カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • そしてみんなの苦難 11

    「えええええええええーーーーーー
     そういう面倒がないようにお願いします、って
     あんだけ念押ししたのにーーーーーっ!」
    携帯に向かって叫びながら、部屋をウロつく主。
     
    「もう、ほんと頼みますよー。
     私が出たら余計に国交に差し支える、とか思わないんですかー?
     ・・・・・・・・・・・・・・・
     あーもう、わかりましたよー、行くしかないんですねー?
     どうなっても知りませんよー、とは言わないけど、連帯責任ねー。
     はいー、はいー、わかってますからー、努力しますからー。
     はいー、じゃー、無事故無違反を祈っててくださいよー。」
     
     
    電話を切った主が、タリスに言った。
    「何か、この国のお偉いさんと茶ぁする事になっちゃいましたー。
     付いてきてくださいねー。」
    「誰とかあね?」
    マナタが横から口を挟んだ。
     
    「えーと、名前は忘れたけど、内務大臣みたいな人ー?」
    その言葉に、マナタは意味ありげな薄ら笑いを浮かべた。
     
    「ああー、あの人だべかー。
     酔狂なくせに気難しくて、すぐ首をはねちまうごわす。
     厄介なお方と会うんじゃなあ。」
     
    「あーあーあー、そーゆー逸話は聞きたくなーいーーー。」
    主は、両手で両耳をパフパフしてあーあー言いながら
    寝室の方へと去って行った。
     
    こいつ、本当に上流なんだな、と思ったが
    マナタは、柿の種をボロボロとこぼしながらむさぼり食う
    ・・・だけならまだしも、床に落ちたのまで拾って食うので
    尊敬も感心も出来ない、複雑な心中のタリスであった。
     
     
    「・・・えーと、生きて帰れなかったらごめんねー。」
    「・・・いえ、それも任務ですから・・・。」
    冗談のような口調の主と、それをとがめないタリス。
    ふたりの余裕のなさは、マナタから聞いた情報ゆえだった。
     
    この国の独裁政権は、国王一族によってかためられているが
    今から会う大臣も、国王の数多い親族のひとりで
    その中でも特に残忍な人物らしい。
    拷問部屋や人間狩りの噂など、ふたりを青ざめさせるには充分であった。
     
    「・・・マナタさんの事も、ムゲにしてたら
     彼の一族にどういう罰をくらったかわかりませんねー・・・。」
    主がつぶやいた言葉に、タリスも同意せざるを得なかった。
     
    この国での “権力” というものは
    他人の命を、空き缶でも蹴るように簡単に左右できるようだ。
    お通夜のような神妙な面持ちで、ふたりは迎えのリムジンに乗り込んだ。
     
     
    着いたのは、宮殿のような建物であった。
    「うわ、万が一のため、ドレスを持ってきといて心底良かったーーー!」
    主が目まいを起こしながら、リムジンから降りる。
     
    紺色の露出の少ないストレートラインのミニドレスは
    主の象牙色の肌に映えていた。
    確かに痩せすぎではあるが、きちんとすると品がないでもない。
    タリスの衣装は無難な黒スーツである。
     
    ボディーガードの役目だったはずなのに、まさかこんな目に遭うとは
    思ってもしょうがない後悔で、タリスの心は一杯であった。
     
     
    主の後ろを歩いていると、主が少し顔を傾けてうつむいて右後ろを見る。
    このお方が、自分が付いてきているか気になさるとは
    このような状況では、さすがに不安なんだろうけど・・・
     
    タリスは、そのひんぱんな主の “確認” が
    自分が信用されていないような気がして、少し不愉快であった。
     
     
    赤じゅうたんが敷かれた中央ホールを通り、通された部屋は
    “サロン” とでも呼ぶべき、ヨーロッパ調の装飾だった。
    勧められた長椅子には主が座り、タリスはその後ろに立つ。
     
    程なくして、ひとりの小太りの男性が目の前に現れた。
    胸には爬虫類のウロコのように勲章がぶら下がり
    男性の自己顕示欲を象徴している。
    いかにも、ロコツに美化された肖像画を残したがるタイプである。
     
     
    「よくぞ、いらっしゃった。
     さあ、おくつろぎください。」
    立ち上がった主に、微笑みながら手を差し伸べる。
    流暢な英語であった。
     
    「わたくし、クリスタルシティの保護施設の管理人ですー。
     今日はお招きいただきまして、光栄に存じますー。」
    主が微かに笑みの混じった硬い表情で、お辞儀をした。
     
     
    おいおい、そこは握手をするとこだろーーー!
    タリスは後ろでハラハラしたが、大臣ははっはと笑った。
     
    「そう言えば、ニッポンのご出身だったですな。」
    「はいー。 西洋式文化が中々身に付かず困っておりますー。」
    「まあ、何でもかんでも西洋式を真似るのも感心しませんな。」
     
    西洋風インテリアにしておきながら何をぬかす!
    タリスは、無表情で脳内突っ込みをした。
     
    そんなお遊びをしている場合じゃないのは、百も承知なのだが
    この初めて味わう重圧に、タリスの心が耐えかねて
    いつもよりも脳みそが饒舌になっているようである。
     
     
    「さて、早速本題に入りますが、今日おいでいただいたのは
     あなたが我が国の子供を連れ出したい、と耳にしたからです。」
    いきなりの核心を突いた言葉に、タリスの心臓が大きく上下に動く。
     
