カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 4

    「王子さま・・・。」
    廊下を歩く王子に、執事がスッと近寄る。
    「王さまのご機嫌が少々お悪いようです。
     お気をつけください。」
     
    「そこの調節を、何とか頼む。」
    「はい、やってはみますが、難しいと思います。」
    「王というものは、能のあるなしに関わらず
     気位だけは高いからな・・・。」
    溜め息を付く王子。
     
    「わかった。 何とかしよう。
     私たちが城を空ける時はおまえは残ってくれ。
     この3人の内のひとりは、必ず城にいるようにしよう。」
    「御意。」
    執事は黒雪に頭を下げ、去って行った。
     
     
    「あの執事も妖精王に許してもらったのね。」
    「はい。
     じいは私が生まれた時から側にいてくれた唯一の者です。
     一緒に来る事ができて、本当に助かりました。
     ・・・しかし逆にその厚意が不安なのですよね・・・。」
    「どういう意味?」
     
    「謀反人の息子に、この温情は過剰ではないですか?
     それとも、私が腹心をも必要とするほど
     この国の復活劇は大変なのでしょうか?」
     
    「うーん、そう言われてみれば、手取り足取りよねえ。」
    「何か違いますよね? その言い回し。」
    「えーと、板れり突くせり?」
    「ははは。」
     
     
    王子は黒雪の肩を抱き寄せた。
    この人がいてくれて本当に良かった、と心から思えた。
     
    ひとりだったら、この寒い土地で国の復興など無理だっただろう。
    いや、あの時のこの人の涙がなかったら
    母の償いをしようなど、思いもしなかったであろう。
    この人は、私に心を持たせてくれた。
     
     
    王子は、黒雪に口付けをした。
    途端、足を思いっきり蹴られた。
     
    「うっっっ!!!」
    足先を押さえてうずくまる王子。
     
    「あ、ごめんごめん。
     でも歩きながら他の事をすると
     ほぼ八割方、痛い目に遭うわよ。」
     
     
    「・・・・・・・・・・・」
    王子は涙目で黒雪を見上げた。
    黒雪はヘラヘラと笑っていた。
     
    「・・・このぐらいの痛み、あなたは平気でしょうけどね・・・。」
    「それどころか、自分の傷自慢に発展するけどね。」
    「これだから肉体派は・・・。」
     
    王子がブツブツ言いながらも、痛がってるので
    黒雪が王子を抱きかかえた。
    「ちょっと! 止めてください!!」
     
    「部屋まで連れてってあげるわよ、痛いでしょ?」
    「お願いですから、お姫さま抱っこだけは
     私から奪わないでくださいーーーーー。」
     
     
    王子の号泣に黒雪は動揺し、慌てて床におろした。
    「あなたには男のプライドなんかわからないんですっ!」
     
    廊下に座り込んで、しかも女座りで泣き喚いている時点で
    男の沽券は台無しじゃないだろうか?
     
     
    とは言えないので、黒雪は王子の横にしゃがんで
    ごめんね、と背中を撫ぜながら謝った。
     
    王子と妃なのに、何をやっとんのか
    ほら、家臣たちが遠巻きに見てるぞ。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次   

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 3

    待望の春がそこまでやってきていた。
    黒雪は、大臣たちを集めて会議を開いた。
     
    「道路建設は東国側の協力もあって、今年中には目途が立つでしょう。
     次の策は、荒野に冬季用の城と街を作る事です。
     今のこの城の場所は、雪に埋もれてしまいます。
     その間、すべてが停滞してしまうのです。
     それでは国力を伸ばせません。
     しかし国土の形状を考えると、この場所に本拠地が必要です。
     よって、ここは春夏秋用として、冬場のみ閉鎖にしましょう。」
     
