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あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • 黒雪伝説・略奪 7

    「で、説明をしてくれないかな。」
    頭領に詰め寄られ、王子は悩んだ。
    どこまで言って良いものか・・・。
     
    黒雪は、隣でスープとパンをガッついている。
    船酔いもまだ覚めない王子には、酷な風景である。
     
     
    「奥さま、どうしましょう?」
    王子がボソボソと黒雪に相談する。
     
    「ん? フツーに言えば良いんじゃない?
     王子と私は、魔王に頼まれてこの国にいる魔族を捕まえてんのよ。
     はい、これで終わる話じゃん。」
     
    ノンキな黒雪に頭領が突っ込む。
    「終わるか!
     何でこの国に魔族がはびこってるんだよ?」
     
    このセリフに、王子と黒雪はハッと目を合わせた。
    「そう言えば、何で・・・?」
    「そうですよね、何で魔族が?」
     
     
    青ざめて見詰め合うふたりに、頭領はイライラした。
    「王子さまよお・・・、あんた頭脳担当じゃなかったんかい。
     こんな大変な事の理由さえ疑問に思わなかったんかい?」
     
    「あ、いえ、そこは色々とあって・・・。」
    「だからその、“色々” を聞きたいんじゃないか!」
     
    高貴な身分なのに、平民にしかも海賊に怒られてしょぼくれる王子と
    とりあえず飯、とパンをおかわりする、全身ヌルヌルの黒雪に
    海賊たちは王家のイメージを変えざるを得なかった。
     
     
    「奥さまーーーっ」
    泣きつく王子に、黒雪がキレた。
    「細かいなあ、もう!
     国大変 → 戦う これ当然じゃん。
     しかも国から災いを除ける度にご褒美が貰えるんなら
     一石二鳥でしょうが!」
     
    「ご褒美?」
    「あっ、着いた!!! 話は後!」
     
    船室から勢い良く飛び出して行く黒雪の背を見て、頭領は思った。
    猪のような女だね・・・。
     
     
    「私、私、私が一番乗りーーー!」
    ゴネにゴネて、黒雪が最初にボートで上陸した。
    「金鉱カモーーーン!!!」
     
    ダッシュした途端、ズザーーーーーッとコケる黒雪。
    目の前にはホッカホカの温泉があった。
     
     
    「ええ・・・? また温泉・・・?
     どんだけ茹だれって言うの・・・?」
     
    ヘタリ込む黒雪の横を、頭領がスッと追い越す。
    「何やってんだい。
     その温泉は、あたしらが利用してる秘湯だよ。
     さっきの落雷場所はあそこだろ。」
     
    え? と見ると、その先の岩山から煙が立ち昇っている。
    黒雪は慌てて頭領の指差す方向へと走った。
     
     
    「こ・・・これは・・・もしや・・・」
    黒雪が手にした石を覗き込んで、王子が答える。
    「ああ、これ、鉄っぽいですね。」
     
    「じゃ、ここ鉄の山・・・?」
    「ええ、多分。」
    ニッコリ笑う王子に、黒雪がうおおおおおおおおおと吠える。
     
     
    「やったーーーーーーっっっ!!!!!
     鉄の剣 鉄の斧 鉄の槍 鉄の盾 鉄兜 鉄の鎧
     武器防具作り放題ーーーーーーーーっっっ!!!!!!」
     
    両手で石を掲げて踊り狂う黒雪を、海賊たちは呆然として見ていた。
    「一体、何なんだい・・・?」
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 6

    何とかタコの足に近付こうと、もがく黒雪の横に頭領が滑ってきた。
    「あっ、何で来たの! 死ぬわよ?」
    「それはこっちのセリフだよ。
     立てもしないこの揺れの中、あんたら、どうするつもりなの?」
     
    ズザーッズザーッと甲板を滑りながら、何とか会話をする。
    「何か刃物持ってない? カギ爪とか。」
    「ダガーナイフならあるけど・・・。」
    「2個ある?」
    「いや、他は斧ならある。」
     
    「じゃあ、それ両方貸して。 多分返せないけど。
     んで、あなたは武器庫に向かっている王子の手伝いをして。
     最後の手段は、こいつの爆破だから。」
    「わかった。」
    黒雪はタコのいる船首へ、頭領は地下への階段へと滑って行った。
     
     
    王子と頭領が、爆弾と銃を抱えて甲板に出ると
    黒雪は遥か上空で舞っていた。
    タコの足に斧とナイフを刺して、しがみ付いているのである。
     
    生きてるタコがこんなにヌルヌルするとはーーー!
    料理をしないヤツにはわからない話である。
     
    「ああ・・・、奥さま・・・。」
    気絶しようとする王子を、頭領が怒鳴る。
    「そういうのは後にしな!
     早く船首に行かないと、あんたの奥さんが海の中にドボンだよ!」
     
