カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • ジャンル・やかた 9

    「ちょっとあんた、ひとりでそれ以上行くんじゃないよ!」
    ローズが背後から叫んだ瞬間、アッシュは察知した。

    ああ、そうか、ローズは私の見張り役でもあるんだ。
    いやローズだけではない。
    この館にいる人全員が、自分を見張っているんだ・・・。

    ちょっと気落ちしかけたが、考え直す。
    もし私が主だったら、同じようにした。
    これはゲームではないのだ。 挑戦者が対等になれるわけがない。
    味方をつけてくれるだけでも、主側には温情があると言えよう。
    私が主だったら、ひとりvs大勢でフクロのなぶり殺しだね。

    あれ? アッシュは考え込んだ。
    “相続” って、主が在任している以上、“交代” だよね?
    交代するメリットって、主側にあるのか?
    もしかして、“主” の立場自体がデメリットがあるんか?
    でも挑戦者の多さは、主になりたいヤツが大勢いる、って事だよね。

    てか、私は実の兄からだから、“相続” だけど
    兄は誰から相続されたんだ?

    考え込むアッシュに、隣でワアワア怒鳴っているローズ。
    そのローズを顔を見つめて、アッシュは思った。
    この状況には、わからない事が多すぎる。
    多分、最後までわからないんだろう。
    言葉の意味について迷うより
    実際にある事のみを見た方が良いような気がする。

    手摺りに捕まって、上半身を上下させ
    玄関ドアの上のガラス窓の向こうを見ようとするアッシュ。

    よくは見えないけど、きっと敷地内の電線は地中を通っている。
    と言う事は、地下室があるって事か。
    でも主の交代は、ローズの記憶にはないようだ。
    普通ならそんな長期間、地下で暮らしたくはない。
    主は絶対に、地上のどっかの部屋にいるはず。
    そんでモニタールームってのがあって、その近くにその部屋はある!

    「ローズさん、この館に電気屋さんっていますよねー?」
    「電気屋? 電気技師ならいるよ。」
    「その人に会いたいんですけど、どこにいますかー?」
    「仕事場は地下だね。」
    「そこ、危険ですよねー? 行けると思いますかー?」
    「行ってどうするんだい? 敵だったら殺しにかかってくるよ。」
    「あっ!!! そうか! それはしまった・・・。
     私、その人に話が訊きたいんですがー・・・。」
    「だったら食堂で待つしかないね。 で、どいつに会いたいんだい?」
    「あっっっ・・・・・、何人いるんですかー? 電気技師さんってー。」
    「んーーー、5人? 6人?」

    やっぱ、この館すげえ、とアッシュは思った。
    普通なら、館の管理に何人もの技師はいらないはず。
    この館は電気制御されているのだ。

    「ここ、地下何階ですかー?」
    「さあね。」
    「あなたは一緒に考えてはくれないんですよねえー?」
    「あたしは護衛だからね。」
    あー、私の知能じゃ限界があるー!!!
    アッシュは自分が理系じゃなかった事を、激しく後悔した。

    いや、ローズとの会話は端々にヒントが隠れている。
    それを積み重ねれば、真実が見えてくるはず。
    やっぱりこまめな質問は必要だ。
    詐欺系の名にかけて! って、違うわ!

    脳内ひとりボケ突っ込みに、アッシュは微笑し
    それをローズはまだ慣れていないのか、目をそらした。

    「じゃ、行きましょうかー?」
    アッシュがそう声を掛けると、ローズは嬉しそうに応えた。
    「おっ、やっと出陣かい、どこにだい?」
    「だーかーらー、地下にですってばー。」
    ヘラヘラ言うアッシュに、ローズは軽蔑の目を向けた。
    「地下は関係者以外、立ち入り禁止だよ。」
    「えっっっ!」

    そりゃそうだよな、言わば館の要によそ者を出入りさせるわけがない。
    だけどこれで、地下に電気系統の何かがあるのは確実。
    5~6人の技師・・・、24時間体制であろう。

    アッシュはまたローズの顔を見つめた。
    ローズに自分の思惑を言うべきか言わざるべきか。
    たとえ何も助言を貰えなくても、“同意” は必要なんじゃないのか?
    義務での護衛より、自分に感情移入をしてもらった方が
    後々やりやすいのではないだろうか?

    でも、ローズからこっちの情報が漏れたら・・・?
    アッシュは両こめかみを指で押さえながら、うなった。

    いや、どうせ主側が有利なのは変わらない。
    だったらローズの “肩入れ” に期待する方が、可能性がある。
    意を決したアッシュは、ローズの目を見据えて訊いた。

    「あなたには私の情報を誰かに伝える役目もあるんですかー?」
    アッシュの真剣な目に、ローズはとまどった。
    「そういう役目はない。 あくまで護衛なんだ。」
    「攻略に関するヒントもくれない代わりに
     周囲にも私の事を何も言わない、という事ですかー?」
    「そうだよ。 そんなコウモリのような事はしないよ。」
    「わかりました。 信じます。 来てください。」

    アッシュはローズを促し、自分の部屋に戻った。
    部屋の中央に立ったアッシュは、振り返ってローズに語り始めた。

    続く。

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          ジャンル・やかた 10 09.9.24

  • ジャンル・やかた 8

    アッシュはパソコンと格闘していた。
    スレイプニールまでは期待していなかったけど
    インターネットエクスプローラーってのがない!!! 何で???

    こんな時は、スタートから・・・で、どこだっけ
    英語だからよくわからーーーーーーーーーん!!!
    確かここを見れば、ソフト?とかあるはず。
    一番下の緑の矢印のところをクリックした。

    eマークは全世界共通だよね?
    あ、あった、クリッククリックーーーと。
    ウィンドウが開くも、何かが書いてあるだけのページしかない。
    こっからヤフーとか、どう開くんだろ?

    アウトルックは?
    スタートから、プログラムで・・・・・
    あ、あった、クリッククリックーーーと。
    ウィンドウが開くも、これまた白紙のページ。
    メールは1通もなく、送受信も利いてないようだ。

    えーとえーとと言う事はーーーーーー
    モデムとか言う箱! 何か、ないような気がするーーーーーーー
    これはインターネッツには繋がっていないという事ですかーーーーーー?
    ええっ? じゃあ、このパソコン、単なるワープロ?
    何てこったい!

    あっっっ、じゃあ、携帯のネットは?
    ーーーーーーーーーーー 圏外だから繋がるわけがねーーーーーーっ!
    電話! 電話は? 電話のモジュラー何たらはあるんか?

    パソコンから出ているコードを辿って行くと
    壁にあったのは、差込口が2個の普通のコンセントだけであった。
    電話をつける余地すらない作りなんだ・・・。
    じゃあ、ここの住人は電話は使わないんか?

    アッシュはローズの部屋に駆け込んだ。
    「あんたねえ、ノックぐらいしなよ。」
    ごく当然の激怒をするローズに、アッシュは
    ほんとすいませんほんとすいません、とペコペコする。

    「で、今度は何だい?」
    「電話はどっかにありますかー?」
    「あるけど、あんたは掛けられないよ。」
    「携帯電話って知ってますかー?」
    「知ってるよ! 持ってるヤツもいるけど、私には必要ないね。
     ここら一体は圏外だろ、持ってても意味ないからね。」
    「電話、私は何故掛けられないんですかー?」
    「・・・あんたの話は前後するねえ。
     あんたが外に話を漏らすと困るからだろ。」
    「じゃなくてー、えーと、ここの電話は相手先に直通なんですかー?
     それとも交換手がいるんですかー?」
    「交換手・・・? うーん、聞いた事がないねえ。
     でも掛けたら相手にすぐ繋がるよ。」

    うーん、よくわからない。
    自分の疑問もよくわからない。
    何を考えてたんだっけ?
    にしても、走ったからゼイゼイだわ、あっつい。 あれ?

