チェルニ男爵の長男は、複雑な想いであった。
それを察するのは、公爵家の娘にとっては何の推理でもない。
長男夫婦を自室に連れて行く。
カップを口に運びながら無言の公爵家の娘に
チェルニ男爵の長男は、どうしたら良いのか戸惑っていた。
そこに口を開いたのは、正妻であった。
「あの・・・、今わたくしが夫より先に喋るのは
夫を軽んじる事になるのでしょうか?」
その言葉に、公爵家の娘は少し驚いたが、ニッコリと微笑んだ。
「そうなる場合が多いけど、・・・そうね
チェルニ男爵の跡をちゃんと継ぐためには
あたくしの前でだけは、夫婦同列に扱わせて貰うわ。
ふたりとも、いずれは宮廷に出なければならないのだから
この機会に、しっかりと学んでちょうだいね。」
は、はい、と、慌ててチェルニ男爵の長男夫婦はお辞儀をした。
「で、何かしら?」
公爵家の娘は、チェルニ男爵の長男の正妻を見つめた。
チェルニ男爵の長男の正妻は、言いにくそうにしていたが
意を決して、口に出した。
「正直に申し上げて、これだけの事を
“お礼” でなさるとは思えないのです。」
この疑問を、公爵家の娘は重視した。
「今ここで、3つの事をしっかり覚えてちょうだい。
ひとつ目は、この領地が一生を掛けても稼げない金額のお金を
一瞬で使える人がこの世界には何人もいる、という事。」
それが現実、と言いたげであるかのように、公爵家の娘は扇を閉じた。
「ふたつ目、たとえ誰かに何の思惑があっても
あなた方に拒む力はない、という事。
3つ目は、あなた方には強力な味方ができたわけだけれども
それは同時に、多くの敵もできたという事。」
この言葉に、チェルニ男爵の長男は脅えた表情になったが
公爵家の娘は、それを許さなかった。
「逆らう事が出来ない運命に、流されている最中でも
誰が敵なのか、何をどうしようとしているのか
絶えず観察し分析して、考えなさい。
それを冷静に出来てこそ、領地を守る事が可能になるのですよ。」
夫婦ふたりになった時に、チェルニ男爵の長男の正妻が言った。
「お義父さまが、領地にとって悪い事をなさるわけがないわ。」
その言葉は、父親を敬愛する息子には説得力を持っていた。
確かに父男爵は、この事業に乗り気である。
それが国王夫妻への忠誠心からでも
男爵領の不幸に繋がる事ならば、そこまで熱心にはならないはず。
「うむ。 確かにこれは男爵領にとって幸運な事だと思う。
ぼくたちも頑張って、お手伝いをしよう。」
チェルニ男爵の長男は、正妻の両手を握った。
“お手伝い” じゃなく、指揮をも執らないと・・・、と
正妻は思ったけど、この純粋さがこの人の良いところなのだし
と、急ごうとする自分を抑えた。
久々に気が利く女性を見つけて、公爵家の娘は上機嫌であった。
チェルニ男爵は、長男を甘やかしてしまったようだけど
あの正妻がついているならば、まだ期待は出来るかもね。
何より、男爵領が大きく動こうとしている今
抜かりないチェルニ男爵が、長男の再教育をしないわけがない。
ならばあたくしは、あの正妻の方を鍛えてあげましょう。
以降、公爵家の娘がこの正妻を連れているところが
多く見られるようになった。
続く
関連記事: 継母伝説・二番目の恋 64 12.12.13
継母伝説・二番目の恋 66 13.1.8
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あしゅの創作小説です(パロディ含む)
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継母伝説・二番目の恋 65
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継母伝説・二番目の恋 64
いよいよ説明会が始まった。
進行をするのは、チェルニ男爵である。
集まったのは、領地の知事、各町の長、各集落の長、そして神官たちである。
小さな領地なので、30人もいない。
今後、領地内で蒸留酒の生産をしていく事、
それを売るルートを公爵家が手配してくれる事、
領地内に工場を建てる必要があり
そのためには領民の集落の移動なども、可能性が出てくる事などを話した。
「その費用は誰がお出しになるんですかい?」
町長の質問に、チェルニ男爵が答える。
「公爵さまです。」
「うちは公爵様の領地になるんですかい?」
「いいえ、自立できるまでの間だそうです。
ただ、蒸留酒が高評価だったら、その事業は国営になる可能性も出てきます。」
「うちの領地で、よそのヤツらが儲けなさるのか?」
「いいえ、公爵家の姫さま、つまり今の王妃さまが静養なさったお礼ですので
この事業で儲けるのは、このチェルニ男爵領だけです。」
「大貴族さまというのは凄えやなあ。
