カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • ジャンル・やかた 18

    「さあ、ローズさんからものすごーーーく褒められて
     やる気が出たんで、ちゃっちゃと行きましょかねー。」

    アッシュがイヤミっぽく冗談を言いつつ、廊下を歩いて行く。
    ドアのひとつひとつをへっぴり腰で覗いていた時とは大違いである。
    ほんの一日二日で・・・。 この変化は進歩なんだろうか?

    アッシュの変わりようを、“成長” と喜びつつも
    初めて出会ったようなこの人物を、どうしてもいぶかしんでしまうローズ。

    「ちょっ、あんた、そんなにスタスタ行くと」
    危ない、と言おうとしたその瞬間、案の定ドアが勢い良く開いた。
    走り出て来た人影は、アッシュに向かって叫んだ。

    「あたしが殺ってや」 ジャキッゴスッ
    アッシュが素早く警棒を出し、女の首筋に振り下ろした。
    先日のローズのように。

    よろける女性に鋏を突き刺すローズの背後で、アッシュが騒いだ。
    「いっっってええええええええええええええええ!
     ほんとに痛ええええええええええええええええええええ!」

    警棒をはめた右腕を抱えながら、うずくまるアッシュ。
    「警棒がね、こう、ね、骨に、ゴリッと、痛みがね、うううーーーーー」

    ああああ・・・、もう本当に始末に終えないヤツだね
    冷ややかな目ながらも、アッシュの警棒を外してあげるローズ。
    「殴るのも殴られるのも、同じに痛いんだよ。」

    そうだよね、人を本気で殴るなど、一生経験しない人も多いもんね
    武器で殴っても、こんなに痛みが伝わってくるんだ・・・
    映画なんか、平気で殴り合いしてるけど
    あんなん、よっぽど鍛えてないと無理なんじゃん。

    しばらくのたうち回っていたアッシュだったが
    フラフラと立ち上がり、涙に濡れた瞳でローズを見つめた。
    「ローズさん、1発で何なんですけど、私やっぱり戦闘ムリですー。
     すっげー痛いですー。
     骨にヒビぐらい入っとるかも知れませんー。
     よって、今後のバトルは全逃げに徹しますー。
     つまり、あとよろー、って事ですー。 良いですかー?」

    「えらいあっさりと諦めるのもどうかとは思うんだけど
     その方があたしもやりやすいし、それで良いよ。」
    「お互いに得意分野で勝負しましょう、って話ですよねー。」

    あんたに得意分野ってあるんかい、と、ここで突っ込めば
    アッシュの良いカモになれたんだが
    ローズはアッシュの軽口はとことん無視に回っていた。
    その態度は結構、正解だった。
    アッシュをそれ以上、見下す事態にならないで済むからである。

    「じゃ、この階をグルッと一周お願いしますー。
     私は後ろから付いて行きますんで。
     あ、ドア全部開けつつ、どうかなにとぞー。」

    イラッとしながら歩き出したローズの背中に
    倒れている女を見ないよう、アッシュがぴったりと張り付く。
    「うっとうしいねえ、もちっと離れな。」
    へへ、とアッシュが笑った。

    可愛いと思えなくもないんだけど、何だろね、このカンに障る感じは。
    その突拍子もない言動で、得体が知れない印象を与えるアッシュだが
    ローズの感じる違和感は、アッシュの持つ闇を敏感に察知していた。
    ローズは正に、常に生き残れる兵士の感覚を備えていたのである。

    続く。

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          ジャンル・やかた 19 09.10.19

  • ジャンル・やかた 17

    ふたりがやってきたのは、北館2階である。

    確かにここはまだ調べていないけど
    この前1戦目で逃げ帰ったのに、大丈夫かねえ。
    心配するローズに、アッシュが振り返ってドアを指差す。
    その目は前回とは違い、力強い光が宿っていた。

    ローズがうなずくと、アッシュはドアの横の壁を背にして
    左手を伸ばしてドアを静かに開けた。

    部屋の中は無人であった。
    アッシュは全体を見回すと、さっさと隣の部屋のドアの前に移動し
    またローズの目を見て、無言でドアを指差す。

    まるで別人のようだね・・・。
    ローズは不思議だった。
    この2日間で、何故こうまで変われるのかわからない。

    ローズの目には、“変わった” と映るだろうが
    ふたりが出会った瞬間に、アッシュはパニックを起こしていたので
    それが正確な表現なのかは定かではなかった。

    2つ目の部屋も3つ目の部屋も、人の気配はなかった。
    4つ目の部屋の中に立ったアッシュは言った。
    「このエリアは色んな作業をする部屋ですよねえー?
     普段は人が仕事をしているんでしょー?
     それが誰もいない、って事はー・・・」

    「ここが今日のバトルエリアってこった。」
    急に男性の声がしたので、アッシュは飛び上がった。
    「うおっ、びっくりしたああああああ!!!!!」
    あ、やっぱり変わってない・・・、とローズは思った。
    それが嬉しくもあり、残念でもあるのは
    ローズの方が、変わりつつあるのかも知れない。

    アッシュは男を睨みながら腕を振った。
    シャシャッガッと音がして、警棒が伸びた。
    その様子が我ながら格好良すぎて、アッシュはついついニヤついた。

    「おっ、警棒かい、マニアだね。」
    「いやー、マニアってほどじゃないですよー。 えへへー。」
    「俺の武器はこれだぜ。」
    男が差し出した武器を見て、アッシュは驚いた。
    木の棒に、直角に取っ手が付いている。

    「あっ、トンファー!」
    「ほお、知ってるのかい?
     カンフー映画で観て、自分で作ってみたんだ。」
    「手作りですかー? えー、すっげーーーーー!
     じゃ、三節棍とか作れますー?」
    「あー、あれねー。 うん、作れると思う。」
    「私、中国で行われた少林寺拳法の大会をTVで観たんですけど
     三節棍使いが優勝してた記憶があるんですよねー。」
    「えっ? そうなのか? 
     確かにこれ、ちょっと使いづらいし、んじゃあそっちにしてみようかな。」
    「あれ、絶対に便利だと思うー。 相手との距離幅の融通も利くしー。」
    「あんたのそれも面白いな。 腕にくっついてんのかい?」
    「そうなんですよー、格好良くないですかー?
     こう、シャキーンと出して・・・、あれ? 引っ込まないー。」
    「ああ、それ垂直に押さないと引っ込まないんだよ
     コツがいるんだ。 ちょっと貸してみい。」

    「こうやって真っ直ぐコンコンと・・・」
    と、男が実践し
    「うわ、難しそうーーー」
    と不安がるアッシュに、アームのベルトをはめてやる。
    「慣れれば、すぐ引っ込められるようになるよ。」

    妙になごやかな雰囲気のふたりを見て
    イライラしていたローズは男に鋏の先を向けながら、怒った。
    「ちょっと、あんたら、何を仲良くやってんだい。 さっさとやるよ!」
    「あ、俺、やらねえ。」
    「はあ?」
    「やっぱ話すとダメだな。 話が合ったりすると特にな。
     俺はリタイアするよ。 嬢ちゃん頑張んな。」
    「あ、あ、ちょっと待って、三節棍、作ってもらえませんかー?」
    「オッケ、出来たら貸すよ。 俺は4階に住むラムズってもんだ。」
    「ありがとうーーー。」

    にこやかに手を振るアッシュを見ながら
    怒るべきか、無視するべきか、ローズは迷っていた。
    ラムズは普段から気の良いヤツで、ローズも戦いたくはなかったので
    結果としては良かったのだが、それは運が良かっただけ。
    あのように、すぐに無防備になられたら困る。