    「・・・・・・今、3月ですよねえー?
     ここらへんの気候って、今ぐらいはもう暖かいんですかー?」
    「いや、4月半ばまではまだまだ冷えるねえ。
     丘の方は雪も残ってるよ、ここいらは寒い地方なんだ。」
    「でも、あったかいですよねえー?」
    「セントラルエアコンとかいうやつだからね。
     1年中適温に設定されてて、館内は快適だよ。」

    そうなんだ!
    この館は外見は古いけど、中は最新設備が整ってるんだ!
    「ローズさん、“指示” って言ってましたけど
     それってどうやって受けるんですかー?
     上の人みたいなんとは、どうやって連絡を取るんですかー?」
    「ああ、そこの内部専用電話でだよ。
     あんたの部屋は、相続者専用だからないだろうけどね。」

    ローズが指を差した方を見ると、ファックス付き電話機が置いてあった。
    どうやら他の住人の部屋にも、これで電話を出来るようだ。
    館内には、外部に繋がる電話機自体がないのかも知れない。

    改めて部屋を見回すと、ローズの部屋は寝室が別になっている。
    このリビングには、TVに冷蔵庫、電子レンジも置いてある。
    ドアの真上を見ると、ブレーカーが4個並んでいた。
    見取り図はない代わりに、空調パネルがある。

    アッシュは窓に駆け寄り、向かいの建物の屋上を見上げた。
    アンテナなどは見当たらない。

    廊下に出て、窓の外を見る。
    こっちは裏側のようで、草原が広がっていて
    見える範囲の正面奥と左手に丘陵地帯、正面の丘の向こうは山
    右手範囲は森が続いていて、その先は開けているようだが見えない。

    食堂に駆け込み、窓を開けて上下左右を見回す。
    右側は他の住人の部屋が並んでいるんで確認が出来ない。
    だからここで出来る限り見ないと。
    アッシュは身を乗り出して、右手側を覗き込んだ。

    「おいおい、危ないよ、お嬢ちゃん。」
    じいさんがオロオロして、アッシュのジーンズのベルトを握る。
    アッシュが遠くに見たのは、鉄塔だった。
    ダメだ、こっちからでは見えない。

    じゃあ、真下だ!
    「ごめんねー、ありがとうーーー。」
    と、じいさんに叫びながら、アッシュは食堂を飛び出して行った。
    じいさんは、あうあう言いながら、アッシュの背中を見送った。

    真下、つまり東西南北を書いていない見取り図で言うフロアの南
    居住区のその部分に来たアッシュは、激しく動揺していた。
    ここに部屋はなく、壁もまたなく、あったのは手摺りである。

    見下ろすと、昨日入って来た玄関ホールがある。
    そのホールをはさんで真向かいには、また別の建物が続いていた。
    ここまで大きい建物だったとは・・・。
    アッシュは愕然とした。

    続く。

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  • ジャンル・やかた 7

    両手で顔を覆ったままのアッシュの肩が、ブルブル震え始めた。
    無理ないよね、肉親の死の詳細を聞かされたんだから。
    ローズは黙って見守ろうと、紅茶をひと口飲んだ。

    「ふ・・・ふ・・・」
    アッシュの口から、嗚咽が漏れ始める。
    泣くだけ泣きゃ良いさ、とローズが言おうとした瞬間
    「ぶぅわっはっはっはっは」
    と、アッシュが大笑いをし始めた。

    目を丸くして固まるローズに、アッシュが爆笑しながら話す。
    「すっ、すいま・・・あーっはっはっはっは
     わら・・・ちゃいけ・・・ない・・・はははははは
     思う・・・けど・・・・、あはははははは」

    かなりの時間ソファーの上で、腹を抱えてのたうち回った後
    アッシュがちょっと落ち着いて続ける。
    「だって、この状況って簡単に殺されるわけでしょうー?
     それを・・・わざわざ何でそんな意外な死に方・・・ブブッ を
     しかもよりによって、何でそんな ハハハハ それ以上ないぐらい
     情けな・・・ アーーーーーーーーッハッハッハッハ」

    再びアッシュは爆笑し始め、意図を理解したローズもつられて笑う。
    「だよねえ? あたし、絶対口にしなかったんだけど
     情けないよねえ? あーーーーーーっはっはっはっはっは」
    「不謹慎だけど・・・あははははははは、ありえねえーーーーっ」

    ふたりで、ひとしきり大笑いした後、食欲が出たのか
    アッシュは、あー腹痛え、と言いつつ、涙を拭きながら
    卵サンドをモソモソ頬張った。

    トレイの上の食料を平らげた後、ローズが切り出した。
    「で、あんたこれから何をするんだい?」
    「あ、ひとつ質問があるんですがー。」
    「また質問かい? あたしゃ武闘派なんだよ。
     あれこれ喋るヒマがあったら、とっとと動きたいねえ。」

    「ローズさん、気持ちはわかるんで、ほんと申し訳ないんですけどー
     私はわかってて来た人たちより、状況的に厳しいと思うんですー。
     死なないための、最低限の情報が欲しいんですー。」
    「まあ、そうだろうね。
     わかったよ、知ってる事は答えると言ったし、何だい?」

    「敵と味方と中立の人の見分け方は何ですかー?」
    「ああ、それは私にもわからない。
     志願もあるけど、主の指示で決まるようだね。」
    「途中で役目が変わる事はあるんですかー?」
    「さあ? よくわからないね。
     ただ住居区では、敵も味方も普通に応対する決まりだよ。」
    「あっ、ここ3階ですよねー? 他の階は何があるんですかー?
     見取り図ありますかー?」
    「ごめん、正直に言うけど、それは言っちゃいけないんだ。」

    あー、やっぱダンジョン攻略のカギはマップだよな。
    ローズは掃除係、館内のつくりが頭に入っていないわけがない。
    逆に言えば、ローズ攻略が出来るかがカギ、って事か?
    アッシュは考え込んだ。

    「ローズさん、もし万が一私が主に会えたとして
     その時のあなたのメリットって何なんですかー?」
    「館内での地位が上がるらしいんだ。」
    「らしいー? 噂ですかー?」
    「あたしがここに来てから、主に会えたヤツがいないからさあ。」
    「え? 今までに相続者って何人ぐらい見ましたー?」
    「えーと、記憶にあるのは・・・、護衛をした時だけだねえ
     他はよくわかんないねえ、関わってない時も多かったからねえ。」
    「去年は何人来ましたー?」
    「3人? 4人? 本当にわかんないよ。
     去年は1度しか参加してないしさ。」

    「ローズさん、ここに来て何年ですかー?」
    「うーん、あたしが来たのは何歳の時だったかねえ?
     子供の頃の記憶はないんだよ。」
    「子供の頃・・・ですかー・・・。」

    こ・・・これは思ってたよりも遥かに難関な気がする!
    と、アッシュは青ざめた。
    何も知らない自分には、攻略はほぼ不可能だとしか思えない。

    「敵味方、平均何人ですかー?」
    「あのさ、そういうのは知らされていないんだ。
     味方は私ひとりだと思って良い。 多分、他にはいないはず。
     ただ敵は、あんたを居住区以外で見かけたら、殺しに来る。
     私を狙うんじゃなく、あんたを狙うんだ。
     それだけは頭に入れときな。」