こんだけの大きな事を、“お礼” でなさるなんてさ。」
「男爵さまが、お偉いお方々に気に入られなすったから
わしらに運が向いてきただよ!」
嬉しそうにザワめく会場を、諌めるようにチェルニ男爵が言う。
「だからこそ、わたくしどもがあのお方たちのご期待に添えない場合
一瞬で潰される、と思って気を引き締めてください。」
その表現があまりにもリアルだったので、会場が静まり返った。
「王さまやお妃さま、公爵さまは立派で慈悲深いお方たちです。
しかし、他の貴族たちはそういうお方ばかりじゃございません。
わたくしどもは、王さまがたに当たり前のご奉公をさせていただいただけ。
それに対して、ご褒美など期待していませんでした。
ましてや、このような身に余るご厚意など。
ですが、こうなったら、お断りをするのも無礼。
そして、この “王さま方の温情” を妬む輩も出てくるでしょう。
わたくしどもは領地の民のためにも、それに負けずに
正しく事業を運営して行かねばなりません。」
「わかりました。」
「わかりましただ。」
真面目にうなずくメンバーたち。
チェルニ男爵は続けた。
「これはお妃さまの、“お礼” です。
なので、わたくしどもには選択の余地はございません。
お妃さまから立ち退け、と言われれば立ち退き
工場に勤めろ、と言われれば勤めなければなりません。
ここでも、わたくしどもの忠誠心が試されるのです。」
「この痩せた地では、食うのがやっとの暮らしで
これ以上、不幸な事なんて起きませんや。
お好きになさってくださりゃ、ええんじゃないですかい?」
場内が再びザワつく。
「しかし、領民たちには違う意見の者もいるかも知れんぞ。」
「そんなヤツらは、よそへ引越しゃ良いんだ。」
「何もしねえくせに、文句ばかり言うヤツはいらねえだよ。」
チェルニ男爵は、しばらく黙って聞いていた。
そして手を叩いて、注目を集める。
「領民の意思の統一を、皆さんにお願いしたいのです。
各人この後、各々の集落で会議を開いてください。」
「何故そんなに急ぐのですか?」
集落長のひとりが訊く。
「事はどんどん進んで行きます。
今なら、わたくしどもの要望も取り入れてもらえますが
始まったら、もう止まらないからです。
それに・・・、お妃さまがこの地においでになるのは、2年間だけ。
あのお方がいらっしゃる時に、出来るだけ形作っておきたいのです。」
この言葉には神官がうなずいた。
あの、気絶しかけながら、結婚の儀を執り行った人物である。
「そうですな。
あのお方は、心ある立派なお方。
我々を利用しようなど、お考えなさらない。
ここにいらっしゃって、目を光らせてくれている間に
地盤を固めておかねば・・・。」
「早急に人々の意見をまとめられない者は、長の資格なし。
これから、どんどん変わっていくチェルニ男爵領を
正しく導くために、どうすれば良いかを考えれば
おのずと答はひとつになるはず。
皆、のんびり茶など飲んでおるヒマはないぞ!」
知事が怒鳴ると、一同が慌てて立ち上がった。
各自、チェルニ男爵の前でひざまずき
その手に口付けると、部屋から出て行く。
ふうむ、このような辺境の地の貧乏な “有力者” たちだから
してもらうのを、ボーッと眺める無能ばかりかと思っていたけど
チェルニ男爵は普段から上手く領地を治めていたのね。
公爵家の娘は、知事たちの団結力に感心させられた。
続く
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継母伝説・二番目の恋 65 12.12.17
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継母伝説・二番目の恋 63
公爵家の娘が自室に戻ると、長椅子に座って
テーブルの上の菓子を食っている者がいた。
ファフェイである。
「・・・何週間ぶりかしら?」
「申しわけござりませぬ。 フシュウウウ・・・
今まで、ここから3つ南の地の図書館で調べものをしてたでございまする。
この辺りでは、そこが一番大きい図書館なのでございまする。 フウウ・・・」
公爵家の娘は、ファフェイの両手に握られた菓子を見る。
「ふーん。 で、おまえ、よそでは飲食しなかったんじゃないの?」
「それがしは、素晴らしい働きをして
お妃さまに仕える事が決まっているので
もう、ここは “よそ” ではないでございまする。 フヒッ
それに、毒に体を慣らしておるのは忍者の基本でござりまする。 フヒヒッ」
ファフェイの初々しさが、1回目のみで消えたのが
公爵家の娘の癇に障ったが、そこは大人の余裕で耐える。
「まあ、相応の働きをしてくれたら
少々の態度のデカさは不問に処すわ。
で、何か進展はあったの?」
「うむ!
