山ぶどうを頬張り、種をペーッと吐き出しながら黒雪姫はイラついていた。
ああ、肉が食いとうございます、油ものが食いとうございます。
毎日毎日、植物だけじゃ力が出ないわ。
にしても、この森、もう4日も歩いているのに
終わりどころか、何の変化も見られない。
北に向かっているのは確かなのに、樹木の種類も変わっていないし。
黒雪姫は、太陽の位置を再確認した。
1日の終わりには、寝る前に槍の柄に傷を入れる。
そうしないと、日数の感覚がなくなるからである。
ついこの前、秋節祭が行われたばかりだから
これからどんどん寒くなる。
マジでヤバいわ
この時期が一番、食い物が多く実る季節だけど
早いとこ人里にたどり着かないと、冬になったらアウトだわ。
明日は少しペースを上げましょう。
ここまで来ての方向転換は、一番してはいけない事。
このまま行けば、いずれは北国の領土に行き着くはず。
国交がない遠さ、というのをナメてたわ・・・
黒雪姫は、北へ向かった事を少し後悔していた。
木の上で寝るのは、相変わらず慣れない。
朝になって気が付くと、必ず落ちている。
しかも打撲とかやっている。
もう、最初から地面で寝ようかしら?
結局落ちてるんなら、ケモノ避けになってないし。
黒雪姫は、また地ベタの上で目覚めた事にウンザリして
そのまま仰向けに寝っ転がっていた。
・・・ん?
地面に付いた後頭部に、微かに振動が伝わった。
慌てて耳を地面に付ける。
誰か近くを通っている?
黒雪姫はそのままズリズリと這いずって、茂みへと身を隠した。
世の中、良いヤツばかりとは限らない。
しばらく辺りを伺っていたが、何の動きもない。
茂みから茂みへとほふく前進をしていたら、匂いが漂ってきた。
こ、これは飯の匂い!
高貴な鼻では、多分ホワイトシチューと推測!
ど、ど、ど、どっから?
黒雪姫は、なめた指を掲げた。
ほぼ無風だけど、あっちからの空気の流れを感じる。
きっとあっちに民家があって、そこで飯を作っているんだわ!
さっきまでの用心深さを全忘れして、黒雪姫は飯の匂いへと突進した。
たどり着いたのは、一軒の民家。
都会に疲れて田舎を美化したリーマンが憧れるログハウス。
おおっ、家!!!!!
走り寄った黒雪姫は、一瞬ちゅうちょした。
・・・何かこの家の作り、やけに小さくない?
ま、私の実家、城だし、平民の家はこんなもんなんでしょ。
窓から覗き込むと、人気のない家の中のキッチンでは
鍋から湯気が上がっている。
おっと、火を点けっ放しで外出しちゃいけませんわ。
親切なこの私が、消火して差し上げましょう。
うりゃあ! ユダも見惚れた南斗水鳥拳!
アーンド、ピッキング。
黒雪姫は、かかと落としで窓ガラスを蹴り割り
手を差し込んで、窓のカギを開けた。
続く
関連記事 : 黒雪姫 2 10.7.7
黒雪姫 4 10.7.13
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11
黒雪姫 1 10.7.5
カテゴリー: 小説
あしゅの創作小説です(パロディ含む)
-
黒雪姫 3
-
黒雪姫 2
夜行性の動物の方が危険なのよね。
日が沈む前に、登れる木を探しておかないと・・・
黒雪姫は枝ぶりの良い木に、よじ登った。
城の方向を確認したが、もうかすんで見えない。
今までこんなに城から離れた事はなかった。
今、何時かしら?
貴婦人は少食がマナーだから、空腹には慣れているけど
こんなに疲れたのも、生まれて初めてだわ。
これから、どうしよう・・・。
黒雪姫は、とりあえず枝に座った。
貴婦人の割に寝相最悪なんだけど、ここで眠るって可能かしら?
翌朝、黒雪姫は土手の途中で目を覚ました。
はっ、ここはどこ?