     
    タコが黒雪を振り払おうと、足を上げた瞬間
    黒雪は斧とナイフを抜き、タコの頭の方へとダイヴした。
     
    タコの頭に叩き付けられた瞬間、右手の斧を振り下ろし
    左手のナイフを刺し、タコの頭部に自分を固定させる。
     
    とっさによく出来たもので、マジでファイト一発のCMに出られそうな
    ラッキーとしか言えない曲芸である。
     
    それは黒雪にもわかっていて、とうとう音を上げた。
     
     
    「魔王ーーーーーーーっ、魔王ーーーーーーーーーーっ
     こいつ、レベル的に私らには絶対に無理ーーーーーっ!!!
     やれても、頭部爆破で殺すしかないから
     これで “捕まえた” と解釈してーーーーーっ!
     おーーーねーーーがーーーいーーーっっっ!!!」
     
    確かに、両手両足を広げてタコにしがみつく姿は
    “捕獲している” と見えなくもないかもしれない。
    かなりな拡大解釈ではあるが。
     
     
    「彼女、何を言ってるの?」
    頭領が黒雪の錯乱を疑いかけたその時、声が響いた。
     
     了解ーーーーー
     
    空中に巨大な手が現われ、タコの頭部を掴んだ。
    黒雪どころか、船ごとである。
     
    「魔王ーーーっ、道連れ禁止ーーーっ
     タコだけ回収してーーーっ!」
     
    黒雪が慌てて叫ぶと、手がもうひとつ出現して
    船をベリッと丁寧に剥がし、海に浮かべた。
    黒雪も摘まみ上げられ、船の上にソッと戻された。
     
     
    「あっぶなーい。
     今度は魔界にワープするとこだったわ。」
     
    「奥さま、大丈夫でしたか? ケガなど・・・」
    胸を押さえてヘタり込んでいる黒雪のところへ
    王子が駆け寄って抱きしめようとして、・・・止めた。
     
    「だよね、全身ヌメヌメだもんね。
     こんな事であなたの愛を量ろうとはしないから
     遠慮なく、ちゅうちょしてて良いわよ。」
     
    黒雪は悪気なく、いやむしろ気を遣って言っているのだが
    王子にはものすごいイヤミに聞こえて
    でも、そのネバネバヌラヌラは潔癖症の王子には耐えられず
    愛との天秤に、ひとり苦悩した。
     
     
    それを横目で見ながら、頭領が訊く。
    「で、あの不可思議な手は何なんだい?」
     
    「あ、説明はちゃんとするから、ちょっと待って。
     魔王ーーーーーーっ、聞こえてるーーーーーーーー?
     今回は大物だったんだから、お礼も相応のを希望ーーーっ!」
     
     
    次の瞬間、遠くに見える陸地の端に雷が落ちた。
    「あそこ! あそこに向かって!」
    黒雪は頭領をせかした。
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 5

     化け物に襲われる3号船を前に、全員が凍り付いていた。
    2号船に、ドデカいタコが絡み付いていたのである。
     
    「・・・オクトパスってやつ・・・?」
    RPGで化け物の名前を覚えたヤツがほとんどのはず。
     
    「ねえ、水生動物に効く雷系の呪文は誰が習得してたっけ?」
    「この世界に魔法があるのなら
     まず私に回復呪文を掛けてもらいますよ・・・。」
    逃避する黒雪に、船酔いでヨロヨロの王子が言う。
     
     
    「とにかく、3号船の乗員を全員こっちに避難させてください。」
    真っ青な顔色をしつつも、王子が海賊たちに指示を出す。
     
    「何でおまえの言う事を聞かなきゃならないんだよ!」
    こんな時にまでそんな反抗をする手下に
    黒雪が思いっきりケリを入れる。
     
    「それはな、この王子の妻である私が
     おまえらのために命を賭けるからなのよっ!
     立場やらメンツやらの話題は、生き延びた暁にして!」
     
     
    3号船に次々にロープが架けられ、それを伝って乗員が逃げてくる中
    黒雪は逆に3号船へと渡って行った。
     
    「あの女、まさかあの大ダコに向かって行くのか?」
    頭領が王子を引きとめる。
    「あれを退治するのが、私たちの使命なのです。
     あの船の武器庫はどこにあるんですか?」
    「船の中央後部の地下二階にあるけど・・・。」
     
    「奥さまーーーっ、武器庫は船中央後部の地下二階ですってー。」
    黒雪に向かって叫んだ後、頭領に言う。
    「私が渡り終えたら、ロープを切って
     あなた方は港へと急いで逃げてください。
     これを見せたら、軍隊長はあなた方を処刑はいたしませんから。」
     