それがしは山の資源が、バッチリ頭に入ったでござりまする!
フヒヒヒヒヒヒヒ」
「ああそうわかったわこれから現地を調べて回るというのね」
棒読みで一気に言う公爵家の娘。
もうこれでファフェイに何の期待もなくなった。
ファフェイは公爵家の娘のその態度にムッとする。
「それがしの本領は、これから発揮されるでございまする! フヒッ
仕事が遅いのは、知識の足りない子供だから
という事を肝に銘じて、広い心で待つでござる! フヒッフヒッ」
ファフェイが窓から出て行ったが
公爵家の娘は、今度は見に行く気もなかった。
が、ファフェイが無視に気付いて、傷ついたら面倒なので
とりあえず、窓から顔を出すだけはしておいた。
何せ、相手は子供だから、ね。
公爵家の娘は、自分にそう言い聞かせてイラ立ちを抑えた。
さあて、今度はもうひとりの “子供” の教育だわ。
公爵家の娘は、チェルニ男爵の長男夫婦を呼んだ。
チェルニ男爵の跡を継いで、男爵になる予定の嫡男とその正妻。
カチコチに緊張して、挨拶も相変わらずつっかえる長男に
公爵家の娘は厳しく接した。
宮廷に行けば、こんな小僧、ひとたまりもなく潰されるのがオチだわ!
チェルニ男爵の長男は、まだ未成年であったが
熱烈な恋愛をして子供が出来たので結婚をした、という経緯がある。
その情熱が、奥方や数人の側室にだけ向いてくれて
政治面でバカをやらない性格ならば良いのだけど・・・。
いずれこの子がチェルニ男爵になった時でも
王家や公爵家の役に立つよう、ここにいる内に教育しておかねば。
チェルニ男爵にとっては、これは願ったり叶ったりであった。
「宮廷の空気を、あのお方から学びなさい。
いずれは私がやっている仕事を、おまえがすべて受け継ぐのだから。」
チェルニ男爵は、長男夫婦を呼んで言い聞かせた。
長男夫婦は、普通の田舎の若者らしく純粋で無知である。
しかし、まさか宮廷に深く関わる事になるとは思わなかったから
田舎の空の下、伸び伸びと育てたのが裏目に出た・・・。
チェルニ男爵は、通常の家庭であれば
子育てにおいて成功した、と誇れる事を、貴族ゆえに後悔せねばならなかったが
こんな事になるとは、誰だって予想など出来なかったであろう。
ましてや、出世欲のないチェルニ男爵家なら、なおさら。
公爵家の娘は、立ち上がった。
「今から、大広間で説明会が開かれるそうよ。
そなたの父親が、領地内の有力者を集めて
この領地の今後の予定を発表するのよ。
それを見に行きましょう。」
部屋から出た公爵家の娘を先導するのは
ファフェイの父親であった。
ガッシリとした力の強そうな大男は、無口だが丁寧な案内をした。
息子の話はひとこともしなかった。
知っているのか、それともファフェイの独断か・・・
公爵家の娘は、ファフェイの父親の顔色を伺ったが
何の私的な感情も読み取れなかった。
4人は、階段の踊り場の仕掛け壁を通って
大広間が見下ろせる小部屋へと入った。
網目模様の小さな飾り窓なので
大広間からは、そこに人がいるのが見えないようになっている。
「こんな部屋があったなんて・・・。」
つぶやく長男を、公爵家の娘は人差し指を口に当てて制した。
続く
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継母伝説・二番目の恋 64 12.12.13
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継母伝説・二番目の恋 62
「お呼びくださったかな? お妃さま。 フヒヒヒ」
腕組みをしながら、ファイフェイが窓の枠に立っている。
公爵家の娘は、その姿を見た時に
こいつ、かなりのバカかも、と、ちょっと後悔した。
「まあ、いいわ。
ファフェイ、おまえに頼みがあるの。」
「それがしに目をお付けになるとは、さすがご評判のお妃さま。 フヒヒッ」
公爵家の娘は、かなりウンザリしてきたが
