事務部の仕事は、通常なら夕方5時で終わり土日は休みだが
主はほぼ毎日執務室か書斎に遅くまでいて、何らかの仕事をしていた。
食事も仕事の合間に不定期にとるので
一緒に食事をしたい、というグリスの願いはあまり叶えられなかった。
執務室に行けば、ほとんどの場合は主に会えるし
長老会会議にも、授業がない日なら連れて行ってもらえるので
それ以上の事を望むのは贅沢というものだ、そうグリスは思っていた。
しかし主の側にいられない日がある。
それはリオンが来る日である。
リオンは週に2~3度は主の寝室に来ていた。
大抵は土曜か日曜だったが、ひどい時には平日の夜にも来る。
勝手に来て、勝手に主の寝室で遊んで、勝手に帰って行く事が多いが
たまに主にメールをしてくる。
リオンからの携帯メールが入ると、主は寝室に戻っていく。
ふたりで部屋にこもって遊んでいるので
グリスは遠慮して、その中に入っていけない。
グリスはリオンを羨ましく思うと同時に、憎んでいた。
授業がある日は、夕方からしか主の側に行けない。
最近の主は、7時には寝室に戻るようになったので
2~3時間しか一緒にいられないのである。
その日も授業が終わって執務室に行ったのだが
30分も経たない時に、主の携帯にメールが入った。
「今、佳境らしいしねー。」
主のつぶやきの意味はわからなかったが、嫌な予感がする。
主は内線のボタンを押して、デイジーに言った。
「すいませんが、寝室にお茶の用意をお願いしますー。」
ああ・・・、やっぱり・・・、と気落ちするグリスに
机の上を片付けながら、主が言う。
「今日はこれで仕事を終えますー。」
はい、お疲れ様でした と小声で返事をして
部屋を出て行こうとしたら、主が意外な事を訊いてきた。
「あなたはリオンを嫌いなんですかー?」
不意打ちのようなその言葉に、しどろもどろになる。
「え、い、いえ、そんな事は・・・。」
「別に嫌いでも良いですけどねー
リオンとは仲良くしといた方が良いですよー。
彼はああ見えても、次代の長老会の中心になる人物ですから
そういう事も計算して、味方につけておくべきですよー。
リオンの方はあなたに好意的ですよー?」
グリスは、え? という顔をして訊いた。
「ぼくも主様のお部屋に行って良いんですか?
主様のプライベートにお邪魔するのは悪いと思って・・・。」
「あなたには、“そういう” 許可は与えたはずですがねー。」
慌ただしく机の引き出しを開け閉めして片付けをしながら、主が言う。
「プライベートだろうが何だろうが、私に関する領域で
リオンに許されて、あなたに許されない事はないんですよー?
次期主という自覚を、もうちょっと持ってくださいねー。」
パアッと顔が明るくなるグリスに、少しウンザリした様子で
主が釘を刺すように言った。
「あ、ただし、ゲームと駄菓子は成人するまで禁止ですー。
そんなんやっとったら、ロクでもねえ人間にしかなりませんからー。
これが守れなかったら、私のプライベートには出禁ですよー。
何せ私は、ロクでもねえ大人なんでねー。」
「わかりました。
大丈夫です。 ぼくの興味は別のところにありますので。」
グリスのこの返事の意味を、主は突っ込まなかった。
気にならないのか、それともあえて流したのか
主の気持ちが気になってしょうがないグリスであったが
さすが天才児、主の性格を的確に分析していた。
このお方は、多分何も気になさってはいない。
こういう、試すような回りくどいやり方は、このお方には通じない。
反応が欲しかったら、ストレートに訊くべきなんだ。
そうわかっていながら、グリスが主の愛を直接確かめる事をしなかったのは
主がおそらくするであろう、何じゃー? そりゃあー という
身も蓋もない反応が恐かったせいであった。
主様はドライなとこがおありになるから・・・
グリスは次期主である事以外の自分の価値に、自信がなかった。
続く
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かげふみ 9 11.11.22
かげふみ 1 11.10.27
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あしゅの創作小説です(パロディ含む)
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かげふみ 8
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かげふみ 7
グリスがノックをすると、どうぞ の声がした。
部屋の中に入ると、主がデスクに座ってこっちを見ていた。
「ああー、何だー、あなたでしたかー。」
主が途端に緊張を解いて、椅子の背もたれにギギッともたれる。
「私の部屋に入る時、あなたはノックしなくて良いですよー。
いちいち身構えるのは疲れるんですよねー。」
「いきなり入ってよろしいんですか?」
「うんー。 あなたには隠す事は何もないですしねー。
私の豹変ぶりも勉強してくださいねー。」
主は書類を見つつ、ボールペンで鼻をほじりながら言った。
えらい態度の変わりようである。
「ただし、私のこういう言動は他言しないようにー。」
「はい、それはわかっております。」
「んなら、オッケー。
後は自由にしといてくださいー。」
自由にしろと言われて、手持ち無沙汰になったグリスは
主の後ろに来て、質問した。
「今、何をなさっているんですか?」
その質問に、主は面倒くさそうに答えた。
「あー、その質問は禁止ー。
いちいち、“何をしてるか” なんか訊かないでくださいー。