    迷ったあげくにローズの口から出た言葉は、自分でも以外だった。
    「嬢ちゃん?」
    そうなんですよー! と、アッシュはエキサイトした。

    「東洋人が若く見られるのは話には聞いてたけど
     まさか、ここまでとは思いませんでしたよー。
     そりゃ私は日本人同士でも若く見られてたけどー。」
     
    天狗になろうとしているアッシュの鼻を、ローズはさっさとへし折った。
    「ふん、人前でビービー泣くから、ガキだと思われてんだよ!」
    「あっ・・・、そうだったんですかー・・・。」

    見るからにガックリきているアッシュの、うつむいた横顔に
    すぐ顔に出すのがガキの証拠なんだよ、と思ったが
    ここで落ち込まれると、また面倒なので
    何か良い慰めの言葉でもないか、と捜していると
    アッシュがローズの顔を見て言った。

    「ローズさん、私、褒められて伸びるタイプなんですー。
     と言うか、褒められないと絶対に伸びないタイプなんですー。
     ウソへったくろでも良いから、とにかく褒めといてくださいー。」

    これはジャパニーズジョークなのか? と、一瞬疑ったが
    アッシュの真っ直ぐな瞳に、心の底から真面目に言ってると気付き
    激しい動揺を隠すがごとく、こぶしでアッシュの脳天をゴツンと叩いた。

    ローズの鉄拳は、結構痛いものがあったが
    大人しく後ろを付いて行ったのは
    部屋を出るローズの背中が、怒りに燃えていたからである。

    うちの親戚連中もこんなやってすぐ怒るしなあ
    アッシュは、自分の言動がある種の人間にとって
    ガラスに爪を立てる行為と似たようなものだとは気付いていなかった。

    その、“ある種の人間” とは
    アッシュを心配してくれる人々である事も。

    続く。

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          ジャンル・やかた 18 09.10.19

  • ジャンル・やかた 16

    珍しく朝早く起きたアッシュの目に留まったのは、テーブルの上のメモ。
    どうやらローズは、アッシュが寝ている真っ最中の部屋に
    自由に出入り出来る神経を会得したようである。
    こんな危険な館で、気付かず爆睡してる方もどうなんやら、だが。

    読み書きが苦手なアッシュは、最後の署名だけ見て
    とりあえずローズの部屋に行けば良いや、と流した。
    そしてその受け流しは、アッシュにとっては滅多にない正解だった。

    ローズの部屋に行くと、見知らぬ女性がいた。
    「あたしの姉のバイオラだよ。 鍛冶屋みたいなもんをやってる。」
    「かかかかかかか鍛冶屋ーーーーーっ?  !!!!!」
    RPG好きのアッシュの心は、狂おしくときめいた。

    ソワソワと嬉しそうに握手をするアッシュ。
    とまどうバイオラの耳元で、ローズが囁く。
    「その動揺はわかるけど、さしたる害はないから大丈夫。」

    「でね、あんたに武器を見つくろってきたんだよ。
     いやあ、大変だったよ、作るのはさあ。
     図書館で勉強をしたのは久しぶりだったよ。
     日本人という事だから、やっぱり使い慣れた武器が良いだろ?」

    バイオラは布包みを開いた。
    「どうだい、ザ・シュリケーーーン!」

    「一体いつの時代の本をー・・・?」
    アッシュは青ざめた。
    しかもその手裏剣は、ブ厚い上に直径15cmぐらいあって
    投げるどころか、重くて持てない。

    「これ、試しに投げてみてくださいよーーー。」
    アッシュにうながされバイオラが投げると、手裏剣は手を離れた途端
    急降下して、30cm先の床にドスッと刺さった
    「ああああああああああ、あたしのラグがーーーーー!」
    ローズが悲鳴を上げた。
    「こっ・・・これはアキスミンスターの骨董ものなんだよ!」

    「あはは、ごめんごめん、ちょっと使いにくかったね。
     じゃあ、こっちの鎖鎌はどうだい?」
    鉄球から1mほどの太い鎖が伸びていて、先には鎌が付いている。
    「サムライの日本刀は知ってるけどさ
     あれを作るのには、かなりの時間が掛かると思うんだよね。
     その点、このニンジャ武器ならある材料で作れるしさ。」

    バイオラなら、ツヴァイハンダーのような日本刀を作るに違いない
    中腰で、直径10cmの鉄球を両手でやっと持ち上げたアッシュは
    泣きそうな目でローズを見つめた。
    ローズはラグの穴をさすりながら、バイオラを睨む。

    バイオラは豪快に笑った。
    「あはははは、冗談だよ、冗談。
     こんな重いものを戦闘で使えるわけがない。」
    そう言いつつも、急に真顔になって溜め息を付いた。
    「・・・持って来る時に気付いたんだがね・・・。」

    「あ、あのですねー、手軽に警棒とか、ないですかー?
     アルミかなんかの軽いので、3段に伸びて
     腕に取り付けられるようなんが良いんですがー。」

    「警棒ならあるけど、腕に取り付けるって?」
    ローズが持ってきた警棒で、身振り手振り説明をする。
    「ほら、ここに警棒付きのアームカバーをして
     腕を振ると、警棒がジャキジャキンって伸びるのー。」
    「へえ、それ良いアイディアだね。
     すぐに出来そうだから、ちょっと急ぎ作ってくるよ。」

    バイオラの背中に向かって、アッシュが懇願の叫びを上げた。
    「軽いのをー! とにかく軽いのをーーーーーーっ!」

    バイオラが部屋から走り出て行った後
    ローズを睨んで、アッシュがイヤミっぽく言った。
    「うちら兄妹を変人扱いするだけあって
     えらいマトモなお姉さまをお持ちでー。」
    「うるさいね! あの人は武器防具になるとああなんだよ。」

    「どうするんですかー? この床が抜け落ちそうな重さの鎖鎌ー。」
    「持って帰らせるよ。 しかしこれ、バイオラ、よく持ってこれたよねえ。」
    「怪力姉妹ですねえー。」
    「・・・否定はしないけど、ちょっとムカつくね。」

    「とりあえず武器待ちですかー? だったら何か食べませんー?
     私、朝食まだなんですよー。」
    「スコーンやパウンドケーキ程度ならあるけど、それで良いかい?」
    「わーい、そういうのが良いんですー。」

    お茶の用意を一切手伝わないアッシュを
    ローズはまったく気にしない。
    あたしの大事なティーセットを割られたら大変だしね。

    「そういや、あんた、食堂で皆に慰められたらしいね。
     良かったじゃないか。
     でも、よく思ってないヤツもいるよ、気をつけな。」
    「5人に好かれりゃ5人に嫌われる、ってのが世の摂理ですもんねー。」
    「・・・あんた、時々ものすごく図太いよねえ。」
    「えへへー、恐れ入りますー。」
    「褒めてるわけじゃないんだけどねえ。」

    お茶やらケーキやらクッキーを食べながら、たわいもない話をした。
    「何か、私ら、いっつもお茶してませんー?」
    「あんたの国はどうだか知らないけど、この国はそういう習慣なんだよ。
     何かあれば、お茶お茶さ。」
    「そういや、私の国にも茶道ってありますけど
     お茶って全世界共通の交流の儀式なんですねえー。」

    どこにでもある、昼下がりのお茶会の風景だったが
    そんな悠長な事をしている場合ではないのは、ふたりともわかっていた。
    館攻略は、まだ1mmも進んでいないのだ。

    3時間ほどで、バイオラが戻ってきた。
    望み通りのアームガード付き3段警棒を持って。

    アームガードは皮で作られていて、肘から手首手前までの長さ。
    警棒は、その外側にベルトで固定されており
    腕に固定するベルトが、更に3本付いている。

    しばらく3人でその武器をいじくり回して、キャアキャアはしゃいでいた。
    これも対象物が武器じゃなかったら、微笑ましい光景なのだが
    この世界全体が歪んでいるので、萌えアイテムも微妙に危ない。

    アッシュがアームガードを腕に巻き、言った。
    「さあ、出陣しましょうー!」

    続く。

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          ジャンル・やかた 17 09.10.15

  • ジャンル・やかた 15

    目覚めたのは、翌日の夕方だった。
    昨日は何時に寝たのかわからなかったが
    確実に1日以上、眠りこけていたらしい。

    ズキズキと痛む頭でベッドに座っていると
    ドアがわずかに開き、目が覗き込んだ。
    「うわっ!」
    一瞬驚いたが、すぐにローズだとわかった。

    「あんた、よく寝ていたよ。 もう大丈夫かい?」
    という言葉で、ローズが何度も様子を見に来てくれていた事がわかる。
    そういう人を裏切れるか?
    もうイヤだと言って、失望させられるか?