忍耐強さは前王妃で鍛えられている。
「おまえ、この領地の山には慣れているかしら?」
「無論、生まれ育った場所なれば、誰よりも。」
「それでは話が早い。
山に産業の材料になる資源がないか、調べてちょうだい。」
「その報酬は?」
ファフェイは調子に乗った。
「先日の眼福が不服と申すか?」
公爵家の娘が、パチンと扇を閉じる。
「王妃の部屋を覗いた、などという不敬がバレたら
おまえたち一族どころか、男爵家にも咎がいくわよ?」
ヒイイイイイイイイイッと縮み上がるファフェイに
公爵家の娘がニッコリと微笑む。
「おまえの仕事ぶりが気に入れば、側においてやっても良いわよ。
おまえの父親は男爵に仕えているわね。
その子供のおまえは、王妃に仕える。
この違いは、子供のおまえにもわかるのではないかしら?」
ファフェイの表情が、パアッと明るくなった。
「それがし、この命に代えても
この任務を真っ当いたす所存でござりまする!」
叫ぶや否や、窓から飛び出て行った。
公爵家の娘が顔を出したら、今度のファフェイは地面に転がっていた。
が、すぐさま起き上がって、走り去って行く。
公爵家の娘は、その目立つ後姿を見送りながら
万が一の保険ぐらいにしか考えていなかった。
公爵家の娘がまず最初に手を付けたかったのは、道路の整備である。
本来ならば、産業が軌道に乗る過程で
その必要性に合わせて、交通手段も徐々に整備されていくものなのだが
肝心の工場が出来るのが、多分一番遅くなる。
王のあの様子では、2年経ったら必ず迎えに来る
その時に、まだ出来てません、じゃ話にならないわ。
あたくしがここにいなくても、事が順調に進むように
まずは難題の方から手を付けていかねば。
公爵家の娘は、王に手紙を書いた。
『2年待ってください、とお願いいたしましたけど
その間、一度も会えないなんて辛すぎますわ。
・・・ああ・・・、でもここは遠すぎます。
この悪路では王さまに来てほしい、などおねだり出来ませんわ。』
王はその手紙を読んで、苦笑した。
我が妃は、他にもわしにたくさんの “おねだり” をしたいはず。
だから道路の件は、“王の我がまま” にして
他の者のやっかみを減らしたいのだろう。
現に貴族たちの中には、妬む輩もいる。
「うちが姫さまのお世話をしたかった」 と、悔やむ者もいる。
バカが。
何もしていない者ほど、こういう時にヒガむ。
普段からの無欲の忠誠心がないと
わしがわしの姫を預けるわけがないのに。
王は会議で大臣たちに言った。
「わしが妃のところに行きやすいように、道を整備する。
この国は、北方面への道が整備されておらぬので丁度良かった。
今回は北西の地の交通網を確立しよう。」
これは北西のみならず、西方面に領地がある貴族たちにとって
ありがたい事であったので、それ程反対意見は出なかった。
東国でも、南方面の領地は平地に恵まれているので
総じて裕福な貴族が多いのだが
北西は、険しい山々に囲まれているせいで産業も少ない。
南西の西国への道から南が、ようやく開けているので
それより北の貴族たちは、経済的にも権力的にも劣っていた。
なのでこんな機会でもないと、北西の整備の着工は
不可能に近かったのである。
北西の貴族たちは、公爵家の娘に感謝をした。
道が良くなるだけでもありがたい、と。
続く
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継母伝説・二番目の恋 63 12.12.11
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継母伝説・二番目の恋 61
実際に蒸留酒の産業を軌道に乗せるには、2年では足りない。
同時進行で、他の事業も考えなくては。
公爵家の娘の日々は、何年も休んでいたツケが回ってきたかのように
一気に忙しくなっていた。
長椅子に座り込んで、山のような書類を膝に読みふける。
どこかにヒントがないかしら?