具体的な質問や提案なんかには答えるけど
そういう漠然とした質問は、うっとうしいんですよー。
机の上の書類を勝手に見て判断してくださいー。
私の周囲の全ての物を自由に見て良いからー。」
「はあ・・・。」
コツが掴めず、オドオドするグリス。
ノックの音がした途端、椅子にダラーッともたれ掛かっていた主が
シャキッと座り直し、どうぞと返事をする。
その切り替えに驚くグリスをよそに、入って来たのは事務服の人だった。
書類を前にいくらかのやり取りをした後
事務服の人は部屋を出て行った。
「うーーーーーん・・・・・」
主が書類を見ながらうなる。
もちろん、どうかしたんですか? とは訊けない。
パソコンをしばらくいじくっていた主が、グリスに声を掛けた。
「ちょっとこれを見てくださいー。」
はいと返事をして主の側に行く。
「これは食堂の壁紙のサンプルなんだけど
あなたはこっちとこっち、どっちが良いと思いますかー?」
「えーと、こっちです。」
「あ、そうー。」
黙り込んだ主だったが、数十秒後に再び訊いた。
「あなたが選んだのどっちでしたっけー?」
「こっちです。」
「こっちをあなたは選んだのー?」
「はい。」
主はフフッと笑って、言った。
「あなたは “選んだ” つもりでしょうー?
でも違うんですよー。」
主はパソコンのモニターをグリスに示した。
「この壁紙の柄は、実はこんだけあるんですよー。」
モニターには数百種類の柄が並んでいた。
「この中から、“私” が 良いな、と思ったやつを
4種類ピックアップして、皆に選ばせるんですー。
すると皆は、自分たちが選んだ気になるけど
実はその前に既に私が、その4種類を選んでるわけー。」
グリスが はあ・・・、とあいまいに返事をする。
「私の差し出した中から、人は “選ぶ”。
それは “不自由な選択” なんですー。
これとこれ、どっちが良い? ってのはねー。
何の作為もないゼロからの選択ではないー。
つまり私に選択権をコントロールされているんですよねー。」
「ああ、なるほど。」
グリスが感嘆すると、主がニヤッと笑った。
「これが、“私” の仕事なんですよー。」
マウスを連打しながら、主が言う。
「私を見て “学ぶ” ってのは、こういう事なんですー。
あなたにはまだ早くないか? と思うんですけどねー。」
グリスはきっぱりと言い切った。
「いえ、大丈夫です。」
「んー、そうですかー・・・。」
主は再び無言になって、パソコン画面に見入った。
そっと斜め後ろから確認すると、ニンテンドー公式サイトだった。
続く
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かげふみ 8 11.11.18
かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 6
「勉強を頑張ったようですね。
10歳でハイスクールの課程まで終わらせるとは凄い事です。
それで今後の学業の方針を話し合いたいのですが、希望はありますか?
学校に通って、同じ歳の子たちと友達になるのも良いと思いますよ。」
2度目の長老会会議室には、ほぼ全員のメンバーが揃った。
ジジイも主もリオンもいる。
テーブルの端に座らされたグリスは、緊張しながらもはっきりと答えた。
「勉強の方は、少しペースを落として
教養の一環として、先に進んでいきたいと思っています。
学校は、相応の年齢になってからの大学進学を考えています。
私の役目は主様の跡を継ぐ事なので
主様のお側で、館の事を重点的に学んでいきたいのです。」
おおーっ、と、どよめきが起こった。
何てしっかりした子なんだ これなら安心だ の声が上がる。
「いやあ、この主が連れてきたから心配しとったが
こんなに利発な子だったとは、良かったですなあ。」
太っちょ紳士の言葉に、主が格好をつけてフッと笑う。
「天才は天才を呼ぶものですよー。」
「天災もどきが何を言う!」
「そもそも、きみは教育に関わってないだろう。」
「今後も頼むから、なるべく大人しくしとってくれ。」
四方八方からの罵倒にも関わらず、主は涼しげに茶をすすっている。
その貫禄ある姿に、グリスは見とれてしまう。
「では、次期主様と話し合ったこれからの方針ですが・・・。」
リリーが事務的に資料を読み上げる。
「学業の方は、週2回の一般教養と、週1回の専門教育
運動はこれまで通り毎日
新しく加わるのが、元主様による “館講座” で
館の歴史などを知ってもらう目的です。
その他の時間は自由時間とし、住人たちと触れ合うも
主様のお仕事を観察するも、ご本人の自由といたします。」
「うむ、それで良いでしょう。」
メンバーたちは納得したが、主から異議が出た。
「ちょっと待ってくださいー。」
「何だね? 何か不都合でもあるかね。」
「はいー。
あまりにも出来すぎな子ですので、歓迎されているようですが
次期主になる事の真の意味を、皆さんにも本人にも
もう一度よく考えてもらいたいのですー。」
主はグリスの方を向いて、問いかけた。
「主になるという事は、館のために人生を捧げる事なのですー。
己を捨てなければなりませんー。
あなたにその覚悟があるのですか-?」
「ちょっと待ってくれ、きみがいつ己を捨てたかね?」
メンバーのひとりが、容赦ない突っ込みを入れた。
「はあー? 私、すんげえ自分を捨ててるじゃないですかー!」
メンバーたちから、再び口々に非難が殺到する。
「あれでかね!」
「わしたちには言いたい放題じゃないか。」
「ちょっと言えば3倍にして返すくせに。」
主がいきりたつ。
「アホかー!