    「理由をお聞かせ願えますかな?」
    大臣は、にこやかだが冷酷な眼差しで主を見据えた。
     
     
    続く。
     
     
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           カテゴリー ジャンル・やかた
                  
           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 10

    主が子供の前で仁王立ちのまま、その子を睨みつける。
    子供はオドオドしながらも、逃げる事もせず主を見上げている。
     
    だから子供には、子供の目線まで体を低くして優しい眼差しでっ!
    タリスは、思いっきり上から見下ろす主に心の中で突っ込んだ。
     
     
    「あなた、お名前はー?」
    その上、ドスの利いた低音で主が訊ねる。
     
    もう、何もかも違ーーーーーーう!!!
    タリスは見ていてやきもきした。
     
    子供は何も喋らず、困ったようにソワソワしている。
    主はそんなか弱い子羊の鼻先に、ズイッと顔を寄せて
    執拗に、その目を覗き込んだ。
     
     
    もう、見るからに怪しい大人たちじゃないか、我々は。
    タリスも主の後ろで、ソワソワし始めた。
     
    「タリス?さんー、この子を連れて来てくださいー。」
    そうひとこと言うと、主はさっさと車のところへ戻って行った。
     
    初めて正しく名を読んでもらった事が、ちょっと嬉しいが
    え? どうしろと? と、ピンと来ずに焦っていると
    タリスが動くまでもなく、子供は主の後を追いかけて行った。
     
     
    「あれ、携帯、旗0本だー。 すっげー!」
    何の感動なのか、主がひとり言を言いながら電話を掛け始めた。
    後部座席の主の隣には、さっきの子供がちょこんと座っている。
     
    「あー、私ですー。
     見つけましたので、手続きよろー。」
    それだけ言うと、携帯を切った。
     
     
    「しっかし、無防備なガキですねー。
     あんなところにいて、こんな危機感なくてよく生き延びましたよねー。」
    子供をジロジロとぶしつけに見る主。
     
    「て言うか、くっさいですねー。
     ホテルに帰ったら、即シャワー2時間延長コースですねー、こいつはー。
     あー、下ネタじゃないですからねー。」
    主の言葉にマナタは爆笑したが、タリスはニコリともしない。
     
     
    「マナタさん、この子に名前と歳を訊いてくれますかー?
     どうも英語、話せないらしいんですよー。」
    「そりゃ貧乏人は読み書きもできねずら。」
    マナタは母国語で子供に話しかけた。
    運転しつつ、真後ろに振り向いて。
     
    「ちょっ・・・!」
    タリスが慌ててハンドルを支える。
     
     
    「歳はよくわからないだと。
     こりゃ生粋の貧民街生まれの貧民街育ちだのお。
     にしては、こんな肌色と髪の色はないじゃが、混血と思うぜよ?」
    子供は、真っ黒の肌と髪に濃いブラウンの瞳をしている。
     
    「名はグリスだそんだま。
     これもこの国風の名じゃねえじゃが。
     親が何人かもわからんがや、おおかた売春婦と観光客のタネじゃねか?」
     
    「グリス? タリスと似てますねー。 すごい偶然ですよねー。」
    はしゃぐ主に、似たくもない、と憮然としているタリス。
     
     
    「うーん、見た目4~5歳かのお?」
    運転中だと言うのに、更に身を乗り出して子供を確認するマナタに
    さすがにタリスの心臓が止まりかけた。
     
    「前! 前!」
    叫ぶタリスに、マナタが笑った。
    「大丈夫どっしゃ。
     このへんのヤツらの命は安いもんだすから。」
     
    その言葉にタリスの頭に血が上りかけたが
    「私ら、この車の修理代までは出しませんからねー。
     て言うか、私らの治療費はあなた持ちですよー?」
    の、主の冷徹な言葉に、マナタがググッと前を真剣に見たので
    何とか冷静さを保つ事ができた。
     
     
    まったく、何てヤツだ! 何て国だ!
    タリスの心の中は、ずっとこの叫びで埋め尽くされていた。
     
     
    続く。
     
     
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           カテゴリー ジャンル・やかた
           
           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 9

    「今日でとっとと終わらせますー。
     何かもう、さっさと帰りたいですしー。」
    主がウイダーインゼリーを飲みながら、宣言した3日目の朝。
     
    「えー、もっと遊ぼうぞなもしー。」
    異議を唱えたのは、主に貰ったカロリーメイトを頬張るマナタ。
    おまえ、やっぱり遊んでたのか! と、はらわたが煮えたぎったタリス。
     
     
    「いえ、攻略本を忘れてきたんで、先に進めないんですよー。」
    「なんぞね? それは?」
    「今やってるゲームの指南書みたいなもんですよー。」
    「ほお、ゲームで人生を左右させるんきゃ?」
    「趣味って、そういうもんでしょー?」
    「ん、まあ確かにそうじゃだな。」
     
    主とマナタは、空笑いをし合った。
    それがタリスには、タヌキとキツネの化かし合いに見えたのは
    夕べの主との会話の影響である。
     
     
    「んだば、今日はどうするだがよ?」
    マナタがコーヒーを意地汚くおかわりしながら訊く。
     
    「昨日の地区にある教会に連れてってくださいー。
     この国にも貧しい人々に奉仕している教会があるでしょうー?」
    「ああ、あるだべ。」
    昨日のように、レニアを残して3人はホテルを後にした。
     
    タリスはひとことも口を利かなかった。
    何もかもが釈然としないからで、そんなタリスを主は意に介さなかった。
     
     
    ボロ車が前のめりに教会のまん前に停まる。
    車から出ようとする主に、タリスが初めて口を開いた。
     
    「お出になるんですか?」
    「出ないと、いつまで経っても見つからないでしょうー?」
    「しかし・・・。」
    「大丈夫じゃあけえ。 わしがついとるわ。」
     