ふと目の端に、動くものが映る。
振り向くと、子供が窓に張り付いていた。
「何をしてるの! ここは2階よ、危ないでしょ。
ほら、気を付けてこっちに来なさい。」
公爵家の娘は、慌てて窓を開ける。
窓から顔を出すと、子供はレンガのわずかな突起に乗っていた。
「そそそそそそそなたは、お妃さまであられるか? フヒュヒュヒュヒュ」
部屋の中に入った子供の言葉遣いに、公爵家の娘は違和感を感じたが
そこは、長年培った社交術でこらえた。
「おまえは誰かしら?」
「それがしの父は、チェルニ男爵に仕える忍者の頭領でござりまする。
今日は父に付いて、この城に来たでござりまする。 ウフウフ」
子供は、東国では見かけないデザインの黒い服を着ている。
「忍者・・・?」
公爵家の娘には、その存在に覚えがあった。
大昔に滅亡した国に、そういう一族がいた史実がある。
まさか今の世に、存在してるとは・・・。
だが、これでチェルニ男爵の暗躍の理由が判明した。
「おまえの一族はどこにいるの?
今まで噂にも聞かなかったのだけど。」
公爵家の娘は、子供にクッキーを勧めた。
子供は心苦しそうに、美味しそうな菓子を断る。
「いや、それがしどもは、他所で飲食はせぬのでござりまする。
非礼をお許しくだされ。 by ハンゾー フヒュヒュヒュ」
真面目に言うので、笑うに笑えない。
「忍びの一族は、忍んでこそ忍者。
その存在を一般の者には知られてはならぬのでござりまする。
されど今日は、噂に聞く美しいお妃さまを拝見いたしたく・・・。
眼福、まことに感謝いたしまする。 ウフフフフフ」
窓から出て行こうとする忍者を、呼び止める公爵家の娘。
「待って、おまえの名は?」
「・・・ファフェイと申しまする、美しいお妃さま。 フーフフフフ」
ファフェイは、スルリと姿を隠した。
公爵家の娘が後を追って窓から覗いた時には、もうどこにもいなかった。
色んな人材がいるものね・・・
公爵家の娘は、妙な感心をさせられた。
「先程、そなたの “忍者” の子供に会ったわ。」
テラスでお茶を飲んでいるチェルニ男爵の前に現われる公爵家の娘。
「これは・・・、呼んでくだされば、こちらから伺いますのに。」
慌てて立つチェルニ男爵を制する公爵家の娘。
「そのまま、くつろいでよい。
あたくしにもお茶を。」
薄青色に晴れた空には、大きな鳥が羽を広げ優雅に旋回している。
山は鳥までダイナミックである。
居眠りしそうな良い天気ね・・・
公爵家の娘は、うたた寝してしまった会議の事を思い出して少し微笑んだ。
すっかりリラックスしている公爵家の娘を見るチェルニ男爵の目の奥に
ゆっくりと喜びと感謝がよぎっていく。
姫さまをお救いになれたのは、王さまだからこそ。
あの時にすぐに来ていただき、本当に助かった。
チェルニ男爵は、王の手柄だと思っていたが
公爵家の娘を傷付けたのは、そもそもは王なのである。
その傷を癒す心を取り戻させたのは、チェルニ男爵。
そして王の謝罪と請願によって、公爵家の娘は自分の価値を思い出す。
チェルニ男爵がいなければ、公爵家の娘もここにはいない。
「そなたと忍者の一族は、どういう関係なの?」
公爵家の娘は、ストレートに質問をした。
「はい。 あの者たちはこの領地に昔から隠れ住んでいる一族です。
わたくしが爵位を継いだ時に、その情報収集能力の高さを買って
色々と仕事をして貰っているのです。
ファフェイは、ちょっと変わった珍しい子ですが
他の者たちは普通の者と見た目は変わりませんよ。」
チェルニ男爵はファフェイを思い浮かべたのか、フフッと笑った。
いつも無表情なチェルニ男爵が漏らした笑い声の方が珍しかった。
「その忍者たちはどこにいるの?」
チェルニ男爵は、山を差した指を左から右へズーッと動かした。
「この領地の山に隠れ里があるらしいのですが
どこにいるのか、何人いるのかはわかりません。
わたくしを手伝う者たちは、この城や街、あちこちにおります。」