あたりを見回すと、はるか頭上に夕べ登った木が見える。
ええっ、私、あの枝から落ちたあげくに
この土手を転がって、それでもなおかつ爆睡してたわけ?
うっわー、姫なのに夢遊ローリングーーー?
肉食動物が通りかからなくて、ほんと良かったわー。
黒雪姫は、立ち上がってドレスをパンパンはたいた。
黒雪姫は、太陽を仰ぎ見た。
昨日は太陽を左に見ながら走った。
一番近い国と言えば、西国よね。
それだけに人の出入りの監視が厳しいだろうし、交流も盛んだから
そこももう私の敵になっているかも知れない。
このまま北に行けば、国交のない北国なんだけど
国交がないだけあって、果てしなく遠い。 道もない。
どういう国かもわからない。
・・・だけど追っ手に見つかる可能性は薄い。
しばらく悩んでいた黒雪姫だったが、意を決して北へと向かった。
「やっぱ、命あっての物種よねえ。」
「姫様はピクニックの途中で、足を滑らせて谷底へ・・・。」
グチャグチャになった死体が、城の地下へと運ばれた。
遠くで説明を受けたグロ耐性ゼロの王が問う。
「どう見ても、あの肉片は姫ひとりの量じゃないと思うんだが・・・。」
「お付きのメイドたちも共に落ちまして
あの谷は急流で、あちこちにぶつかったらしく
下流で回収された時には、もうどれが誰やら、という事らしいです。」
刑務官がすまなそうに答える。
「おお・・・、何という悲惨な・・・、我が姫よ・・・。」
フラフラとよろける王を、継母が支える。
「王様、お気を確かに。
姫の事は丁重に弔って、皆で悲しみを乗り越えてまいりましょう。」
「后よ・・・、わしにはもう、そなただけじゃ・・・。」
「王様、あたくしもあの可愛い姫を失って悲しゅうございます。
これから姫の冥福を祈るため、塔にこもります。」
「おお、后よ、実の子ではないというに、何と心優しい。」
「では・・・。」
継母は塔の階段を2段飛びで駆け上がった。
「鏡! 誰! 美人!」
扉を開けるなり叫ぶ后を、鏡はたしなめた。
「あんた、どこのカタコト外国人でっか?
まあ、言いたい事はわかるんで答えたるけど
読解力に優れたわいの知性に感謝せえよお?
はいはい、あんたあんた、あんたが一番。」
ほーーーーーーーーっほほほほほほほほほ
継母は高笑いをした。
黒雪姫は生きている。
なのに何故、継母が一番の美人になったのか?
顔も洗えず、風呂にも入れず、服も着の身着のままどころか
美しいドレスをビリビリと破り裂いたハギレで
かかとを折ったパンプスと足を、グルグル巻きで固定し
(かかとの折れたパンプスは、何故か普通に歩けない)
長い髪が邪魔にならないようにターバンにし
ケガ防止に拳にも巻き
木の枝で槍を作り、見つけた果実はツタでくくって肩にかけ
オオカミに育てられた少女のような風情で
森をさまよっていたからである。
美というのは、清潔感が大切なのだ。
続く
関連記事 : 黒雪姫 1 10.7.5
黒雪姫 3 10.7.9
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11 -
黒雪姫 1
ここは、昔々にあったかも知れない、とある王国。
大きなお城の立派な正門前には城下町が広がり
そこから隣の国まで続く街道の両脇には
深い深い森が広がっておりました。
気持ち良く晴れ渡った真っ青な空に、白い雲がフワフワ浮かび
そよ風に揺れる木々の枝に小鳥たちが愛の調べを歌う、その森
・・・を、黒雪姫は必死に走っていた。
「姫様、いくら命令とは言え
あなた様は王の血を引く高貴なお方。
我々には殺す事なぞ出来ません。
どうかお逃げください。
人の目の届かぬ、この森の奥深くへと。」
あのクソババア、おかしいおかしいと思ってはいたけど
伝統的な継子イジメだと油断していたわ
まさか命まで狙っていたとは・・・。
どうすべきだろう・・・、何の用意もしていない。
あの者たちも、どうせ逃がしてくれるんなら
サバイバル道具一式ぐらい渡してほしいわ。
どこまで気が利かないの?
