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あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • かげふみ 18

     グリスの話が終わった後、ちょっと間を置いてアスターが言った。
    「ぼくにはその人が、とても可哀想に思えるよ。
     大事な人を失って、結婚もしていないんだろう?
     今の時代、こういう事を言うと怒られるかもしれないけど
     女性がひとりでいる、ってのは
     男性よりも辛い事もあるんじゃないかなあ。」
     
    「そんな事はないよ、あのお方はとても強い意志を持ってらっしゃる。
     いつだってひとりで立って、真っ直ぐな視線で前を・・・。」
    そう言い掛けて、グリスはハッとして考え込んだ。
     
    そう、あのお方は時々立ってらっしゃった。
    執務室のあの窓辺に。
     
     
    その窓の外には花壇がある。
    まだ主様の元へ通えなかった頃
    主様のために花を植え直すと言うから、ぼくも手伝ったんだ。
     
    あの頃はまだローズさんの事も知らなかった。
    ただ主様の喜ぶ顔が見たくて、一生懸命に植えたんだ。
     
    ふと気付いたら、執務室のレースのカーテン越しに人影があった。
    主様だった。
    微笑んでいただけるかとドキドキしたけど
    主様はふいっと部屋の奥に消えて行って、ぼくはとても悲しかった。
     
    だけどあの時のあの主様の顔・・・
    今思えば、あれはいつもの主様の無表情じゃない。
    無表情さにどこか陰が差していた。
     
    主様はあの時、どういうお気持ちだったのだろう
    鮮やかな色のバラ、今は亡き大切な人の名がついた花の前で・・・。
     
     
    「ぼくは・・・、主様のため主様のため、と言いながら
     真には主様の事を考えていなかったのかもしれない・・・。」
     
    グリスは頭を抱え込んだ。
    「ぼくは何て事をしてしまったんだろう!
     大好きで大好きで、ずっと側にいると誓ったのに
     その気持ちから逃げ出してしまったなんて!!!」
     
    今度は違う絶望が襲い、再び嗚咽するグリス。
    その背中を優しくさすりながら、アスターは言った。
    「でも、そのお方はきみを迎えに来てくれたじゃないか。」
     
    「迎えに・・・?」
    グリスが少し顔を上げた。
     
    「うん、ぼくにはそう思えるよ。」
    アスターが微笑みながら答えると、グリスは目を宙に泳がせながら
    ボソボソとつぶやき始めた。
     
    「迎えなんだろうか・・・。
     いや、あのお方がそんな事をするはずがない・・・。」
     
     
    でも、首都に用事などあるわけもない。
    そしてあの車は、確かにぼくを待っていた。
    軍の公用車だった。
    多分、将軍が手配したのだ。
    だからきっと、長老会に命じられたのだ。
     
    いや、あのお方は、イヤだと思ったらテコでも動かないお人だ。
    来たという事は、主様に来る意思があったはず。
     
     
    グルグルと考えるグリスに、アスターがとんでもない提案をした。
    「ご本人に直接訊いてみたら?」
    「主様に・・・?」
    「うん、電話して。」
    「電話・・・?」
    「うん。」
     
    アスターは、立ち上がって机の上に置いてあったグリスの携帯を取った。
    「ほら、これで。」
     
    携帯を手渡されたグリスは、しばらくそれを唖然と見ていた。
    主様にお電話など、しても良いものだろうか?
    もし、拒否されたら・・・?
     
    携帯を持つ手を震わせるグリスに、アスターが言った。
    「大丈夫、ぼくの読みを信じて。」
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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           小説・目次

  • かげふみ 17

    長老会メンバーたちが苦悩している日々の中
    グリスもまた、悩んでいた。
     
     
    あの日、早目にバイト先に向かっていたグリスの目に
    見慣れない光景が飛び込んできた。
     
    黒塗りのリムジンが、対向車線に停車している。
    このあたりでこのような車を見るのは珍しい。
    特にこのあたりは車の往来も人通りも少ない場所である。
     
    グリスはナンバーを見て、一層怪訝に思った。
    軍の車・・・?
    運転手も乗ったままである。
     
    グリスは警戒しながら、足早に通り過ぎようとした。
    その時、後部座席の窓がスーッと開いた。
    グリスは我が目を疑った。
     
     
    乗っているのは、主である!
     
     
    頭が真っ白になったグリスは、そのまま立ちすくむしか出来なかった。
    主は無表情で自分を見つめている。
     
     
    車が行ってしまった後も、グリスは立ち尽くしていた。
    「ね、グリス、どうしたの? 大丈夫?」
    声を掛けたのは、バイト先の近くの本屋の店主だった。
    バイト帰りにたまに寄るので、顔馴染みである。
     
    グリスはその声で、現実に引き戻されたのだが
    動揺していて、まともに話せる状態ではなかった。
    それでも気力を振り絞って、答えた。
    「カフェの店長に伝えてくれませんか・・・。
     突然で悪いんですが、今日のバイトは休みたいんです。」
     
    「ええ、それは構わないけど、すごく顔色が悪いわよ?
     体調が悪いみたいだから、寮まで送りましょうか?」
    「ありがとうございます。 大丈夫です、ひとりで帰れます。
     すみませんが、急ぎ伝言をお願いしたいのです。」
     
    店長は、公園のフェンスに寄りかかるグリスを気にして
    振り返りながらも、カフェの方へと歩いて行った。
    その姿が角を曲がると、グリスは公園の茂みへと身を隠した。
     
     
    グリスは、学校に入って最初の1年は帰省していたのだ。
    だけど館で主の側にいると、もう出て行きたくなくなる。
    それでも我慢して寮に戻っても
    その後何週間も、寂しくて寂しくてたまらない。
     
    そんな事を繰り返す自分が、とても情けなく
    また学業にも支障が出るので、帰省しなくなったのだ。
     
     
    そうやって耐えて、考えないようにして3年
    もう大丈夫だと思っていたのに、成長したつもりだったのに
     
    一瞬!
     