    ダメだ、私には無理すぎる。
    アッシュはそう確信したが、諦めを口にするのは
    このたったひとりの味方すら失う事になる。
    何とか表面だけでも取り繕わねば、半年の寿命が分単位になってしまう。

    寿命・・・、最長半年の寿命って、言われると結構キツいな・・・。
    アッシュは引きつりながらも、笑みを浮かべた。
    その姿は、ローズには余裕の表われに見えた。

    「わかりましたー。
     ちょっと調べ物をしますので、また何かあったら訊きに来ますー。
     動くのは、早くても明日以降になると思いますので
     もう少し待っててくださいねー。」
    立ち上がるアッシュに、ローズは頼もしさすら感じたのは
    アッシュの無表情さと、場にそぐわない笑みのせいであろう。

    アッシュは無言で、ローズのトレイも一緒に持って部屋を出た。
    食堂までの廊下を、視点を真っ直ぐに保ち
    目の端だけでカメラの存在を確認していく。

    カメラはひと部屋おきに、方向を逆に左右に1台ずつ設置してある。
    食堂のカメラは確認できるだけでも6台、厨房にもあるだろう。

    カウンターのトレイ返却場にトレイを置いたあと
    食事をしている数人をチラッと見た。
    成人の男女で、全員が労働者風である。

    「あっっっ!」
    アッシュの大声で、食事をしている者全員がビクッとした。
    厨房にいる中年女性に向かって、アッシュが訊ねた。
    「すいませーん、ここ、ご飯出ないんですかあー?」
    「ご飯?」
    「お米ですー。 ライスー、パンじゃなくライスー。」
    「ああ、米ならサラダでたまに出すよ。」
    「ダメです! それは本来の食べ方じゃない!
     お米は主食なんですよー。 私、ないと、ほんと辛いんですー。
     お米、パンと別個に出してくださいーーー!」

    アッシュの勢いに押され、女性が当たり障りなく終わらせようとする。
    「あ・・・ああ、じゃあ訊いとくよ。」
    「絶対ですよー? プロミスですからねーーー。」
    アッシュが小指を立てながら食堂を出て行った後
    しばらくあたりは静寂に包まれた。

    誰からともなく、口を開く。
    「よくわからんが・・・。」
    「何となく不気味だね・・・。」

    続く。

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  • ジャンル・やかた 6

    アッシュはベッドの上で、ボーッとしていた。
    夕べ、あまり眠れなかったのである。

    いくら愚鈍なアッシュでも、ただでさえ不眠気味のとこに
    人が首を斬られて倒れーの、ケイレンしーの
    血ぃ噴き出しーの、その血が掛かりーの
    自分が他人を滅多打ちしーのしたら
    その音と感触が残り、グッスリ安眠など出来はしない。
    殺される前に気が狂うかも・・・と、ひどくネガティブ思考になっていた。

    こういう時は、とりあえず風呂である。
    その後、コーヒーでも飲みに行こう。
    能天気な顔で。

    そう言えば・・・
    バスタオルを干しながら思った。
    ここは安全だと言うけれど、このゲームの期限はあるんだろうか?
    食って寝て食って寝て、で良いなら
    ここってほんと、引きこもりには天国じゃん。

    あっ、ダメだーーー、ゲーム機がない!
    あ、でも、ネットなら通販可能じゃん。
    てか、ここの住人、収入どうしてんの?

    「ん? 皆、仕事を持ってるよ。
     相続者は別だけど、一応ここには家賃っちゅうもんがあるんだよ。
     私は今回の守護者だから休暇を取ってるけど、本来は掃除担当なんだ。」
    ローズがドアにもたれかかって答えた。

    ほほお、じゃ、あなたが休んでいるから
    この館はこんなに汚いんですねー?
    と、茶化したら、ローズは怒り出した。

    「掃除人は私だけじゃないよ!
     だけど、そこらのガラクタはしょうがないんだよ。
     何百年にも渡って、人が出入りする度に物が増えてさ。
     特別な指示もないから、皆、放っているのさ。」

    じゃあ、ここの主は家賃収入でやっていってるんだ?
    でも管理は行き届いてないよね。
    ・・・・・・管理?

    アッシュはうつむいたまま、目だけを動かした。
    あった、カメラ。
    廊下にはあるけど、部屋には?

    「すいませんー、ローズさん、部屋を覗いて良いですかー?」
    「ん? ああ、構わないよ、入りな。」
    ローズの部屋は、キレイに片付いていた。
    窓にはレースの白いカーテン、テーブルの上には毛糸のカゴ
    ソファーは、赤いギンガムチェックのカバーが掛けられ
    クッションは色違いの黄色いチェックである。
    メ・・・メルヘン!!!

    この鎌ババアなら、頭蓋骨にロウソクを立てても不思議じゃないのに!
    と、心の底から驚愕しているアッシュの横で
    「どうだい、可愛い部屋だろ?」
    と、鎌ババアが大威張りで鼻を鳴らした。

    「はいー、すごいキレイですねえー。」
    と、棒読みで答えつつ、天井の四隅を見るがカメラはない。

    「か・・・ローズさん、廊下に監視カメラがありますよねー?
     部屋にはないんですかー?」
    「あんた、今 “か” って言ったろ?」
    「ほんと、すいませんー、もう言いませんー。 ほんと失礼しましたー。」
    上体を90度に下げるアッシュに、ローズは困惑した。
    「まあ、良いけど、カメラが何だって?
     そんなの個人の部屋にあるわけないじゃないか。」

    「じゃ、廊下のは監視用ですよねー? 誰が見ているんですかー?」
    「さあ、聞いた事ないねえ。」
    「じゃ、もうひとつー、兄はどのぐらいの期間、ここにいましたかー?」
    「えーと、数ヶ月・・・? 半年はいなかったねえ。」
    「その前の人はー?」
    「担当外だったから、覚えてないねえ。」

    話が進まない、と感じたアッシュは腹をくくった。
    「てゆーか、直に訊きますけどー、私の立場って期限はあるんですかー?」
    「さあ? わかんないねえ。」
    「たとえばですよー、私がここで部屋と食堂の往復で
     一生を過ごす事は可能ですかー?」

    「ああーーー、なるほど、質問の意味がわかったよ。
     だけど、そういう例はないからねえ。
     ここに来るヤツは目的を持って来てるんだよ。
     だから今までにそんな事をしたヤツは聞いた事がない。
     大抵が、数週間単位でカタが付いてるんじゃないかねえ。
     グレーの時に、“長すぎる” と感じたからね。
     でも、あんたをタダで養うほど、主は甘くないと思うよ。」
    「その目的とは、ここの相続ですよねー?
     それは、ここの管理権を貰うって事ですよねー?」
    「さあ、そうなるんかねえ?」

    ああ・・・さっぱりわからない。
    アッシュはこめかみに人差し指を当ててうなった。
    とりあえず、半年ぐらいはいられるんだ。
    多分やる気を見せないとダメっぽいけど。

    でも何か引っ掛かってる、何か見逃している、それが何かがわからない。
    ドアの前でうなるアッシュの横で、ローズは困っていた。
    自分の役目はアッシュを助ける事だが
    アッシュの質問が、自分が役立つ範ちゅうじゃないのだ。
    何を知りたいのかすら、伝わってこない。

    「ねえ、食堂に行かないかい? あたしゃ昼飯がまだなんだよ。」
    ああ、飯ね、と思いつつ、不機嫌そうについて来るアッシュ。
    この兄妹はほんとやりにくいね、ローズは疲れ果てていた。