    そのおまえが頼りないから俺が苦悩しているんだろーが!
    タリスは心の中で、マナタを罵倒しまくった。
     
    「ささ、お嬢様どうぞ。」
    マナタが主側のドアを、うやうやしく開ける。
    「慇懃無礼にありがとうー。 おーほほほ」
    主とマナタの寸劇にも、タリスはイライラさせられる。
     
     
    主は教会には入らずに、周囲を歩き始めた。
    「ど、どこへいらっしゃるんですか!」
    慌てて止めるタリスに、主が事もなげに答える。
     
    「教会の中には用事はないんですよー。
     周囲をウロついている子供をチェックしたいんですー。」
    「いや、しかし・・・」
     
    狼狽するタリスに、主がきっぱりと言った。
    「あなたの役目は、私を止める事じゃないですよねー?」
     
     
    グッ・・・ と言葉に詰まるタリスに容赦なく背を向けて
    主は再び歩き始めた。
    マナタは車の横に立ったままである。
     
    「何をやってるんだ、来い!」
    タリスの怒声に、マナタはヘラヘラと答える。
     
    「誰か残っておらんと、帰ってきた時にゃ
     ボルトの1個も残ってないだろうけんども、それでもええのんかー?」
     
     
    ほんっっっとに、何てところだ!
    タリスはいつもの沈着冷静な自分を見失って
    カリカリピリピリしながら、主の後ろを付いていく。
     
    主が少しうつむいて、右後方を確認する。
    タリスも住人たちの遠巻きの視線を感じていた。
     
     
    しばらく教会周辺をウロウロした主が、突然立ち止まり
    タリスの方にグルリと振り向いた。
    しかしその視線は、タリスを突き抜け
    更に後方にいる子供へと向かっていた。
     
    ああ・・・、最初から付いて来ていた子供だな
    タリスが確認していると、主がその子の方へ歩み寄っていく。
     
     
    止めたいところだが、さっきのような一刺しが恐くて
    タリスは周囲に気を配りつつも、その様子をただ見守った。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 8

    「そんなこの国で、英語が話せて車の運転が出来て
     VIPの護衛が出来るマナタさんの家って
     どんだけの権力があるのか、考えたくもないですよー。
     そんな権力者に、民主国家育ちの我々の常識を押し付けて
     わざわざ怒らせる事はないでしょうー?」
     
    「いや、しかし、命が掛かってるんですし・・・。」
    「あのですねえー、そこいらの一般人の強盗より
     権力者の気分を損ねる事の方が、命、直に危ないですよー?」
     
    うっ、と黙り込むタリス。
    確かにその通りである。
     
     
    「何より、私のしようとしている事だって、違法行為なのだし
     たかがガイドぐらいで、計画をフイにしたくないんですー。
     それに、マナタさん、ああ見えて学ぶべきとこ多いですよー?」
     
    「・・・どこがですか・・・。」
    反抗的な気分になるタリスに、主が一撃を加えた。
    「道端に転がっている石に美を感じれば、芸術家なんですよー。
     学びは自分の感性次第、ってわけですよー。」
     
    「・・・あなたは学べる、ってわけですか?」
    感情的になって、上官に利くべきじゃない口調になってしまう。
     
    「自分の学ぶべき事って、自分じゃわからない場合が多いですよねー。
     でも見聞きしたものは、必ずどっかに残りますから
     それを思い出して価値を見い出せた時が、学んだ瞬間じゃないですかー?」
     
     
    タリスは主の言葉に違和感を覚えて、急に頭が冷えた。
    館の管理人だと聞いていたのに
    主の言葉には、どこか人を操る響きがある。
    こんな人物が統べているなど、館というのは
    単なるボランティア施設ではないのではないか?
     
    主に根掘り葉掘り訊ねてみたい、という好奇心が
    湧き上がってくる。
     
    しかし、それは決してやってはならない事。
    軍人に質問は禁忌だというのに、それを破ってしまっているどころか
    反論までしてしまった。
     
     
    これじゃあ、兵として最低じゃないか!
    自分はこんな、出来ないヤツじゃなかった
    ちゃんと実戦にも行ったのに
    いや、“護衛” というのが初めてだから
    とまどってるだけで、いつもの自分を取り戻せたら
     
    ・・・・・違う・・・・・
    我々の仕事は、どんな “初めて” でも
    失敗をしたら、取り返す事は困難なんだ
    自分は失敗した・・・。
     
     
    タリスの顔色を見て、主が言う。
    「あなたには、“護衛” として来てもらってるんですー。
     護衛は守る相手に指示を出す場合もあるー。
     言い合いなんて、当たり前ですよー。」
     
    ・・・慰めか・・・?
    貧民街を見て、「汚いー」 とか平気で言い放つお方が
    果たして他人を慰める事をするのか?
     
    いや、そんな事は問題ではない
    問題は、護衛相手としてはならない口論をして
    あげくが言い負けて慰められた、という部分である。
     
     
    タリスが混乱していると、レニアたちが戻ってきた。
    ワゴンには、美味しそうな料理が並んでいる。
     
    「今日はこんなものしか出来ないですけど、我慢なさってくださいな。
     明日の早朝に市場に行ってみますから・・・
     あらっ、まだゲームをやってらっしゃったんですか!
     いい加減になさってください!」
     