    たった一瞬で、主はぼくの積み重ねてきたものをブチ壊す!!!
     
    ニコリともせず、ただチラリと見るだけで
    ぼくの過去も未来も現在も、すべてその手中に収めてしまう!
     
     
    ひと気のない公園の茂みの中で、グリスは声を殺して号泣した。
     
     
    グリスが寮に戻ってきたのは、夕方暗くなってからだった。
    泣き腫らした顔を見られないよう、うつむき加減で自室に急いだが
    その姿を見かけた者は、ひと目で異変に気付いた。
     
    「おーい、グリス、どうしたんだー?」
    呼び掛ける声にも振り向かず、ただ片手を上げて通り過ぎた。
     
    自室に戻ってすぐ、ベッドに潜り込み布団をかぶって泣いた。
    自分が自分のものじゃない事への失望感からだった。
     
     
    翌日も、講義もバイトも休んで部屋に閉じこもったグリスを
    あまりの事だと心配した友人が、ドアをノックする。
    「グリス、ぼくだよ、アスターだ。
     皆も心配しているよ、顔を見せてくれないか?」
     
    グリスはドア越しに答えた。
    「ごめん、大丈夫だから。」
     
    「きみがぼくなら、それで引き下がれるかい?」
    アスターのその言葉に、グリスはドアを少し開けた。
     
    グリスのずっと泣いていたであろう様子に、アスターは驚いたが
    刺激を与えないように、優しく言った。
    「言いたくない事を訊くつもりはないけれど
     ぼくはきみを親友だと思っているんで、このまま放ってはおけないよ。
     良かったら、少しでも話をしてはくれないだろうか?」
     
     
    アスターは、グリスより4歳年上だったが
    グリスが寮に入ってきた当初から、優しく接してきてくれて
    何かと頼りになる存在であった。
     
    もの静かで落ち着いているけど、面倒見が良いアスターを
    グリスも兄のように慕って、信頼を置いていた。
    そんな友人が出来ただけでも、この大学への入学は価値がある事だった。
     
     
    グリスは無言のまま部屋の奥に引っ込み、ベッドに腰掛けた。
    アスターも無言で部屋に入り、ドアを閉めた。
    その手には、お茶と水とサンドイッチの乗ったトレイがあった。
     
    トレイを机の上に置き、アスターはグリスの横にソッと座った。
    グリスが話す気になるのを、気長に待つつもりだったが
    ふと見ると、膝においていたグリスの手の甲に涙がポトポトと落ちている。
    グリスの顔を見ると、長いまつげを伝って涙の粒がこぼれ落ちている。
     
    アスターはグリスの背中を優しく撫ぜた。
    グリスは耐えられずに、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。
    それでもアスターは無言のままだった。
     
     
    どれぐらいの時間、そうしていたのかわからないが
    少しは落ち着いたのか、グリスがつぶやくように言った。
    「ごめんね・・・。」
    その言葉にもアスターは無言だった。
     
    グリスは頬を拭うと、ポツリポツリと話し始めた。
    館の事は極秘事項なので、差し障りのないように言葉を選びつつ
    簡単に自分の生い立ちを喋った。
     
    自分が外国の孤児で、まだ幼い頃にこの国に引き取られた事
    その引き取り先の跡継ぎになる予定である事
    そして “主様” と呼ぶ女性の事
     
    アスターは、ただ静かに聞いていた。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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           小説・目次 

  • かげふみ 16

    「主はいつもセンターより脇ラブなんでーす。
     ビジュアルのみで選んでいるようでーす。
     だけど、お気にっ子が役に立たないと
     そりゃもう、冷遇するんでーす。
     パーティーから外したり、クズ装備を回したり。
     他の眼中なしキャラには、能力を冷静に見て
     的確な操作をするんでーすが
     ビジュ萌えのキャラには、やたらマゾらせるんでーすよお。」
     
    はあ??????? と、口をポカーンと開けるメンバーたち。
    「今の説明の意味がわかったかね?」
    「いえ、聞き慣れない単語が多数で・・・。」
     
    リオンは、やれやれ、と癇に障る首の振り方をした。
    「要するに、主は仲間や友人に対しては
     公平で誠実で素直で、実に良いヤツなんでーす。
     だけど一旦、自分の恋愛対象として見なすと
     我がままになり、厳しい要求を突き付けまくるんでーす。」
     
     
    「何っ? じゃあ、わしは主の恋愛対象かねっ!」
    ジジイが叫んだ。
     
    「まさか。 主は見た目のみで選びま-すからねえ。」
    リオンが薄ら笑い、ジジイがムッとしたところで、将軍がハッとした。
     
    「知的イケメン!」
     
    「そう、それでーす。
     線が細く、あっさり顔のクールな美形
     それが主のブレない萌え要素でーす。」
     
    メンバーたちは、ボソボソと言い合った。
    「じゃあ、グリスは主の好みから外れていますよね。」
    「たくましく爽やかに育っていますしね。」
     
    「ところがどっこい!」
    リオンの言葉に、全員がドキッとする。
    「悪い知らせでもあるのかね?」
     
     
    「はーい。
     これは主が実際に言ってた事なんでーすがあ
     主には “恋愛スイッチ” というのがあるそうなんでーす。
     それは自分でもどこにあるのかわからず
     普段はOFFになってるそうなんでーす。
     どうも自分ではONに出来ないみたいだそうでーす。」
     
    「ならば問題ないじゃないか。」
    なあ? と、うなずき合うメンバーたち。
     
    「それが大ありなんでーす。
     相手がストレートに告白してきた時に初めて
     その恋愛スイッチがONになるそうなんでーす。
     で、YESかNOか、そこで考える。
     NOの場合も、恋愛スイッチは解除されないので
     その相手は嫌悪の対象になるそうなんでーす。」
     