    王子は頭領に、指輪と共に手紙を渡した後
    ロープをえっちらおっちら伝い始めた。
     
     
    大ダコが絡みつく船は
    何のアクティビティーなのか、と問いたいほど揺れていた。
    こ・・・これで地下まで行くの無理!!!
    甲板を前後左右に滑りながら、黒雪はなすすべがなかった。
     
    王子が甲板に転げ落ちてくる。
    「王子! あなた、よく渡ってこれたわね。」
    「ええ、ロープを腰に巻いて何とか。」
    王子がゼイゼイ言っている。
    もう生きる屍のようにヤツレている。
     
     
    「この生物は、魔界産ですよね?」
    「うん、そう思う。
     てか、そうであってほしい。
     人間界にこんな生き物、いらんわ。
     そういうつもりで、カタを付けましょ。」
     
    「ですよね。
     でもヘタに傷つけると、もっと大暴れするでしょうし
     最悪、逃げる可能性も・・・。」
     
    ズシャーッ ズシャーッ と滑りながらも、話し合うふたり。
    「アチッ、摩擦で服が燃えそうですよ。」
    そこへザッパーーーンと波が掛かる。
    「冷たっ! 熱いか凍りそうか極端な責めですね。」
     
    まったく男は、暑い寒い暑い寒い、いっつもうるさい。
    言っても、何も状況は変わらないのに。
     
    しかし打ち付ける波しぶきは
    大勢の幼児に往復ビンタをされてるように、不愉快な痛みがある。
    「もう・・・、このタコも何でこんなに元気いっぱいなのよ?
     何のハッスルタイムなの?」
     
     
    「あなた、地下に行って爆弾か何かを探してきて。
     最終的には、それを口に放り込んで爆発してもらおう。」
    「あなたはどうするんですか?」
     
    「私はとりあえず足を切ってみるーーーーー。」
    言いながら黒雪は、タコの足の方へと平泳ぎで甲板を滑って行った。
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 4

    急に打ち合いを止めた頭領に
    打ち込みかけた黒雪が、勢い余って甲板に転げる。
     
    「あ、すまない、何やら緊急のようだ。
     あんたら、船を降りて良いよ。
     勝負はまた今度、って事で。」
     
    頭領は、仲間の危機だというのに
    “黒雪に勝たない” 理由が出来て
    ホッとしている自分の心理が不愉快だった。
     
     
    操舵室に入ろうとする頭領に、王子が訊ねた。
    「“救助要請” という、重大事件に驚きもしない。
     あなたには3号船に何が起きたのか、わかっているようですね?」
     
    へえ? と、うがつ表情をする頭領に黒雪がノンキに言う。
    「この人、頭脳担当だから。」
     
     
    「実は数年前から、ここら近辺の海で怪物の目撃情報が多発していて
     あたしたちはそいつを、“シーデビル” と呼んでいる。
     3号船は、多分そいつに襲われている。」
     
    「She Devil? Sea Devil?」
    「海の方だよ、海の悪魔。 どこぞの映画ではない。」
     
    「それはイカなの? タコなの? エビなの? カニなの?」
    「寿司ネタかい!
     よくわからないけど、とにかく化け物らしい。」
     
    王子と黒雪は目を合わせた。
    「これは・・・。」
    「ですよね・・・。」
     
     
    王子が甲板から身を乗り出して、軍の隊長に叫んだ。
    「ちょっと事故が起きたので、調査に行ってきます。
     あなたがたは、1週間はここで待機
     だけど雪で道が封鎖される前には、首都に戻ってください。」
     
    黒雪がヒョイと横から顔を出す。
    「あ、私たちが死んで、こいつらが生きてた場合
     王族殺害の見せしめとして、こいつらを根こそぎ退治してねー。」
     
    無邪気にそう叫ぶ黒雪を見て、海賊たちはゾッとした。
    それを知ってか知らずか、黒雪が微笑む。
    「さあ、協力して3号船を助けましょう。」
     
     
    「ちょっと待て!
     何故おまえらも行く?」
     
    「それは多分私たちじゃないと、やっつけられないからです。
     その海の悪魔は。」
    頭領がいぶかしげに訊く。
    「どういう事だ?」
     
    「王族には、国を守る義務と力が与えられていて
     あなたたちも国民だ、と言う事よ。
     さあ、さっさと出港して!」
    タルをガンと蹴る黒雪。
    もうシビレを切らしたらしい。
     