    「ここのこれが美味いんだよ。」
    カウンターでチキンサンドを勧めるローズに、アッシュは言い捨てた。
    「私、鶏肉嫌いなんですー。 前世が鳥だったのかもー。」
    「・・・?・・・」
    混乱するローズの顔を、気の毒そうにチラ見するウェイトレス。

    「あ、そう、そうかい。 だったら他のを食べな。
     チキン以外も美味いよ。」
    「チキンー?」
    「うん、チキンカツ。」
    「あっっっ!!!!!!」

    その場にいた、ひとり残らずがビクッとした。
    そう! これだったんだよ、引っ掛かってたのは!!!
    周囲の動揺など目に入らず、ガッツポーズをするアッシュ。
    ウェイトレスが視線でローズに 「何?」 と訊き
    ローズは肩をすくめて首を横に振ったその時、アッシュが叫んだ。
    「ローズさん、チキンサンドお持ち帰りして、部屋で食べましょうー!
     あ、私コーヒーと卵サンドでいきますー。」

    問答無用でローズの部屋に取って返したアッシュは
    テーブルにトレイを置くなり、まくしたてた。
    「一番の疑問はこれだったんですー!」
    アッシュはローズのトレイのチキンサンドを指差した。

    「そう! あの歯医者さえビビって行かないチキンな兄が
     何故このようなデスゲームに参加したのか、って疑問ですー!」
    やれやれ、実の兄を言いたい放題だね、ローズは気が抜ける思いだった。
    「このゲームには、どんなメリットがあるんですかー?」
    「ゲームじゃないんだけど・・・、ここの相続だろ?」
    「本当にそれだけなんですかー?」
    「あたしはそれしか知らない。」

    「そう・・・ですかー・・・。
     じゃあ、兄はここでどんな事をしてたんですかー?」
    この質問で、ローズのどっかのスイッチが入った。

    「グレーは、あんたの兄ちゃんはそりゃもう人使いが荒くてね。
     しかも自分じゃ何もしないんだ。
     あたしの役目がそれだから、まあしょうがないけど
     あれしろこれしろうるさくて、自分じゃ一度も戦った事すらない。
     あげくが、『自分が動くのはバカげている
     人に指図して動かすのが一番だ』 などと、のうのうと言って
     ほんと仕えている人間にとってはイヤなヤツだったよ!
     それに一日の感覚がおかしいんだよ。
     明け方まで酒を飲んで、朝方から寝て夕方起きてきて
     チョロチョロしたかと思えば、また酒を飲み始める。」

    ああーーー、そういうヤツでしたー。
    アッシュは何度も何度も深く頷きながら聞いていた。
    「で、兄はどうなったんですかー? 殺されたんですかー?」
    「あたしが付いてて、そんな事させるもんか!
     グレーはね、深酒しすぎて、起きた時に酔いが醒めてなくて
     そこの階段から転げ落ちて、頭を打って死んだんだよ!」

    ああ・・・何て悲しい最後だったの、お兄ちゃん・・・
    アッシュは思わず、両手で顔を覆った。

    「それで・・・兄の遺体はどこに・・・?」
    「この館の敷地内の墓地に眠っているよ。」
    「あ・・・、一応埋葬はされたんですか・・・?」
    「当たり前だよ! 死人は皆墓地に葬るもんだよ。」

    「・・・まあ・・・、それは何より・・・。」
    そう応えはしたが、兄のあまりの死に様に
    やはりかなりのショックを受けているようだ。

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  • ジャンル・やかた 5

    食堂のドアは3ヵ所あり、全部開きっ放しだった。
    中は10席ずつの長テ-ブルが、6個並んでいる。
    覗き込むアッシュを、テーブルに付いていた数人が黙り込んで見る。

    端が調理場のようで、しきりのカウンターの上には
    惣菜やパンが大皿に山積みになっている。
    バイキングなら食えそう、とアッシュは喜んだ。
    TVで観るアメリカンハイスクールの食堂に憧れていたのだ。
    ま、あいつら食い過ぎだけどな、アッシュはフフンと笑った。

    驚いたのは周囲の人々である。
    大体のいきさつは聞かされている。
    肉親が相続途中で死に、何も知らされずにノコノコやってきて
    暴力に巻き込まれたあげく泣き喚き、ブチ切れて暴れた女性が
    直後に飯を食いにきて、その上何やら楽しそうなのだ。
    その変わりようは、人間業とは思えない。

    「すいませーん、これ、おいくらですかあー?」
    厨房にいたウェイトレスがビクッとして答える。
    「金はいらないよ。」
    「あ、そうなんですかあー、ありがとうー、いただきまーす。」

    アッシュがトレイに乗せたのは、ホワイトシチューの皿と
    パン2切れ、フライドポテトだった。
    窓を背にして座った途端、「あっ!」 と叫び
    隣のテーブルにいたじいさんをビクッとさせる。

    キョロキョロあたりを見回して、水道のところに行く。
    どうやら手を洗いたかったようだ。
    席に戻り、トレイに向かって拝んでから食べ始める。

    実にナチュラルなその姿を、じいさんが固まったまま見つめていると
    アッシュがグリンと振り向いて、訊ねた。
    「ここ、いつでもご飯があるんですかあー?」
    じいさんは思わぬ先制攻撃に、つい流されて答えた。
    「う、うん、いつでも開いてて飯があるよ。」

    「へえー、すんごいシステムですねー。
     部屋に持ち帰っちゃっても良いんですかねー?
     パンとか茶ぁとかー。」
    「あ、ああ、うん、食器をちゃんと返さんといかんが。」
    「洗って返すんですかー?」
    「いや、洗わんで良い。」
    「へえー、それ、嬉しすぎる設定ですよおー。
     ヒッキー天国みたいなー?
     兄がここに来た理由がいっちょわかったですねー。」
    じいさんは、宇宙人と話しているような気分になった。

    「あんたさ、これからどうすんの?」
    向いのテーブルに座る若い女性が、大声で訊いてきた。
    「えっと、ポテトとコーヒーを部屋に持ち帰ろうかとー。」
    「バカ! 今じゃないよ、今後だよ今後!」
    「さあー? よくわかりませーん。」
    「ローズから話は聞いてないの?」
    「聞いたかも知れませんけど、よくわからないんですー。」
    「ああ、そうか、飲み込めてないからノンキなんだ。」
    訊いた女性も他の人間も皆、失笑した。

    あははー、と一緒になって笑いつつも、アッシュは思っていた。
    ナメられてなんぼなんだよ、新参者はよー
    ヘタに警戒されるより、まだバカにされてる方が安全ってもんさ。

    やたら腹黒い考え方だが、これがアッシュのいつものやり方だった。
    空気を読む能力に乏しいから、開き直ってハナから読まない。
    周囲にも “読めない” と認識されていた方が、ラクに立ち回れる。
    アッシュの間延びした喋り方も、ボケッとした表情も、ザツな性格も
    そのやり方に合っていた。
    お陰でアッシュは、どこに行っても
    自分の立ち位置だけは、自分でコントロールする事が出来てきたのである。

    その頃、ローズの部屋に客が訪れていた。
    アッシュが飯を食ってる、と、わざわざ知らせに来たのである。
    ローズは冷たく言い放った。
    「放っときな。 あいつはバカだから。」

    忠告者が首を振りつつ退室した後、ローズは何故か憂うつな気分になった。
    グレーもそうだったけど、妹の方も何となく厄介そうだね・・・。
    守護など引き受けなかった方が良かったかも。

    でも、どうせここに来るヤツは皆おかしいし
    既にグレーで、私の立場は良いとは言えない状況だし
    ・・・・・・罪悪感ねえ・・・・・・。
    いや、手を汚さない誰もが言うそんな言葉を気にしてたら
    生きては行けない。 ここでは。 そう、ここでは!