    アッシュはベッドの上で土下座をした。
    「見苦しいとこを見せて、本当に申し訳ございませんでしたー・・・。」
    「いや、あんな場合はしょうがないよ。」
    ローズが慰めると、アッシュが懇願した。

    「でも、昨日のような事はもうイヤですー。
     それを上に伝えてくれませんかー?
     私、子供、大っっっ嫌いですけど、たとえ危険な子供でも
     暴力を加えるなど、考えたくもありませんー。 お願いしますー。」

    再びお辞儀をするアッシュに、ローズは言った。
    「上に言っとくよ。
     今回の事で、上も判断がついただろうしね。
     ただこれ以降は、手だれが襲ってくると思うよ。
     あたしは武器の調達をするから、あんたは今日も体を休めときな。
     飯を食って、風呂にも入って、洗濯もすれば良い。」

    「では、お言葉に甘えますー。」
    アッシュが入浴の用意を始めたのを見届け、ローズは部屋を出て行った。

    風呂に入っても、洗濯室に行っても
    アッシュの脳裏から、やられた敵の姿がうめき声が離れない。

    洗濯物を乾燥までセットして、食堂に行った。
    食欲がなあ・・・と、カウンター上に並んだ料理を見ると
    何と、炊いたご飯がボウルに山盛りになっていた。

    「ああーーーーーっ、これーーーーーーーっっっ!」
    ホカホカご飯を見つけたアッシュの目に、涙が溢れてきた。
    「許可が出て良かったね、嬢ちゃん。」
    ニコニコして声を掛けてきたウエイトレスに
    「ありがとうーーー」
    と、アッシュは号泣した。

    ショック続きで、涙腺が緩んでいたのもあって
    単に泣きグセがついていただけだが
    それが、人々の目には純粋に映っていた。
    これは割とラッキータイムである。

    ヒックヒック言いながら、ご飯と卵を食うアッシュに、周囲が
    「大変そうだね。」「頑張るんだよ。」
    と、チヤホヤと声を掛けてくれる。

    周囲のこの応対の変化が不思議ではあったが
    今のアッシュには、自分への強い肯定に思えた。

    「そのライス、ニッポンではパンと同じと考えるらしいぜ。」
    「ニッポンフードって太らないらしいね。」
    「そうそう。 ニッポン人は皆痩せてるんだって。」
    「美味しくて健康にも良いらしいよ。」

    あちこちのテーブルで、ご飯を試しながら盛り上がっている。
    「食べてみたいねー、ニッポンフード。」
    「街じゃ高級レストランでしか食えないしね。」
    「嬢ちゃん、料理人に食べやすいニッポンフードをリクエストしてくれよ。」
    この食堂が和気藹々とするのは、珍しい事であった。

    「皆ありがとうー、これからも精一杯頑張りますー。」
    と、おまえは一体どこのアイドルだよ? みたいに手を振りながら
    食堂を出るアッシュを、何個もの暖かい目が見送った。

    部屋に戻ったアッシュの目には、力強い光が宿っていた。
    私、何を悲劇ぶっていたんだろう?
    人が次々に死傷するのを見た衝撃で、自分を見失ってたとしか思えない。

    私は一応善人だけど、元々平和主義者ではなかったじゃないか。
    何もせずに死ぬのなんて、冗談じゃない。
    こっちから喜んで殺して回ってるわけじゃなし
    殺しに来たのなら、殺して帰すのは当然じゃん。

    兄ちゃんは安らかに眠れ。
    どんなに罪悪感にさいなまれようが、死んでしまったら終わり。
    私は生き残って、それを乗り越える!

    アッシュは勢い付いて、かなり非道な思考を展開させていた。
    確かにこの状況の自己正当化は、この類の考えしかない。
    が、同時に他の部分でモヤモヤとしていた。

    ・・・・・・・・何か忘れてるような・・・・・・・
    あっっっっっ、洗濯!

    慌てて洗濯室に向かったら、食堂ではまだ日本食の話題をしていた。
    「スシ、テンプラ、スキヤキ、だろ?」
    「無知だね、それは観光用の “ワショク” って言うんだよ。
     ニッポン人が普段から食べているのが
     健康に良いニッポンフードなんだよ。」
    「ショウユ、ミソ、アンコ、って言う調味料を使うんだろ。」

    ああーーーっ、微妙に惜しい! と思いつつ
    食堂の前を素通りし、洗濯物を抱えて部屋に戻った。

    アッシュはこの館に来て初めて、ゆっくりと眠る事が出来た。

    続く。

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          ジャンル・やかた 16 09.10.13

  • ジャンル・やかた 14

    体が重くて、アッシュは中々ベッドから起き上がれずにいた。

    夕べは睡眠導入剤だけじゃ眠れなくて、安定剤も飲んだしなあ
    そんな薬の飲み方をしたら、すっげー体がダルいんだよなー。
    アッシュはそう判断したが、心身ともに疲れているのが原因だった。

    兄ちゃん、お酒に逃げていたんかもな。
    ああー、酒飲みの気持ちがちょっとわかる気がするー。
    戦いのストレスは、アッシュの想像以上に大きく
    無意識にそれを認める考えをしていた。

    アッシュは飲酒はしないが、薬に逃げるタイプである。
    薬好きで、専用のポーチを持ち歩いている。
    だがアッシュはオーバードースは決してしない。
    薬は気合いで効かせるもの、適量で効かなければすっぱり諦める
    それがアッシュの信念だった。

    アッシュは全体的に、“信念の人” であるが
    それが自分を追い詰める作用をする事も、多々あったのは悲劇である。
    いや、本当の悲劇はこれから始まろうとしているのだ。

    今日はこっちの4階と2階に行かなければ・・・
    重い体を起こして、アッシュは顔を洗いに向かった。

    考えに考えて出したやり方は、結局各階を巡る、という
    ごく普通の方法であった。

    地下の設備に近い場所に、本拠地を構えるのが普通だと思うんだが
    ペントハウスってのは最上階にあるもので
    VIPはそういうとこに住まないか?
    あるいはそんな推理を見越して、中途半端な階に据えるかも知れない。

    考えれば考えるほど、“もしも” のワナにハマっていくので
    短気を起こして、シラミ潰しの方法を選んでしまったのは
    過去の相続者と同じ道をたどっているという事に
    アッシュは気付いていない。
    正直、アッシュはアホウであった。

    北側4階の部屋のドアを開けて良いか、ローズに訊ねて
    南側と同様に断られ、そこが居住区だと確認できたアッシュは
    娯楽室だけを覗き、2階に向かおうと提案した。

    娯楽室にいた2人の男性の目付きから
    皆のアッシュを見る目が変化している事を知ったローズはさえぎった。
    「ちょっと待ちな。 2階に行く前に私の部屋に寄ろう。」

    ローズはアッシュをソファーに座らせて、寝室の棚を漁った。
    「これしかないけど、とりあえず持っときな。」
    手渡されたものを見て、アッシュは喜んだ。
    「すっげー、これ鉄板ガード入りじゃないですかー。
     ハードグローブってやつでしょー?」

    「あんた、妙に詳しそうだね。」
    ローズが呆れ気味に言うと、アッシュがムッとした。
    「一般常識ですよー、これ、スワットの標準装備なんですよー?」
    「・・・知らないよ、そんな事・・・。」