     
    冬間近の北の海を、ふたりはナメていた。
    ザッパンザッパンと上下左右に揺れ動く船で
    ものすごい船酔いで、王子が完全にダウンしたのである。
     
    「ああ・・・、足の下に地面がない・・・。」
    王子はうなされにうなされている。
     
    「あんたは大丈夫なのかい?」
    様子を見に来た頭領に、黒雪は笑った。
    「あはは、知恵が回るから目も回るのよ。」
     
     
    頭領がジロジロと黒雪を見る。
    「何かしら?」
    「あんたみたいな女が、何故あの弱っちい男と結婚したわけ?」
     
    黒雪は即答した。
    「北国を豊かにしたい気持ちが一緒だったからよ。」
    頭領はバカにした笑いをした。
    「それは表向きだろう?」
     
    黒雪は仁王立ちで腕組みをした。
    「今から遭う化け物を退治できたら、あなたにも理解できるわよ。
     キレイ事だけでは命を張れないのよ!」
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・略奪 2

    国の北西は、もう寒かった。
    灰色の厚い雲で覆われた空が、雪の予告をしているようだ。
     
    「黒雪さまですか?」
    走り寄って来たのは村長だと名乗る老人である。
    「王子さまが・・・、わしの孫も・・・。」
     
    「で、そいつらはあそこですか?」
    黒雪が見る方向には、大きな帆船が泊まっている。
     
     
    「ちょっとあの一番小さい帆を撃ってみて。」
    黒雪の命じるままに、兵士が大砲を撃つ。
     
    ドッカーーーーーーーーン!!!
     
    「おお、凄い凄い、命中したわ、腕が良いわねえ。」
    黒雪の拍手に、砲兵が頬を赤くしながら頭を掻いて照れる。
     
     
    「な、何事だ!!!!! 誰だ?」
    船上から、うろたえた声が響く。
     
    「はーい、王子の妻ですがー?
     お呼びになりましたよねー?」
    甲板から見下ろす女性たちが、愕然とする。
    「な、何だ、その軍隊は・・・。」
     
    100余名の兵士に武器フル装備をさせ
    自らも刃物携帯しまくりで、まるで針山のようになって
    仁王立ちする黒雪が高笑いをする。
     
    「権力というのは、こういう風に使うものですのよ。
     おーっほほほほほほほ」
     
     
    「え、ええーい、黙れ黙れ、おまえの夫がどうなっても良いのか?」
    縛られた王子が引っ張り出された。
     
    「王子さま!」「王子さま!!」
    兵士たちの間に動揺の声が広がる中
    黒雪が嬉々として、王子に声を掛けた。
     
    「王子ーっ、心配しないでねーーー。
     あの世でも絶対に、私はあなたを夫に選ぶからーーー。」
     
    黒雪の奇妙な言葉に、海賊たちが王子に問う。
    「あの女は何を言ってるんだ?」
    王子は、悲しそうに微笑んだ。
    「今から総攻撃をかける、と言っているんですよ。」
     
     
    今度は海賊たちが動揺する番だった。
    「王子であり夫であるこいつを見殺しにする、というのか?」
     
    黒雪は、きっぱりと言い切った。
    「おまえら、勘違いしてるようだけど
     大事なのは国であって、王族じゃないのよ。
     王族がいる理由は、国のトップがコロコロ変わると
     他国から信用されないからであって
     うちの王国には、もう跡継ぎがいるから
     私たちの命は、国の平定に捧げてオッケーなわけ。」
     
     
    銃を天に掲げて、黒雪が叫んだ。
    「おまえらのようなヤカラから国を守るため
     この身を捨てる事に、微塵のちゅうちょもないわ。
     思う存分、皆殺しにしてくれる!!!」
     
    「「「「「 おーーーーーっ!!!!! 」」」」」
    黒雪の雄叫びで、兵士全員が銃を掲げた。
     
     
    「ままま待て! こっちには村長の孫もいるんだぞ!」
    泣き喚く男の子が連れて来られた。
     
    「あらま・・・。」
    黒雪が村長を見ると、村長は唇を噛みしめた。
    「・・・あの子も、まがりなりにもこの村の長の孫です。
     定めと思って、国のために散ってくれると思います。」
     
    ギャン泣きしているんだけど・・・
    黒雪はちょっと困った様子で考え込んだ。
     
    「私たちが帰って来ない場合、あいつらを根絶やしにして良いから。」
    隊長に小声でそう命令すると、持っていた剣類を外しながら
    黒雪は甲板に向かって呼び掛けた。
    「その子の代わりに、私が人質になります!」
     
     
    黒雪の足元に積み重なる凶器を見て
    一体どれだけ持ってくるのか、ゾッとした海賊たち。
     
     
     続く 
     
     
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           小説・目次 

  • 黒雪伝説・略奪 3

    甲板には、見事にガラの悪そうな女性たちが並んでいた。
    「ふむ、北国人は縦にばかり伸びて
     筋肉が付きにくい体質だと思っていたけど、なかなかどうして。」
     