    ローズは思い直したように立ち上がり、窓から食堂の方向を見た。

    続く。

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          ジャンル・やかた 6 09.9.9

  • ジャンル・やかた 4

    こういうゲームには、必ずルールがある。
    何故なら、ルールがないと人は共存できないからである。
    そのルールを知る事が、攻略のコツなのだ。

    この館には、どうやら大勢の人が住んでいるようである。
    見物人の様子は、お互いが顔見知りっぽい雰囲気だった。

    そしてローズが言ってた、居住区は非戦闘地帯みたいな決まりと
    敵、味方、どっちでもないヤツ
    この3種類の人間を、どうやって見分けるのか?

    そして “今回も” ローズが味方、みたいな話。
    と言う事は、他の挑戦者の時はローズが敵になってた、って事だ。
    果たしてこの味方は、ゼルダのナビ妖精みたいな存在なのか
    それともラスボスなのか、いや、ラスボスの前ふりボスの可能性もある。

    てか、こういうのって、いくら考えてもわからなくねえ?
    暗号だって解読表がないと無理だし
    法則はデータが足りないと見つけられない。

    アッシュは、ふーーー、と溜め息をつき、ベッドに倒れ込んだ。
    ・・・・・・・・・・・・。 DQの新作って8だっけ、9だっけ。
    何も考えていないのと、雑多な考えが頭の中を巡るのとは
    いつ何時も無心になれないアッシュにとっては同じ事だった。

    あっっっっっっ!!!!! そんな事より!!!!!!
    一番大事な事を忘れていた事を思い出した。
    このゲームのクリア条件、“どっかの部屋にいる主に会う事”!!!

    主はとりあえず置いといて、“どっか” だ、キモは。
    館の地図とか、いやこの種類のゲームの場合、それはないだろうけど
    攻略しようとしていたヤツが、マッピングしてねえわけがねえ
    そこまでボンクラじゃねえよな、お兄ちゃん!

    あー、でもアウトルックに2万通の未読メールを溜める (実話)
    ようなヤツだし、パソコン系は私より無理かも
    と思いつつも、先ほど立ち上げておいたパソコンに駆け寄ると
    デスクトップ画面には、フォルダがいっぱい並んでいた。

    あああああああああああああ、私こういうの大っっっ嫌いなんだよ!
    引き出し開けっ放しと同じにしか思えねえんだよ!
    てか、画面の光量高けえよ、老眼には眩しいんだよ!
    てか、ウインドウズ Me--------っっっ?
    何かむちゃくちゃ間の悪い空気読めてねえ持ち主ーーーーー!

    何から何にまで文句を付けたくなるのは
    この異常な事態へのストレスであろう。
    デスクトップ上の数多いファイルのチェック
    当然ながら、ファイル名が全部アルファベットで書かれていて
    英語の苦手なアッシュにとっては、苦痛以外のなにものでもない。

    map、これだよな? 地図はエムエーピーで良いんだよな?
    ダブルクリックだよな? カチ・カチ、と。 あれ? カチ・・カチ?
    連打はハードゲーマーのサガ。
    カチカチカチカカカカカカカカカカカッ

    すぐブチ切れて連打をする、こらえ性のないアッシュの目の前に
    いきなりウィンドウが何個も開き、輪をかけてイラッとさせられる。

    ファイルの中には、つたない地図が入っていた。
    ペイント太線手描きですかい・・・。
    この世には、自分以上にパソコンを使いこなせないヤツがいるようで
    それは低レベルのインターネッター私! としては
    ビリじゃないだけ目出度い事なんだろうが、この場合とても迷惑で。

    そういや、スイッチの上に居住区の地図が貼ってあるって・・・。
    ドア付近とパソコンを行ったり来たりして、わかったのは
    この手描き地図は、居住区と似ているけどちょっと間取りが違う。
    多分、この上か下か、そういやこの館は何階建てだったっけ?

    窓を開けて上下を確認すると、地上6階建ての3階部分にいる事が判明。
    窓の外は中庭らしく、噴水にベンチにテーズル椅子、花壇。
    館の廊下と違って、ちゃんと手入れをされている。

    この窓からじゃ、玄関ドアがどこにあるのかすらわからない。
    門からの角度じゃわからなかったけど
    この建物って、ものすごく巨大だったんだ・・・。
    ここから見えるだけでも、立方体の建物が4個繋がってる。

    向い側の建物の窓には人影が見える。
    部屋の中にいる分には大丈夫だよね? と、慌てて窓を閉めた。

    初心者がいきなり来て、真相が判明するなら苦労はねえよな。
    にしても、何の収穫もなしか。
    ああー、寿命のカウントダウンが始まってる気がするーーー。
    あのバカ兄貴、まさか妹の殉死を企んでるんかよ?

    ありえない恐怖の後に待っていたのは、怒り。
    アッシュの動揺は、最後は怒りに着地する事が多い。
    ソファーに大股開きで座り、足でテーブルの角をグリグリ突付く。

    もしかして私、このまま怒って死ぬわけ?
    うわあ、イヤなエンディング・・・、絶対、成仏できねーーーっ。
    予想外だったなあ、こんな人生。
    それも全部、あのクソ兄貴がzsdfgtyふkl

    考えが同じところをグルグルと何度もループする。
    脳内がグチャグチャになって、自分でも何を考えたいのか
    わからなくなり、目の前の空間を見つめながら、また溜め息。

    Xのどっちかにlが付いてたような気がするけど
    DQの新作って、11だっけ?
    ・・・・・・
    何か腹が減ったような気がする。

    アッシュの思考パターンは、いつもこういう感じである。
    皆そうだと、根拠なく信じていたのだが
    最近になって、どうやら他の人は違うらしい、と
    薄々感じてきているので、会話には気を遣っている。
    「アッシュなりに」 と注釈付きではあるが。

    食わんなら食わんでもいいけど、ここはやっぱ体力勝負だろうし。
    アッシュは立ち上がって、見取り図のところに行った。

    食堂は、あ、この部屋は左辺の建物にあるんだ
    で、食堂はーーー、キッチン? ダイニング?
    真上の棟、普通の部屋3個ブチ抜き、うん、ここっぽい。
    隣がラウ・・・洗濯室?
    へえ、ローズさんの部屋は、隣の隣なんだー。

    いつ行っても飯ってあるんかいな?
    だったらパライソーーーーーーー!
    と、食堂に向かうアッシュ。
    こんな時によく食欲が出るな。

    続く。

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          ジャンル・やかた 5 09.7.15

  • ジャンル・やかた 3

    「あんたはここで寝泊りしな。 グレーもここにいたんだよ。」
    ローズは天井のライトを点けた。
    「こっちがバストイレ、お茶はこのコンロで。 飯は食堂で。」

    部屋はイメージ的には、こげ茶色の書斎、って感じ。
    天井まで5mぐらいの高さがあり
    その中ほどぐらいまで、荷物が積み上げられている。
    机、椅子、テーブル、ソファー、ベッド、タンス大小4つ
    と、一通りの家具は揃っていた。
    机の上にはパソコンも置かれている。

    リュックとボストンバッグに、ショルダーバッグを
    ベッドの上に置いた時に、ふと気付いた。
    よくこの荷物を持っていたな、と。
    忘れてきても無理ない状況だったのに
    やっぱ私ってしっかりしてるよな、とフフッと笑った。