館じゃ四六時中、善人ヅラしてるのに
ここでまでそんなんやっとられんわー。」
「館じゃ本当に立派にやってるのかね?」
メンバーがリリーに訊ねる。
「え・・・、まあ、“主様モード” というのはあるようですが
ご本人がおっしゃるほどの態度の違いはないですね。」
「ええええええええーーーーー?」
「ほら見ろ、きみは常にきみなんだよ!」
うぐぐ、と言葉を詰まらせる主を見て、グリスがふふっと笑った。
キッと睨む主に、慌てて謝る。
「あっ・・・、すみません。
主様は本当に皆様に愛されていらっしゃるんだなあ
と思って、つい・・・。」
その言葉に、その場にいた全員が異論を唱えた。
「冗談じゃない!」
「今のは主に注意をしていただけなんだよ。」
「こんな凶暴な女は願い下げだ。」
「我々は職務としてやっているだけなんです。」
「ちょっとー・・・、今どさくさにまぎれて
誹謗中傷をしたヤツがいませんでしたかー?」
主が目ざとく追求すると、メンバーの全員が四方に目を逸らした。
クスクスとグリスが笑う。
「ほら、やっぱり愛されていらっしゃるじゃないですか。
大人の世界では、言いたい事を言い合えるのは
本当に信頼し合った仲じゃないと出来ない、と習いました。
皆様は主様を信頼していらっしゃるんだと、お見受けします。
さすが主様、私の誇りです。」
全員が呆然とする。
「言いたい事を言ってるのは、主だけだと思うが・・・。」
「私らは言いたい事の半分も言わせてもらえていないんですがねえ。」
「・・・にしても、彼の崇拝ぶりは凄いですね。」
「こんな少年まで毒牙にかけるとは・・・。」
同情の目をグリスに向けるメンバーに、主が溜め息をつく。
「いや、私だってまさかこんなになるとは思っていなかったですよー。
ほんと、この子のこの盲信には参っているんですよー。」
「え・・・、ぼくがお慕いするのは、主様に迷惑なんですか?」
泣きそうな顔をして訊くグリスを見もせずに、主が答える。
「だって好いてくれてる人の期待は裏切りにくいでしょうー?
良い人ぶらなきゃいけなくなって、すんげえ疲れるじゃんー
面倒なんですよねー。」
その言葉をメンバーが注意する。
「その言い草はあんまりじゃないかね?
言いたい事はわかるが、相手はまだ子供なんだよ。
大人として、もうちょっと考えて発言すべきだろう。」
「この子は私の跡継ぎ候補なんですよー。
良い事も悪い事も知っておいてこその、尻拭い要員でしょうー?
だから、この子にだけはウソやキレイ事は言いませんー。」
「そ、そういう教育は、どうかと・・・。」
戸惑うメンバーに、グリスが答えた。
「皆様のご心配には、感謝いたします。
ですが、ぼくの人生は主様に与えて貰ったものです。
ですから、主様のすべてを受けとる覚悟をしております。
主様がどんなお方でも、ぼくの尊敬に揺らぎはありません。」
無言になったメンバーの心情を、主が代弁した。
「ほんと、すいませんー。
ある種のモンスターを作っちゃいましたー。 あははー。」
はあーーー・・・、と頭を抱えるメンバーであった。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 5
「えーっ!」
教育係の言葉に主が驚いた。
「グリス様は、わたくしが教えるべき事をすべてマスターなさいました。
あとは専門教育になりますが
わたくしはその教員免許は持っておりませんので
教育係の交代が必要となります。」
「あの子、天才少年だったんですかー?」
「おそれながら客観的に申し上げますと、努力型だと思われます。
主様、グリス様に通常教育を身に付けたら
お側に上げる、とおっしゃったそうですね?」
「ああー・・・、何か言ったようなー・・・?」
「グリス様は、早く勉強をマスターすれば
それだけ早く主様の元に来られるかも知れない、と
寝る間も惜しんで努力なさっていました。」
うあちゃーーーっっっ
主はウカツな言葉を後悔した。
勉強うんぬんじゃなくて、年齢の面で
ガキのおもりは自分には荷が重い、という意味だったんだけど・・・。
書斎で頭を抱えていると、ジジイとリオンが入ってきた。
「・・・ノックもなしですかいー。
って、おふたりとも、何でここにいるんですかー。」
「いつもの徘徊じゃ。
そんな事はどうでもよい。
話はすべて聞かせてもらったぞ。」
「何の刑事ドラマですかいー。」
案の定、ジジイは主を非難し始めた。
「大体、あんたが相手をしないから、こういう事になっとんのじゃろうが。
連れて来といて面倒はみたくないなぞ、ひどすぎんか?」
「面倒は普通、専門家がみると思うじゃないですかー。
館の方針は毎日の私の演説でわかるはずですしー
ある程度大人になったら、執務系は教えるつもりでしたしー
まさかそこまで私に固執するとは思いませんでしたよー。」
主が泣きを入れると、リオンが擁護した。
「そうでーす、大事な人格形成の時期に
この主の側に置いとく方が危険でーす。
マトモな専門家に任せたのは正解でーす。」
主は無言だったが、イライラしてきているようだ。
「で、どうしますー?