    ローズのつぶやきを意に介さずに、そそくさとグローブをはめ
    手を振り回しながらアッシュが言った。
    「うわ、鉄板って重いですねー。 私の筋力じゃ無理かもー。
     パンチのスピードがまったく出ないー。
     ま、ヌルいパンチだから重みが出た方が良いのかもだけどー。」

    数回素振りをしただけで
    「ああ・・・、もう腕が上がらないかもー。」
    と、ソファーに倒れ込むアッシュに、情けなさを感じるローズであった。

    2階に下りて行き、ドアを開けて良いか訪ねた時の
    気をつけな、の返事に、来るべき時が来た、と
    アッシュは心臓がドクンと鳴ったのを感じた。

    手が震えて、ドアレバーを上手く掴めない。
    ローズが見かねて、手を添えてドアをそっと開けた。

    部屋の中央に小さい影が見えた。
    それは手に包丁を持った子供の姿だった。
    アッシュがフリーズする間もなく、ローズが部屋に駆け込み
    それがどういう展開を意味するのか、理解したアッシュは
    とっさに部屋の前から離れた。

    物音がして、出てきたローズにアッシュは非難の目を向けた。
    ローズはわかっていたかのように、それを見るでもなく怒鳴った。

    「よく聞きな、しょうがないんだよ、敵である限り!
     子供が一番恐いんだよ、わかるかい?
     天使のような表情で同情を誘って、ブッスリだ。
     あいつらは小さな体でどこにでも潜める。
     テーブルの下に隠れて、膝の裏を斬られるかも知れないんだよ。
     やらなきゃ、こっちがやられる。
     現実は理想とはまったく違うんだよ!」

    それでもアッシュの表情は変わらなかった。
    ローズは溜め息を付いて、語りかけるように続けた。
    「殺しちゃいないよ。
     殺す必要はないんだ。
     そりゃ運が悪けりゃ死ぬかも知れないけど
     その時に戦闘続行不能にすれば良いんだよ。
     今までの戦いだって、死んだのは最初の男だけなんだよ。」

    アッシュは無言でローズを見つめていたが
    自分にローズを非難する資格はない事は、よくわかっていた。
    だったら自分のこの態度は、ローズにとって酷い行いである。

    そこまでわかっていても、どっかに何かが引っ掛かっていて
    それがアッシュの心臓を締め付けているのだ。

    無抵抗で死ぬ・・・・・?

    以前にローズが怒った時に言った言葉が、アッシュの脳裏に浮かんだ。
    果たしてその決断が出来るのか、迷っていた。

    その時に横で動く影が見えた。
    ローズとアッシュが、同時にその方向を見た。

    少女が立っていた。
    服装も髪型も、アンティックドールのようだったが
    何故か全身が茶色い粉にまみれている。

    アッシュを視認した少女が、突然、耳障りな金切り声を上げた。
    反射的にアッシュは、少女を蹴り上げていた。

    最初に “何故?” と自分に訊いた。
    体が勝手に動いてしまったのだ。
    生きてる・・・よね?
    でもそれを確認できない。
    少女の存在自体が恐いのである。

    さもわかった風に、モラルだの思いやりだの言ってても
    結局それは安全圏の中でしか保てない、もろい道徳だったんだ。
    風が吹いたら舞うような、軽い倫理観、軽い価値観、軽い考え
    軽い軽い人生だったんだ。
    それを、さぞ必死に生きてきたつもりになって・・・。

    自分の身が危ないとなると、手の平を返して本性を出す。
    私の本性って、こんなんだったんか?
    何よりも、まず自分 だったんか?

    すべてが覆ってしまい、自分の何もかもが薄汚いものに思えてきて
    どうしたら良いのかわからず、指1本すら動かせないアッシュの
    尋常ならぬ様子に、ローズはこう訊くしかなかった。
    「大丈夫かい?」

    むろん反応はないが、アッシュの葛藤はわかる。
    多分こいつは、弱い者に暴力を振るった自分が信じられないんだろう。
    でも、このままここにいたら危ない。

    「ほら、部屋に着いたよ!」
    そう叫ぶローズに、頬をバシバシはたかれて、アッシュは我に返った。

    いきなり自分の部屋にいるのが、わからなかったが
    フラフラとバッグのところに行き
    震える手で、ポーチのチャックを開けようとした。

    「何だい? これを開けるんかい?」
    ローズがポーチを取り、開けて渡すと
    アッシュはその中身を全部床にバラまいた。
    それは大量の薬で、震える手でかき混ぜるアッシュの姿は
    まるで薬物中毒者のように見えた。

    見つけた薬を持つ手は大きく震えていて、とても役目を果たせそうにない。
    「これを飲みたいのかい?」
    ローズは1錠アッシュの手に握らせ、水を持ってきた。
    「ほら、飲みな。」
    アッシュの口に錠剤を入れ、水を飲ませる。

    床に座り込んで、呆然としているアッシュに
    まるでジャンキーだね・・・、そう思っても怯まなかったのは
    ローズにも選択肢が残っていないからであるが
    何より、アッシュを信じたいからなのが大きい。

    ローズは自らここに来て、ここで生きてきた。
    ここを否定される事は、自分を否定されるのも同然である。
    アッシュはそんな “ここ” に、馴染もうとしていた。
    それはローズ自身に同化しようとしているように思える。

    他の相続者にも、その傾向はあったのだが
    やはり、“知らずに来た” というのが、評価の底上げをしていた。
    その気もなく来たのに、中々出来ないよ・・・。

    座り込んでいたアッシュの目が動き、フウーと溜め息を付いた。
    「・・・30分経ちましたー。
     薬が効いてきたようで、ちょっと落ち着きましたー。」

    はあ????? 何だ、そりゃあ?
    ローズは顎が外れそうに、あんぐりと口を開けた。
    「薬って、大抵30分ぐらいで効くんですよー。
     これ、軽い安定剤なんですけどー。」

    ないないないない、それはない!
    と、ローズは否定したかったが、思いとどまる。
    聞いた事がある。 自己暗示・・・。
    それがこいつの乗り越え方なんだ、と気付いたからである。

    こいつの精神力の源は、自己暗示の強さなのだ。
    きっと薬はその道具でしかない。
    たった1錠で、それも30分で、あんだけの放心を取り戻すなど
    どんなに強い薬でも不可能だ。

    何というか、珍しい対処法だね。
    この奇行も、アッシュが “普通” じゃない証しで
    普通の能力じゃないアッシュは、主として大きな可能性を秘めている。
    こいつはまだまだだけど、主にふさわしいかも知れないね。

    ローズがここまでアッシュを擁護するのは
    アッシュというカギを否定するのは
    自分の未来をも潰す事になるからだ、という無意識の防御であった。

    「とにかく、もう今日はお休み。」
    「はい・・・。」
    アッシュの様子を見て、安心したローズは部屋を出て行った。

    アッシュはそのまま布団に入った。
    部屋着、外出着、とはっきり分けないと落ち着かない性格なので
    普段なら、これはありえない事である。

    もちろん眠りたくても眠れない。
    頭の中で否定的な考えがグルグル回る。

    アッシュの目から涙がこぼれ落ちた。
    「兄ちゃんは、こうなるのがわかってたんかも
     だから何もしなかったんかも。」

    うつぶせになって、ひとしきり泣いた後
    床に散らばったままの薬の山のところに行き
    探し当てた青い錠剤を2錠口に放り込み、水をガブガブ飲んだ。

    続く。

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          ジャンル・やかた 15 09.10.9

  • ジャンル・やかた 13

    「1日2食って、あんた、だからそんなに痩せ細っているんだよ。
     ちゃんと食べないと、体が持たないよ。」
    この手のセリフを聞き飽きていたアッシュは、無視して
    ローズのベルトに挟んである大鋏を見て言った。

    「にしても、その大鋏、凄いですねー。
     グリップを閉じたら、鋏部分が飛び出るんですかー。
     あ、細いチェーンで繋がってるわけですねー?
     これ、自作ですかー?」