    それをしっかり目撃したローズは、ゾッとした。
    アッシュの言葉や仕草、反応、そのことごとくが
    ローズには理解できなかったからである。
    最初に見た時には、いかにも頭の弱そうなお嬢ちゃんだと感じたのに
    外国人だからだろうか? と、ローズは首をひねった。

    ソファーにどっかりと腰を下ろしたアッシュが
    いかにも知的そうなそぶりで訊ねる。
    「で、鎌・・・ローズさん
     私はどういう立場に置かれているんでしょうー?」

    「あんた、さっきっから、鎌って言ってるよね? 鎌って何なの?」
    「・・・鎌・・・」
    アッシュはローズの右手に握られた鎌を指差した。

    「あ? ああ、これは草刈り用だよ、失礼だね!
     私の武器はこっちだよ。」
    ローズはスカートの背にはさんであった大鋏を取り出した。
    アッシュは果てしなく引き潮に乗った。

    「クロックタワーのハサミ男ー?
     もしかしてこっちが悪役とか言う設定なんですかー?」
    「あんたの言う事がほとんどわかんないんだけど?」
    イラ立つローズに、アッシュは謝った。
    「今のはゲームの話なんですー。
     すいません、いつもはこうじゃないんですけど
     何かもう、パニくっちゃってー。」

    「まあ、それなら無理もないよ。
     いいさ、ちょっとぐらいわけのわからない言動をしたって。
     泣き喚かれ続けられるより、よっぽどマシだしね。」
    ローズはちょっと安心した。
    ホラーだのゲームだの、こいつは多分フリークというやつなんだろう。

    「あんたの訊きたい事はわかる。
     あんたは兄から、この館の相続権を譲り受けようとしてるんだ。
     それを受けるには、この館のどっかの部屋に行って
     館の主に会わなきゃいけない。」
    「アドベンチャーだったんですかー・・・。
     さっきの通り魔は何なんですかー?」
    「この館に何人の人がいるのか、正確にはわからない。
     でも、いるのは、あんたにとって3種類。
     敵、味方、どっちでもないヤツ。
     さっきのは通り魔じゃなくて、敵。 はっきり目的を持った敵。
     あんたを阻止しようとしてるのさ。」

    ありがちだな、とアッシュは思った。
    おそらく、ローズは自分の守護者なのであろう。
    「で、あなたは味方なんですねー?」
    「よくわかってるじゃないか。
     私は本来なら今回は違うはずだけど、あんたの兄さんに頼まれてね。
     しょうがないから、あんたを守って手助けしてやるよ。」

    「でも、その “阻止” とか、“手助け” とか、殺人ですよねー?
     さっきひとり死んでましたよねー?
     それ、普通なら罰せられると思うんですがー。」
    「あんた、ホラー好きならわかるだろ。 ここは治外法権なのさ。
     誰が死のうと、逮捕も裁判もないよ。」
    鼻で笑うローズに、アッシュがつぶやいた。
    「でも、罪悪感はー・・・?」

    ローズはいきり立った。
    「そういうセリフは、生きてここを出られた時にぬかすんだね!
     罪悪感がイヤなら、無抵抗で死ぬがいいさ。
     あんたが死ねば、私もこの役目から解放されるってもんだ。
     代わりに戦ってやろうと言ってる人間に対して
     何もしないあんたが何を責められるっていうんだよ
     そういうのを口先だけのキレイ事って言うんだよ
     私を怒らせたら困るのはあんただよ! わきまえな!!」

    うわっ、自称世界の警察国家理論!
    アッシュはそう思ったが、これ以上逆らうのは確かに得策ではない。
    多分、クリアせずにこの館を出る事は出来ない。
    何かもう、この上なく理不尽な巻き込まれ方をしているようだが
    明らかに自分の道は、生き残るか死ぬかの2つしかないのだ。
    ・・・緊急避難・・・に、適用されるよね・・・?
    プラス、脅迫、強要、この両方でいけるかも知れない。

    生と死の狭間にあっても、法的処遇がまず頭に浮かぶ自分は
    近代国家に暮らす真っ当な国民だな、と誇らしくもあって
    再び知らず知らずに口元が緩んでいた。
    やはり、あまりの出来事にちょっとどっかが壊れたのかも知れない。

    こっちが激怒したっていうのに、よそを向いてニタニタ笑うアッシュに
    嫌悪感を感じ、一刻も早くその場を立ち去りたくなったローズは言った。
    「とにかく今日はもう、休むんだね。
     飯は食堂にあるよ、ここに居住区の見取り図が貼ってあるから。
     私は食堂か自分の部屋にいる。 用が出来たら声を掛けな。」

    「あ、はい、どうもお世話になりましたー。」
    アッシュは深々と頭を下げたが、それを見てローズは
    益々、ヘンなヤツだとしか思えなかった。

    ローズが部屋を出て行った後、アッシュはバッグを開けた。
    携帯電話を取り出し電波を確かめたが、やはり圏外である。
    ボストンバッグの方から充電器を出し、コンセントを探したら
    机の下にタコ足気味なのが転がっていたので、それに差し込んだ。

    次に、タンスの扉と引き出しを全部開ける。
    こういのは下から下から、と、どこまでも遊び半分に見えるが
    アッシュはアッシュなりに真面目なのだ。

    タンスには、多数の男物の衣類が入っていた。
    その中に、見覚えのあるセーターが入っていた。
    これ、多分お兄ちゃんのだ・・・。

    何かというと、ウンチクをたれるヤツで
    このセーターの時は、確かアルパカの産地について何か言っていた。
    聞き流したので、キレイさっぱり覚えていないのが
    兄不孝をしたような気がして、ちょっと落ち込む。

    その兄が死んだという知らせは、今でも信じられずにいた。
    両親が他界してから、しばらく連絡が取れてはいたのだが
    いつの間にか音信不通になり、気が付くと連絡不能になってしまい
    元々地に足のついていないヤツだったし
    どっかで浮浪者でもやっているんだろう、と諦めてはいたのに
    まさか訃報が届くとは、そこまで想像はしていなかったのだ。

    それが本当なら、私は天涯孤独になっちゃったんだよな・・・
    ちょっとウルウルときそうになり、慌ててその感情を打ち消す。
    いや、死ぬのを見ていないのなら、死んだと認識しなくて良い!
    今も兄はどっかでフラフラやっている、と思おう。

    今はとにかく、感情より現実!
    少しでも多くの情報を集めなければ。
    アッシュは、パソコンの電源を入れた。

    続く。

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          ジャンル・やかた 4 09.7.2

  • ジャンル・やかた 2

    いきなりの “コレ” で、どう説明しようかねえ。

    振り向いたローズの目に映ったのは
    体育座りをして、うつむくアッシュだった。
    驚くローズにアッシュがつぶやく。
    「自分の殻に閉じこもって良いですかあー?」

    「えっと、あんたの反応、よくわかんないんだけど・・・。」
    どう扱っていいか困り果てたローズに、アッシュが畳み掛ける。

    「だって私、ホラーファンですもんー。
     何かもうよくわかりますもんー。
     ありがちですもんー、先、読めますもんー。
     何これ?何これ?言ってる間に、次々に周りが殺されていって
     運良くラスボスを倒せても、最後の最後に大どんでん返しになって
     『キャアアア』 とかなって、エンドロールでしょうよー。」