    大臣たちが、うなずきながらも反論する。
    「それは我々も考えておりました。
     しかし実現には莫大な費用が掛かります。」
     
    「工事には、東国の職人も入れましょう。
     東国にとっては雇用の促進になるので
     私の父にもいくばくか用立ててくれるよう、交渉します。」
     
    会場は小さく歓声が上がった。
    大国と繋がりができるというのは、こんなにもメリットがあるのか
    驚きとともに、閉鎖的だった時代を悔やんだ。
     
     
    「だけどそれだけでは、工事費用はまかなえません。
     そこで私は別動で、資源を探してみます。」
    「資源?」
     
    「ええ。 この広い大地には、絶対に地下資源が眠っているはずです。
     学者たちにも協力してもらって、それらを探します。」
    「その資金はどうするんですか?」
    「私の持参金を使います。」
     
    「ちょっと待ちなさい。」
    口を挟んだのは王であった。
    「そなたの持参金は、国庫に入った。
     もう使い道は決まっておる。」
     
     
    「城の者の衣服や装飾品等ですね?」
    王子が書類を手に立ち上がった。
     
    「申し訳ありませんが、しばらく皆辛抱してください。
     他国に助けてもらいながら、贅沢な暮らしをしようなど
     失礼というものですよ。」
     
    王が明らかにムッとしている。
    「あ、じゃあ、捜索は私と少人数でいたしますわ。」
    黒雪が手を上げた。
     
    「あと、私のドレスは作らないでくださいね。
     もう充分に持っておりますし、正直似合いませんしね。」
    あはは、と笑う黒雪に、会場がなごむ。
     
     
    「大国の姫など、どんな鼻持ちならないお姫さまかと思っていたら
     気さくな良いお方ではないか。」
    「ああ、さすがうちの自慢の王子様がお選びになっただけある。」
     
    大臣たちが喜んでいる中、王だけがムッツリとしていた。
    王子と王子の妃が、どんどん物事を決めていくのが気に入らないようだ。
     
    これが “老害” というやつか。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪伝説・湯煙情緒 1 11.3.23  
           
           小説・目次 

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 2

    一週間に及ぶ、結婚のイベントをこなした直後
    黒雪は議会で道路建設の指揮を取ると言い出した。
     
    莫大な持参金と、大勢の従者を連れて来た大国の姫は
    新参なのに、北国の城の中で既に一大勢力を持っていた。
    「結婚したばかりなのに、早すぎませんか?」
    せいぜいがこの程度の異議しか出ない。
     
     
    「浮かれてる場合じゃないと思います。
     それでなくとも、年の半分は雪で身動きが取れないのだから
     動ける内に動いておかないと。」
     
    この意見には、もちろん文句は出ない。
    「ただ・・・、その・・・、お世継ぎも・・・。」
     
    「私も王国で生まれ育った身。
     世継ぎの重要さはわかっております。
     出産は真冬にしますから。」
     
    黒雪の言い切りに、会場はどよめいた。
    妊娠出産を、そう都合良く出来るものか。
     
    だが黒雪の強運さは、そこにあった。
    雪が積もるギリギリまで、奔走しつつも
    冬に見事に出産するのである。
    しかも男女の双子であった。
    これにより、北国での黒雪の地位は確固たるものとなった。
     
     
    「はあ・・・、出産、すんごいしんどかったわ・・・。」
    「お疲れ様でした。
     ありがとう、奥さま。」
    王子は感動しきりである。
     
    「さすが元ヘビ、多産させられるわー。
     卵で出て来い、っつの。
     双子、この国では不吉じゃないわよね?」
    「はい。 むしろ幸運だと言われてるみたいですよ。」
     
     
    王子の抱擁を受けながら、ベッドの上で黒雪は考え込んだ。
    「何です?
     私の奥さまが恐い顔になっていますよ?」
    黒雪の眉間をチョンチョンと王子が突付く。
     
    「ああ、いえ、ちょっと気になったんだけど・・・。
     あの王さまって、実のお父さんじゃないわよね?
     王さまの奥さんはいないの?
     そこ、どうなってるの?」
    ヒソヒソと王子に耳打ちする黒雪。
     