    「ああ、これね。 もう何代目かね。
     鍛冶屋に作ってもらったんだよ。
     あたしゃ武器は何でもこなせるんだよ。
     ただ今回はたまたまこれにしただけさ。」
    ローズが少し大声になったのは、周囲に聞こえるようにである。
    来れるものなら来てみろ、という威嚇なのだ。

    「あー、良いですねー。
     私も何か武器が欲しいですねえー。」
    「あんたに武器が操れるのかい?」
    ハッタリの賭けに出たローズに、アッシュが見事に応えた。

    「まず接近戦用に、ナックルは必須ですよねー。
     でもそれはあくまで近付かれた時のためですから
     筋力が弱い私には、長刀みたいなんが欲しいですねえー。」
    こいつもとんだハッタリ屋だな、とローズは痛快だったが
    何とアッシュは本気で言っていた。

    その場にいた人々には、アフタヌーンティーの話題に
    のんびりと武器の希望などを語り合っているふたりの姿が
    歴戦のツワモノに映っていた。

    6人中5人がそう思っても、違う意見のヤツは必ずひとりはいる。
    「あんたも役者だねえ。」
    階段を下りながら、肘で突付いてくるローズの言葉の意味が
    アッシュにはわからなかった。
    が、ローズの眼差しの変化で、後ろに敵がいる事を察知した。

    「おまえら、自信満々のようだな。」
    ちっ、刺激しちゃったか、ローズは後悔した。
    素早く大鋏を取り出したのだが、男はその刃を掴んだ。

    力勝負だからって負けないよ!
    ローズと男が睨み合って、力比べをしていたら
    ローズの頭頂部の髪をかすめて、男の側頭部に何かが当たった。

    アッシュが、そこいらに落ちている箱やら壷やらを
    男の頭目掛けて投げたのである。
    それもフルスイングで、容赦ない勢いである。

    男が怯んだ瞬間をローズは見逃さず、鋏を突いた。
    男は手摺りを背に、何とか踏みとどまったが
    背が高いのが災いして、手摺りの外に反りかえるような体勢になった。

    そこにアッシュが駆け寄り、男の片足にしがみ付き
    持ち上げようとし始めた。

    「おっ、おまえ鬼か?」
    男はそう罵ったが、この数秒の一連の動きから
    アッシュが自分の能力に合わせて、的確な反応をしている事を
    ローズは読み取った。

    文字通り、足をすくわれた形で男は階下に落下したが
    その瞬間アッシュが耳を塞いだのをも、ローズは見逃さなかった。
    男の落ちる音を聞きたくない、というのは
    裏を返せば、どうなるかわかっててやったのだ。
    罪悪感は? などと、キレイ事を言っていたアッシュが
    自ら敵を手に掛けるなど、どれだけの覚悟か。

    その上にアッシュが発した言葉は、ローズを感動させて余りあるものだった。
    「大丈夫ですかー?」
    敵の心配をするでもなく、己の不遇を嘆くでもなく
    まず最初に口にしたのが、ローズの身を案じる言葉である。

    こいつは恐るべきスピードで学んでいるのだ。
    普通に育ってきた人間には理解が出来ないであろう、この環境下において
    望んだわけでもない試練に、たった一日二日で順応しかけている。
    こいつは本当に掘り出し物かも知れない。
    ローズはアッシュの進化に、感嘆していた。

    しかしアッシュの真意は、そこにはなかった。
    アッシュは自分が被害者だという気持ちを手放してはいなかった。
    むしろ、そこに唯一の救いを求めていたのである。

    アッシュは常に、自分のつたない法知識に照らし合わせて
    どう言い訳が出来るのかを考えていた。
    だが、この状態では最早言い逃れは通用しない。

    そうなれば、自分が如何に生き延びるか、のみに照準に合わせ
    後はここの閉鎖性に期待するしかない。
    それ以上に問題なのは、自分の倫理観とどう折り合わせるかである。

    それがかなりの困難な思考転換ゆえに
    他人の心配をして、小さな善行を積み重ねようとしているのだ。
    ローズに対する気遣いは、この心理によるものである。

    もちろん、これを計算ずくでやっているわけではない。
    無意識に一番安心できる方向に向いているだけで
    言わば、心の防衛本能のようなものである。

    アッシュの必死の心の攻防とはうらはらに
    ローズはそれを、アッシュの “成長” と解釈していた。
    アッシュの背中に、冷たい汗が大量に流れているのに
    ローズもアッシュ本人も気付いてはいなかった。

    「あいつが鋏と共に落ちちゃった。 急いで取りに下りないと。」
    ローズとアッシュが階段を駆け下りると
    そこには別の男が立っていた。

    武器なしはマズったね。
    焦るローズの背後で、アッシュが悲鳴を上げながら階段に戻った。
    あ! バカ! あたしから離れるなんて!
    慌てるローズを尻目に、敵の目はアッシュだけに注がれていた。

    階段の半分を上ったところで、アッシュは突然振り向き
    足元に転がっているものを手当たり次第に敵に投げ始めた。

    これが功を奏しているのは、アッシュの投法が優れているからである。
    斜め上から振り下ろす腕からは、硬い物体が猛スピードで
    それも確実に敵の体の中心部に飛んでくる。
    ローズが落ちた男から大鋏を取り戻すだけの時間は稼ぐ事が出来た。

    敵がうずくまる瞬間に、アッシュは目を逸らしはしたが
    ローズの元に駆け寄って訊いた。
    「敵って男性だけなんですかー?」

    いや、そんな事はない。
    多分あたしが護衛だから、腕の立つのが来てるんだろう
    ローズがそう説明すると、アッシュは首をかしげた。
    「相手が弱いだけなんじゃあー?」

    あんたの攻撃力が計算違いだっただけで
    見た感じ、どいつもそこそこいってたと思うがね。
    行きがけの敵は、知ってるヤツだったからわかるけど
    カウントダウンを無視しないと、本当に危なかったんだよね。
    ローズはそう思い起こしながら、アッシュに訊いた。

    「あんた野球かなんかやってたのかい?」
    「いいえー、私、運動神経も良いんですよー。 球技は得意ですしー。」
    アッシュの思い上がった言葉にも反感はなかった。
    実際にあの投げ方は、運動神経の良さを表わしている。

    明日から来る敵は、アッシュに対しての認識を変えて手強いだろうね。
    密かに危惧するローズに、アッシュが追い討ちをかけた。
    「ローズさんー、武器は複数身に付けるのが基本ですよー。」

    続く。

    関連記事: ジャンル・やかた 12 09.10.1
          ジャンル・やかた 14 09.10.7

  • ジャンル・やかた 12

    目覚めたアッシュは、珍しく爽快だった。
    衝撃続きの最近の展開に、一気に老けた気分になっていたのだが
    まだまだ私の美肌健在!
    アッシュは天狗感覚を取り戻していた。

    その勢いで、今後の予定も決めた。
    やっぱ私は天狗になってこそ、私なんだよなー。
    アッシュは珍しくハイテンションだった。

    「勇者よ、旅立つのじゃー、さあ冒険の始まりですー
     ♪ ちゃらっちゃちゃっちゃ ちゃっちゃー ♪
     これから4階に行きますー。
     だけどただの4階じゃないんですー。
     何と! ジャジャーーーン! 南館の4階ですーーー!」

    アッシュがそう言いながら、クルッと回って
    両手を広げ、左足を前に出し右足を後ろに流し、膝を曲げて軽く会釈をした。

    ドア口のアッシュの道化を見せられて
    呆然としたローズと、アッシュの後ろを通りがかった女性の目が合い
    通りがかりは気の毒そうに目を逸らした。

    ローズは、ものすごい恥を掻かされた気分になったが
    やっと自分の出番が回ってきたので、無言で廊下に出た。

    階段の前に来て、ローズがやっと口を開く。
    「南の4階はあそこだけど、この階段をホールまで降りて
     向こうの階段を4階まで上らなきゃならないよ。」
    「北と南と通路で繋がってたんなら早いんですけどねえー。」
    と答えるアッシュに、ローズははた、と訊き返した。