10歳で高度な教育とか、良いもんですかねー?
それか、今更普通の学校に入れるとか、アリですかねー?」
「教育の方は、本人の希望を取り入れて考えるとして
結果を出したんじゃから、それに応えるのが義理じゃないかえ?」
「・・・ですよねえー・・・。」
「あの子を、“普通の子供” として育てなかったのはあんたじゃろ。
現に普通の子供じゃなくなっとる。
“子供” として接する必要もないんじゃないか?」
その言葉に、主は気が楽になった。
「ああー! それもそうですよねー。
さすがジジイー! ムダに長生きはしてませんねー。」
「あんたは・・・・・・・」
「私が思うに、ニッポンのマンガやアニメを見せて
情操教育をするのはいかがでしょーう?
どれも正義と人情あふれる内容で感動しまーす。」
リオンの提案に、主もジジイも呆れ果てた。
「アホかー!
それでいったら、私らは完璧に悪役側なんですよー?
ヘタに正義感を持たれて敵に回られたら、たまらんわー!」
「おーう、そうでーした。
大抵のマンガじゃ大金持ちも悪ですから、私もヤバいでーす。」
「相変わらずの金満家ぶりじゃな・・・。」
「血筋が良いのに、ここまで下品ってのも珍しいですよねー。」
「恐れいりまーす。」
「「褒めてないから!」」
主とジジイが同時にビシッとリオンの胸をはたいた。
「・・・わしら、何のかんの言っても息が合うとるのお・・・。」
「はいー・・・、ですが、何故かそれが不愉快なんですよねー・・・。」
暗く沈んだ書斎の空気を読まずにブチ壊したのは、リオンであった。
「何はともあれ、グリスの次期主養成開始のお披露目を
長老会でしましょーうよ。」
「そうですねー、責任は皆でおっかぶりましょうー。」
「・・・あんた、とことん逃げ腰じゃな。」
ジジイの的を射た突っ込みを、主は聴こえていないフリをした。
続く
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かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 4
さすがにちょっとは反省しとんのか、主が道場にやってきた。
グリスの今の時間は、ラムズの運動の時間だからだ。
ラムズの本職は大工だが、主の改革の際に敷地内に道場を建てて
そこで自己流の武術などを希望者に教えているのである。
ま、早い話が、マニアの押し付け教室である。
「よお、主様、珍しいじゃねえか。」
ラムズとは結局あれっきりで、ご無沙汰である。
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「久しぶりですねー。」
「いや、俺はちょくちょく講堂にも行ってたぜ。
陰ながら応援してたんだぜえ?」
「それはありがとうございますー。
ところでグリスの・・・、あっ、あれは三節棍じゃないですかー!」
壁に掛かっている武器の中から、目ざとく見つける主。
「おうよ、あれからすぐ作ったんだけど
あんたはもう戦わない、って聞いたんでな。
渡さずに自分で練習してたさ。」
「そうだったんですかー。
で、どうですかー? 使い心地はー。」
「確かにトンファーよりは便利だな。
攻撃範囲がかなり広がるぜ。
ただ、相手に止められるとちょっと苦戦するが、その場合は・・・」
話し込んでいると、後ろでかすかに気配がした。
ふたりが振り向くと、運動着に着替えたグリスが立っていた。
「あっ、お話の途中で申し訳ございません。
私の事は気にせずに、どうぞお続けください。」
「おう、すまんすまん、じゃ、最初はランニングな。
おーい、タリス、今日はおまえだけで付き添ってくれー。」
タリスがグリスと一緒に出て行った後に、ラムズが言った。
「で、今日は次期様の様子を聞きに来たんだろ?」
「ええ、そうなんですよー。
どうも妙な感覚を持っているようなんで、ちょっと気になってー・・・。」
「ああ、あんたをキレイだとか言うたわごとだろ?」
何故すぐに言い当てる? ラムズも大概、失礼なヤツである。
「あれはな、心配いらんよ。
ほら、ヒナが最初に見た物を親と思い込むだろ
あんなようなもんじゃねえのかな。」
「ああーーー、なるほどーーーーー!!!」
主が大納得して、左手の平を握りしめた右手でポンと叩いた。
「いやあ、詰め込み教育の弊害かと心配しましたよー。」
「次期様は心配いらないんじゃないのかな。
大人並みにしっかりしてるぜ。」
「あの歳で大人レベル、って大丈夫ですかねー?」
「逆に、次期様が幼稚だったらマズくないかい?」
「それもそうですよねー。」
ラムズと主は、同時にはははと笑った。
能天気なふたりである。
「んじゃ、また来ますー。」
「おう、マジでちょくちょく様子を見に来てやんなよ。
次期様がグレるとしたら、あんたの放置のせいだぜ?」
うっ・・・、と言葉に詰まりながら、道場を後にする主。
その数分後に、ランニングを終えてグリスが戻ってきた。
「主様はっ?」
あたりをキョロキョロしながら、珍しく大声を出すグリス。
「もう帰ったよ。」
「・・・そうですか・・・。」
うなだれるグリスを、ラムズが慰める。
「まあ、そうしょげんなって。
また来る、って言ってたからさ。」
「・・・それは本当なんでしょうか・・・
主様の事は、講堂以外では拝見する事すら出来ないのに・・・。」
ラムズがグリスの頭をポンポンと叩く。
「あんたの事を気にかけてたぜー?