    「この国は母のせいで消えていたらしいのです。
     それを作り直した上に、更に後から私を組み込んだみたいですよ。
     この国の人の記憶では、私は父王の嫡男となってます。
     父王の奥さん、この世界での私の母の事でしょうかね?
     とにかく王妃は、私を産んですぐ死んだ事になってますね。」
     
     
    王子の話に、黒雪が首をひねった。
    「国の再生はどれぐらい掛かったのかしら?
     あなたをそこに組み込むのは一瞬で出来たの?」
     
    王子も少し顔を曇らせた。
    「そこがよくわからないんです。
     いつ国の再生が完了したのか。
     でも私が組み込まれたのは、最後のようです。
     どうもところどころ、わからない部分があるんですよね。
     300年前の戦いの時から。」
     
    「ふーむ、私たちの結婚も、偶然だけじゃないかもね。」
    黒雪の言葉に王子は慌てた。
    「えっ? 私はあなたを真剣に愛していますよ!」
     
    「そこじゃなくて、この結婚は私たち以外の誰かにとっても
     何かの意味とか、目論みみたいなのがあるのかも、って話よ。
     もう! こういう頭を使う事はあなたがやってよね!
     私は労働担当だから。」
     
    「・・・小人さんたちに言われた事を、根に持ってますね?」
    王子がクスクス笑った。
    「今度あいつらに会ったら、お礼をしないとね。」
    鼻息を荒くする黒雪。
     
     
    「ふふ、頑張ってくださいね。」
    まるで他人事のように言う王子。
    「・・・あなた、時々すごく冷たいわよね?」
     
    ちょっと引く黒雪に、平然と答える王子。
    「どうせ爬虫類ですからね。 ふん。
     でも、あなたにだけは何があっても忠実ですよ。」
     
    「へえ? ハブ女王の息子だった事とか、ウソを付いていたのに?」
    その言葉を聞いた途端、ガバッと黒雪にしがみつく王子。
    「それは本当に謝ります。
     真実がわかったら、全部言いますから!!!」
     
     
    え? まだ何か秘密があるの?
    と黒雪は思ったけど、まあ、いいや、と流した。
     
    筋肉脳は、太っ腹である。
     
     
     続く
     
     
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           黒雪伝説・湯煙情緒 3 11.3.29
           
           
           小説・目次  

  • 黒雪伝説・湯煙情緒 1

     北国の王は動揺した。
     
    息子が連れて来た結婚相手が
    超・兄貴! だったからである。
     
    (注: 超兄貴とは、その昔PCエンジンというハードで出た
     伝説のシューティングゲームである。
     と言うか、こういう解説がいる言葉を多用しないでもらいたい。
     えっ? 自分で書いてて人のせい?)
     
    真っ黒に日焼けして、筋骨隆々のその婚約者は
    本当に女性なのか? と、疑うほどであった。
     
     
    だが、そこが逆に国民にウケたのは意外であった。
    厳しい気候のせいで、裕福ではない我が国に
    あの大国、東国の姫が嫁いでくれる事自体、奇跡だったが
     
    体中アザだらけ傷だらけなのに、堂々とウエディングドレスを着る
    → さすが、大国の姫君! ってな具合に。
     
    しかもそのアザや傷や日焼けは
    我が北国への道を作るためにできたものなのだ。
    国民たちは、感謝とともに期待を持って黒雪を歓迎した。
     
     
    ふむ、少々気の弱いところのある王子には
    このような逞しい姫が良いのかも知れん。
     
    王はカイゼルひげを引っ張りながら、納得した。
     
     
    「アタシは納得しないですわん!」
    黒雪の枝毛だらけの髪をセットしながら
    ヘアメイク担当のカマが不満をタレる。
     
    「しばらくイベント続きだというのに
     このきったないお肌に、ボッサボサの髪!
     アタシが代わりにドレスを着た方が、よっぽど美しいわん!
     ああ、姫さまのヘアメイク、とっても苦労ーーーっ!!!」
     