    言いながら、自分がとても不憫に思えてきて
    涙が溢れてくるのみならず、鼻水まで滝落ちし始め
    “涙ながらに訴える” にしては、同情しかねる汚い事になりつつも
    気持ちがどんどんエスカレートしていき、しゃくり上げながら続けた。

    「私が主人公って限らないじゃないですかー
     脇役だったら、シャワーを浴びただけで殺されるじゃないですかー
     風呂にも入れず、わけもわからんと、ただ殺されるなんて
     リアルであって良いんですかあー?」

    もう、ここでローズの方こそ、意味がわからなくなっていたが
    エキサイトしたアッシュは構わず叫び続ける。
    「大体、あなただって味方だとは限らないじゃないですかあー?
     安心させといて、ラストで鬼のような顔で振り向く、とか
     すげー危なくないですかー?」

    こういう時の女性は、自分でも何を言ってるのかわかっていない。
    アッシュもそのせいで、後のフォローが大変な人生なのだが
    今回はさすがに自分を全解放しても、しょうがない事態ではある。

    ローズがアッシュを、異質なものでも見るような目をして見つめていて
    アッシュもそれを感じ取っていた時に、声がした。

    「おいおい、ローズ、大変そうだな。
     今回はキチガイのお守りかい。」

    その言葉が耳に入り、脳がその意味を理解できた時
    アッシュはこめかみあたりで、ピチッと音が鳴った気がした。

    「ああああああああああああああああああああああーーーーーーーーー」
    叫びながら、アッシュは声の元に突進して行った。
    いつ手にしたかわからない棒状のものを相手に振り下ろす。

    手の平と肘に、衝撃とともに鈍い痛みが走ったが
    叫び声を上げながら、何度も何度も棒を振り下ろした。
    「あーっ! あーっ! あーっ! あーっ!」

    それは正に、人が狂気の底に陥った瞬間で
    見ている人には身震いするほどのおぞましさがあった。

    だがそんな状態になりながらも、自力で我に返る事が出来るアッシュは
    ある意味、冷静さを失わない種類の人間である。

    しかし、目の前に横たわる小柄な男性の血まみれの顔面を見て
    再びパニックを起こした。
    「やってもたーーー! やってもたーーー!」

    今まで交通違反も犯さず、真面目に生きてきて
    むしろ善人系統だったのに、いきなり殺人者に転落かよ!

    抱えた頭を前後に激しく振るアッシュの姿は
    どっかの部族の儀式の踊りのように見えて
    ローズは言葉すら出ないほど、呆気に取られた。

    が、アッシュの脳内では、そんな事はお構いなしに
    グルグルと計算が働いていた。

    いや、これは突発的な危機回避であって
    凶器もそこらへんにあった物だし、殺意はなかったと
    凶器、凶器、あっ、何かあるはず!
    アッシュは倒れている男を見る。
    手には、釘が何本も貫かれた角材が握られている。

    これ! これは死ぬよね! 計画的な殺意ありとかだよね!
    正当防衛だよね! でも殺しちゃったら過剰防衛になるわけ?
    でもこの状況じゃしょうがないよね! 茫然自失だよね!
    あっ、あっ、あれ! あれ! あれだよね!

    ガッと立ち上がって、ローズの方をグルッと見て叫ぶ。
    「心神喪失だよね!!!」

    よしっ、これで過失致死可能!
    前科もないし、もしかしたら執行猶予が付くかも知れんし
    最高で責任能力なし無罪、もしくは精神の治療か何かで済むかも!!!

    ローズの方が、遥かに動揺していた。
    通常とはかけ離れた言動をするこいつに、どう対応すれば良いのか?
    今すぐにでも白旗を揚げたかったっが、それは出来ない決まりで
    何より失態が続けば評価が落ち、ここで生きにくくなる。

    「と、とにかく、住居フロアに行くよ、あそこなら安全だし。
     とりあえず、ここは人目が多すぎるからマズい。」
    「はあ? 人目ーーーーーーー? 何だよそれ
     私には人の視線なんてわからないんだよっ!」
    「視線じゃなくて、実際に見てるから!」

    アッシュが吹き抜け上部を見回すと
    2階や3階のフロアの手摺りから、男女合わせて20人ぐらいが
    こっちを見下ろしている姿があった。
    「ああっ! マズい、目撃者があんなにーーーーーーっっっ!」
    「だから、さっさと行くよ!」

    アッシュの腕を掴んで、ズンズン歩くローズにアッシュが叫ぶ。
    「死体はー? 死体遺棄まで付いたら困るーーーーーっ!」
    「向こうの死体は片付け屋が来るし
     あんたのやった方は誰かが手当てするから!」
    吐き捨てるようなローズの答に、アッシュが腕を振りほどき
    倒れた男の元に駆け寄って、手の脈を取った。
    が、どこが脈かよくわからないので、口に手をあてたら呼吸をしている。

    「やったー! ラッキー! 生きてる! 生きてるよ!
     過失傷害ゲーーーーーーット!!!」
    いいから! と、ローズが再びアッシュの腕を掴む。

    見物していた人々の反応は様々だった。
    「ヘンなヤツが来ちゃったねえ。」
    「特例だしな。 にしては異質だがな。」
    「ありゃあ大変だー、ローズも苦労続きで気の毒に。」
    「ローズ、良い気味さ。」
    「なあに、すぐ終わる。」

    小走りに急ぐローズに手を引かれ、階段を上り廊下を行く内に
    過失傷害に浮かれた頭もだんだん冷め、周囲がよく見えてきた。

    長い廊下は、各部屋のドア部分と窓、それに中央に出来た獣道以外は
    まるで雪国の道路の雪かきのように、ゴミが脇に積み上げられている。
    家具や調度品、布、箱、紙、何だろう、金属の部品のようなもの。

    玄関ホールも、階段もそうだった。 この館全部がこうなのか。
    これだけの荷物を、一体どこから集めてきたのか。
    恐らく臭いも、ものすごいはずだが
    パニックが続いてる時に鼻が慣れてしまったのか、よくわからない。

    と言うか、私は一体何をしているんだろう?
    そう気付いた途端、アッシュの心は急速冷凍された。

    「あの、鎌・・・ローズさん、今どういう状況なんでしょうー?」
    「? 今、安全な場所に急いでいる最中さ。」
    「私は何も教えてもらえず犬死にですかー?」
    「犬死に・・・、あんた結構、把握できてるんだね。
     それだけでも随分安心できるよ。
     心配しなくても、あたしの知っている事は教えるから
     とにかく今は居住区域に急ごう。
     あそこは安全だから襲われる事はない。」

    ローズの言葉の端々から、ここでは規律が存在するんだ
    と、アッシュにはわかった。
    無秩序ほど恐いものはない、という事をアッシュが知っているのは
    ひとえにホラー好きだからである。

    奥が深いようで浅いアッシュ、どうなる?

    続く。

    関連記事: ジャンル・やかた 1 09.6.15
          ジャンル・やかた 3 09.6.25    

  • ジャンル・やかた 1

    この記事は、高熱で寝込んでいる時に見た夢。
    細切れの展開で、途中までしか見ていないけど
    とてもよく出来た夢だったので、小説にしてみた。

    と言っても、小説など読んでたのはガキの頃だけなんで
    小説の体を成していないかも知れないのは、ほんとすいません。

    アッシュは門の前でとまどっていた。
    目の前に広がっているのは、腰丈ぐらいに伸びた枯れ草の原。
    その彼方にポツンと建っているのは
    そっけない古いホテルのような外観の家だ。

    まさかこんなに広大な土地と家だったとは。
    家って言うか、・・・何だろ、建築物?
    フランスかどっかに、こんな城があった気がする。
    城という名に惹かれて観光に行ったら肩透かしー、みたいな?