    ゲーム機を取り上げようとするレニアに、主が追いすがる。
    「ちょ、待って待ってー、せめてセーブだけでもーーーーーっ!!!」
     
     
    その日の夕食は、レニアのネチネチと続くお小言に
    主のゲーム擁護が交錯して、騒がしい食卓となった。
     
    「まったく、ちょっと目を離すとゲームばかり・・・」
    「それはすいませんが、次のダンジョンでラクしたいから
     今の内にレベルを上げたいんですよー。」
    「いいお歳だというのに、まったく子供みたいに・・・」
    「日本のゲームは大人のするものなんですよーっ!」
    「やめろと申し上げても、中々おやめにならないし・・・」
    「セーブしとかないと、それまでの苦労が水の泡なんですよー。」
    「夜も寝ずにゲームなさってらっしゃるし・・・」
    「ゲームって1時間で終われるものじゃないんでー。」
     
     
    レニアの顔色が真っ赤になった途端、怒声が響く。
    「口答えばかり、なさいますな!!!」
     
    「ひいいいいいいーっ、すすすすみませんーーーっっっ!」
    主が椅子ごと後ずさりながら、悲鳴を上げた。
     
     
    とりあえず、初日の夜中に
    主が何故起きていたのかだけは、理解したタリスであった。
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 7

    「主様、あたくし、これから厨房に行ってきますわ。」
    帰って早々、携帯ゲーム機に向かっている主に、レニアが言った。
     
    「あたくし、今日の朝食で、もうすっかり
     ここの料理人たちを信用できなくなりましたの。
     食事は全部あたくしが作りますわ。」
     
    主はゲーム画面から目を離さずに返事をした。
    「んー、あー、じゃあ必ずマナタさんを同行させてくださいねー。」
    食事がダメでも警備は良いなんて、ありえない。
     
     
    レニアがマナタを引き連れて出て行ったのを確かめると
    タリスが主に声を掛けた。
    「お忙しそうなところを申し訳ないのですが・・・。」
    「んー、良いですよー、単調なレベル上げ作業ですからー。」
     
    真面目な話なのに顔を上げない主に、タリスはムッとしたが
    思い切って言ってみた。
     
    「マナタじゃ不安です。
     他の者に変えた方が良いと思います。」
    「んー、ダメですー。」
     
    「・・・・・・・」
    タリスはちゅうちょしたけど、とうとう禁を破った。
     
    「・・・り・・・
     理由をお伺いしてもよろしいでしょうか・・・?」
     
     
    主がLV上げをしながら答える。
    タリスが掟破りをしている事など、気にもしていないようだ。
     
    「理由は色々とありますー。
     まず、私たちは隠密行動だから、目立つチェンジなど出来ませんー。
     あちら側が用意してくれたガイドだから、そこまで我がまま言えませんー。
     うちの国がブラックリストに載っちゃったら、どうすんですかー。
     次にマナタさんはあれで確かに、ここでは一流だと思いますー。」
     
    「どこが!」
    つい声を荒げてしまい、ハッとして顔を赤らめるタリスを
    主は見ようともせず、無表情で説明する。
     
    「今日この街を観たでしょうー?
     ここ、ひっどいですよねー。
     貧富の差が激しいだけなら、まだリセット可能ですけど
     ここって復活の呪文がない国っぽいですよねー。」
     
    「・・・はあ・・・。 ?」
    主の言葉の意味がよくわからず、眉間にかすかにシワを寄せるタリス。
     
     
    「この国の人生って、縄のれんみたいなもんですよー。
     縄が全部真下に垂れているだけで、分岐がないー。
     最初に産まれた場所から下りるだけで、横には行けないんですよー。
     
     金持ちの家に生まれたら、きちんとした教育が受けられ
     コネで良い職に就けて、そのまま金持ちー
     貧困家庭に生まれたら、初等の教育すら受けられずに
     自分の周囲の世界の中で、日々の生活に追われて貧困のままー。
     
     救済システムがないんですよねー。
     システムを作れる人間はヌクヌクと育ってるんで、変える必要がなく
     恵まれない人々は、いつまで経っても知恵をつける事が出来ないー。
     何せ教育されないんですから、良くする方法も学べず
     自分の不遇も “運命” だと呪うだけで、それで終わってしまうー。
     そんな無知っぷりが、富裕層にはまた都合が良いわけでー。」
     
    主は初めてゲーム画面から目を上げて、タリスを見た。
    「幸福は、不幸を知らないと生まれないんですよー。
     この国が成り立っていっているのは、その逆もまたしかり
     不幸は、幸福を知らないと生まれないから、ってわけなんですよー。」
     
     
    ニッと笑った主の目を見て、タリスはゾッとした。
    その黒い瞳には、あの貧しい人々への同情の欠けらもない。
     
    ふと、将軍の言葉を思い出す。
    『主の事は、私と同等に扱うように』
     
     
    このお方は奪う側なのだ
    タリスは、ようやく納得がいった。
     
     
    続く。
     
     
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           そしてみんなの苦難 8 11.6.3
                  
           そしてみんなの苦難 1 11.5.16
           
           カテゴリー ジャンル・やかた
           
           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 6

    「この車、サスペンションがイカれていないか?」
    いくら道路が整備されていないとしても、この縦揺れはひどすぎる。
     
    タリスの問いに、マナタはカラカラと笑って答えた。
    「大丈夫だぎゃあ。
     この車でチェイスする時は、このボタンを押すと
     サスが硬めになるんじゃが。」
     
    「ほっ、本当か! 凄いな!!」
    「冗談だと思いますよー。
     そんな車、この国で作れるわけがないでしょうー。」
    後部座席から主が棒読みで助言する。
     
    マナタがこっちを見て笑うので
    「前を見てろ。」
    と、ひとことだけ言って、タリスはムッツリと黙り込んだ。
     
     
    マナタはとめどなく喋り続ける。
    しかも、タリスを見たり後ろの主を見たり
    危なっかしくてしょうがない。
     
    「いますよねー、運転中にこっちの顔を見て話すヤツー。
     すっげえ危なくて、思わず殴りたくなりますよねー。
     それにしても、喋ると舌を噛みそうなぐらいの揺れですよねー。
     よく話し続けていられるもんですねー。」
    「あざーーーーっす!」
    「いや、全体的にケナしているんですからー。」
     