     
    「ちょ、待て、何故おまえがここにいるの?」
    黒雪が問うと、カマが驚愕する。
    「あらっ! あらららっ!
     結婚式もアタシ担当だったのに、今頃気付いたんですのん?
     あんまりですわん!
     腐った雑巾のような姫さまを、花嫁へと何とか変身させたのに!」
     
    「す・・・、すまん・・・。」
    「まあ、いいですわん。
     結婚式なんて誰でもアタフタしてますしねん。
     ・・・あーたは準備中、ずっと寝てたようですけどねん。」
    「す・・・、すまん・・・。」
     
     
    「ヘアメイクアップアーティストというのは、花形の職なんですのよん。
     特に王室勤めともなると、ファッションリーダーですわん。
     カリスマですわん。
     なのに姫さまに付いて、辺境の国に移住するなんて
     もったいなさすぎますわん。」
     
    ベラベラ喋りながらも、テキパキと手を動かす
    この、“ヘアメイクアップアーティスト” が
    とても有能らしい事は、美容に無頓着な黒雪にもわかった。
     
    「へえー、何故おまえは来てくれたの?」
    「東国の城には、もうトップがいたのですわん。
     彼には適わないから、アタシは新天地でトップを目指しますわん。
     “鶏口となるも牛後となるなかれ” って言うでしょん?
     牛の中ではビリでも、鶏の中で一番になりゃ良いでしょ、って。」
     
     
    「ふむ、そうなのか。
     頑張ってくれ。
     一緒に来てくれて、ありがとう。」
     
    その言葉を聞いたカマは、一瞬手を止めて黒雪の顔を見た。
     
    「・・・・・・ふーーーっ
     ブスなのに大らかな性格なのよねん、姫さまったら。」
    首を振って溜め息を付かれ、黒雪は複雑な気分になった。
    「・・・・・・・・・どうも・・・・・・・・・・。」 
     
     
    そこへ王子が入ってきた。
    「仕度はできましたか? 姫。
     いえ、・・・私の奥さま・・・。」
    王子の顔が赤くなるので、黒雪までつられて赤くなる。
     
    ふたりの間に花びらが降りかけたところで
    カマが割って入る。
     
    「もーーーーーっ!
     イチャラコチャラは後でやってくださいよねん!
     まだ準備中ですのよん。
     殿方は出入り禁止ですわん。」
    カマがキイキイ言いながら、王子を追い出す。
     
     
    「まったく、このゴリ姫の夫が
     あんな美男子なんて、世の中狂ってますわん。」
    「えっ、あいつ、美男子なの?」
     
    「・・・そういう自覚のないところが、また腹が立ちますわん。
     さあ、さっさと用意しますわよん!」
     
     
    カマの逆鱗に触れ、グイグイ髪を引っ張られる黒雪。
    こいつに逆らえるヤツは、多分いない。
     
    ちなみに彼の名は、キドである。
     
     
     続く
     
     
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           小説・目次  

  • 亡き人 36

    山口は父親の会社で働いていた。
    どこに修行に出しても、身分を隠せないのなら
    自分の下に置いていたい、という親心は少し甘いかも知れない。
     
    しかしそのせいで、山口は秘密を見つける。
     
     
    「おやじ、これ何だよ!」
    1通の封筒を持って、社長室に飛び込んだ。
     
    「会社では “社長” と呼びなさい。
     って、どうしたんだね?」
    山口の額から流血して、Yシャツにまでしたたっている。
     
    「資料室を整理してたら、いきなり頭にこれが落っこってきたんだ!」
    封筒の中にはDVDが入っていた。
    マジックで 0 と殴り書きをされている。
     
    「そ、それはおまえとは関係ない。
     こっちに寄こしなさい。」
     
    「いやだ!
     これ、ゼロさんに関係あるんじゃないのか?」
     
    山口はあまり頭は良くないが
    時々、超人的な勘を発揮する。
     
     
    山口パパは、溜め息をついた。
    「・・・そう思うなら、何故すぐに観ないのかね?」
     
    「恐いんだ!」
    山口は、すがるように叫んだ。
     
    「俺たちは皆、助け合って乗り越えてきたさ。
     それはおやじも知ってるだろう?
     それを見てきたおやじが隠すものなんだぜ?
     俺たちが観て良いものなのかよ?」
     