    「ちょ、ちょっと待て、とすると・・・。」
    「そうでーす。
     主は自覚してはいませーんが
     グリスくんの好き好き全開オーラに、無意識に恋愛スイッチが入って
     嫌悪しているようにも思われまーす。」
     
    「それが事実だった場合、相続はどうなるんだ・・・。」
    「いや待ってください、もし主とグリスが恋愛関係になった場合でも
     結局はグリスくんが主を憎む事になるんですよ?」
    「どっちに転んでも、最悪の関係にしかならないじゃないか!」
     
     
    絶望感が漂う中、ひとりのメンバーがはたと気付いた。
    「なあ、それで何故、グリスが戻ってくるとわかるんだね?」
     
    「おお、良い質問でーす。
     実は主のこの恋愛観は、もう私が何気なく
     グリスくんに伝えているんでーすよ。
     グリスくんはこの事もあって、主と距離を置いたのかも知れませーん。
     その彼が戻ってくるならば、覚悟はしているはずでーす。
     グリスくんにはわかるはずでーす。
     主が、嫌悪する相手を迎えに行くのが、とてつもない奇跡である事を。
     そしてそれは、主にとっての自分の価値が揺るぎないもの、と
     大いなる自信となりまーす。」
     
    ほお、と感心する一同に、リオンは鼻高々だった。
    「この私がただ遊びに通うだけなど、ありえませーんねえ。」
     
     
    「すみません、ちゃんと教育したつもりだったんですが・・・。」
    リオンの父であるダンディーな紳士が、皆に詫びる。
     
    「いや、気にしないでください
     子供など、どう育つかわからないものですから。」
    「そうですよ、うちのも本当に・・・いやはや・・・。」
    慰め合う、子育てに失敗した父親たち。
     
    「まあ、とにかく、この件に関しては
     リオン殿の功績は大きそうではないですか。」
    「そうですな。
     主も渋々ながら、連れ戻しに行ってるんですし。」
    「館第一の主だから、館を混乱させるような事はしないでしょう。」
     
     
    やっと安堵の空気が流れ始めたのを打ち破ったのは
    状況を読んで功績を上げたはずのリオンだった。
     
    「と言っても、どう転ぶかわからないのが
     “恋” というものでーすしねえ。」
     
    「わしらはどうすりゃ良いんじゃ!」
    ずっと無言だったジジイが、とうとう怒り始めた。
     
    娘息子のように可愛がっているふたりが
    妙な具合になっているのが、ジジイには辛くてたまらなかった。
    その心中を察して、メンバーたちがうつむく。
     
    さすがにリオンも大人しくなった。
    「すいませーん・・・、私にもわかりませーん。」
     
     
    「グリスが主についてきたのが、最初の出会いだったようだから
     主はモンスターに魅入られたのかも知れませんね・・・。」
    「あるいはグリスが魔物に惹かれたか・・・。」
     
    会議室には暗い空気が充満し、結局良い対策法も見出せず
    後味の悪いまんま、会議はお開きになった。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
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  • かげふみ 15

    歩いて来るグリスらしき姿が鮮明になると、主は驚いた。
    「ええっ? あれ、本当にグリスですかー?
     えらい育って、別人じゃないですかー。」
     
    その言葉に、ジジイは得意げに携帯画面を差し出した。
    「ほれ、これがグリスの近影じゃ。
     男の子は急激に成長するもんなんじゃよ。」
     
    「あんた、待ち受けにまでー・・・。」
    果てしなくドン引く主。
     
     
    「そんな事より、もうそこまで来とるぞ、どうするんだね?」
    慌てる将軍に、主が小声で指示を出した。
    「あんたら出歯亀は気付かれないよう、伏せてくださいーっ。」
     
    「で・・・出歯亀?」
    「将軍、伏せるんじゃ!」
    車内の床に這いつくばるジジイと将軍。
     
    グリスが向かいの歩道を通過しようとしたその瞬間、主は車の窓を開けた。
     
     
    ところが主はピクリとも動かないどころか、ひとことも発しない。
    ただ、車の中からグリスを睨んでいる。
    しかも機嫌が悪いのも手伝って、いつも以上の仏頂面である。
     
    そしてそのまま窓を閉め、将軍に言った。
    「車を出してくださいー。」
     
    将軍は不自然な体勢で転がりながらも、素早くマイクを取り
    運転手に車を出すよう告げた。
     
     
    グリスの姿が小さくなり、やがて見えなくなると
    ジジイと将軍はようやく体を起こして、同時に叫んだ。
    「これだけかね!!!」
     
    「何じゃ、今のは!」
    「6.26秒だったぞ!」
    時計を見ながら叫ぶ将軍。
    コンマ00秒まで時間を計っているなど、さすが軍人である。
     
    あっけに取られているふたりに、主は断言した。
    「はい、これだけですー。
     これでダメなら、もう私の出る幕ではありませんー。
     さあ、帰りましょうー。」
     
     
    「「「 ・・・・・・・・・・・・ 」」」
     
    ジジイと将軍の報告を聞いた長老会メンバーは、言葉が出なかった。
     
    うむうむ、その気持ちわかるぞ、とジジイがうなずきながら
    ムービーカメラを取り出した。
    「その時のグリスの様子は、ちゃんと撮っておいたぞ。」
     
    「何だね、これ、逆さまじゃないかね。」
    「うわあ、手ブレが酔いますねえ。」
    「ムチャ言わんでくれ。
     隠れながらも、手を伸ばして必死に撮ったんじゃぞ。」
     
    カメラに写ったグリスは、激しく驚いた表情のまま固まっていた。
    「おお、驚いとる驚いとる。」
    「さぞかし肝を冷やしただろうなあ。」
    「あの主が般若顔で突然現れたんですもんねえ・・・。」
     
     
    グリスに同情の声が寄せられたところで、ジジイが続けた。
    「でな、わしらも手土産なしでガキの使い、ってわけにもいかないんで
     帰りがてらに主の恋愛歴など、探ってみたんじゃ。」
     