    腕組みをしながらカツカツと、女たちの前を歩き回る黒雪。
    「おっ、良いわねえ、この三角筋、私の近衛にならない?」
    女性のひとりの肩を揉んで、ニッと笑う。
     
     
    「奥さま!
     女性が相手でも、私は妬きますよ!」
    後ろ手に縛られた王子が、女走りで黒雪に駆け寄る。
     
    「・・・王子ぃ~~~~~~。」
     
    黒雪が呆れたように言うと、王子が苦悩の表情を浮かべた。
    「・・・奥さまの言いたい事はわかっております。
     さらわれるなんて、姫の仕事ですよね、くっ・・・。」
     
     
    黒雪が溜め息をつきながら言う。
    「もう、あなたには自爆装置でも着けときましょうかねえ?」
     
    「そ・・・そんなあああああ。」
    「うそうそ、冗談よ。 ちゃんと私が助けてあげるから。」
    黒雪が王子の手首の縄を噛み千切る。
     
    「待て! 誰が王子の縄を解いて良いと言った!」
    列が割れ、ひとりの女性が現われた。
    「あれが海賊の頭領です。」
    王子が黒雪に耳打ちする。
     
    身長は向こうが高いようだが、黒雪の方がゴツい体型である。
    海賊の頭領だと言われるその女性は
    白い肌、金色の髪に青い瞳の、筋肉がなければ美女である。
     
     
    「おまえ、こんなひ弱な男でも、縛っていなきゃ安心できないの?」
    黒雪がズイッと前に出る。
    鼻をくっ付けんばかりに睨み合うふたり。
     
    「さすが、豪傑と噂される姫さんだね。」
    「おまえこそ、その眼輪筋は見事だわ。」
     
     
    「では、ひと試合願おうかな。」
    頭領が部下から木刀を受け取った。
     
    「ちょ、私の武器は?」
    「武器、持ってきてないのかい?」
    黒雪は上腕二等筋を見せつつ、誇った。
    「この筋肉が武器でね、ふっ・・・。」
     
    「・・・じゃ、いくよ。」
    「あ、待って待って、すいません、調子こきました。
     やっぱ何か貸してー。」
     
    部下がもう1本、木刀を投げた。
    「では・・・。」
     
     
    木刀の先をピタリと合わせるふたり。
    その瞬間、電流が走るような手応えを感じたふたり。
     
    この女、強い!
     
     
    足場の悪い船上での試合は、黒雪には不利であった。
    どうやら技術的にも運動能力的にも、この頭領の方が優れている。
    しかし国を背負っている以上、一海賊に負けるわけにはいかない。
    黒雪の勝ち目は、その気合いだけであった。
     
    頭領は驚いていた。
    王族、それも大国東国出身の姫が、自分とほぼ互角に打ち合っている。
    しかも何だか嬉しそうである。
     
    カンカンカンカン と、打ち合う音に合わせて
    踊るように活き活きと木刀を振るう、この地黒のゴッツい姫が
    時々神々しくも見え、圧倒される。
     
     
    あたしの方が、場数を踏んでいるはず
    現に、確実に勝負は付いてきている。
    なのにこの姫の表情には、余裕すら伺える。
     
    これが王族というものなのか
    頭領には、より多く黒雪に打ち込みながらも敗北感が湧き起こった。
     
     
    勝っても良いものか、頭領がありえない迷いを始めたその時
    船室から部下のひとりが走り出てきた。
     
    「3号船から救助要請です!」
     
     
     続く 
     
     
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  • 黒雪伝説・略奪 1

    ♪ マッチョ マッチョメ~~~ン ♪
     
    イキの良いBGMに合わせて
    トレーニングルームで黒雪が、ウッホ、ウッホとスクワットをする。
     
    「はあ・・・、ゴリラにしか見えないわん・・・。
     しかもオスの・・・。」
    入ってきたキドが嘆く。
     
     
    「あら、おまえがジムに何の用なの?」
    「だーかーらー、何度も言ってるけど
     アタシの仕事は、黒雪さまの美容管理ですのよん。
     健康も美容の一環!
     で、トレーニングをしている間、これを塗っていてくださらない?」
     
    キドは黒雪の顔に、クリームを塗り始めた。
    「・・・これは何なの?」
    「パックよん、パック。
     王子さまが帰ってきたら、またパーティーでしょん?
     それまでに、ここ! と ここ! の
     憎っくきシミを取っておかないと!」
     
     
    黒雪がキドにグイグイとクリームを塗り込まれていると
    王子の執事が転がるように部屋に入ってきた。
     
    「た、大変です!!!!!」
     
    「あれ?
     ネオトス、おまえ王子に付いて行ったんじゃないの?」
     
     
    温泉を見つけて帰城した王子と黒雪に
    北西の村から、鉱脈があるかも知れないという情報が入った。
     
    黒雪は行きたがったが、妊娠の有無が判明するまで
    城で大人しくしているよう言い残し
    王子は執事を連れて、北西の村へと視察に行ったのである。
    その配慮も虚しく、黒雪は筋トレなんぞをやっとるわけだが。
     