だからただの従者止まりなのよ。
黒雪姫は立ち止まり、木に手をついて肩でゼイゼイと息をした。
大体 “ピクニック” に、ドレスにハイヒールで行かせる?
私の衣装担当メイドたちもグルなの?
従者の “逃げろ” という言葉は
王の唯一の嫡子、というこの私の地位をもってしても
あの継母には敵わない、という事なのかしら。
こうなるまで何故気付かなかったのかしら・・・。
くそう、黒雪姫、一生の不覚!!!
黒雪姫は、木をドスッとどついた。
いえ、今更嘆いても、もうしょうがない。
こうなりゃ出来るだけ遠くへ逃げよう。
戦闘には自信があるから、ピクニックメンバーは倒せるだろうけど
規模が見えない城内の敵相手のバトルは、犬死にの可能性が高い。
とりあえず、追っ手が来られないところまで逃げて
落ち着いた後に、状況を充分に調査してからだわ。
黒雪姫は、一歩一歩、足を前へと踏み出した。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「それは黒雪姫です。」
「な、何とな!!!」
驚く継母に、鏡が呆れ口調で答える。
「えええー? こっちがビックリですわー。
そこ、驚くとこですかあ?
フツーに考えても、年齢的にあっち有利でっしゃろ。
てゆーか、とりあえず “この国で” って話で聞いといてー。
世界、結構広いから、そこまで責任持てんわあ。」
「うぬぬぬぬ・・・、特殊能力を持っていなければ
おまえのような無礼物なぞ、即座に割ってしまえるのに・・・。」
怒りに震える継母に、鏡が更に追い討ちを掛ける。
「凡人は大人しく天才の言葉を聞いとれ、って事ですわー。」
「おのれーーーーーーーっっっ!!!」
ガッシャーーーーーーーン
継母は、鏡の横に積み上げている皿を1枚壁に叩きつけた。
「そうそう、そうやってザコでも割って気を晴らしとき。」
継母は鏡をキッと睨んだ。
鏡の中には、怒りに歪んだ自分の顔が映っている。
「おお、いけないいけない
シワが固定されてしまうわ。」
眉間のシワを指で伸ばす。
継母が黒雪姫を殺す決心をしたのは、この日であった。
その2年後に、黒雪姫はピクニックイベントに行かされる。
続く
関連記事 : 黒雪姫 2 10.7.7
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
イキテレラ 1 10.5.11音声ブログ : 黒雪姫 1 10.10.27 by かいね
-
イキテレラ 後書き
“ジャンル・やかた” を書いていて
自分の凶暴性にショックを受けたので
恋愛物を書いてみたくなった。 春だったし。
目標は、本気でロマンスの王道、ハーレクインである。
だとしたら、姫に王子に玉の輿だろ?
(ほんと貧相な想像力ですまんが)
姫と王子の話とか言われても、おとぎ話しかねえよな。
あっ!!! だったら、童話をアレンジすりゃ良いんじゃないか?
と、ひらめいたんだ。
今になって考えると、初手からパクり腰満々なわけで
ほんと自分の衝動の方向性が信じられん。
姫の名をモジったら、バカみたいな名になったあげくに
本家の名もバカみたいだと気付いて、ほんとすいません。
ヨンドリサンとかしなくて良かったよ、ほんと。
しかし書き始めたら、本家とはまったく別物になってしまった。
これは計算してやったわけではない。
ここでまた大ショックを受けたのが
恋愛物を書こうとしているのに
どうしてもイキテレラが王子に好意を持ってくれない事。
それどころか、何故か暴力やら殺人やらに繋がってしまう。
最初は、ああ・・・、じゃあ、ツンデレで
→ えっと、ちょっと控えめなロマンスに
→ うーん、ミステリー・ロマンスになるかな?