    「へ? 何故いきなり恋愛歴ですか?」
    「いや、それはアリかも知れん。
     押すと男は逃げたくなるが、引くと追いたくなるものだろう?
     今回の主の行動は、それの応用だとも思われるぞ。」
    「ああ、なるほどー。」
    「主の恋愛事情・・・、それは、ちょっと興味がありますねえ。」
     
    「「「「「 で、何ですって? 」」」」」
     
     
    メンバー全員がジジイに期待の眼差しを向け
    ジジイは調子に乗って、主の口真似をし始めた。
     
    「はあー? 恋愛ー? よくわかりませんねー。
     向こうから好き好き言ってきたくせにー
     付き合ったら何故かすっげえ憎まれて、突然別れ話されちゃってー
     すんなり別れてあげたのに、陰で悪口言われ始めてー
     私の恋愛なんて、全部こんなんですよー。
     何なんですかねー、あれってー。」
     
     
    「・・・・・・・・・・・」
    「・・・ダメ・・・って事・・・なんじゃないですかねえ・・・。」
    「・・・予想を微塵も裏切らない経歴だな・・・。」
    愕然とするメンバーに
    ジジイが更なる “主のお言葉” を再現した。
     
     
    「これで美人だったら、悪女の称号でも貰えて
     傾国とかしちゃってたんかも知れませんがー
     ブサイクなんで、単なる性悪女で済んで
     目出度し目出度し、ってなもんですよー。
     皆、遺伝子元の私の親に感謝すべきですよねー。」
     
     
    あああああああああーーーーーーーーーっっっ
    と、メンバー全員が頭を抱えた。
     
    「やはり、主を行かせたのは間違いだったんじゃ?」
    「それよりも問題なのは、この調子じゃ
     いつまたグリスくんが出て行くかわからん、ってところだぞ。」
     
    暗い雰囲気になった会議室に、声が響いた。
    「グリスくんは戻ってきまーす。」
     
    声の方向を見ると、ケーキを食うリオンだった。
    「何故そう言いきれるんだね?」
    その問いに、リオンはニコニコしながら答えた。
     
    「私は主の恋愛傾向を間近に見てるからでーす。」
     
     
    その言葉に一同がドヨめき立ち、リオンに詰め寄った。
    「あの主が恋愛しているんかね!」
     
    色めき立つメンバーたちを、リオンが諭す。
    「やでーすねえ、皆さん、他人の恋愛話には首など突っ込まないのが
     紳士の心得じゃないでーすかあ。」
     
    「この場合はわけが違うんだよ! あの主の事なんだよ。」
    「セクハラ、パワハラとかありますしね。」
    「そう。 館の平和を脅かしかねん可能性もある。」
     
     
    リオンは溜め息を付いた割には、嬉しそうにしている。
    「そうでーすかあ? しょうがないでーすねえ。
     じゃあ・・・」
     
    そしてせきを切ったようにペラペラと喋り始めた。
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 14

    「私とした事が、グリスの私に他する予想外の崇拝に動揺して
     ついつい使命を忘れていましたー。
     どうも申し訳ありませんでしたー。
     まったく、これだからガキは厄介だわー。」
    反省しているのかしていないのか、疑わしい主の態度である。
     
    「私がこれから大学に行って、グリスを連れ戻してきますー。
     私としても、せっかくの次期主候補を潰したくないですからねー。」
     
     
    その言葉に、リリーが口を挟んだ。
    「今から行きますと、首都に着くのは夜の8時過ぎになりますけど。」
     
    「ええっ、首都そんなに遠いのー?」
    驚く主に、メンバーが突っ込む。
    「首都まで列車で5時間は掛かるぞ。」
    ヘタリ込む主。
    「ええーーー、じゃあこの計画ダメじゃんー。」
     
    メンバーのひとりが、疑問を口にした。
    「きみ、国際線に乗る時に首都に行ったんじゃなかったんかね?」
    「あの時は軍がヘリで送ってくれてー・・・。」
     
    全員の目が一斉に将軍に向く。
    「お、おいおい、あの時は私も首都に公務があったんで・・・。」
    慌てて断ろうとする将軍に、主が事もなげに言う。
    「じゃ、明日5分で終わる “公務” を作ってくださいー。」
     
     
    「あああ・・・、また私か・・・。」
    ガックリと肩を落とす将軍に、気の毒そうにメンバーが詫びる。
    「すみませんが、今回は次期主の一大事ですし。」
    「我々で他に役に立てる事があったら協力しますよ。」
     
    「んじゃ、これで決定ですねー。
     私は帰りますよー。 将軍、明日迎えに来てくださいねー。
     あ、あと軍から大学までの車の手配もよろー。 リムジン必須ー。」
    主は要求をするだけしたら、さっさと帰って行った。
     
     
    翌日の首都へと飛ぶ軍用機の中では、主がムッツリした顔で座っていた。
     
    「ご機嫌斜めそうじゃのお。」
    ジジイの声掛けに、不機嫌そうに主が答える。
    「・・・軍用機って、何でこんなに寒いんですかー。
     凍え死なすつもりですかー?」
     
    将軍がキリッと弁明する。
    「物資を運ぶのに冷暖房がいると思うかね?」
    「この前はこんな寒くなかったですよー。」
    「この前のは上官専用で、今日はそれが空いてなかったんだよ。」
     
    「こら、そんな調子でグリスの説得が上手くいくのか?」
    「それはわかりませんー。」
    その言葉に、飛び上がるジジイと将軍。
    「「 何じゃ「」何だとーーーーーーーー? 」」
     
    「これで帰って来なかったら、私に打つ手はないですねー。」
    その頼りない言葉に、ジジイと将軍は焦った。
     
     
    軍空港から大学に向かう公用車の中で、主はぶしつけに訊いた。
    「ところで、何であんたらまでついて来るんですかー?」
    主の質問に、ふたりは答えるのを控えた。
     