    陽気なマナタと、イラ立つタリス、実は車酔いで吐きそうな主を乗せた車は
    貧民街へと走って行った。
     
     
    「ここんちょ一帯が貧民街でっせ。
     浮浪者と泥棒の巣窟っちゅうですわ。」
    マナタが説明する通り、建物の壁の色からして、すさんでいる。
     
    「すんげえくっせえなー、何だろうー? この臭いー。
     こういう場所はどこの国にもあるけど
     聞くと見るとじゃ大違い、ってねー。
     本やネットから匂いが出てこなくて、ほんと良かったわー。」
     
    「主様、そういう事はあまりおっしゃらない方が良いかと思われます。」
    タリスの諌めに、主が訊いた。
     
    「何でー? ここの人たち英語がわかるんですかー?」
    「いえ、それはわかりませんが、マナタはこの国の者ですし・・・。」
    「マナタさんは富裕層出身だから大丈夫でしょー。」
     
    その言葉にマナタが飛びついた。
    「おっ、主様それがしが高貴な家の生まれだと何故に察知かね?」
     
    「・・・その気品を見ればわかりますですよー。」
    半笑いで答える主に、マナタは調子こいた。
    「一流は一流を知る、ってやつですかいな、はっはっは。」
     
     
    マナタの方を見てもいなかった主が、おっ と驚いた。
    「すげえ、道端に盗み盛りの若い兄ちゃんが寝てるー!」
    「ああ、あれは死んじょるんだなー。
     出血してないから凍死だと思われ。
     まだ夜はしばれるしなあ。
     衛生局が見回るから、そん時に持ってかれるで心配ねえだす。」
     
    「主様、車から降りない方がよろしいかと思います。」
    「んだな。 ここいらを車でグルグル回るんで我慢せれ。」
     
    「んーーーーーーーー、じゃあ今日はそうしましょうー。
     ただし明日は歩きますんで、その予定でお願いしますねー。」
    車は激しい上下運動をしながら、あたり一帯を走り回った。
     
     
    「こんな車で、いざという時に故障したらどうするんだ?」
    珍しくタリスがよく喋る。
     
    「そん時は自爆装置を作動させるしかねえだなあ。」
    「それじゃ死んでしまうじゃないか!」
    「ははは、おめさも大概、楽しい男じゃのお。」
     
    マナタに爆笑され、タリスはまたカツがれた、と気付いてムッとした。
    後部座席では、主がこの振動の中、爆睡していた。
     
     
    続く。
     
     
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           そしてみんなの苦難 1 11.5.16
           
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 5

    ふいにドアが開いた。
    驚くタリスに、部屋の中から寝ぼけ眼のマナタが蹴り出される。
     
    「マナタさん、次はあなたが見張ってくださいー。
     タリンさん、中に入ってくださいー、話がありますー。」
    ふああああ・・・、とあくびをするマナタを廊下に立たせて
    主はタリスの腕を引っ張り、ドアを閉めた。
     
     
    「タリンさん、あなた飛行機でも寝てないですよねー?
     今からすぐ寝てくださいー。」
    いやしかし、と言おうとするタリスを遮って、主は強い口調で言う。
     
    「寝不足だと、明日に差し支えますー。
     これは命令ですー。
     今すぐ寝てくださいー。」
     
    タリスは、“命令” という単語に弱い。
    言われた通りに自室に入って腕時計を見たら、夜中の2時半だった。
    主は何故起きていたんだろう?
    疑問に思ったが、明日からが本番なので考えずに眠りに付いた。
     
     
    朝になっても、マナタが部屋のどこにもいないので
    呼びに行こうと、廊下へのドアを開けようとしたが
    何かがつっかえて開かない。
     
    イヤな予感がして渾身の力で押して、やっと開いた隙間から覗くと
    倒れているマナタの後頭部が見えた。
     
    「おい、マナタ! 大丈夫か? マナタ!」
    大声で叫んだせいで、主が起きてきた。
    「どうしたんですかー?」
     
     
    ドアの隙間から廊下を確認した主は、テーブルのところへ行き
    ピッチャーを手にスタスタとドアの側に寄り、勢い良く水をブチまけた。
     
    「うわっぷ!!!」
    水を浴びて慌てて飛び起きたマナタ。
    呆れた事に、ドアの前で大の字になって爆睡していたのだ。
    ドアも床も水が掛かってビチャビチャである。
     
    「ある意味、最強の戸締りでしたねー。
     予定外に早起きした事だし、
     さっさと、飯食って用意して出掛けましょうかー。」
    主が腫れぼったい目で、涼しく言った。
     
     
    朝食は悲惨であった。
    時間通りにこないし、やっときた食事は
    得体の知れないスープに、パンはパサパサ、オムレツも味がなかった。
     
    「こんな事も (絶対に) あろうかとー。」
    主はトランクの中から、ウイダーインゼリーとカロリーメイトを取り出した。
    やけに荷物が多く、しかも重いと思っていたが
    着替えの服かと思いきや、トランク1個丸ごと携帯食や菓子類だった。
     
    それをタリスやレニアに渡す主を見て
    他人の分までガツガツと食っていたマナタが言う。
    「何どすえー? 何どすえー?」
     
    主はマナタにもカロリーメイトを1箱投げた。
    3人前の朝食を平らげたマナタは、その1箱も全部食った。
    主はその様子に、見てるだけで満腹になる、と嘆いた。
     