    曇った空と冷たい木枯らし、枯れ野原の向こうに古い洋館
    心も体も冷え冷えになるような寂しさを感じるが
    とりあえず、門の錠前を開けようと鍵穴に鍵を差し込む。

    ところが錠は図体ばかりデカくて、大味なピンっちゅうの?
    それが中々鍵に引っ掛かってくれず、どんどんイライラしてきて
    鎖に繋がれた錠をガスガス揺らしながら
    しまいにゃガンガン門に叩き付けて、ゴリ押しでやっと開ける。

    その後、門にグルグル巻きにされた太いチェーンと格闘すると
    手が赤錆でザラザラに染まってしまった。
    破傷風菌がウジャウジャいそうで気色悪い。
    早く手を洗いたい。

    門は、キエエエエエエ と、ありえない音を発して開いた。

    ところで、敷地内に入って気が付いたのだが
    門の前からは、石畳の道が建物の方に続いていて
    その道以外の場所は、草ボウボウなのだが
    その石畳から門の左側に獣道が出来ていて
    塀側の終点に木製のドアがあった。
    あれ? 向こう側に別にドアがあったんだ・・・
    と、ドアの取っ手をひねると、簡単に開く。

    何じゃ、こりゃあ!
    こんなラクショーなドアがあったんかよ。
    じゃ、今度からこっちから出入りするよ!
    怒りつつも、律儀に門に鎖を巻き直し、錠前を掛けた。
    こういう几帳面さが、アッシュの長所でもあり短所でもある。

    だけど、この獣道はたまに見回りに来る人の形跡じゃないよな。
    毎日誰かが通っているような?
    そんな話聞いてない、やだ何恐いー!
    と、棒読みで考え、薄笑いを浮かべた正にその時、横から声がした。

    「ちょっと、あんた」
    「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ」
    悲鳴を上げて尻もちをついた時に、中年女性とその手元に鎌が見えた。

    ホラー! ホラーじゃん、これホラー!!!
    だよね、あの不気味門で気付くべきだったんだ
    設定、全部丸ごとホラーの始まりじゃん!
    古びた洋館で嬉々として殺人を繰り返す鎌ババア
    異国の寒空の下、凍えゆく心と体に危機が迫る!
    湯煙旅情の果てに行き遅れナイスバディが見たものとは?

    脳内で叫んでいるつもりが、ホラーホラー呟いてたようで
    「・・・頭の弱い子とは聞いてなかったよ。」
    こりゃ参ったねえ、とババアは鎌で草を刈り始めた。

    ・・・・・・・・・・
    あっ、草刈り? だよねえ、草、刈らないとね、草刈りね。
    と、自分の大袈裟な反応を恥じつつ、それをなかった事にしようと
    サッと立ち上がり、いかにも落ち着いてますよ、という声で言った。

    「失礼いたしましたー。 私はアッシュと申しましてー。」
    「あんた、妹だろ? グレーから聞いているよ。」
    「兄を知っているんですかー?」
    「うん、まあね。」
    「で、兄は何故死んだんですかー?
     てか、何故ここに住んでたんですかー?」
    「ま、案内がてら教えるよ。」

    鎌ババアが着いて来るよう顎で促し、スタスタ歩き出したので
    手から落とした荷物を慌てて掴んで、アッシュは後を追った。

    鎌ババアの後ろを歩きつつ、全身をなめまわすように観察した。
    明るい茶色の無造作ショートヘア
    ノーメイクだけど、作りは悪くなかったであろう顔
    薄手のカーディガンと、ブラウスにロングフレアスカートで
    全身ボンヤリした微妙なグラデーションのベージュでまとめて
    靴はバックスキン風味の編み靴って言うんかな。
    体型は巨乳、巨腹、巨尻、身長は150cm前後?

    こういうタイプが一番年齢不詳なんだよなあ
    でもスタンダードな田舎英国風マザーだよね、あるあるあるある。
    と、ひとり納得していたら、前から女性が歩いてきた。

    「おはよう」
    「はい、いってらっしゃい」
    鎌ババアとそれだけ交わすと、女性はアッシュに目もくれず
    あごを上げて、ピンヒールをカツカツと鳴らせて木戸から出て行った。

    え? え? 何で? 何で人が出てくんの?
    ここ住人がいるわけ? 何で? 兄はもういないのに???
    アッシュの動揺など、知ったこっちゃない、と先に進む鎌ババアに
    たまらず、声を掛ける。

    「すみません、鎌・・・いや、あのすみません、あなたのお名前はー?」
    「あたしゃ、ローズ。 さっきの女はリリー。 香水臭い女だろ?」
    確かに女性が通った後には、香りの帯が出来ている。
    「いや、そういう事じゃなくて、ここ住人がまだいるんですかー?」
    「だから道々話すから。」
    「はあ・・・。」

    何をもったいぶってるんだろう?
    そもそも、この女性は何者なんだ?
    てか、門から建物まで遠すぎ! 送迎バスを出す距離だろ、こりゃあ。
    荷物が肩にくい込み、子泣きジジイのようにどんどん重く感じ始め
    イライラしてきたと同時に、何かどんどん臭くなってきた。

    草刈ったら臭かった、フッ・・・じゃなくて、この臭いは何なんだろう?
    何の臭いか言われても、よくわからん、とにかく臭いっぽい
    としか表現できないんだけど、あえて言えば街中のドブ川のような?

    初対面で臭いの質問なんかして良いもんだろうか?
    と、礼儀作法について迷いに迷いまくっていたら、玄関ドアに着いた。
    デカい両開きの木製の装飾ドアである。

    うわ・・・、こんなデカい建物だとは思わなかった。
    相続税、いくらになるんだろ?
    こりゃあ相続放棄しかないんじゃないのか?

    アッシュが息切れでゼイゼイ言いながら、見上げて恐れたそのドアを
    鎌、いや、ローズが重そうに押し開けると
    中から猛烈な臭気があふれ出た。

    こりゃ臭いわけだわ!

    アッシュは一歩入って、全理解した。
    本来なら広くて立派だったであろう玄関ホールは
    四方八方隅々に積み上げられた荷物ゴミその他で丸い空間になっていた。
    何なの? このゴミの山、ここ、ゴミ屋敷なのー?

    アッシュは、ザツな言動のせいでよく誤解されるが
    神経質で真面目で、少々潔癖症な面もある。
    それがこんな場所に、足を踏み入れてしまうなど
    自分でも信じられずにいたけど、ここは兄が残した物件で
    アッシュは相続をどうするかを決めに来たのである。
    右から左に売り払おうにも、とにかく見ておかないと話にならない。

    しっかし、この玄関ホールだけで
    私の住んでる賃貸マンションが丸ごと入るんじゃないんか?
    田舎とは言え、広い上に何か豪勢だよな。

    ボーッと天井のシャンデリアを見上げて妬んでいたら
    いきなりローズに突き飛ばされた。

    ゴミ山に横倒しになり、もちろん痛かった。
    予想をしていなかったので、首も座ってなく
    グキッとかやって、ちょっとムチウチ気味になった。

    しかし文句を言う事すら出来なかった。
    振り向いたアッシュが目にしたものは
    首の皮膚が斜めに切られて、血を噴き出して倒れる男の姿だったからだ。

    倒れた男は白目を剥き、体全体を大きくけいれんさせている。
    アッシュのジーンズに、その血がパスパス掛かった。

    続く。

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