→ え? 何でスプラッタに?
→ まさかの拷問劇?
・・・私って人格障害じゃないだろうか? と本気で悩んで
診断サイトとかに行ったよ・・・。
だけど診断、受けてねえよ。
万が一が恐すぎるだろ。
てか、単にホラー好きなだけじゃん、変質者扱いすな!
とかいう、自作自演の八つ当たりはおいといて
もう、最大の理性の下に、ものすげえ書き直しをして書き直しをして
軌道修正して軌道修正して、それでもこれだ・・・。
書き直しをしないと、世界残酷物語になっとったわ。
そんぐらい、惨劇の方向に行くんだよ。
この茶番劇は、本人には結構なもがき苦しみだったんだが
多分ここに来ている人の予想を、1mmも裏切ってないと思う。
皆、私に恋愛物は無理だと思っていただろう?
口惜しや、ああ、口惜しや。
はあ・・・、しょせん私はこれかよ? と、結構落ち込んで
仕舞いにゃとにかく、さっさと終わらせようとしたのさ。
小説とか、考えて書くものだと思っていたんだ。
だけど違うんだな。
プロの人はどうだかわからないけど
私の場合は、設定を決めたら人物たちが勝手に動くんだ。
何かさ、今までの人生で自分が培った “常識” に沿って
話が勝手に進むんだよ。
という事は、こうなってもしょうがないんじゃないかな。
恋愛物とか嫌いで観ないし、ホラーとかが好きなのだから
私の創作の源は、どうしても猟奇系に偏るだろうよ。
この話では、途中でロマンスは諦めて
“何もしないという攻撃” みたいなものを
書こうとしたんだけど、そんな哲学まがいのものより
王さまのストレ-トな残酷さの方が楽しくてな。
正直、自分が女性で心底良かったと思う。
もし男性に生まれていたら、犯罪者になっていた自信がある。
それも攻撃性あふれるド変態。
今の私は、か弱く性欲の薄い上品な淑女だからこそ
社会に迷惑を掛けずに生きていけるんだと思うんだ。
パクリをしといて “創作” など、おこがましいけど
この創作作業、やってみると自分の闇が見えてきて、とても動揺するぞ。
あ、老婆が言ってた “観察者” とは
そういう立場のヤツがいるかもな、と
幼少時に庭でアリを追い回していた時に思ったんだ。
ただ、そんだけ。
関連記事 : カテゴリー パロディー小説
イキテレラ 1 10.5.11 -
イキテレラ 17
「ふむ・・・。」
書類を読みながら、屋敷のホールを足早に歩く中年男性。
「いかがでした?」
スレンダーな体型の女性が、男性に駆け寄る。
「遅かったよ。
王妃は火あぶりにされたそうだ。」
「火あぶり? よりによって何故にそのような残酷な刑を!!!」
女性は思わずよろめき、男性が慌てて支える。
「王が乱心したのは王妃のせいで、王妃は魔女だとなったのだ。」
「・・・はっ、この時代にバカらしい!」
ソファーに横になった女性が、吐き捨てるように言った。
「そのような野蛮な国は、早急に根絶やしにすべきですわ。」
「いいのかね? きみの祖国だろう?」
「いまや、その出自も恥にしかなりませんわ。
王妃を魔女扱いして火あぶりだなど・・・。」
「王妃はどのような女性だったのかね?」
「自分にも他人にも興味がない人でしたわね。
そのせいで、周囲はどんどん傷付いていく。
本人に自覚はないのでしょうけどね。」
「義理とは言え、妹に対して辛らつじゃないかね?」
「事実ですもの。」
イキテレラの父と義母は、国境近くの温泉地へと移り住まわされた。
継子イジメの噂のせいもあったが
父の具合があまり良くなかったからである。
程なくして、父は亡くなった。
父の訃報は城へも届けられたが
イキテレラを外に出したがらない王によって握り潰された。
代わりに王は大臣たちに命じて、義姉たちに縁談を用意する。
上の義姉は、母を伴って隣国の裕福な商人へと嫁いだ。
下の義姉は、同じ隣国の軍人の家系へと嫁いだ。
“王妃の義姉” という肩書きによる
恵まれた縁談で、分不相応ではあったが
ふたりとも妻として母として、家を立派に仕切っている。
手紙を読み終えた女性は、窓際に歩み寄った。
妹の夫は快勝したらしい。