    実は昨日、主が帰った後に長老会メンバーで話し合ったのだ。
    どう考えても、あの主だけに任せておいて穏便に済むわけがない。
    暴力沙汰を起こして通報されないよう、“見張り” が必要だ、と。
     
    そして今日の結果は、明日の極秘臨時長老会で報告せねばならない。
    どうか上手くいきますように・・・
    ふたりは心の中で必死に神頼みをしていた。
     
     
    ふたりを見て、どうせ野次馬だろ、と判断した主は地図を見ながら呟く。
    「グリスは今日は何時頃に寮に戻るんでしょうかねー。」
    「何じゃ、あんたそんな事も知らんと来とるんかい!」
    ジジイの驚愕に、主はサラリと言ってのける。
    「寮付近で待ち伏せしようと思ってたんですよー。」
     
    「はあ・・・、無計画ここに極まれり、じゃな・・・。」
    呆れたジジイは、手帳を出して説明し始めた。
    「んとなあ・・・、この時間じゃとグリスは受講中じゃ。
     今日は11時までで終わって、12時から17時までバイトじゃな。
     道端で捕まえるなら、この公園横を11時20分ぐらいに通るはずじゃ。」
     
    その細かい指示に、今度は主がドン引きした。
    「・・・あんた、大学に間者でも潜ませとるんですかいー。」
    「失礼な! わしゃそこまでストーキングしとらんわい!
     以前にグリスに、日々の予定を教えてくれ、と頼んだだけじゃ。」
    「うわあ・・・、グリスもよくこんなに細かく教えたなあー・・・。」
     
    ジジイは嬉しそうに話す。
    「いつも時計を見てな、ああ、今頃グリスはあれをしとるな
     おお、今は橋の上を歩いておるな、とか想像するんじゃ。
     この気持ちがわからんから、あんたはグリスを傷付けるんじゃよ!」
     
     
    ジジイの溺愛ぶりにゾッとした主だが
    最後の行が逆らう術もない正論なので、黙っていた。
     
    ソワソワしてあたりを見回していたジジイが叫んだ。
    「あっ、来たぞ! グリスじゃ!!!」
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 13

    「はあー・・・。 でー?」
    主がポヤンな返答をすると、ジジイが噴火した。
    「跡継ぎが何年も帰ってこんのを、何とも思わんのか!」
     
    主が、はあ? と言うような表情をした。
    「何、言ってんですかー。
     最初にグリスに通学を勧めたのは、あんたでしょーがー。」
     
    ジジイは、ボッフンボッフンと煙を出しつつ怒鳴った。
    「そうじゃ!
     わしは “通学” を勧めたんじゃ!
     寮に入って帰って来んなど、許した覚えはない!!!」
     
     
    まったくもう・・・、年寄りの我がままは・・・
    と思いつつ、(主にしては) 丁寧に解説する。
    「それはあんたの勝手な思惑でしょうがー。
     グリスの学力を活かす学校が、首都の国立だったんですから
     そこで学ばせてあげないで、どうするんですかー。」
     
    「それはそうじゃが、館にまったく帰らんのはおかしい!
     クリスマスも感謝祭も子供が帰ってこんのは
     この国では普通じゃないんじゃぞ!
     グリスはもう館に帰ってこないつもりかもしれん!」
     
     
    涙目のジジイに、主は困り果てた。
    「グリスに跡を継ぐ気がないなら、それも仕方のない事かとー・・・。
     それに関しては、対策を考える必要がありますよねー。」
     
    「あんたはグリスが可愛くないんかっ!」
    真っ赤になって怒るジジイに、主がひるむ。
    「えー・・・、いやあ、そういうわけではなくー
     本人の意思を尊重してー・・・」
    「キレイ事を言うでないっ!」
     
    ジジイのさえぎりに、主が見事な短気でブチ切れる。
    「この野郎ーーー、ケンカ売っとんのかあー?
     3倍値で買うぞ、この腐れジジイーーーっ!!!」
    「上等じゃわい、そのクソ生意気なツラをボコボコにしちゃるわ!」
     
    今にも殴り合いを始めそうな、ふたりの激昂に
    長老会メンバーたちが慌てて止めに入る。
    「ま、まあまあ、冷静に話しましょう。」
    「とにかく座って。」
    ジジイと主は、睨み合ったまま椅子に座らされる。
     
     
    「長老会としても、次期主の問題は重要ですから
     このまま放置するわけにもいかないのですよ。」
    「そうですよね。」
    「何年も帰ってこない、というのは、やはりおかしい。」
    メンバーたちが、口々に言う。
    「どうでしょう、ここらで今一度
     跡を継ぐ気があるのかどうか、本人に確認してみる、と言うのは?」
     
    主が憮然とした態度で言い放つ。
    「そう思うんだったら、そうすりゃ良いじゃないですかー。
     何で私が怒られなきゃいけないんですかー?
     長老会でさっさと訊いてくれば済む話でしょうにー。」
     
    その投げやりな言い草に、ジジイがガッと立ち上がり
    それを左右のメンバーがすかさず押さえる。
     
     
    小太りの紳士が、穏やかに言う。
    「ですがね、グリスくんには税金が使われているんですよ。
     やりたくない? ああ、そうですか、というわけにはいかない。
     出来るだけ、本来の予定に従ってもらうように
     努力しなきゃいけないんですよ。」
     
    その言葉に主も我に返った。
    「あー・・・、そうでしたー・・・。」
     
    「そこで2~3、お伺いしたいんですが
     主、あなたはグリスくんと上手くいっていましたか?」
    「えー・・・? まあ、そこそこー・・・?」
     
    主の答にジジイが ウソつけ! とつぶやき
    主がカチンときて、グワッと椅子から立ち上がったところを
    リリーとメンバーのひとりが押さえた。
     
    「グリスくんから連絡はありますか?」
    「アドレスー・・・、教えていませんー。」
     
    「何じゃと? 何故教えない?」
    ジジイの怒声に、主がしどろもどろに言い訳をする。
    「だって訊かれなかったですもんー。
     そんなん、他の人からも訊ける事だしー
     私のPCや携帯は仕事用だからー
     私に連絡を取る方法なんて、いくらでもあるしー
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
     