     
    レニアはホテルに残す事にした。
    護衛面で負担が増えるせいもあったが、一番の問題は荷物である。
    一流ホテルであろうと、こういう国では従業員による盗難も多い。
     
    マナタが連絡をして呼び寄せた女性SPと共に
    ホテルの部屋で荷物の番をする事になったのである。
     
    それを告げられた時のレニアの顔は、ホッとしているように見えた。
    今から行く場所は、決して気分の良い場所ではないからだろう。
    そしてあのマナタの車、あれに乗らなくても済む。
     
     
    「くれぐれもお気をつけてくださいね。
     あまり無理をせずに。」
    それでもレニアは心配そうに、主を見送った。
     
    「マナタさん、“今度は” ちゃんと主様を守ってくださいよ?」
    マナタの信用は、24時間足らずですっかり地に堕ちていた。
     
     
    「大丈夫じゃん!
     わいを誰と思おとんのんですかー?
     この国一のSPですわいなー。」
     
    マナタがそう断言して出て行った後、レニアは女性SPに訊いた。
    「本当ですか?」
    女性SPの答はあいまいだった。
     
    「まあ、割に・・・?」
     
     
    続く。
     
     
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           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 4

    「おっ、ホテルは普通っぽいじゃんー。」
    主が建物を見上げて喜んだ。
     
    「もちのろんだがやです。
     何せビップをお迎えするだから
     この国でNo.1の超・高級ホテルを用意させたですさー。」
     
    「(何かよくわからんけど) どうもありがとうございますー。」
    タリスには、主の ( ) 内の言葉まで聴こえた気がした。
     
     
    「当然、主様は最上階のスーパーデラックスルーム。
     ここが大部屋のリビングで、主様の寝室はあっち
     ミス・レニアの寝室は、続き部屋のそっち
     ミスター・タリスは、わすと一緒にこっちの続き部屋が寝室でごわす。」
     
    「へえー、(古いけど) 広い部屋ー。 眺め良いーーー。」
    主が喜んで、窓にへばりつく。
    その途端
    「危ないだべす!!!!!!」
    「うぎゃっっっ!!!」
     
    叫びながら、マナタが主をタックルした。
    主は顔面からビッターンと床に倒れた。
    あまりの意外な行動に、さすがのタリスも反応できなかった。
     
    それを見て、レニアが激怒した。
    「何をなさるんですか!
     主様はこう見えても、お歳を召されているんですよ!
     それをなぎ倒すなど、骨折したらどうするんですかっ!!!」
     
    レニアの剣幕に、マナタが申し訳なさそうに弁解する。
    「窓の側は狙撃される恐れっつーもんがあるじゃき・・・。」
     
    四つんばいになって、首をさすりながら主が言った。
    「タ・・・タロスさん、彼に護衛の仕方を教えておいてください。
     私たちが、公的に来てるわけじゃない事も・・・。」
     
    タリスは、はっ、と返事はしたものの
    この遥か斜め下の言動をする男を
    しかもなまじ知識があって腕が立ちそうな、“プロヘッショナル” を
    どう指導をしたら良いのか、途方に暮れた。
     
     
    とりあえず冷静に無難に、今回の旅の主旨と
    護衛法について一通り説明したタリスに
    マナタがうんうんと、腕を組んでうなずきながら言った。
    「タリスと呼び捨てで良いだかね?
     おいどんの事はマナタと呼んでけれ。」
     
    人の話にロクに返事せずに、話題を変える
    これが部下なら鉄拳制裁だ・・・
    冷静な表情とは裏腹に、心の中に熱い炎が燃えたぎるタリス。
     
     
    「いやあ、さっきの事は、まことにごめんだった。
     今回の目的も主様の事も、全部伝達済みだーでわかっとるきに。
     ただ、いつも政治ビッパーのSPをやっとるもんで、つい癖が出てなもし。
     んだでも、あの主様はただ者じゃないと思わんだぎゃね?」
     
    「どういう事だ?」
    いぶかしげに訊ねるタリスに、マナタが解説する。
    「わしゃ、仕事柄、多くのビップと間近に接しておられるがな
     ありゃあ、クセ者だべよー。」
     
    「だから、どういうところがだ?」
    タリスはついイライラを口調に出してしまった。
    「わからんのかね?
     おまん、護衛はそんだばにゃあ経験ないだな?」
     
    マナタはやれやれ、と両手の平を挙げて首を振り
    その仕草が、タリスの逆鱗に触れた。
    しかもタリスは確かに護衛の経験がなく、その図星が余計に腹が立つ。
     
    「おまえとは気が合わなさそうだな!」
    いつものタリスなら、そんな任務に支障の出そうな事は言わないのだが
    あまりの立腹に、うっかり口に出してしまったのである。
     
    「なあに、そういうカップルほどアッチッチーってもんじゃが。
     映画でもそうだべさー。」
    マンタは、カンラカラと豪快に笑い
    その態度が、タリスの心の炎にガソリンを掛けた。
     
     
    タリスが殺気を放った瞬間、悲鳴が響いた。
    何事かと、主の部屋のドアを開けると同時に
    バスタオルを巻いた主もまた、部屋に飛び込んできた。
     
    「シャワーが急に水になったーーー!!!!!」
    主の訴えに、タリスは肩を落とした。
     
    「ちょっと! 何をガックリきてるんですか!
     主様はこれでもお歳なんですよ!
     心臓マヒを起こしたら、どうするおつもりですか!」
    レニアがヒステリックにわめく。
     
    「・・・歳、歳、うるせー・・・。
     マ○コさん、これはこの国ではデフォですかー?」
    「わしの名はマナタだよ、放送禁止用語のような呼び方はやめてけれ。
     デホ? えーと、よくわからんが、湯ー出るが奇跡ですがな。」
     