     
    山口パパは、目頭を押さえた。
    「・・・歳のせいか、最近ちょっとした事で
     心が動くようになってしまったな・・・。」
     
    そして席を立って山口のところに行った。
    「息子よ。
     わしはおまえを誇りに思うぞ。
     まさかおまえが、こんなに上等に育ってくれるとは。
     どうヒイキ目に見ても、わしの手柄には思えんな。」
     
     
    満足気にポンポンと山口の肩を叩く。
    「時期が来た、という事だな。
     我が息子よ、それを観ろ。
     そして倒れて起き上がってこい。
     わしは、獅子親の気持ちを味あわせてもらうぞ。」
     
    山口が間の悪い事を言う。
    「実際のライオンは、そんな事はしないらしいぞ。」
     
    「・・・わかっておる・・・。」
    山口パパは、無表情で再びチェアーに座ったが
    内心むちゃくちゃ動揺していた。
    えっ、あれは俗説だったのか?
     
     
    「ゼロさんの臨終には、長崎くんが立会い
     葬儀は、わしがした。
     間に合わなかったと嘘を付いたのは
     それがゼロさんとの賭けだったからだ。」
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 35

    松林の間から波の反射が煌めく。
    足元には砂まじりの土が広がる。
    海に臨んだ小高い丘に、墓地があった。
     
    「くっそー、卑怯なぐらいにキレイなとこじゃねえか!」
    山口が鼻をすする。
     
     
    皆で参りに来たその墓は、地方都市の郊外にあった。
    ゼロは結婚直後に、事故で意識不明になり
    回復の目途が立たなかった事から
    両親は婿を不憫に思い、離婚届を出させた。
     
    「その事故というのが、落として転がる5円玉を追って
     歩道橋の階段を転落したんだと。」
     
    仲間が一斉に笑う。
    「ありそうで、ない事故よねえ。」
    「何故5円?」
    「でもそのせいで長野くんと、“ご縁” が出来たのかもね。」
    「普通思っても言わないダジャレだよね。」
     
     
    長野とゼロの縁は、はっきりしない。
    しかし墓のある地方を聞いた時に、長野が言った。
    「確か父方の祖母が、そこらあたりの出身だったはず。」
     
    しかし長野の親戚で、その事について
    知っている人は誰もいなかった。
    仮に繋がりがあったとしても、そのぐらい遠い縁であろう。
     
    「ぼくが迷っていたから
     ゼロさんが来てくれたのかも・・・。」
     
    「俺たちの縁結びの神だよなあ、ゼロさん。」
    山口が長野の肩に手を回す。
     
     
    ゼロが生霊になって使っていた力は
    生命力とも呼ぶ力だったようで
    そのせいか、ゼロの内臓はボロボロだったらしい。
     
    これらの事は、山口パパが雇った探偵と
    スピリチュアル・長崎が調べたもので
    ゼロ本人には会えなかったが
    こうして墓の場所だけは、わかったのだと言う。
     