     
    「はい、村へは無事に着きました。
     しかしそれは罠だったのです!」
    「何とな!」
     
    「海賊めらが村長の孫を誘拐し、脅していたのです!」
    「何とな!!」
     
    「海賊は、巷で噂の剛の者・黒雪さまを狙っていたのです!」
    「何とな!!!」
     
    「しかし黒雪さまがいないと知るや、王子をさらい
     返してほしけりゃ、黒雪さま御自ら迎えに来い、と。」
    「何とな!!!!」
     
     
    「イケメン王子がヤツらの毒牙に掛からないかと
     もう気が気ではなく・・・。」
     
    キドが口を挟んだ。
    「ちょっと待ってん。
     その海賊って男性なのん? 女性なのん?」
     
    ネオトスが憎々しげに言う。
    「全員女性なのです!」
    「何とな!!!!!」
     
     
    キドは黒雪を見ながら鼻で笑った。
    「・・・黒雪さま、あんたバカみたいよん。」
     
    黒雪がいくら怒りに拳を震わせても
    海草パックを塗りたくられて顔面真緑なら、アホウにしか見えない現実。
     
    「とにかく、村へ急ぐわよ!」
    「ああっ、待って、せめてパックは拭き取ってええええええ!」
     
     
    北西の村は特に雪深く、10月の下旬には既に行き来も困難となる。
    短い夏が終わろうとしている今
    王子救出作戦は1分1秒を争う急務なのだ。
     
    黒雪は武器庫に行き、フル装備をし
    兵士たちを引き連れ、北西への道を進んだ。
     
    そりゃもう、活き活きと。
     
     
     続く 
     
     
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  • そしてみんなの苦難 14

    「本当にもう帰るだかー。 寂しいだすよー。」
    別れを惜しんでいるのは、マナタだけであった。
     
    さっきの今だと言うのに、手元にはグリスの書類が揃っている。
    大臣の実行力と権力の大きさに、感謝どころか逆に震え上がる。
     
     
    「マナタさん、本当にお世話になりましたー。
     お礼と言っちゃ何なんですが、これ、貰ってくださいー。」
    主が、駄菓子がまだまだ一杯詰まっているバッグを
    えいやっ とマナタに投げ付ける。
     
    「おおーーー、嬉しいじゃがよー!!!」
    本気で大喜びするマナタに、タリスは聞きたくてしょうがなかった。
     
    おまえ、本当はマトモな英語を喋れるんじゃないのか?
     
    あの大臣が、身内のこんなヘンな英語を許すとは思えない。
    我々を油断させるための芝居なんじゃないのか?
    そうタリスを疑心暗鬼にさせるほど、大臣の雰囲気は恐ろしかったのだ。
     
     
    だが、訊く勇気などない。
    大学の課題のひとつとして、何気なく選んでちょっと学んだこの国だが
    遠くで学ぶのと、実際に体験するのでは大違いであった。
    もう、この国とは一切関わりたくない!
     
    タリスの完璧なビビりを察知せずに、マナタはのんきに言った。
    「わすがそっちに行った時には案内して欲しいでんがな。
     タリス、メルアドを教えてけろ。」
     
     
    捨てアドをマナタに教えて、やっと機上の人になれたタリス。
    あまりの緊張が過ぎ去って、行きとは違って気が抜けたように
    窓の外を見つめながら、ボンヤリと回想していた。
     
    普通に勤務していたら、絶対に味わえない経験だった。
    それも今こうやって無事でいるから思える事である。
     
     
    タリスは何気なく主の方に目をやる。
    主は相変わらず携帯ゲーム機を凝視していて
    その隣では、レニアが眠りこけている。
    そして、その隣に黒い子供が緊張した様子で座っている。
     
    俺はこの子のために、ここにいるわけだ・・・。
    慣れない警護に苦労しつつ、死刑になるかも知れない恐怖に直面し
    それもこれも、この子供のために
    主様が一瞬で決めたこの子供のために・・・。
     
     
    タリスはやりきれない気持ちだった。
    無口で沈着かつ冷静である、と自負していた自分が
    土壇場ではこんなに取り乱す人間だったとは、想像もしていなかった。
     
    情けないし、恥ずかしい。 これで軍人と言えようか。
    思わぬ自分を突き付けられ、頭を抱えてしまう。
     
     
    結局、館の事も何ひとつ知る事が出来なかった。
    わかったのは、主が変わり者らしい事だけ。
     
    しかし、主が何故、主でいられるのかはわかった気がする。
    奪う事にも奪われる事にも執着のない人物。
    このお方はきっとこれからも、あの何を考えているのかわからない無表情で
    ひとり直進して行くのだろう。
     
     
    ひとり・・・・・?
     