ちょくちょく来るように言っといたからさ。」
グリスの顔がパッと明るくなった。
「それにしても、ラムズ先生は主様と本当に仲良しなんですね。
主様が熱心に先生とお話してらっしゃってましたし。」
「おう、そうよー。
主様とは初対面の時からウマが合う、っちゅうか、意気投合したもんなー。
この武器は三節棍って言うんだけど、主様が勧めてくれたんだぜー?
俺はトンファー、ってこっちのこれだけど、当時これを使っててな・・・」
ラムズが活き活きと武器の説明をするのを
先ほどの主のように、聞き入るグリス。
こんな授業が何の役に立つのか、はなはだ疑わしいもんだが
主の話を聞くのが、現在の一番の楽しみであるグリスにとって
ラムズの授業は、待ち遠しくてならない時間であった。
続く
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かげふみ 5 11.11.10
かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 3
グリスは毎日、主の演説を聴きに講堂に通っていた。
それを主も確認してくれているようで
お互いに遠目ながら、目が合う瞬間は日に一度はあったわけで
それだけでも、何となく見守られている気分になるのが嬉しかった。
そんなある日、偶然に廊下でグリスは主とハチ合わせた。
「こ・・・こんにちは、主様・・・。」
顔を真っ赤にしてモジモジとしながらも
はっきりと挨拶をするグリスに、主は驚いて言った。
「こんにちはー。
・・・って、あれーっ? 英語を喋っているー!」
護衛のタリスが呆れて言う。
「1年ほどで普通に喋れるようになられたんですよ。」
主は、う・・・ と動揺した。
「もしかして、私、ネグレクトしていますかー?」
「しておられますねえ。
もう7歳なんですよ、ご存知でしたか?」」
「えー? あ、ああー、そうなんですかー・・・。」
グリスの歳も知らなかった主は、考え込んでいた。
その様子を、ジッと見つめるグリス。
「・・・?
・・・この子は何でこんなに私を凝視しているんですかねー?」
「ああ・・・、何故だか主様がお美しく見えるようで。」
タリスは無意識にむちゃくちゃ失礼な言い方をしている。
「えっ、マジでー?
教育係は何をしてるんですかー?
正しい審美眼を持たせないとダメじゃないですかー。」
どうやら主の自分評価は冷静なようだ。
「グリス、口裂け女のような事を問うけど、私キレイですかー?」
主の質問に、グリスは一層モジモジしながら答えた。
「・・・主様は他のどんな人よりもお美しいです・・・。」
「こ・・・これは子供特有の何かですかねえー?