     
    皆の視線が集中した主は、黙り込んだ後に叫んだ。
    「すいませーんーーー、ほんっと、すいませんーーーーー。」
     
    頭をテーブルに押し付けて詫びる主に
    ようやく溜飲が下がったジジイが、穏やかに語りかけた。
    「正直言って、あんたはグリスが苦手なんじゃろ?」
     
    その図星に、主は観念した。
    「その通りですー。
     あの子の、“お慕い申し上げビーム” が
     ほんっと、うっとうしかったんで、いなくてホッとしてましたー。」
     
    その正直すぎる言葉に、今度はメンバーたちに火がついた。
    「あの子を連れてきたのは、あなたでしょうが!」
    「子供が母を慕う気持ちをうっとうしいとは何事です!」
    「あんな良い子を・・・。」
    「そうですよ、良すぎるぐらい良い子なのに・・・。」
    「きみには母性というものがないのかね?」
     
     
    さすがに己の非を認めて、小さくなって言われ放題されている主。
    助け舟を出したのは、意外にもリオンだった。
     
    「皆さん、もう、そのぐらいで良いでしょーう。
     主も反省しているようでーすし、珍しーく (笑)」
     
    この、かっこ笑いとじかっこ が癇に障って
    止めに入ってくれたリオンに素直に感謝できない主。
     
    メンバーたちは、まだまだ言い足りなかったが
    立派な大人なので怒りをどうにか静めて、話し合いの体勢を立て直した。
    「それで、どうするのかね?」
     
    主は、簡単に言った。
    「要するに、グリスを連れ戻せば良いんですよねー?」
    「「「 そんなにたやすく出来るのかね! 」」」
     
    いぶかしがるメンバーに、主は先程の反省していた態度もどこへやら
    不適な笑みを浮かべた。
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 12

    「次期様は大学に編入なさるそうですよ。」
    執務室のデスクで書類を読む主に、リリーが事務的に報告した。
     
    「ああ、そうですか-。」
    主の返事は、そっけないものだった。
     
     
    グリスは最初の頃は、年相応に街の学校に通ったが
    同級生の幼さに失望して、早々に飛び級を重ねていた。
    街の学校には車で通っていたけれど
    遠い首都の大学では、寮に入る事になる。
     
    「外国って凄いですよねー。
     学年飛び越し制度なんて、日本にはないですよー。」
    主のグリスに関係ない感想に、リリーが冷たく切り捨てる。
    「何度も申しておりますが、ここでは日本が “外国” ですけどね。」
     
     
    大学でのグリスは、年上のクラスメートを持ち
    ようやく勉強のレベルにも納得できる生活を送っていた。
     
    年齢的には子供だったが、急激に伸びた身長と
    しっかりした性格がにじみ出る顔つきで、大人びていたので
    皿洗いで入ったカフェのバイトも、接客を任せられるようになった。
     
    館を出ての1年間は、主に会えない辛さにベッドの中で毎晩泣いた。
    そんな寂しさも、勉強にバイトにと打ち込む内にどんどん薄れてきた。
     
    だけどそんな忙しい日々の中でも
    主を思い出しては、孤独にたまらなくなる時があり
    たまに沈み込んでしまう。
     
    その憂えた様子と端整な顔立ちで
    グリスは女の子たちに人気があった。
     
     
    付き合ってくれ、と自分より年上の女の子がくる。
    その瞳を見る度に、主と比べてしまう自分が情けなかった。
     
    主様はこんな媚びた目はなさらなかった。
    あのお方は、いつも頭上からヘビのような冷たい目で見下ろし
    ぼくの存在などないかのように、そっけない態度でいらした。
    ぼくは、そんな主様を見つめているだけで幸せだったのに・・・。
     
     
    そんな未練タラタラの自分が腹立たしい半面
    その気持ちを大事にせずにはいられない。
     
    主様はぼくのこんな気持ちを、きっと鼻でお笑いになるだろうな
    そういうお人だ。
    あのお方にもローズさんという存在がいるのに。
     
     
    告白を断る度に、こんな考えをしてしまい
    落ち込み、その夜はまたベッドの中で泣くのだ。
     
    そんなグリスの心情を知らず、クラスメートがからかった。
    「おい、グリス、モテるのに何故恋人を作らない?
     おまえ、やっぱりまだまだガキだな。」
      
    そんな挑発にも乗らず、グリスは目を伏せて答えた。
    「忘れられない女性がいるんだ・・・。」
     
     
    その言葉は、瞬く間に女生徒たちに駆け巡り
    悲恋っぽいその様子に、歓喜すら沸き起こり
    グリスの評判は逆に上がった。
     
    若い女の子なんて、魔物のようなものである。
    その不可解な反応に、グリスは動揺させられ
    益々主の事が恋しくなる、という悪循環。
     
     
    グリスが若い女の子に翻弄させられながらも、学業にいそしんでいた頃
    長老会会議では、ジジイが主に詰め寄っていた。
     
    「グリスがもう3年も帰ってこん!」
     
     
     続く 
     
     
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  • かげふみ 11

    グリスはひどく落ち込んでいた。
    主の心には、決して消せない人物が住み着いている。
     
    冷静に考えれば、そんな関係のヤツなど
    誰にも、ひとりふたりはいるわけだが
    それすらも容認できない自分の心の未熟さも腹立たしい。
     
    主とローズの母娘のような愛が
    何故、自分のところにも降り注がれないのか。
     
    いや、ぼくが欲しいのは、そういうのじゃないんだ
    その事にも気付かされ
    グリスは、自分が穢れた人間のような気分に陥っていた。
     
     
    表面上は普通に振舞い、ジジイの授業もあれから何度かあったが
    グリスは葛藤を誰にも言えずにいた。
    そんなグリスの心理を、ジジイは見抜いていた。
     
    「のお、グリスや。
     学校に通って、同年代と遊んでみてはどうかね?
     ここに閉じこもっているのは
     おまえの年では、あまり良くない事だと思うんじゃが。」
     
    ジジイのこの言葉は、決して責任逃れではない。
    グリスの心には、主との世界しかない。
    それがグリスを追い詰めている。
    もっと広い世界を見せねば、純粋にそう案じての提案だった。
     
     
    グリスはジジイのこの提案に、一筋の光を見た想いだった。
    ぼくが生きる場所は、ここだけじゃないんだ
    他の世界へも行ける!
     
