだい?」
その言葉を聞いて、グリスは思い出した。
そうだった、ぼくの命は主様にもらったものだった。
ぼくのすべては、最初から主様のものだったんだ。
ぼくは何を迷っていたんだろう?
「心配を掛けてごめん。
そして、本当にありがとう。
アスター、きみはぼくの一生の恩人だよ。」
ふたりは固く握手をし、抱き合った。
少年たちが爽やかな青春劇を繰り広げている時
館では薄汚いオトナたちの見苦しい言い争いが勃発していた。
「何ですぐに電話に出らんのじゃ!」
「電話してる最中に電話に出れるわけがねえだろー!」
「電話って、・・・グリスからか?」
「はーん、番号教えたのはおめえだなー? クソジジイー!」
「そんな事はどうでもよい! で、グリスは何じゃと?」
「知らんわー! こっちが訊きたいわー!
まったく、よってたかって、わけわからん事ばっかり訊きやがってー。」
「ええい、あんたじゃ話にならん! リリーちゃんを出せ!」
「自分で本人に掛けろー!」
ブチーーーッ
「あっ、もしもし? もしもし? あのバカ女、切りおったな!」
ジジイはすぐさまリリーに電話を掛けた。
「時計の秒針の音がうるさい、と怒鳴っておいででしたわ。」
「何じゃ? そりゃあ???」
「さあ?」
「と言う事は、マズい結果にしてしもうたんか?」
「さあ?」
電話を切った後、ジジイは途方に暮れた。
どうしたもんじゃろうか?
あの主の事だから、絶対に穏便に済ませとらんはずだ。
何だか大変な事になっとるような気がする。
・・・ここは、わしがグリスに電話で・・・
いや、直接会いに行った方が良いかもしれん。
右往左往しているジジイの横で、携帯がコンバットマーチを奏で始めた。
グリスからのメールの着信音である!
(ちなみに主からの着信は、ジョーズの出現音に設定している。)
ジジイはガバッと携帯に飛びつき、慌てながら開いた。
おじいさま ご心配をお掛けした事と思います
長々と館を空けて申し訳ありませんでした
きちんと学位を取ってから帰りたいので
あと数ヶ月は掛かると思いますが
どうかこの我がままをお許しください
おお!!!!!!
何かよくわからんが、帰ってくるつもりらしい!
グリスよ、わしは嬉しいぞ!!!!!
ジジイが目を潤ませながら、携帯を頭上に掲げて
ロッキーのテーマのBGMよろしく勝利のポーズを取っている時
主は壊れた時計を片付けるレニアに、ギャンギャン怒られていた。
「物を壊すなど、DVですのよ! パワハラですのよ!
良いお歳をして、そんな分別もお付きにならないのですか?
今度こんな事をなさったら
あなたの寝室で、あなたのゲーム棚の前で泣き喚きながら
あのうっとうしいコードの束を引きちぎりますわよ!」
それは主にとって、最大の脅し文句であった。
主は縮み上がって土下座した。
「すすすすすいませんでしたーーーーーーー!
もう二度とこのような不祥事は起こしませんからーーーーーー!」
フン、と鼻を鳴らすレニアを、リリーは仰天した顔で見た。
この館で最強なのは、この人かもしれない・・・。
続く
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かげふみ 19
ドラクエの着メロが鳴っている携帯を見て、主は面倒そうな顔をした。
登録されていない番号は、大抵が間違い電話だからである。
「・・・はいー・・・。」
ドスの利いた不機嫌そうな声で出た主の耳に入ってきたのは
聞き覚えのない、低く太い男性の声であった。
「・・・し・・・主様ですか・・・?」
「はいー、そうですがー?」
「ぼくです。 ・・・グリスです。」
うわ、こいつ声変わりまでしてやがる!
主はグリスの変わりぶりに、不思議な怒りすら覚えた。
「・・・ああー、どうもー。」
マヌケな返事をする主に、グリスは一瞬とまどい
何を言ったら良いのか、わからなくなったけど
とにかく訊くしか出来なかった。
「・・・・・ぼくは・・・・・
主様のところに帰っても良いんでしょうか・・・。」
緊張のあまり、思った以上に暗い声になってしまった。
ああーーーーーーーーーーっっっ?
主は、イラッとした。
「帰っても良いか」 じゃなく、むしろ 「帰らなくては」 って話だろう!
そう怒鳴ろうとした瞬間、ジジイの半泣き顔が脳裏に浮かんだ。
いや待て、わざわざそんなアホウな事を訊いてくるわけがない。
この問いは言葉通りの問いじゃない。
多分、何かを試されている。
ここは慎重に答えなければ・・・。
ちょっと考えたが、なにぶん問いの意味がわからないので
しょうがなく、とにかく何か良い事を言おうとした。
「あー、えーと、グリスー、」
そう主が言った瞬間、棚の書類の入れ替えをしていたリリーの眉が
ピクッと動いたのは、主にはわからない。
「あなたがどこにいようと、何をしようと
私はあなたの意思を尊重しますからねー。」
グリスからの返事がこない。
携帯は静かなままである。
だけどその向こうに、確かにいる気配がする。
こらあ! 何でそこで黙り込むんだよ?
私の答が気に食わないのか?
しょうがないだろ、わけがわからないのだから。
何を言え、っつってんだよ?
ああ・・・、何か思い出してきたわ、この雰囲気。
そういや、昔よくあったわ、こういう謎掛けもどき。
ったく、てか、何で誰もかれも私を試したがるんだよ?
いたらん過去の断片を思い出し、ムカムカしてきた主だったが
怒りを抑えて落ち着き直した。
わかったよ、そっちがその気なら受けて立つぜ。
根競べ上等!
携帯を耳にあてたまま、主もグリスも無言である。
いたたまれない沈黙の中、時だけが過ぎる。
チッチッチッチッ
ふと主は、目の前に置いてある時計に気付いた。
気まずい静寂の中、秒針の音がやたら大きく聴こえる。
チッチッチッチッチッチッチッチッ
主は時計から目を逸らした。
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ
どうしても時計に目が行く。
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ
ブツッ
頭のどっかで何かが切れる音がした瞬間
主は時計をガッと掴んで、フルスイングでガーーーッとドアに投げつけた。
ガシャーーーーーーーン!!!
その音に驚いたリリーが、振り返って言った。
「主様、ご乱心ですか?」
驚いているくせに至極冷静な言い方に、余計に腹が立つ主。
「うっせーーーーーーー!
更年期でイライラするんだよー!
何で秒針が付いてんだよー?
いらねーだろ、秒針ー! うるせーんだよ、秒針ー!
秒針のない時計を持ってこーーーーい!!!」
そうリリーに向かって、わめき散らすと
今度は携帯に向かって怒鳴りだした。
「グダグダ言っとらんと、とっとと戻ってこーい!
私にあーだこーだ小難しい事を訊くんじゃねえー!
私はおめえにあれこれ望むけど、おめえは私に何も望むなー!
文句など言わせねえぞー、それが私なんだー!
わかったならチャッチャと帰ってこんかー!」
そして携帯をブチーーーッと切った。
鼻息フンフンの主に、呆れて首を振るリリー。
一部始終を聞いていたグリスは、切れた携帯を胸にあて
あっはっは、と大笑いしながら、ベッドに仰向けに転がった。
主の怒声は、側に立っていたアスターにまで聞こえた。
聞いていた話とのイメージの違いに、かなり驚いたが
グリスのその嬉しそうな笑顔から
どうやら良い方向で解決した事がわかったので
アスターは、ホッと胸をなでおろした。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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