    「そういや、何であっちが南だとわかったんだい?」
    「曇ってるけど、夕方微かにあっちの雲が赤かったんですー。
     あっちが西なんでしょうー?」
    「へえ・・・?」
    関心するローズに、アッシュはちょっとムッときた。

    「いい加減、私の知性を認めてくれませんかねえー?」
    「天才と紙一重、って言うけど、そうなのかもねえ。」
    「それは兄の方だと思いますー。
     私は凡才だけど、一般常識はあるんですー!」
    前半は同意するけど、最後の部分はどうだかね。
    ローズは腹の中で思った。

    玄関ホールまでは、何事もなく進めた。
    問題はこっからなんだよね、とローズが思った途端
    長身の男性が現れた。

    「新相続者! 無知なる未知者!
     俺が腕を確かめてやる。
     3つ数えたら開始しよう。 3・・・」
    ローズの鋏が男の腹に刺さっていた。

    倒れ行く男を見て、アッシュが叫んだ。
    「卑怯くせえーーーーーーっっっ!!!」
    「何がだい?」
    男の腹から鋏を引き抜きながら、ローズがアッシュを睨んだ。

    「カウントダウンの途中だったのにー。」
    「それをご丁寧に待ってどうするんだい?
     これは決闘じゃないんだよ?
     わけわからん能書きたれるこの男もバカだけど
     それをボケッと聞くあんたも相当のバカだね。」

    アッシュは恐くて男に近寄れず、遠巻きに訊いた。
    「その人、死なないですよねー・・・?」
    「死のうが死ぬまいが、そんな事はどうでもいい!
     こっちが考えるべきは、戦闘可能かどうかの1点だけさ!」

    ローズが怒り始めたので、アッシュは黙り込んだが
    先ほどまでのテンションが暗転したかのように、地の底に落ち
    恐怖に怯え、膝が震えているのがわかった。

    負けたら私もああなる、って事だよね? むっちゃくちゃ痛そう・・・。
    即死ならまだ良いけど、中途半端に刺されたらどうしよう。

    目前で起こっている出来事は、映画などではよく観ていたけど
    それが現実だと認識せざるを得ないのは
    男のたてるうめき声が、あまりに苦しそうだからだ。

    他人のあんな声、聞いた事がない!
    アッシュは耐え切れず、天井を見上げながら
    両耳に指を突っ込んで振動させながら、あーあー言った。

    ローズはアッシュの受けているショックを理解できた。
    自分も初めての時は、このうめき声にビビったものだ。
    あの時の自分は、ショックから身動きが取れず
    その後何日も食事を採れずに衰弱したものだ。

    立ち直れたのは、周囲の冷笑に負けたくなかったからで
    それでも数ヶ月して、やっと再び戦えるようになったのに
    こいつはその場で自分でどうにかしようと努力をしている。

    ローズはアッシュの肩に手を置いて
    照れくささを隠すかのように、ぶっきらぼうに言った。
    「グレーがいつも言ってた。
     『妹は実は俺より凄いんだ。』 って。
     確かにあんたは大物かも知れない。」

    「へ?」
    指を突っ込んで、あーあー言ってたアッシュに
    ローズの言葉が聞こえるわけがなかった。
    間抜け面して振り向くアッシュに、ローズは激しくイラッとしたが
    こらえて、同じセリフを繰り返した。
    ここで挫折されたら困るから、とにかくおだてないと。

    少々棒読みになったが、ローズの読みは当たり
    アッシュの心は木に登りまくった。
    「兄がそんな事をー? 私、大物ですかー?
     何でそう思うんですかー? 『詳しく』 しても良いですかー?」

    あーもう、またわけのわからん事を言い始めた。
    バカはおだてやすいのは良いけど、調子に乗るから面倒なんだよねーーー。

    ローズは忍耐力をフル発揮しながら言った。
    「優れた適応能力があるような気がするんだよ、あんたには。」
    「・・・適応能力ですかー。 別に優れてないですけどねー。」
    どれだけの大賛辞を期待していたのか
    贅沢にもアッシュは、その答にガッカリした。

    こいつが真に優れているのは、忘却だろうね。
    もう、さっきの戦闘の事を忘れて、ひょこひょこ着いて来ている。
    目まぐるしく変わる話題も、それを表しているんだね。
    階段を上りながら、ローズはひとり納得した。

    4階に着いた。
    行き道の敵は1回だったか。
    いつもより少ないのは、ハンデが与えられているのか?

    玄関ホールを見下ろすローズに、アッシュが声を掛けた。
    「ローズさん、ここのドア、開けて良いですかねー?」
    「開けちゃダメだ。 ここは居住区、非戦闘区域だよ。」
    「あー、やっぱ3~4階でしたかー。
     開けちゃダメ、って事は、居住区には主の部屋はないんですねー?」
    「そうなるね。」

    4階をグルリと一周したら、アッシュの居住区と同じ間取りだった。
    ただ、洗濯室はあるが、食堂の場所は娯楽室になっていた。
    もしかして北館の4階も、こうなってるんだろうか。

    「3階に下りてみましょうー。」
    アッシュの言葉に、ローズが左右を確かめたのち階段を下りる。

    「ここも居住区ですよねー。」
    「そうだね。」
    作りは北館の3階と対称になっているようだ。
    南端に食堂がある。
    「北館在住の私たちでも、ここで食事できますかー?」
    「ああ、問題ない。 ちょうどお茶の時間だし何かつまもうかね。」
    腕時計の針は、2時50分を指していた。

    食堂には、6人の男女が固まって座っていた。
    こっちに気付き、静まり返った様子にローズは悟った。
    こういう時の話題は、相続者の噂ばかりなんだよね。

    自分が護衛の役目ではない時には、ローズもそれに加わっていた。
    しかし今は、第三者ではない。
    ローズはある種の選民意識のような感覚に浸っていた。

    「あー、同じシステムなんですねー。」
    そう言いながら、アッシュは冷凍庫の中のアイスを
    ディッシャーでゴリゴリ削っていた。

    ローズがハムサンドと紅茶を持ってきたのに
    アッシュの前にはストロベリーアイスが乗った皿が1枚だけである。
    「あんた、今朝ちゃんと飯を食ったのかい?」
    「11時ごろに、バタートーストを食べましたー。
     基本、1日2食なんですよねー。」

    そうは言ったが、アッシュが飲み物やアイスしか摂らない時は
    食べないのではなく、食べられないのである。

    アッシュは事務的に物事を考える術が身に付いていたが
    愚鈍なりにも、人間としての感情は普通にあるわけで
    冷徹な脳処理のツケは、体にダイレクトに現れてしまう事に
    いつもギリギリまで気付かずにいた。

    ストレスに気付けないと、それをより大きく育ててしまう事を
    アッシュは今までの人生で、学習できていなかったのである。

    続く。

    関連記事: ジャンル・やかた 11 09.9.29
          ジャンル・やかた 13 09.10.5

  • ジャンル・やかた 11

    頑張る、とは言ったものの、やはりムカついてはいた。
    すべてを知る事が出来ない現実にである。

    こうなったら私の推理を全部、後続のヤツらに残しちゃる!
    アッシュは自宅では絶対にしない点けっ放しのパソコンに向かった。
    フォルダを作り、名を “Ash Fail” と付ける。

    何か極秘ファイルのようでかっこいーーーーー!
    アッシュはご満悦だったが、え? “ファイル” って言いたかったのか?
    だったらFILEが正しいのだが、アッシュの英語力はこんなもんである。
    (いや、素でFailと打ってたぜ。 調べて良かったーーー!)