    ・・・だけど、そうすると主様からは離れる事になる・・・
     
    グリスの悩みは、そこへと移り変わっていった。
    何日も何日も、その事で頭が一杯だった。
    主の元へも通う事が出来なくなっていた。
     
    主はリリーから、ジジイの話を聞いていた。
    ほお、最近姿を見せないと思ったら、そういう事かあ
    でもローズの事が、何がそんなにショックなんやら
    主もリリーと同様の感想を持った。
     
     
    そんなある日、グリスは主とバッタリ鉢合わせた。
    道場での運動の帰り道に、牧場を視察に行く主と遭遇したのである。
     
    「しばらく顔を見せませんでしたねー。
     元気でやっていますかー?」
     
    グリスの状態は、ジジイから聞いて知っているはずなのに
    事もなげに 「元気か?」 などとシレッと言う主に、腹が立って
    グリスはつい、試すような事を口走ってしまった。
     
    「ぼく、学校に通ってみようかと思うんですが
     主様はどうお思いになりますか?」
     
    主はその言葉が嬉しいかのように、笑って言った。
    「それは良い事だと思いますよー。」
     
    その言葉にガックリときて、立ち去ろうとしたグリスに主は言った。
    「ちょっと一緒に来てくださいー。」
    そして、周囲の人々にその場で待つように告げた。
     
     
    主はグリスをうながして、ゆっくりと歩き始めた。
    遠くに見える厩舎や家畜小屋、茂る畑。
    鳥が鳴きながら、滑空していく。
    少し乾いた風が、気持ちの良い季節である。
     
    眩しそうに空を見上げ、立ち止まる。
    そして振り向いた主の瞳には、館が映っていた。
     
     
    「この館は今でこそ、こんなマトモな姿ですー。
     でも、ここは決して “正しい場所” ではないんですよー。
     あなたは幼い頃からここにいるー。
     それが私にはとても心配なんですー。」
     
    自分に見とれるグリスの方を見もせずに、主は言った。
    「グリス、外の “普通の世界” を見に行きなさいー。
     色んな事を知った上で、自分の歩むべき道を選んでくださいねー。」
     
    主のこの言葉はジジイと同じく、正に “親心” だった。
    だけどその気持ちも、混乱しているグリスには届かなかった。
    主の目には、館しか映っていなかったからだ。
     
     
    ここを継ぐために連れてこられたのに
    何故今になって、他の世界を見ろとおっしゃるんだろう?
    ぼくは “いらない” と判断されたのか?
     
     
    グリスはこの数ヵ月後に、街の小学校へ通う事を決心した。
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • かげふみ 10

    駐車場にリオンの車が停まっているのを見ると
    グリスは必ず主の寝室に行き、リオンに挨拶をするようにした。
     
    リオンはいつもゲームを中断させて、グリスと会話をした。
    ニコニコしながら語るリオンの会話の内容は
    主に負けず劣らず、ドス黒いものだったが
    グリスは一生懸命に聞いていた。
     
     
    それはリオンが主の唯一の、“友達” とも呼べる存在だったからである。
    跡継ぎの自分にさえ丁寧語を使う主が、リオンにはひどい言葉遣いで喋る。
     
    特にゲーム中の罵倒は凄かった。
    その怒鳴り合いが、えらく仲が良いものに見えて
    グリスには耐えられず、主が心配するのとは逆にゲーム嫌いになった。
     
    でも主様の好きなお方の傾向を学ぶ必要がある。
    避けるのは簡単だけど、それじゃ進展しない。
    何よりも、ぼくがリオンさんと仲良くするのを
    主様は望んでいらっしゃるのだし。
     
    そう決心したから、主が来ていない内にリオンへの挨拶を済ませ
    主とリオンがふたりでいる場面を避けていたのである。
     
     
    同じく主と仲が良いと思われるジジイには、この心理は働かなかった。
    それどころか、ジジイには主に相談できない事もできた。
     
    グリスには、この自分の心のムラが不思議だったが
    ジジイからしたら、当然の事である。
     
    主はわしの娘みたいなもんじゃ。
    そしてグリスは孫。
    放置気味の娘の子を、祖父が面倒をみているのと同じじゃな。
     
    ジジイは自分の役割りを最初から完全に把握していた。
    グリスには自分を “おじいさま” と呼ばせた。
     
    あの大雑把な主には、周囲のこんな繊細なフォローが大事なんじゃ。
    そういう事に気が回るわしはさすがじゃのお。
    ジジイはひとりで悦に入って、グリスを猫可愛りした。
     
     
    ある日ジジイが何気なく発した事から始まった。
    「主も昔はもっと明るかったんじゃがの。」
     
    このひとことに、グリスが引っ掛かった。
    「何かあったんですか?」
     
    ジジイは一瞬、しまった と思ったが
    自分の武勇伝も語りつくしたし、館の歴史もあらかた教えたし
    この館の現在に至るまでの経緯で、やはりローズの話は外せない。
     
     
    そこで主とローズとの出来事を、出来るだけ客観的に伝えた。
    ジジイにしては、余計な誇張もせずに淡々と正確に話せたのだが
    それを聞いたグリスの心は衝撃にみまわれた。
     