目の検査とかしていますかー?」
「健康診断は定期的に行っていて、何も問題はないそうです。
主様に滅多に会えないから、お寂しくて
極端に美化していらっしゃるんじゃないでしょうか。」
タリスの無礼極まる言葉にまったく動じない主。
「うーん、子供と接するの、きっついなあー。」
その会話を聞いていたグリスが、不安そうに訊いた。
「主様は私がじゃなく、子供がお嫌いなんですか?」
その言葉は、益々主を反省させた。
「グリス、あなたの事を嫌っているわけではありませんー。
私は子供が嫌いなだけですー。」
「どうしてですか?」
「子供は、空気を読んで私に気を遣わないからですー。
たまに気を遣う子供もいますが
気を遣っている様子を私に気付かせるので、イヤなんですー。」
「・・・何という理由ですか・・・。」
呆れ果てるタリスだったが、グリスには希望が見えてきた。
「では、私は主様の望む子供になります。
だからどうか、お側に置いてくださいませんか?」
「そうですねー、では通常教育をしっかり身につけて
うーん、13歳ぐらいになったら私の仕事を学びに来てくださいー。」
「あと6年・・・。」
うなだれるグリスを見て、タリスは主を睨んだ。
こんなに慕っていらっしゃるのに、主様ときたら・・・。
主はタリスの目を気にしつつも、グリスに語りかける。
「グリス、ちょっとよく聞いててくださいねー。」
そう言うと、タリスに向き直った。
「タリスさん、私はキレイですかー?」
突然の、しかも答えにくい質問に、タリスはパニくった。
今更なのは、主もタリスも気付いていない。
「え? あ、いや、その、人間にはそれぞれ魅力というものがあって・・・」
「そういうキレイ事じゃなくー!! 正直にー!!!」
主の剣幕に、タリスはつい本音を叫ぶ。
「NO! サー!」
つい勢いで言ってしまい、アタフタするタリス。
すぐ冷静さがなくなるところは相変わらずである。
普通に考えたら無礼討ちものだが、主はグリスに諭すように言う。
「いいですかー? これが世の中の意見なのですよー。
あなたはまず、一般的な感覚を学ばねばなりませんー。
それが私の教えを受ける前準備なのですよー。」
「主様をお美しいと思う気持ちは間違っているのですか?」
「間違ってはいないけど、変質者ですー。」
「主様、子供相手に何て事を!」
タリスは、やはり主に子供の教育は任せられない、と思い
主は、まったく今時のガキはわけわからん、と思い
グリスは、主様はお美しい上に論理的だ、と、うっとりしていた。
続く
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かげふみ 4 11.11.8
かげふみ 1 11.10.27
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かげふみ 2
マリーはグリス付きのメイドである。
母親のように愛し、世話を焼いてくれる。
長老会から派遣されているのは
語学の教師、基本教育の教師、礼儀作法の教師である。
専属護衛のリーダーはタリスであった。
「まだお小さいのに、勉強など・・・。」
という意見は、主の
「普通の子供と同じに考えてもらったら困ります。」
というひとことで、かき消えた。
この館で主に逆らえる者など、いや結構いるんだが
主の “館第一” という気持ちに逆らう者はいない。
主がそういう生き方をしてきて、現実に結果を出しているからである。
グリスには、遊びの時間も教育の一環となった。
そんな、子供にしては多忙なグリスだが
一番楽しみにしているのが、運動の時間だった。
その理由は、担当がラムズだったからである。
彼は館に来た頃の主と、実際に接触した人物のひとりで
運動の合間合間に、あれこれと話してくれるのだ。
グリスは主のその “武勇伝” を聞くのが大好きだった。
「主様はな、そりゃ勇ましかったんだぜ
警棒をシュッと出して、こう構えてな。」
身振り手振りで、当時の事を語ってくれるラムズ。
「・・・ただな、ヌケたところもあって、出した警棒をしまえないんだよ。
あれには笑ったね。」
ラムズの話から、当時の館が戦場であった事をうかがい知る。
その喧騒のさなか、主が勇ましく進む。
旗を持って軍を先導するジャンヌ・ダルクの絵画のように。
グリスがそこまで主を美化していたのには理由があった。
ほとんど主の姿を間近に見られないのだ。
「お忙しいお方ですから・・・。」
それが周囲の常套句だったが、自分が避けられている気分であった。
その証拠に、長老会のリオンはしょっちゅう主の部屋に来ている。
だけどスネるわけにはいかない。
屋根がある居場所と温かい食べ物を与えてもらっているのだから
それだけでグリスにとっては、感謝して余りある事で
その上に我がままなど言えるわけがない。
「一生懸命お勉強なさっていれば
その内に主様の右腕として、一緒にお仕事ができますよ。」
その言葉を支えに、グリスは勉強に励んだ。
グリスは子供だったが、自分の立場をわきまえていて
そこは確かに “普通” の子供とは違っていた。
「主様にはいつ会えるの?」
何度となく言ったこの言葉は、グリスの胸の奥にしまいこまれた。
続く
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かげふみ 3 11.11.4
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かげふみ 1