     
    この話は血まみれちゃんにも伝えられた。
    血まみれちゃんは、薄っすらと目を開けて聞き入り
    話を聞き終えたら、またゆっくりと目を閉じた。
     
    もう後ろの壁が見えるほど、透き通ってきている。
    多分あと数日もすれば、完全に見えなくなるであろう。
     
    静かに眠れるのなら、それが一番だよ・・・
    長野は触れない血まみれちゃんの肩に、ソッと手を当てた。
     
     
    一同はゼロの墓の前で、無言でしばらく立ちすくんでいた。
    ゼロが確かに存在した、という証しのこの場所で
    誰も最初に動き出したくない。
     
    ふと、長野が振り向いた。
    「どうした?」
    山口の問いに、いや、やけに海が眩しくて、と答える。
     
    「ゼロさんが微笑んでいるのかも。」
    言った後、石川が涙声で笑う。
    「何かの表現に、そういうのがあった気がするのよ。
     ね、キレイにまとめたと思わない?」
     
    「ゼロさんの笑顔、輝いてなかったぜえ?」
    山口がズケズケ言う。
     
    皆で泣き笑いをした。
     
     
    波が荒かったけど、優しい風に包まれていた春は終わった。
     
    もう季節は夏なのだ。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 34

    太郎は法科大学院へと進んだ。。
    山口も一緒になって勉強に励んだお陰で
    留年する事もなく、大学を卒業できていた。
     
    他の心霊研究会のメンバーも、それぞれの道を進む。
    しかし、友情は続いた。
     
    太郎は司法試験に合格するまで、山口のマンションに居候し
    時々他の仲間が、そこに立ち寄っていた。
     
    血まみれちゃんは、年々動かなくなっていった。
    頭から流れる血のせいか、目を閉じると
    まるで血を流すマリア像のようにも見える。
     
     
    忙しいのに、時はゆっくりと流れているような気がするのは
    “待っている” という気持ちが
    いつも心のどこかにあるからで
    ゼロがいない日々を、いくら積み重ねても
    その記憶の鮮明さは、少しも褪せなかった。
     
     
    太郎が夜遅くに帰宅をすると
    山口がソファーに寝転んで、酒を飲んでいた。
     
    「きみがひとりで飲酒なんて珍しいね。
     何を飲んでるの?」
     
    覗き込むと、料理酒であった。
    「それ、どうしたの?」
    「うん、実家から持ってきた。」
     
    意外な事に、山口は付き合いでしか酒を飲まないのである。
    酒の種類なども知らない。
     
    「それ、美味いか?」
    「よくわかんね。
     おまえも一緒に飲めよ。」
     
    「いや、ぼくは今からシャワーを浴びて
     この課題をしないと・・・」
    “料理酒” というところにも、内心ちゅうちょする太郎だったが
    山口はニッコリ笑って、グラスを差し出した。
    「まあ、飲め!」
     
     
    太郎は山口の顔を見た。
    山口は優しそうに微笑んでいる。
     
    受け取ったグラスを一気にあおると
    少しムセながら、太郎はうつむいた。
    「ごめんね、山口くん。」
    「何がだよ?」
    山口は、ドクンと動悸がした。
     
     
    「ぼく、気付いてたんだ。
     なのに、きみに全部押し付けた。
     知ってしまうと、もう無理な気がしたんだ。
     ごめん・・・、ぼくは卑怯者だ・・・。」
     
    山口は太郎を抱き締めた。
    「おまえが俺でも、同じ事をしてるよ。
     俺たちはそう教わっただろ、ゼロさんに。」
     
     
     ゼロさん
     
     
    ここ数年、誰も口にしなかった名前である。
    呼ぶと、いない事を自覚してしまうので
    誰もがその名を心の奥底に沈めていた。
     
     
    「見つかったの?」
    「・・・うん・・・
     皆を集めて、墓参りに行こう。」
     
     
    太郎の足から、力が抜けるのがわかった。
     
    ぜってー倒さねーから!!!
    山口は、長野の体を抱きかかえた。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 33