    あの主様にそんな大事な人がいたなんて・・・。
     
    そのショックの大きさは、ジジイにも伝わるほどで
    大丈夫か? の言葉も届いていない有り様である。
     
     
    おじいさま、すみませんが、今日はもう休みたいので
    やっとの事でそう言うと、グリスはヨロヨロと寝室に入っていってしまった。
     
    ジジイは、時期尚早だったか、と後悔したけど時既に遅し。
    慌てて事務部に行って、リリーの姿を探す。
     
    こんな事を主に言っても、それがどうした? で終わってしまうじゃろう
    と言うか、問題視されたら、しばかれかねない。
    リリーちゃんにグリスの様子に注意しておくように言わなければ。
     
     
    リリーは総務部にいた。
    「ちょ、ちょ、リリーちゃん、ちょっと・・・。」
    ドアの陰からコソコソ呼ぶジジイを見て
    また主様と何かあったのかしら? と、ウンザリした顔で側に行くリリー。
     
    ところがジジイの話を聞いても、ピンとこない。
    「館の歴史を教えるという事は、その事も当然言わなくてはならないでしょう。
     何が問題なんでしょうか?」
     
    この言葉を聞いて、現実的すぎる女はいかん! と悟ったジジイは
    とにかくグリスの様子に注意するように、と言い残して
    グリス護衛のタリスのところに走った。
     
     
    タリスはジジイの話を聞いて、青ざめた。
    おお、やっと話がわかるヤツがおったわい、と安心するのもつかの間
    タリスはつい、非難めいた言葉を洩らしてしまった。
     
    「あんなに主様をお慕いしているグリス様に
     何故そのような話を・・・。」
     
    その当然の責め言葉に、ジジイはつい自己正当化をしてしまう。
    「わしはわしの教えるべき事を教えただけじゃ。
     あんたは軍人じゃろう?
     何かね、この国の軍は上の立場の者を非難するのを良しとしとるのか?」
     
    その言葉にグウの音も出ないタリス。
    「申し訳ありません・・・。」
    と、頭を下げるしかなかった。
     
     
    「とにかく、そういう事情じゃから
     グリスの様子には、くれぐれも注意するように。」
    それだけ言い残して、敬礼をするタリスに背を向けて立ち去った。
     
    わしも酷い人間じゃのお・・・
    心の底では、自分の態度をなじりつつ。
     
     
     続く 
     
     
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           かげふみ 1 11.10.27 
           カテゴリー ジャンル・やかた 
           小説・目次 

  • かげふみ 9

    「おお! 次期主のお出ましでーすかあ。」
    主の後ろからおずおずと顔を出したグリスを、リオンは大歓迎した。
     
    「ようやくお顔を見せてくれまーしたねえ。
     ささ、一緒に遊びましょーう。」
     
    グリスにコントローラーを渡そうとしたリオンを、主が止める。
    「あー、だめだめー。 この子にゲームはさせないからー。」
    「え? 何故でーすかあ?」
     
    リオンの質問に、主がサラッと言う。
    「ゲームなんぞしとるガキは、ロクな大人にならないからー。」
     
    その意見に、意外な事にリオンも同意した。
    「ああー、そうでーすねえ。
     私は地位とお金と自制心があるから、廃人にはなっていませーんが
     平民には危ない中毒性のある遊びでーすもんねえ。」
     
     
    いつも会議でニコニコしているだけのリオンしか見ていなかったので
    この発言に、激しく驚くグリスに主が言った。
     
    「このドバカも、人前でのこういう発言は一応は控えているんで
     暴言を吐かれる事を、ありがたく受け取るんですよー。
     心を許していないと、本音は言わないものですからねー。」
     
    「グリスくんとは長い付き合いになりまーすでしょーうから
     ムダな腹の探り合いは省きましょーうねえ。」
     
    は、はい、と返事をしたグリスだったが
    人間のロコツな裏表を間近に見て、動揺の色を隠せなかった。
     
    主様といい、リオンさんといい、何というか・・・直球すぎる
    偉い人というのは、皆こんな感じなんだろうか?
     
     
    グリスの混乱を見てとったリオンが言う。
    「グリスくん、育ちの良い人間というのは、こんなもんでーすよ。
     幼い頃から賞賛されているので、人間の善意を疑わないんでーす。
     自分が疑わない事は人も疑わない、と信じ込んでーる。
     自分に悪気はないから、人に悪く取られたりしなーい、とね。
     私ほどではないにしても、主も育ちが良いお嬢さんでーすしね。」
     
    その言葉に主が異論を挟んだ。
    「ちょお待てー。 私は一般家庭の出だぞー?」
    「ふふーん、あなたのその無邪気な残酷さを見れば
     育ちの良さは、すぐわかりまーすねえ。」
     
    即座に答えたリオンを鼻で笑う主。
    「へへーん、この国と比べれば日本人は皆、裕福なんだよー。」
     
    「ああー、そういう事でーしたかあ、なるほーど。
     では、あなたのその性格は、無知な庶民がたまに持つ
     根拠のない全能感というやつでーすねえ?」
     
    「・・・おめえのそういうとこ、ほんっと好きだよー。」
    主とリオンは、見つめ合って笑った。
    恐ろしい光景であるが、グリスの意識は他のところに向いていた。
     
     
    無邪気な残酷さ・・・
     
    グリスは、自分が主を恐れていた理由がわかった気がした。
    何となく感じていたものの形が、くっきりとしてくる。
     
    きっとこのお方は、ぼくが去っても追ってきてはくれない。
     
    実際に主と縁を切るのは、ごく簡単である。
    現に恵まれた祖国を、あっさり捨ててきている。
    恵まれた過去を持つからこそ、未来に執着がないのである。
    そういう無欲さは、時によって人の繋がりにもヒビを入れる。
     
     
    その、たやすい別離の可能性が
    グリスには恐くて恐くてたまらなかった。
     
    この苦悩は彼の人生に度々現われては、影を落としていく事になる。
     
     
     続く 
     
     
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