    ワードもエクセルも、その違いすら知らないので
    メモ帳を開き、そこに今までに思い付いた推理や見聞きした情報を
    人差し指1本でガシガシ打ち込む。
    しかもキーボードが英字のみなので、ローマ字で。
    日本語がわからんヤツなど、知った事かい!
    アッシュは、気持ちがささくれ立っていた。

    うーん、これじゃわかりにくいかなー、図解も必要かなー。
    いやもう、日本語をローマ字で書いてる事自体
    1行も読む気がしなくなるほど、わかりにくくて
    図解など、何の付け足しにもならないのだが
    そう思った瞬間、あのペイント太字地図が脳裏に甦った。

    もしかして、他の相続者も同じ心境になったかも!
    あの図解って、やる気を削ぐためのワナなんじゃねえの?

    デスクトップの他のファイルを開いていくと
    当たり前だが、全部英語であった。
    くわーーーーーーーーっ
    日本語のわからないヤツに仕返しされてるうううううううっ!

    別に誰もアッシュを想定して打ったわけではないのだが
    今のアッシュは、とことん被害者意識で一杯であった。

    その頃、ローズは食堂にいた。
    時計の針は、もう夕方の7時を回っている。
    あいつ、夕飯は食わないんかね?
    あまり飲み食いしないようだけど、あんなに痩せ細ってて大丈夫かねえ。

    親しい誰もがアッシュに対して抱く心配を、ローズが思ったのは
    アッシュを少し好きになりかけている事だという事に
    ローズは気付いてはいない。

    ローズは “敵” としては、指示がない限り動かなかった。
    普段の生活では、決して好戦的ではない性格のせいと
    自分が行けば、その回の相続は終わる、という
    自分の戦闘能力に対して、揺るぎない自信があるからである。

    しかしローズは、過去に4人の相続者の護衛をしていて
    そのすべてが相続者の死で終わっている。

    だけどそれは、ヤツらがあたしの言う事を聞かずに突っ走ったからだよ。
    グレーは自分では戦わなかったから、いけると思ったんだけどねえ。
    ローズにとって、グレーの結果は消えない深い後悔でしかなかった。

    その妹であるアッシュ。
    理解できない言動が、何を考えているのかわからなかったけど
    アッシュなりに色々と考えて、挑戦している事がわかったし
    今のところ、あたしの言う事は素直に聞いてるし
    後は戦闘でどう動くかがキモだね。

    ローズも、この相続が腕っぷしだけじゃクリア出来ない事を薄々感じていた。
    ゲレーといいアッシュといい、この兄妹は
    動きのなさにイライラさせられるけど
    それはそれで、正しいやり方を選んでいるような気がする。

    兄と同じ、それはアッシュにとっては最大の賛辞である。
    自他共に天才と認められていた兄
    その差の大きさに、妹はその背を追えずにもいた。

    しかしアッシュもまた気付いていない。
    投げやりなローズが、アッシュに対して徐々に惹かれている事を。
    それは館の頂点に立つ主の資質として、欠かせぬ要素
    得なければならない住人の尊敬の第一歩、である事に他ならないのだ。

    が、こういう時に無意識に台無しにするのが、アッシュの常。
    「ちょっと、あんた、飯は食わないのかい?」
    アッシュの部屋のドアを開けたローズの目に飛び込んできたのは
    顔面に紙を貼ったアッシュの姿であった。

    「・・・それは何のまじないだい?」
    ローズが怪訝そうに訊くと、アッシュはローズを手招きした。
    近寄ったローズの鼻先に顔をくっつけて
    アッシュはジロジロとローズの肌をチェックした。

    「ローズさんー、お肌のお手入れ、してないでしょー?
     日焼け止めとか、ちゃんと塗ってないでしょー?
     ここのシミとここのシワは、その証明ですよー。
     ほら、ここらへん、たるんで毛穴も開いてきているーーー!
     ちゃんとお手入れをしないと、ゴッと老けますよー。
     ほら、私、プルップルでしょー。」
    紙を剥がしたアッシュの肌は、確かに透き通って美しかった。

    「東洋人は肌がキレイだからね。」
    「東洋人とひとくくりにしないでくださいー!
     日本人!の肌がキレイなんですー!!
     それは日本人が、遺伝子とか水とかに恵まれてるからだけではなく
     お手入れをきっちりする性格だからでもあるんですーーーっ!」
    「あんた、いくつなんだい?」

    アッシュはローズに意気揚々と耳打ちした。
    「えっ、あたしより年上なのかい?」
    ローズのその驚きは、アッシュにとっては当然の反応だったが
    それはアッシュの最も好きな場面であった。

    アッシュは高らかに笑った。
    「ほーーーーっほほほほほほ!」
    テーブルの上に並べられた大小様々な形の容器を示し
    「この面倒くさいお手入れをこなしてこその、若さなのですわよー!」

    この後アッシュは、美容の知識をまくしたて
    ローズをとことんウンザリさせた。

    続く。

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          ジャンル・やかた 12 09.10.1

  • 小説もどき

    私は小説を読まない。
    長文が読めないくせに、活字が好きなんだが
    物語を楽しみたきゃ、映画を観れば良いし
    文字を読みたきゃ、雑誌やノンフィクションを読む。

    ネットはいかん!
    いや、最近つくづく感じるんだが、モニターって発光してるよな?
    その光が、半端なく目にクるんだよ。

    TV画面もそうなんだ。
    うちはまだブラウン管なんだが、すんげえ眩しい。

    PCモニターもTV画面も、どっちも光度を最小限ギリギリにしてて
    ただでさえ暗い場面が多いオカルト映画なんか
    8割ぐらいほぼ真っ暗なシーンで、何が起こっとんのかさっぱりなんだが
    それでも眩しいんだ。

    目が疲れて、目の奥が痛くなって、連動して頭痛がして
    何かもう2時間も見てると、辛くてしょうがない。
    歳を取ると、モニター系は凶器になる。

    その点、紙は発光しない。
    光を反射はするけど、モニターほどではない。
    しかし難点がある。
    紙媒体は有料なのである。

    そりゃPCもTVも無料ではないが
    同じだけ楽しもうとすると、紙系の方が莫大な費用が掛かるんだ。
    よって最近は買う雑誌でさえ厳正な選択を強いられておる。

    何か話が逸れまくっとるが、とにかく私は小説は読まないのだ。
    うちの親は、遊びたい盛りの幼児の誕生日プレゼントに
    よいこの図鑑全巻セットやドリトル先生全集を贈る大馬鹿者だった。

    (他に何も娯楽がないド田舎だったので、図鑑は面白いものだったんだが
     ニンテンドーが頑張ってる現代のガキがほんと羨ましいよ。)

    周囲の大人たちが、私の情緒が欠落しているのに気付いていたのか
    しきりに本を読め本を読め、と言いまくっとったんで
    高校は本を読もう、と思い立ち
    今思えば、単に勉強をしたくない言い訳なだけだが
    1年ちょっとぐらい、毎日毎日小説を読んでいた。

    それが、大正?昭和初期?ぐらいの作家の本で
    一日に2冊とか読む時もあったんで
    教科書に出てくる作家たちの本は、ほとんど読んだと豪語してもいい。

    しかしな、“読む” 事だけを目的にしたせいか
    内容どころか、何を読んだのかもキレイさっぱり忘れてしもうた。
    ばかりか、作家の憂うつが移ったんか、ウツ気味になってしまって
    青春時代にこんな事をしててはいかん! と、気付いて
    その後は遊び狂ったさ。

    学生の本分は勉学だと言うに、何を考えとんのか
    お陰で私の高校時代は、タメにならん3年間だったぜ。

    てかさ、文句が恐いんで名前は伏せるが
    ああいう作家たちって、何であんなに陰気なんだ?
    思春期の少年少女が思い悩むような、自虐思考で
    もしかしたらそれが “少年の心を忘れない” ってやつなんか?