    「・・・・・・そうですかー・・・・・・
     じゃ、気をつけますー・・・。」
    主は落胆しつつも、あっさりとバスルームに戻って行った。
     
     
    普通なら、ここはサービスシーンなのだが
    それを微塵も感じさせない主は、確かにある意味大物である。
     
    「主様の半裸姿を見るなど、とんでもない事ですわ!」
    タリスとマナタが、とんだとばっちりをくらった。
    「主様も自重なさってください!」
    バスルームに向かっても叫ぶレニアは、怒鳴る事が好きな女性のようだ。
     
    「あがいな痩せっぽち見ても嬉しゅうないぎゃあな。」
    護衛相手の悪口を言うマナタの無神経さに
    タリスはまた腹が立ってきたが
    優れた自制心をフルに活用して、抑えに抑えた。
     
     
    主が寝たというのに、ベッドでグーグーと寝ているマナタを見て
    果てしない絶望感に襲われるタリス。
     
    ・・・もう、こいつをアテにするのはやめよう
    自分ひとりで護衛しているのだと思うのだ。
     
    タリスはホテルの廊下の主の部屋の入り口の前に立った。
     
     
    続く。
     
     
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           そしてみんなの苦難 1 11.5.16
           
           カテゴリー ジャンル・やかた
           
           小説・目次 

  • そしてみんなの苦難 3

    主は飛行機の中で、ずっと携帯ゲーム機で遊んでいた。
    レニアはうつらうつらとしている。
     
    現地に着けば、もうひとりガイド兼護衛が付くという話だが
    今は自分ひとりである。
    眠るわけにはいかない、そうタリスが思った瞬間、声がした。
     
    「寝て良いですよー。」
    主がゲーム画面から目を離さずに言ったのだ。
    それがやたら鋭い指摘に思えて、タリスはちょっと驚いた。
     
     
    「いえ、これが私の仕事ですから。」
    そう答えると、主がボタン連打をしながら棒読みで言う。
     
    「そういうの、やめてもらえませんかねー。
     『仕事ですから』 とかー。
     そんなん言われなくとも、わかりきった事だし
     いかにもイヤイヤやってる、って感じで悲しくなるんですよねー。」
     
    「申し訳ございません、今後は気をつけます。」
    「うおっっっ! ああーーーっっっ! やってもたーーーーーー!
     もうー、あなたのせいだからねーーーっ!」
     
    どうやらパーティーが全滅したようである。
    「・・・申し訳ございません・・・。」
    「・・・冗談だってー。
     ヤバいと思った時点で、帰還魔法を唱えなかった私の戦略ミスなんだしー。
     こういう八つ当たりもよくするから、真に受けないでくださいねー。」
     
    無表情で妙な事を言うこの女性を、どう判断すれば良いのか
    迷いに迷うタリスであった。
     
     
    現地は太陽の光が強かったが、日陰に入ると乾燥した風で寒い。
    「暑いんか寒いんか、よくわかんねー。」
    全員が思った事を、主が大声で代弁した。
     
    「主様、思った事を全部口にするのは
     おなたの場合、ほぼ礼儀に反しますから、お止めくださいませ。」
    レニアが冷徹に言い放つ。
    重箱の隅をほじくるタイプの女性である。
     
     
    ひとりのいかつい男が真っ直ぐこちらに向かってきた。
    推定20代後半、浅黒い肌の軍人風刈り上げヘアだ。
     
    多分彼が現地の供だろうけど
    一応タリスは警戒して、主の前に立った。
     
    「よ-よ-、おめら主様ご一行ですだべ?
     おら、護衛ガイドのマナタっちゅうもんだす。
     どか、よろしゅうにお願い申し上げたてまつる。」
     
    何弁なのか、はっきりせんかい!!!!!
     
    誰もが同時に思ったが、自分の言語もおかしい事を自覚している主は
    今度は何も言わなかった。
    多分、彼は精一杯の敬語を使って、礼儀をはらっているのであろう。
     
    「よろしくお願いいたしますー。
     私が主で、彼女はお世話をしてくれるレニアさんー
     彼が護衛のタ・・・タラス?さんですー。」
     
    主はタリスの名をつっかえながら、?付きでも正しく言えなかった。
    人の名前と顔を覚えるのが大の苦手で
    自分の親兄弟の顔ですら、しばらく会わないと忘れるという。
     
    「タリスです。」
    自分で自分を紹介するしかない。
     
     
    「んーだば、まずは宿に行こうですかね。
     車があるきに乗りなっせ。」
    マナタに促がされ、見た方向にあったのは
    見た事もない車種の、古いボロ車であった。
     
    ドアも完全には閉まらないし
    走り出したら、上下にバッコンバッコン揺れる。
     
    「うわ、すっげー、ある意味、ダンシング・カーーーー?」
    また主がわけのわからない事を叫ぶ。
     
    「こっちじゃ良い車は逆に狙われるんですわいな。
     おぬしら、隠密行動なんだしょ?
     こういう車の方が安全保証だぜよ。
     わすはプロヘッショナルですじゃけんのう。」
     
     
    マナタが威張って言うと、主が真面目に突っ込む。
    「そのボロ車に、高貴で美しい裕福そうな女性が乗ってる方が
     いかにも怪しくて危なくないですかー?」
     
    「うんうん、普通はそうだがや、今回は大丈夫なもし。」
    そのマナタの笑顔に主は大らかに笑っていたが、レニアが激怒した。
    「あなた、誰に向かってそんな口を利いているの?
     このお方はとても立派なお方なのよ!」
     