     
    じゃあ、この子供はどうなるのだろう?
    小さなか細い薄汚れた子供。
     
    タリスは、いかにもオドオドして座っている子供の方を見た。
    子供はキョロキョロと目玉だけを動かして
    オドオドとしつつ、居心地が悪そうだったが
    ふと、タリスの視線に気が付いたのか、振り向いた。
     
    タリスと子供の目が合う。
    子供は怯えた表情のまま、一生懸命に笑みを作った。
     
     
     
    「あー、だから主のお供にしたくなかったんだ・・・。」
    書類を手に、将軍は溜め息を付いた。
     
     
    “転属願い”
     
     “館警備への転属を希望いたします  
                     
                     タリス”
     
     
     
             終わり
     
     
     
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  • そしてみんなの苦難 13

    奇妙な沈黙が漂う。
    主は微動だにせず、無言であった。
     
    「何故、返事をしないのですかな?」
    しびれを切らせた大臣が問い直す。
     
     
    「あー、すみませんー。
     今まさに迷いまくっておりましたー。
     すみません、無理ですー。
     どうやっても私には、この場では “真実” を作れませんー。」
    その棒読みと無表情が、諦めを感じさせる。
     
     
    「では、あなたは、私が作る “真実” とやらを
     受け入れる覚悟がある、という事なんですかな?」
     
    大臣は、厳しいまなざしで主を威嚇する。
    主は何の感慨もなさげに、ごく普通に答えた。
     
    「はいー。 しょうがないですねー。
     どうせ他人の血も自分の血も、区別がつきませんしねー。」
     
    タリスの背中に冷たい筋が走った。
    主は失敗してしまったのだ。
    それはすなわち、自分の死をも意味する。
     
     
    主をジッと睨む大臣。
    タリスは身動きが出来ない。
    今ここで指の1本でも動かせば
    反撃しようとした、と見なされて蜂の巣にされるかも知れないのだ。
     
    だが自分は護衛。
    何か打つ手はないか、と目玉だけ動かした時に
    タリスの目に、主の背中が映った。
     
     
    いつもと変わらぬ、いや、いつも以上に静かな背中。
    まるで雪が降り始める前の音が聴こえるようだ・・・
     
    タリスは、思わず目を閉じた。
    故郷の、冬の枯れ野原が眼前に広がる。
     
     
    大臣はわっはっはと笑った。
    タリスは我に返った。
     
    ここここんな時に、自分は何を思い巡らせているのか。
    改めて、背筋が凍りつく。
     
     
    「いや、聞いていた通り、率直なお方だ。
     よろしい、子供をお譲りしましょう。」
    「ありがとうございますー。」
    頭を下げた主に、大臣が言う。
     
    「どうですかな?
     予定を延ばして、晩餐もご一緒してはいただけませんかな?」
    「光栄なお話ですが、今日発ちたいのですー。
     申し訳ございませんー。」
     
    「そうですか・・・。
     もちろん、無理強いは、しませんよ。
     また次の機会にでも・・・。」
    その寛容さを演出するような口調に、タリスはゾッとした。
     
     
    丁重にお礼の挨拶をした後、宮殿の廊下を歩くふたり。
    「ここを生きて出られるなんて信じられない・・・。」
     
    解けない緊張に、無意識につぶやいたタリスを主が戒める。
    「シッ、さっさと行きますよー。」
     
     
    ホテルの部屋に戻ると、マナタがノンキな顔で訊いてきた。
    「どがいだったかね?」
     
    「はいー、とても良い人でしたよー。」
    主がそう答えると、マナタが驚く。
    「ほお、おみゃあさんでもお世辞を言うだかや?」
    その図星に、主はロコツに嫌な顔をした。
     
     
    マナタが部屋を出て行った後、レニアがコソッと訊く。
    「で、本当はどうでしたの?」
     
    「自分以外の暴君って、間近で見るのは初めてでしたけど
     ものすごい邪悪な迫力でしたよー。
     格が違う、って思い知らされましたー。
     晩餐に誘われたんですけど、断りましたー。
     もてなしで猿の脳みそとか、いかにも出しそうな人でしたもんー。」
     
    思わずタリスも横から口を挟む。
    「帰してもらえたのが奇跡ですよ。
     これはもう、さっさと立ち去った方が無難ですよ。」
     
    うなずきながら、主が続ける。
    「クリスタルシティに着くまで安心は出来ませんよー。
     そういう奇跡は、また別のいたらん奇跡も連れてくるものですからー。
     いきなり気が変わって、首チョンパされたくないですからねー。
     書類が揃い次第、さっさと出国しましょうー。」
     