これでまた階級が上がる事でしょう。
だけど生国がなくなったなど、お母さまには言えないわね。
この頃少しお体が弱ってらっしゃるし。
イキテレラ・・・
あのままあの家にいれば、あなたはあなたでいられたでしょうに。
生まれつきの召使いが、王妃になったのが悲劇だったんだわ。
女性は手入れの行き届いた庭を、満足気に眺めた。
窓に映った自分に気付き
すっきりと開いたドレスの胸元を整え直した。
その顔に、水滴が一筋垂れたのは雨ではない。
空は優しい光にあふれていた。
秋が深まる時の、遠く高い淡い青。
冬が始まる前に、ガラスの国はなくなった。
何もしようとしないひとりの女性によって、すべてが滅びたその奇跡。
終わり
関連記事 : イキテレラ 16 10.6.22
イキテレラ 後書き 10.6.28
カテゴリー パロディー小説
イキテレラ 1 10.5.11 -
イキテレラ 16
イキテレラは城の一室に留め置かれた。
潰した王家の最後の妃をどうするか、意見が分かれたからである。
部屋には、王の形見だという品々が置かれていた。
その中に光るものがある。
ふと見ると、ガラスの靴だった。
あら・・・
イキテレラは、思わず靴を手に取った。
「今まで思い出してくれないとは、冷たいねえ。」
誰もいないはずの背後で声がする。
「・・・わたくしにかけた呪いを解いてくださいませんか?」
振り向きもせずにイキテレラが言う。
魔女はヒッヒッヒッと笑った。
「何だい、そんな風に考えていたのかい?
あたしゃ、あんたに奇跡をひとつあげただけなんだがねえ。」
「どういう “奇跡” ですの?」
「カボチャを馬車に、ネズミを馬に、だよ。」
イキテレラは、ふう と溜め息をついた。
「本当なんだよ?」
「もういいですわ。」
「それより、あんた、処罰されそうだよ。
王の処刑の時のあんたの態度はマズかったねえ。
あの立派だった王子をたぶらかしたあんたは
魔女だ、って話にいっちゃってるよ。」
「もういいですわ。」
「何なら、もう一度だけ “奇跡” をあげようか?
ちょっと責任を感じるしね。」
「もういいですわ。」
イキテレラは、同じ返事を繰り返した。
その姿はごく自然で、何の気負いも見受けられない。
「そうかい?
じゃあ、あたしは行くよ?」
「魔女さま、ご機嫌よう。」
魔女はその言葉にニヤッと笑った。
「あたしゃね、実は魔女じゃあないんだ。
成り行き上、そう名乗ったがね。」
老婆がイキテレラの顔を覗き込んだ。
「あたしゃ、単なる “観察者” なんだよ。
あんたは稀有なプレイヤーだったよ。
良い経験をさせてもらったよ、ありがとね。」
「そうですか、喜んでいただけて何よりですわ。」
「ん? 質問とかないのかい?」
「疑問は希望を持つ者の特権ですわ。」
「む・・・・・。」
老婆はつまらなさそうに姿を消した。
イキテレラの希望は、あの舞踏会の夜
ガラスの靴とともに砕け散ったのである。
魔女が杖を振らなければ、ドミノの駒は倒れなかった。
これさえなかったら、こんな事にはならなかったのに・・・。
イキテレラは無表情で、ガラスの靴を掴む指の力を抜いた。
靴は吸い込まれるように床に落ちていき
透き通った音を響かせて、カケラが飛び散った。
続く
関連記事 : イキテレラ 15 10.6.18
イキテレラ 17 10.6.24
カテゴリー パロディー小説 -
イキテレラ 15
王がイキテレラの部屋へと入ってきた。
窓から外を眺め、ニヤニヤしている。
いつになく上機嫌であった。
イキテレラには、王のすべてが理解不能でうっとうしかった。
「私はあなたの笑顔を一度も見た事がない。」
この状況で王がそう言いだした時にも、少しも反応しなかった。
王は座っているイキテレラの前にひざまずき、その靴に口付けた。
そしてイキテレラの手に剣を握らせた。
「あなたはいつでもこの私を殺せるのですよ。」
一生懸命に笑いかける王の背後で、ドアがけたたましく開いた。
とうとう民衆たちが城内へとなだれ込んできたのだ。
「我が妃よ、愛する我が妃よ!!!