    「何だね、拓也、用があるなら家の方に来なさい。」
    山口パパが威厳と共に入ってきた。
     
    「緊急なんだ、頼む、おやじ、力を貸してくれ!」
    山口は、ガバッと机に両手をついた。
     
     
    一通りの話を聞いて、山口パパは疑問を口にした。
    「しかし、ゼロさんが生きているのは喜ばしい事じゃないかね?」
     
    山口は表情を暗くした。
    「俺にはそうは思えないんだ・・・。
     ゼロさんはフワフワ浮いてるから、ゼロさんであって
     普通の人間になったら、それはもう
     “長野の” ゼロさんじゃ、なくなる気がするんだ。」
     
     
    スピリチュアル・長崎がヌケヌケと言う。
    「それはヒドい話ではないかね?
     どんな状態であっても受け入れるのが仲間だろう?」
     
    山口はキッと睨んだ。
    「あんたら大人は、よくそう言うけどよお
     俺らの周りじゃ、色んなものが
     毎日毎日変わっていってるんだよ!
     この上、大事な仲間にまで変わってほしくねえんだよ。
     ついていけねーんだよ!」
     
    山口のこの “泣き言” に、大人ふたりは
    自分の若い頃の葛藤を思い出した。
     
     
    「長野、泣いたんだよ、ゼロさんがいない、って。
     あいつには、ちゃんと人生の目標があるんだよ。
     そういうヤツの大事な時に
     そんなデカい悩みを与えたくねえよ。」
     
    山口も感極まって泣き始める。
    「あんたらは気楽に考えてるけど
     長野からゼロさんを奪うなんて
     あいつの人生を潰す事になるかも知れねえんだぞ。
     一生残る傷ってあるんじゃねえんかよ?」
     
     
    山口パパは感動していた。
    自分の息子が、大学生にもなったくせに泣き喚いている。
    しかしその涙は、自分のためではなく友人のためのものなのだ。
     
    途中でこいつはダメかも、と思った時期もあったが
    奇跡的な方向転換をしてくれたようだ。
    こいつをそうさせたのは、長野くんとゼロさんなのだろうな。
     
     
    「それで、わしに何をしてほしいのかね?」
    山口パパの質問に、山口は目を拭いながら即答した。
     
    「ゼロさんの本体を探してくれ!
     そして長野に事実を伝えるかどうか
     “ちゃんとした大人” のあんたらが考えてくれ!
     俺じゃ、どうしたら良いのか、わかんね。
     ゼロさんの居場所はこいつが占うから。」
     
    山口に腕を引っ張られたスピリチュアル・長崎は戸惑った。
    「いや、大まかなとこまでしか視えないんだが・・・。」
    「だから、おやじの財力にも頼るんじゃないか!」
     
    ああ、そういう事か!
    大人ふたりは、やっと山口の意図を理解した。
     
     
    山口パパもスピリチュアル・長崎も、無言だったが
    山口の目を真っ直ぐに見つめた。
     
    山口には、それだけで充分だった。
    自分がすべきは、長野を支えて知らせを待つ事のみ。
    成功するとは限らないので、仲間にも何も伝えない。
     
    持っていても辛いであろう現実なんて
    あえて分け与える必要はないんだ。
     
     
    山口は、全部ひとりで抱え込む覚悟をした。
     
    こんぐらいしなきゃ、ゼロさんに
    長野の友達として認めてもらえないもんな。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 32

    「そんで、何でここらをまたウロついてんだよ。
     ゼロさん、この周辺にいるのか?」
     
    山口の厳しい突っ込みに、スピリチュアル・長崎は正直に答えた。
    「いや・・・、あの霊は確かに消えた・・・。
     私はあの少年に会いたかったのだ。」
     
    「長野にか?
     あいつに何の用だよ
     ゼロさんをやっつけました、って言うんかよ?
     今のあいつにそんな事言ったら、あいつ死んでしまうぞ
     許さねえぞ、おっさん!」
     