    ふたりのささやきに、レニアは卒倒しそうになった。
    「止めてー。 今、体調不良にならないでー。
     この国を出るまで耐えてーーー!」
    主が小声で叫び、タリスが慌ててレニアを支える。
     
     
    ふたりは心底ビビり上がっていたが、確かに執念深そうな男である。
    これ以上長居して、機嫌を損ねる可能性を作るのは避けたい。
     
    何しろ、主は “率直” なのだから。
     
     
    続く。
     
     
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  • そしてみんなの苦難 12

    「はいー。
     わたくしの跡継ぎが欲しいからですー。」
    主がサラッと答える。
     
    「わたくし、欧米人はあまり好まないのですー。
     かと言って、日本に行くには遠すぎますしー
     何より日本は手続きが多すぎるので、面倒なんですー。」
     
    主は自分の言っている事の意味がわからないのか?
    身じろぎも出来ずに、タリスが心の中で叫ぶ叫ぶ。
     
     
    「ほお? それで我が国の子供を連れ去ろうと?」
    厳しい表情で、ズイッと大臣が身を乗り出すのを見て
    タリスは凍りつきそうになったが
    事もあろうにそれを受けるように、主もズイッと身を乗り出した。
     
    「貴国の流儀に則って手続きをしているものだと思っておりましたが
     何か手違いでも発生したのでしょうかー?
     でしたら即刻、善処させていただきたいと存じますがー。」
     
    ニコリともせずにヌケヌケと言う主に、大臣は呆気に取られている。
    タリスは後ろで、泡を吹いて倒れそうな心境だった。
     
     
    しばらく無言で見詰め合っていた大臣と主だったが
    やっと大臣が話を再開した。
    「いやいや、話に聞いていた通り、変わったお方だ。」
    「恐れ入りますー。」
     
    そこ、“恐れ入ります” 違ーーーーーう!
    タリスは心の小部屋でジタバタと、のたうち回る。
     
     
    「クリスタルシティの商工会会長の息子は、私の留学先の同級生でね。
     マナタは私の従兄弟の娘の婿なのですよ。」
     
    じゃあ、最初から目を付けられていたのか!
    その時ふたりは、それに初めて気が付いた。
     
    「特殊な館の主に、どうしてもひと目会いたくてね。」
    「その “特殊” とは、どこに掛かるんですかー?」
    「色んな部分にですよ。」
    大臣はふふっと笑った。
     
    「では、話は早いと思いますー。
     どうか貴国の子供をひとり、わたくしに譲ってくださいー。」
    主は頭を下げた。
     
    「その “日本式” も聞いておりますよ。 独特ですな。」
    大臣は椅子の背もたれにもたれた。
     
     
    「ある人間がいる。
     私に何でも許される事を知っている人間だ。
     ある日、そやつが私の宝石を借りようとした。
     私に黙ってだ。」
     
    大臣は、葉巻に火を点けた。
    一瞬で部屋中に甘い煙たい香りが漂う。
     
    「私に言えば、すぐに許可が出る事はわかりきっておったので
     そやつは私には、後で報告するつもりだったらしい。
     しかし私は、宝石を持ったそやつの従者の両手を切り落とした。
     私は間違っておるかな?」
     
    こ・・・これは・・・試されてる!
    タリスは青ざめた。
    大臣の気に食わない答をすれば、我々は手首どころか首が危ない。
     
     
    タリスの動揺も知らずに、主は即座に答えてしまった。
    「似たような話がたくさんある気がするんですが
     どこにでも増長するヤツはいる、って事なんですかねー。
     にしても、そのような質問をなさるとは
     恐れ知らずでいらっしゃるー。」
     
    「どういう意味だね?」
    いぶかしげに大臣が訊ねる。
     
     
    「閣下は “真実” の正体に、お気付きになっていらっしゃるはずー。
     真実なんて、人 × 場所 × 状況 の数だけあるものですー。
     つまり今この場での真実も、閣下がお決めになるんですー。」
    主が眉ひとつ動かさずに、恐ろしい事を言う。
     
    「ただ、ひとつだけ言えるのは、真実をもて遊んだらロクな事にならない
     と、歴史が証明している事ですー。
     だから真実を謎掛けにするなど、“恐れ知らず” って言ったんですー。
     閣下は先程の問いの答は
     もう、ご自分で持ってらっしゃいますよねー?」
     
    「何故そう思う?」
    「閣下が大臣だからですー。
     迷いがあったら勤まらない地位だと思うんですー。」
     
     
    大臣は、葉巻をもみ消した。
    「あなたには、迷いはないのですかな?」
     
    主は自分がしくじった事に気付く。
     
     
    続く。
     
     
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