はははははははははははははは」
叫びながら王は連行されていった。
イキテレラは無表情で、それを無視した。
侍女たちは解放された。
逃げ出した大臣たちの何人かは捕えられ
王とともに、処刑を待つ身となった。
イキテレラは、侍女たちの証言により
“囚われの姫” として認識された。
民衆たちが見守る中、広場に作られた斬首台の前に立たされた王は
司祭に “最後の望み” を訊かれた。
王は堂々と高らかに答えた。
「我が妃の微笑み。」
かつては好青年であった、その名残りが見られる王のこの答は
街の女性たちのハートにキュンッ絵文字略ときた。
イキテレラが連れて来られた。
王は後ろ手に縛られたまま、イキテレラの前へとひざまずく。
王が見上げているイキテレラの反応を
街中の者たちも注目している。
しかしイキテレラは眉ひとつ動かさなかった。
まなざしは宙に固定されている。
その態度は、期待に満ちた子供のような王の表情と対比すると
呆けているというよりは、冷酷に映った。
王は一瞬うつむいたが、立ち上がり少し微笑みながら
イキテレラに口付けをした。
「永遠の愛をあなたに。 我が妃よ。」
王は、斬首台に自ら首を乗せた。
王の首が転がっても、イキテレラは身動きすらしなかった。
続く
関連記事 : イキテレラ 14 10.6.16
イキテレラ 16 10.6.22
カテゴリー パロディー小説 -
イキテレラ 14
目覚めたのは、自室のベッドの中だった。
体調と周囲の雰囲気で、すぐに自分に何が起きたのかわかった。
王が入ってくると、侍女たちは慌てて部屋を出て行った。
「我が妃よ、やっと目覚めましたか。
あなたは3日も眠っていたのですよ。」
王は、イキテレラを抱きしめた。
「意識のないあなたはつまらない。」
イキテレラは、部屋から出なくなった。
自分のせいで、王に誰かが殺されるのが恐いからだ。
イキテレラの周囲には、最低限の人数の侍女だけが残った。
「部屋に閉じこもっていると、体に悪いですよ。」
王は時々イキテレラを抱きかかえて、庭を散歩した。
イキテレラの瞳は、何も映さない。
ついうっかり誰かと視線を交わしただけでも
王が激怒するかも知れないのだ。
「あなたの瞳は淡い空の色なのですね。」
王がイキテレラの瞳を覗き込む。
「あなたの髪が風をはらんで、まるで黄金の滝のようですよ。」
王がイキテレラを抱いて、笑いながらクルクルと回る。
うつろな表情の女性を撫ぜ回しながら、しきりに話しかけるその様子は
まるで人形遊びをしている変態男のようであった。
「あれがこの国の王の姿か・・・。」
大臣たちは、遠目にその様子を覗き見て嘆いた。
街では、王の乱心の噂が広まっていた。
天候不順で、農作物が不作だったからである。
不自由なく生活できていれば、他人の動向は気にはならない。
国を統べる王が不徳だから天が怒るのだ
いつの世も、民衆たちはそう結論付ける。
非科学的な理屈だが、王家の存在もまた科学ではない。
そしてある朝、パン屋の軒先で黒猫が死んでいた。
猫嫌いのパン屋のおかみは絶叫し、服屋のお針子は呪いだと恐れ
肉屋の主人は神の怒りに震え、酒場のマスターは時がきたと告げた。
民衆たちは憎悪の渦となって、城へと集まってきた。