グリスという名前以外、何も持っていなかった。
疑問ですら、持たなかった。
自分が何故グリスという名前なのか、どこから来たのかなど
そんな事を 「どうでも良い」 と、考える余地すらなかった。
厳しい寒さがやわらぎ、過ごしやすくなってきた。
冬は食べ物が腐らないのは良いんだけど、いる場所に困る。
親切な教会は、いつも大勢の家がない人でいっぱいで
入られない事もあるし、夜が明けたら出て行かなければならない。
凍った道路でゴミ箱を漁り、凍った残飯を食べている内に
体のあちこちが赤く腫れて、痒くてしょうがなくなる。
この状態がひどくなると、肌が腐れていくと聞いた。
現に道で死んでいる人は、例外なく顔や手がただれている。
やっとこれから暖かくなるだろうけど
次は腐った食べ物で死ぬ危険が待っている。
グリスには、“生きる” 事すら考えてはいなかった。
生きていられなくなったら死ぬだけ
ただそれだけである。
薄暗い空に、薄暗い建物に、薄暗い表情。
見上げるグリスの目には、灰色しか映らない世界であった。
ガッコンガッコンボボン と、よくわからない音を立てて車が停まった。
縦にも横にも大きい男が開けたドアから降りてきた女性に
グリスの目は釘付けになった。
キレイ・・・・・
そう素直にグリスが思った、その女性は
美術的には、決して美しい姿をしているとは言えなかった。
グリスが心を奪われたのは、その絶望のなさにだったのだろう。
この街を行きかう人々は皆、一様にうつむいているのに
その女性は、真っ直ぐ前を見据えて立っていた。
グリスは遠巻きに女性の後をつけた。
さっさと食べ物を探さないと、食いっぱぐれてしまう。
しかし、どうしてもあの女性を見ていたいのだ。
お昼間近までは、まだまだ冷える。
鼻をすすりながら、グリスは女性の後を追う。
と、急に女性がこちらを振り向いた。
目が合ったかは定かではないが、その姿がどんどん大きくなり
次の瞬間、女性はグリスの目の前に立っていた。
心なしか、良い匂いまで漂ってくる。
こういう場合は、罵られるか殴られるかで
それをわかっているからこそ、自分以外の人間は誰も寄っては来ていない。
しかしそれを覚悟してでも、グリスの目は女性から逸らせず、足は動かない。
女性が何かを訊いたようだが、その言葉は理解できない言語だった。
どうしていいのかわからず、だけど我を忘れて見つめるグリスの顔の真ん前に
女性の顔がズイッと近付いた。
女性のこげ茶色の瞳が、グリスの目を射抜く。
グリスは小刻みに震えた。
畏怖とも歓喜ともわからない心の震えだった。
気が付くと、いつもの部屋の天井に
世話係のマリーの顔がヌッと覗き込む。
「おはようございます。」
もう起きる時間なのか。
夢を見ていた。
主様と出会った時の光景だ。
何度も何度も、繰り返し夢に見る。
それ程、鮮烈な体験だった。
グリスは7歳になっていた。
・・・書類上は・・・。
続く
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黒雪伝説・王の乱 25
王子の部屋といっても、たくさんあるのよね・・・
とりあえず、片っ端からドアを開けて覗いてみる黒雪。
王子は寝室にいた。
「あなたが来る事はわかっていましたよ。
どの部屋かわからず、順に確認しながら来るのもね。 ふふ。」
照明も点けず、月明かりだけの部屋で
窓辺に立つ王子が、振り返りもせずに言う。
「どうしたの?」
ゆっくりと近付く黒雪。
王子が突然振り向き、黒雪に駆け寄って抱きついてきた。
「ふたりだけで暮らす事は出来ないのでしょうか?」
驚き顔の黒雪に、王子が涙を流しながら訴える。
「あなたとだけだったら、ふたりの距離など気にならないのに
他の人がいるから、その人とあなたの距離が気になるんです
常に誰よりもあなたの近くにいたいんです
この気持ちが、私を醜くしている気がするんです!」
黒雪の胸に顔をうずめて、ワアワア泣く王子。
その背を優しく撫ぜ、頭を抱えてキスをした後に
黒雪は王子の体を抱きしめた。
「王子・・・。」
耳元で優しく呼びかけた次の瞬間、黒雪は王子の体を急激に締め上げた。
「ーーーっっっ!!!!!!!!!」
王子があまりの苦しさに、声も出せずにジタバタする。
ようやく黒雪の怪力から開放された王子が
へたり込みつつも、叫ぶ。
「なっ、何をするんですかっ!」
黒雪が笑いながらも冷ややかな目で
王子の真ん前に大股開きでしゃがんで言う。
「このバカヘビちゃん、よおおおく考えてね?
ふたりだけの世界で、料理は誰がするの?
てか、食材はどうするの? 包丁は?
家は? 板は? ノコギリは? 釘は?
服は? 靴は? 布は? 糸は? 針は?
どの世界でも、ひとりふたりでは生きていけないのよ。
付き合いを減らす事は出来ても、それはそれで生じる問題もあるのよ。」
「私が言いたいのは、そんな現実的な話じゃなくて・・・」
「ふたりの愛は現実じゃないの?」
「ち、ちが・・・、そういう事じゃなくて
私はあなたに、もっと愛されたいんですっ!!!」
「・・・ほお・・・?
私の愛が足りないと・・・?」
右手で持っているワイン瓶を
ピシャンピシャンと左の手の平に叩きつけながら言う黒雪に
王子はゾッとさせられた。
「そ・・・、その瓶は何なんですか?」
「ん? ああ、今度はあなたがトチ狂ってたら
これで殴りつけて正気に戻そうかと。」
あはは、と笑う黒雪に、王子がおののく。
「そうやって暴力で脅すのは止めてください!