    そのキイキイ声があまりにもうるさいので、主が抑えるよう言っても
    「あなたを侮辱されて黙っているわけにはいきません!」
    と、レニアの勢いは増す一方である。
     
    「ああ・・・もう、何かワヤクチャー・・・」
     
     
    かろうじて4ドア、という小さい車に、4人がギュウギュウ詰めになって
    ホテルへと向かう車内での、主の小さいつぶやき。
     
    この言葉が、今後の日程のすべてを表現している事に
    この時点で知る者は誰ひとりとしていない
     
     
    ・・・わけがなく、そんな事ぐらい全員が容易に予想できた。
     
     
    続く。
     
     
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           そしてみんなの苦難 1 11.5.16
           
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           小説・目次  

  • そしてみんなの苦難 2

    主は時間に厳しいお方だ
     
    そう忠告されなくとも
    タリスは約束の30分前には、スタンバイする男である。
     
    しかしその日は、見た目にはわからなくとも
    期待と緊張が心の中で交錯していた。
    まるで心霊スポットに探検に行く時の気分である。
     
    そしてその “心霊スポット” の部分だけは、当たっていた。
     
     
    黒塗りのリムジンが到着した。
    タリスはいつもの直立不動ポーズをとったが
    心なしか、かなり体が硬直している。
     
    後部座席のドアが、助手席に乗っていたボディガードによって開けられ
    ピンヒールのパンプスを履いた美しい形の脚が、揃えられて出てくる。
    現れたのは、濃い紫のスーツを着た派手な女性。
    降りたかと思えば背を向けて、車の中に手を差し伸べる。
     
    その手を取って出てきたのは
    ニットにジーンズとスニーカーの痩せ細った女性だった。
     
    タリスには、どっちの女性が主かすぐわかった。
    東洋人はこの国にも多いけど、どう表現すればいいのか
    あえて言うと、“異質感” みたいなものが漂っていたからである。
     
     
    「いいですかあたくしが説明した事を守ってくださいねガイドや護衛を困らせるような事をしないように勝手な行動をしないようにひとりで出歩こうなどもってのほかですからねニッポンやここと違って治安が良くない場所ですからくれぐれも気をつけるんですよそのためにもガイドや護衛の言う事をちゃんと聞くんですよそしてあまり表沙汰になるような事はしないようにうんぬんかんぬん」
     
    その後から降りて来た女性が、ジーンズ女性に延々とまくしたて
    その様子を見て、タリスは不安になった。
    どうやら主様はかなりの破天荒ぶりらしい。
     
     
    「主、ご機嫌は如何ですかな?」
    将軍までやってきた。
    「はあ、いたってフツー? ってとこですー。」
     
    その間延びした喋り方と言葉遣いを聞いて、タリスは失望を感じた。
    館の主とは、こんな奇妙な女性なのか・・・。
    祖父たちがいた、その秘密めいた館に対する憧れが
    粉々に打ち砕かれた気分になった。
     
    振り返った主は、将軍の格好を見て何故か喜んでいるようだ。
    「って、あなた軍人さんでしたかーーー!
     早くおっしゃってくださったら、兵器視察とか行きますのにー。」
    「いえ、来なくて良いですから・・・。」
     
     
    このやり取りに少し、ちゅうちょしたものの
    タリスは将軍に近付いて行って敬礼をした。
     
    「今回の旅の供をするのは、彼です。」
    色んな動揺をしているところに、急に将軍にふられたので
    慌てて再度、主に敬礼をして名乗る。
    「タリスと申します! サー!」
     
    主は将軍の顔を無表情で見つめ、将軍は目を泳がせる。
     
    ・・・・・・・・・・・・・・・・
     
    真正面を見ているタリスが、その空気を敏感に感じ取り
    疑問に思い始めたところで、主がやっと応えた。
     
    「はいー、この度は面倒な事をお願いして申し訳ございませんー。
     どうぞよろしくお願いいたしますー。」
     
     
    主が深々とお辞儀をし、その丁重さにタリスは一瞬驚いた。
    将軍に無礼な口を利いて許される身分の人物が
    一介の士官である自分に、丁寧に挨拶をしてくれたのだ。
     
    しかし頭を上げた後に、主は再び将軍を無表情で見つめる。
    東洋人の表情は、ただでさえ読み取りづらいのに
    主の意図が何なのか、タリスにはさっぱりわからなかったが
    決して目を合わせようとせずに、汗を拭き始める将軍は
    どうやら主に対して、何かヘマをやらかしたらしい。
     
     
    「さ、飛行機の時間が迫っていますので、急がないと。」
    派手な女性が、後ろからせかす。
     
    「では、私はここで失礼しますよ。
     良い便りを待っています。 お気をつけて。」
    将軍はそそくさと退場して行った。
    主に睨まれにやってきたようなものである。
     
     
    旅のメンバーは、主と主の世話係の女性とタリスの3人である。
    先ほどの口うるさい女性が、旅行中の世話係のレニアである。
    お供にはデイジーが付いて来たがったが
    館の雑用を仕切らなければならないので、レニアが任命されたのであった。
     
    レニアは50代の堅苦しい女性で、主様信奉の強い女性である。
    今回の旅の真の目的と手段は聞かされてはいないが
    その忠誠心と口が堅いところ、詮索をしないところ
    そしてきちんと、主の “しつけ” もしてくれるので
    旅のお目付け役として、リリーに見込まれたのであった。
     
     
    3人を乗せて、飛行機は離陸した。
     
    空を飛ぶ機体を、高速道路を走る車の中から見上げながら
    将軍の胃は、キリキリと痛んでいた。
     
     
     続く。
     
     
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