王を捕えよ、処刑しろ、と怒声が響く。
門が壊されるのも時間の問題であった。
大臣たちは我先にと遁走した。
侍女たちは、どうしたら良いのかわからず
イキテレラの元へと集まってきている。
イキテレラは長椅子に座って
ボンヤリと外の喧騒を聴いていた。
続く
関連記事 : イキテレラ 13 10.6.14
イキテレラ 15 10.6.18
カテゴリー パロディー小説 -
イキテレラ 13
このところ、王が寝室にやってこない。
皇太后が去った後、新しい女官が城にやってきたのだ。
新王妃のお話相手に、という名目であったが
皇太后が寄越した王の妾候補であった。
多分、彼女は王のお眼鏡に適ったのであろう。
しかしイキテレラに降りかかるのは、決まって不運。
幼い王子が流行り風邪で急逝したのである。
王がイキテレラの目の前に、満面の笑みで現われた。
「我が妃よ、私に世継ぎを!」
「どうか側室のお方にお願いいたします。
わたくしの実家よりも、身分が高いお家の出だと伺っております。
彼女の方が、お世継ぎを産むにふさわしい血筋かと・・・。」
イキテレラが必死で懇願すると、王は無言で部屋を出て行った。
ホッとしたのもつかの間、王はすぐ戻ってきた。
件の女官を連れている。
イキテレラも驚いたが、女官も同様の様子である。
「あの、王さま・・・?」
女官が問いかけようと口を開いたその瞬間
王が剣を抜き、女官に向かって振った。
女官の首が床に落ちる音が鈍く響いた。
地鳴りのようだった。
イキテレラには、何が起こったのかわからなかった。
女官の体がゆっくりと倒れ、振動で側の花瓶が転がり、床に落ちて割れた。
相次ぐ物音を不審に思った侍女たちが、部屋をノックする。
イキテレラは、女官から目を逸らせる事が出来なかった。
床に転がった “彼女” と目が合ってしまっていたのだ。
入って来い、と王の許可を得た侍女たちが悲鳴を上げた。
王は剣の血をはらいながら、平然と命令した。
「この女は我が妃に無礼を働いた。
片付けておけ。」
王は、放心状態のイキテレラを引きずって寝室へと向かった。
「私が愛する妃より、身分の高い女がいてはならぬ。」
王の言葉で、女官を死へと追いやったのは自分だ、とイキテレラは悟った。
イキテレラは、すぐに身ごもった。
しかし王の通いは止まらない。
「王さま、お腹のお子に障りますゆえ
何とぞしばらくの間はお控えくださいませ。」
イキテレラから相談を受けた侍医が、王に進言に行った。
王は、造作もなく答えた。
「ダメだったら、また作れば良い事ではないか。」
この返事を聞いた侍医は、口をつぐんだ。
まともな感覚の答ではないからである。
「王さまには、決してお逆らいなさいますな。」
侍医はイキテレラにそれだけを助言すると、職を辞した。
イキテレラの体調は日に日に悪くなっていった。
気分転換にと、侍女がピクニックに連れ出してくれた。
こんな事ではいけないわ
絶対に世継ぎを作っておかないと。
でも、あの男の血を引く子・・・?
自分の腹の中にいる子が、果たして人間なのか
それすら疑いそうになる。
どこにいても、何をしていても、すべてが恐怖へと繋がっていく。
馬車に乗っていて、城が見えてくると胸が苦しくなってきた。
あそこに帰りたくない!