そんなんだから、私が不安にさいなまれるんですよ!」
「うそうそ、あなたを倒すなら素手で充分でしょうよ。
今回はあなたの方が大変だったから
ゆっくり飲ませてあげたかったのよ。」
「ええ~~~・・・?」
黒雪は疑う王子を抱きかかえて、ベッドへと運んだ。
「グラスは?」
「あ・・・・・・、いや、別にいらないでしょ。」
黒雪はワインをラッパ飲みした。
絶対に殴る用だ!!!!!!
さっきの近寄り方も、殺気が漂ってたし
締め上げも、冗談とは思えないほど苦しかった!
ビビって少しずつ体を離そうとする王子に構わず
黒雪がキスをしてきた。
王子の疑惑も、その黒雪のワイン口移しでふっ飛ぶ。
「い・・・いつの間に、こんな高度な誘惑テクニックを・・・。」
両手で口を押さえ、真っ赤になってウロたえる王子に
黒雪は内心ほくそ笑んだ。
オロチも酒浸りにして退治するものだし
ヘビ系統には、やっぱ酒よね。
窓に揺れる葉のない木の陰が、少しずつ薄れてきた。
月に雲が掛かってきたのである。
海の方から少しずつ雪雲が降りてきて
北国は、これから長い長い冬に入る。
人々が寄り添って過ごす季節。
王子とその妃も、お互いを温め合って暮らすのだ。
雪深い北の果ての国で、ジークという名の王子と暮らすならば
いつか本当に巨大な竜を相手に
命がけの酒作戦を、遂行せねばならない日が来るかも知れない。
だけどそんな時でも、きっとこの王子の妃は
喜び勇んで立ち向かって行くのであろう。
終わり
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黒雪伝説・王の乱 24
「いやあ、すまなかった。
最近の記憶がまるでないのだ。
先日の夜会に出る前に、転んでしばらく気を失ってたらしいんで
わしの乱行は、そのせいだと思う。
皆、心配をかけてすまなかった。」
パーティー会場に現れた王の言葉に
大臣や貴族たちは喜んだが、黒雪の腹の中は違った。
ばかじゃねえの? 頭打って謀反しようとしてんじゃないわよ。
私の実父だったら、即座に返り討って死刑だわよ。
そもそも記憶が飛んだら騒乱を起こす、って
普段どういう考えを持ってんだか。
この王があまりに国のタメにならないんなら、暗殺するわよ、私は!
「だが王子の献身な看病で、わしは治った。
今宵の宴は王子のために!
皆、存分に楽しんでくれ。」
王の号令に、楽団が曲を演奏し始める。
途端に王子が人々に取り囲まれた。
「さすが王子さま、よくぞ王さまを看病してくださった。」
「鉱山も見つかったし、国も着実に発展しているのは
すべて王子さまのお陰。」
「仲睦まじいお妃さまと、お世継ぎにも恵まれて
我が王国は、これで安泰ですな。」
王子がチヤホヤされている間に
王がパイを食べている黒雪に近付いた。
「踊っていただけるかな?」
「あ、はい、喜んで。」
慌ててワインをガブ飲みして、パイを無理に飲み込んだ後
王の手を黒雪は取った。
「して、今回の探索では何か見つかったかな?」
「いえ・・・、残念ながら収穫なしでしたわ。」
「そうか、まあ、そういう時もある。」
「申し訳ございません・・・。」
と言うか、今回はあんたを正気に戻すのにおおごとだったのよ!
ただでさえ魔物退治で大変なのに、いらん仕事を増やさないでよ!
ニッコリ微笑んでステップを踏みながら、黒雪が脳内罵倒をする。
「あらまあ、珍しい、王さまと黒雪さまが踊ってらっしゃるわ。」
「王さま、何だか少しりりしくおなりになったわねえ。」
ご婦人方のヒソヒソ話に、王子が振り向くと
王と黒雪の流れるようなダンスが目に入った。
黒雪はダンスが苦手で、王子はいつも足を踏まれているのだが
パーティー好きで、踊り慣れしている王は
そんな黒雪を上手くリードしている。
・・・私はダメかも知れない・・・。
王子は、にこやかに話の輪に加わっているフリをしながらも
内心では動揺していた。
望んでいた、人々の賞賛を手にしても
それだけじゃ満足できない・・・。
いや、私がほしいものはそんなものではなかった。
奥さまと一緒にいられれば、それで良かったはずだったのに
いつの間にか、それ以上を望んでしまっている。
何という欲深さなのか・・・。
王が言った。
「どうやら王子は疲れているようだ。
癒してやってくれ。」
王にお辞儀をした後に、黒雪が王子を探すが
会場のどこにも王子の姿がない。
「ネオトス、王子はどこ?」
「少し休むとおっしゃって、お部屋に戻られました。」
私に何も言わずに?
黒雪はテーブルの上のワインの瓶を手に取り、会場を後にした。
続く
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