    こんな感想しか持てなかった私には
    情緒を補うための読書は、正直ムダな行為だった、と言えよう。
    こういう経験が、小説を読まない生活に繋がっているのかも知れない。

    ところが、ここに来て知ったが
    小説は、“書く” のは、とても楽しいんだ!

    頭の中で話がどんどん広がっていって
    まるで映画を脳内で観てるような、そんな楽しさがある。
    これは多分、“ジャンル・やかた” の話は最初に夢で見て
    その時に設定がちゃんと決まっていたから、もあると思う。

    話の大筋や登場人物は固定されていたんで
    後はその続きを、夢を見るごとく脳内で妄想すりゃ良いだけなんだ。
    話の内容がさすが私の夢だけあって私好みなんで、妄想するのも楽しい。

    ま、それを文章にせにゃいかん、という困難はあるが
    私の妄想は、ほとんど言葉のみなんで
    それを繋ぎ合わせれば良いだけだから、何とかどうにかやっている。

    と言うわけで、今のブログでの私のストレス解消は
    この “ジャンル・やかた” である。

    あっ、「面白くない」 という意見は聞かんからな!
    あえての補足で、このブログ全体がつまらん、という意見もだ。

    この小説もどきの記事は、自分の楽しみになってるんで
    色々と言いたい事も山ほどあるだろうけど
    しょうがねえなあ、と目を逸らしてくれ。

    皆にも小説を書いてみるのをお勧めするよ。
    やってみると、結構楽しいかも知れんぞー。

  • ジャンル・やかた 10

    「私がまず思ったのは、挑戦期間ですー。
     普通は数週間なのに、兄は数ヶ月生きていられましたよねー?
     まあ、最後は自爆ですがー。」
    いつものアッシュなら、ここで笑うとこなのだが
    真面目な顔で続けるので、ローズも無言で聞き入った。

    「つまり今までの挑戦者は、武闘派だったのでしょうー。
     館中を探して回るというストレートな方法ばかりだった。
     だけど兄が探していたのは、主の部屋じゃなくて
     主の部屋に繋がる手掛かりだったんじゃないんですかー?」

    ローズが口を挟んだ。
    「いや、あたしは何も聞かされてないんだよ。
     上からもグレーからも。
     あたしの知ってる事は、本当に少ないんだ。」
    「あなたが嘘を付いていないのはわかりますー。
     あなたが知っていて言えないのは、館の間取りだけですよねー?」
    「うん、大体そんなもんだ。」

    ローズはちょっと驚いた。
    真剣にバカだバカだと思っていたアッシュが
    こっちの状況を読んでいる事が信じられないのだ。
    それほど心の底からアッシュをバカだと信じていたのである。

    「ローズさん、私が知りたいのは、電気の流れなんですー。」
    「はあ? 電気・・・?」
    ああ、やっぱりバカだ、とローズはガックリきた。

    「はい。 電気ですー。
     この館って、古いようでいて凄い電子制御がされていますよねー。
     私の今いるこの建物のこの階の廊下だけで、カメラが6個ー。
     7階建ての多分地下2階、それが8棟ー!
     全体の電気の使用量は、ものすごいもののはずですー。」

    「ちょっと待った、地下が何で2階なんだい?」
    「これはあまり自信がない推理なんですけどー
     敷地内は電気や電話線は、地下ケーブルで通ってないですかー?
     だったら外部からの電気の入り口は、地下ですよねー?
     警備や設備の搬入とかを考えて、よくわからないですけどー
     とにかく地下1階に電気系統の制御室がある、と考えたんですー。」
    真偽はともかくも推理が出来る頭はあるんだ、とローズは再び驚いた。

    「そして、こういう作りの建物には、必ず地下水路が通ってますー。
     今まで観た映画ではそうでしたもんー。
     歴史やら地盤やらはわからないですけどー
     何となく、地下はあっても2階までじゃないかとー。 勘ですがー。
     そんで水路と同じ階に、ビリビリくる電気系統は持って来たくないんでー
     ここは元々地下2階に水路があってー、地下1階は牢屋とか拷問室とかでー
     そこを電気関係の部屋として利用するんじゃないかとー。」
    ローズもそこまでは知らないのだが
    アッシュの言ってる事が正しいような気がして、ほおー、と声を漏らした。

    へっ、本気を出せばこんぐらい軽いぜ! と、アッシュは図に乗った。
    「主の部屋がどこかはわかりませんがー
     この監視カメラの数からいっても、かなり多くのモニターがあるわけで
     モニター室がどこかにあると思うんですー。
     私が主なら、しょっちゅうそのモニターを見ていたいので
     主の部屋の近くにモニター室もあるんじゃないかと考えたんですー。
     私は電気には詳しくないですけど
     最初に館に電気が入ってくる場所があって
     そこから各階に電気を流しているのだから
     その場所にはどこにどれだけ電気を流しているか、表示があって
     ケタ外れに電気消費量の多い部屋、そこがモニター室だろう
     そこを見つければ主の部屋も近い、と、考えてるわけですー。
     だから地下に行きたいんですー。」

    「・・・あんた、凄いね・・・。」
    よくわからないが、あまりの意外性にローズがつぶやいた。
    「私の電気の知識は、某専門誌の受け売りですけどねー。」
    アッシュが天狗になって、表面だけの謙遜をする。

    「でもさ、地下には入れないんだよ。
     それはルール違反になるんで、即刻失格になるよ。」
    「へえ、そうなんですかー。
     うーん、・・・・・・・ そうかあー
     そのルールだけで地下の価値がわかったから、もう良いですー。」
    あ、なるほど、とローズは思った。

    「じゃあ、どうするんだい?」
    「私も無謀な特攻はしたくないので、的を絞りたいんですー。
     兄の行ってた先を教えてくれませんかー?」
    「あー・・・、悪いんだけどそれは言えない。」

    アッシュが食い下がる。
    「上か下か、北か南かだけでもーーーーーっ!」
    「失格になりたいのかい? 即刻死刑だよ?」
    「うーーーーーーーーーー・・・・・・・」

    頭を抱えるアッシュに、なだめるようにローズが語りかけた。
    「あたしだって困ってるんだよ。
     あんたは主の座を望んで来たわけじゃない。
     言ってみれば、無欲な被害者であって、本当に気の毒に思うんだよ。
     でもあんたは来ちゃっただろ。
     始まっちゃったんだから、終わらせるしかない。
     できればあんたに代替わりを成し遂げてもらいたいんだよ。」
    「・・・・・本当ですかー?」
    「今は本当にそう思っているよ。」

    「ありがとうございますー、ローズさんー。 嬉しいですー。
     あなたのためにも頑張りますー。」
    「グレーのためじゃないんかい?」
    「あんなバカ兄貴の事はどうでもいいですよーっ
     そもそもあいつがこの惨事の元凶ですもんー。」

    そりゃそうだね、とローズも心の底でうなずいた。
    「じゃ、まだ出掛けないんだね。 用事が出来たら声を掛けな。」
    部屋を出ようとするローズに、アッシュが訊いた。
    「ローズさん、あなたはこの館内で引越しした事がありますかー?」

    「一度だけだったかね。 何でそんな事を聞くんだい?」
    「居住区はここだけじゃないんでしょー?
     他の居住区でも私は安全でいられますかー?」
    「さあね。 だけど居住区内だけは安全なんだよ。」
    「そうですかー、ありがとうー。」

    「?」
    首をひねりながら、ローズは出て行った。

    引越しはない、という事は
    ローズさんの部屋があるから、私もこの部屋なんだよね
    だったら他のフロアにも挑戦者専用部屋ってのがあるかも?

    そんで? いや、ただそんだけ・・・。
    自分が推理している事が、あまり役に立たないと気付いて
    さっきまでの天狗気分が、一気に冷めてしまったアッシュだった。

    何か忘れてる気がする・・・

    アッシュは詰まる度に、繰り返しこの言葉を思い
    それはもう、一種の呪文のようになっていた。

    続く。

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