イキテレラは泣き出した。
「王妃さま、しっかりなさってください。」
侍女が一生懸命に慰めるが、イキテレラの涙は止まらない。
馬車が城に着き、イキテレラが降りようとしてフラついた。
「大丈夫ですか?」
支えてくれたのは、馬番の少年であった。
「・・・ありがとう・・・。」
イキテレラが城へ入ろうとした時にすれ違ったのは、王だった。
え? と振り返ると、王は少年を切り殺していた。
返り血に染まった王が、イキテレラに向かって微笑んだ。
「こやつ、事もあろうに我が妃に触れおった。」
イキテレラは悲鳴を上げ、気を失った。
続く
関連記事 : イキテレラ 12 10.6.10
イキテレラ 14 10.6.16
カテゴリー パロディー小説 -
イキテレラ 12
王の葬儀は厳かに行われた。
国中に弔いの鐘が鳴り響く中、王妃はずっとすすり泣いていた。
イキテレラは、泣ける心境ではなかった。
実の父親を殺すほどの嫉妬、というものが存在するなど信じられない。
だが、現実に “それ” を目の当たりにしてしまったのだ。
人の所業とは思えない。
恐くて恐くて体の震えが止まらない。
その隣で、王子はただ静かに参列している。
その落ち着きが、より一層にイキテレラの恐怖心をかきたてる。
王の葬儀の7日後には、王子の戴冠式である。
世代交代は速やかに行われなければ、国政が乱れる。
今回は “王の暗殺” という大事件であったが
現場にいたのが全員身内であり、誰にも王を殺す動機もない事から
王妃の証言通りに、従者の犯行だと判断された。
従者は、王妃の愛人であった。
「わたくしは戴冠式が終わって落ち着いたら
歴代の王の墓所のある北の寺院に参ります。」
王妃の言葉に、イキテレラは不安を感じた。
「いつまでですの?」
「王を亡くした王妃、つまり皇太后は、寺院にこもって
夫の魂の安息を祈りながら、余生を過ごすのですよ。
もうここには戻って来ませんの。」
「そんな・・・。」
イキテレラの手が震えだし、それを鎮めるかのように
自分の手を重ねながら、王妃が低い声で言った。
「わたくしだけ逃げ出すような形になって、ごめんなさいね。
出来れば、あなたも連れて行きたいのですけれど
それは国政上、許されない事なのです。
戴冠式の後は、あなたが王妃になるのですよ。」
「わたくしには無理です・・・。」
「だけど、するのです。」
王妃は、イキテレラの両頬を手で包みながらささやいた。
「王子には気をつけなさいね。
実の母親が言う言葉ではないけれど、あの子は狂っています。
万が一の時には頼みますよ。
王国には、もう次の世継ぎはいるのですから。」
何が “万が一” なのか、何を “頼む” のか
イキテレラには考えたくもない事であった。
王妃、いや皇太后を乗せた馬車が城門を出て行くのを
イキテレラは涙ながらに見送った。
「我が妃は、いつ見ても泣いているなあ。 はっはっは」
王子、いや王の王妃に対する心無い言葉に
その場にいた者全員が、ギョッとした。
イキテレラは、無言で部屋へと急いだ。
王の言動のひとつひとつがすべて
自分への脅迫に思えて恐ろしくてならない。
戴冠式の時に、イキテレラが勺杖を王に渡す儀式があった。
王は杖を受け取れば良いだけなのに、杖を持ったイキテレラの手を握った。
強く握り締めた手を離さず、自分を睨む王に
イキテレラはどうして良いのかわからず、思わず王の目を見た。
その時が初めて、夫と目を合わせた瞬間だった。
暗く深い茶色の瞳だった。
王は空いている方の手で、勺杖を取りながら
ゆっくりとイキテレラに顔を近づけた。
「それでも私はあなたを愛しているのですよ。」
王は薄ら笑いを浮かべて、イキテレラに口付けをした。
端から見ると、単なる夫婦のキスなのだが
イキテレラにとっては、死刑執行書へのサインにも等しかった。
この時のイキテレラの恐怖を察する事が出来たのは、皇太后だけである。
皇太后は戴冠式が終わった途端、荷造りを始めた。
続く
関連記事 : イキテレラ 11 10.6.8
イキテレラ 13 10.6.14
カテゴリー パロディー小説