     
    山口に首元をひねり上げられながら
    スピリチュアル・長崎は、必死に言った。
    「ちちち違うのだ!
     あれは霊ではない、生きているのだ!」
     
    「へ?」
     
    絞めを止めて、スピリチュアル・長崎の目を見る山口。
    「あれは死霊ではなかったのだ。
     生霊だったのだよ。
     何故それを見抜けなかったのか・・・。
     そのせいで、私のほとんどの術が効かなかったのだ。
     多分今頃、自分の体に戻っている。
     どこかで生きているはずだ。
     あの少年が縁者じゃないか、と思ってな。」
     
     
    山口はしばらく、呆然としていた。
    それが良い知らせか悪い知らせか、わからなかったからだ。
     
    ただ、もう元に戻れない状況だというのは
    山口にも何となくわかって
    それは長野にとって、致命的な事じゃないか?
    と、迷ったのだ。
     
    「おまえ、ちょっと一緒に来い!
     おーい、タクシー!」
     
    山口は、スピリチュアル・長崎を強引に引っ張って
    タクシーに乗り込んだ。
     
     
    着いた先は、大きなビルだった。
    受け付けを素通りする山口。
     
    秘書に通されたのは、豪華な社長室だった。
    「俺のおやじんとこだ。」
     
    「きみ、ものすごい坊ちゃんなんだな。」
    「そう。 だから逆らわない方が良いぜ。」
     
    山口は表情ひとつ変えずに呟いた。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 31

    「あっ! マジシャン!」
     
    校門前でスピリチュアル・長崎とバッタリ会った山口。
    ひとめで “例の霊能者” だとわかった。
     
    「おまえ、引っ越しただろう!
     てか、ゼロさん祓ったのか?」
     
    初対面の挨拶もせず、いきなり本題に入る山口だったが
    スピリチュアル・長崎は、即座にその流れを理解した。
    「きみはあの霊の知り合いかね?」
     
    「仲間だよ!
     ゼロさんをどうしたんだよ
     長野が心配して、夜も眠れずフラフラなんだよ!」
     
    「す・・・すまん
     私もそのようなつもりではなかったのだ。」
     
    スピリチュアル・長崎の話によると
    石川が言ってた正にあの日、ゼロとここでバッタリ会ったと言う。
    「水晶が、ここらへんを示していてな・・・。」
     
    スピリチュアル・長崎は、根に持って
    失職でヒマこいてたのもあって
    ゼロを必死で探していたのであった。
     
     
    「やっと見つけたぞーーー
     ここで会ったが100年目
     恨み晴らさでおくべきかーーーっ!」
     
    「クラウザーさんか!
     てか、おめえも大概しつこいなあ。」
     
    さっさと逃げようとしたゼロだったが
    スピリチュアル・長崎の相変わらずの九字切りの早さに
    ついつい見とれてしまう。
     
    「臨める兵ども 闘う者ども 前に在れ!
     列をなして 陣を作り 皆ゆかん!」
     
    「おおおっ! 格好良いーーーーーーー!!!」
    パチパチパチパチと本気の拍手をするゼロに
    スピリチュアル・長崎は、バカにされたような気分になった。
     
     
    ゴオッと風が巻き起こるが、ゼロに異変はない。
    「く、くそっ、こやつ、何者だ?」
     
    スピリチュアル・長崎は、ヤケになって
    次々に知ってる呪文を繰り出していった。
     
     
    「あっ!!!」
     
    ゼロが悲鳴を上げ、突然消えた。
     
    予期せぬ事態に、スピリチュアル・長崎も
    式札を構えたまま、しばらく呆然としていた。
     
     
    「はい、おとうさん、ちょっとこっちに来てくれるー?」
    ヌッと横から顔を出したのは警官2名。
     
    妙な男が紙をバラ撒いて叫んでいる、と
    近隣住民から通報があったのだ。
     
    「おとうさん、何やってるのー?
     ダメだよー、ここ、大学の前なんだよー?
     若い子たち、恐がっちゃうでしょー?
     ちょっと署まで来てもらえるかなー?」
     
     
    スピリチュアル・長崎にとって
    真の敵は警察官であった。
     
     
     続く。
     
     
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