「そう・・・。
もう一度ファフェイに会いたいわね。」
公爵家の娘も、カップを口にしながらフフッと笑った。
続く
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継母伝説・二番目の恋 60
「お久しぶりでございます。」
頭を下げているのは、ウォルカーであった。
「おお、よく来てくれたわね。
ケルスートは元気かしら?」
「はい、この数年間、彼にはとても世話になりました。
南国との交易も、そう大規模ではありませんが
軌道に乗って安定いたしました。
わたしめにお役に立てる事は、最早ないかと・・・。」
ウォルカーは言いながら思った。
本当は、南国との交易では
もう5年前のあの日に、自分の役目は終わっていた。
俺の使命は、姫さまの望む品を入手する事だったのだから・・・。
ウォルカーは、5年前のあの日、公爵家の娘の見送りの日に
そのまま馬車に付いていこう、と計画していたのである。
それはケルスートにも了承を得ての事。
しかし、馬車の窓からチラリと見えた公爵家の娘の様子に
ケルスートから止められたのだ。
「今はまだ、そっとしておいておやんなさいな。」
それでもウォルカーは公爵家の娘に付いて行きたかった。
少しでも支えてあげたかった。
いや、自分があのお方の近くにいたいのだ。
やはり、このような気持ちでは、負担にしかならないのか・・・。
苦悩するウォルカーに、ケルスートは親身になってくれた。
「もうしばらくは、わしのところに居なされや。
あんたなら、姫さまが元気におなりになった暁には
絶対に、お側に呼んでもらえるから。」
その言葉を支えに、5年間ケルスートの元で
“商売” を学んできたのであった。
噂に聞こえる公爵家の娘の様子は、いつまで経っても思わしくなく
何度も、もう二度とお仕え出来ないのか、と諦めかけたが
ある日ひとりの男が訪ねてきた。
「姫さま、いや、お妃さまがあんたを呼んでいらっしゃる。」
待ち望んだ便りである。
そしてようやく、こうやって目の前でひざまずけた。
次は何を命じられるのか、そう身構えていたウォルカーに
公爵家の娘は意外な事を訊いてきた。
「ウォルカー、おまえは何の役職に就きたい?」
驚いて顔を上げるウォルカーに
バツが悪そうに扇で口元を隠しながら、公爵家の娘は言い訳をする。
「いえ、たまには願いも聞いてやらねばと思って・・・。」
高貴なお方は命じる事が仕事なのに・・・
このお方は本当に、ご心痛を味わったのだな
ウォルカーは、少し心にチクッとくるものを感じた。
「では、恐れながら、お妃さまの警護を・・・。」
その言葉は、公爵家の娘にとって意外だったらしい。
「そんなもので良いの?
軍の地位や、王宮での仕事など色々とあるわよ?」
ウォルカーの返事は変わらなかった。
「お妃さまの側でお仕えしとうございます。」
公爵家の娘は、ふむ・・・、としばらく考えた。
「よろしい。 その願い、叶えましょう。
しばらく待っていなさい。」
公爵家の娘は、机に向かい何かを書き始めた。
ロウを垂らして印章を押したので、書簡らしい。
「これを持って、エクマン侯爵のところへお行き。
その家には、東国一だと評判の執事がいるのよ。
おまえはその者に付いて、数年間修行をしてきなさい。
剣術も商売もこなせるおまえが執事になれば
あたくしが東国一の執事の主人になれるわ。」
また、側を離れての修行になるが
ウォルカーは、新たなる決意と希望を持って
その書簡を手にエクマン侯爵の家を訪ねた。
新王妃の封蝋に、エクマン侯爵が直々にウォルカーの前に現れる。
「・・・ふむ・・・、大貴族の執事ともなれば
本来ならば、貴族の末弟がなる高級職。
それをおまえのような家柄のない者を寄越すとは
お妃さまは、余程おまえに期待なさっていらっしゃるのだろう。」
手紙を読み終えたエクマン侯爵は
それを大事そうに、宝石があしらわれた豪華な木箱に入れた。
「このお手紙は、お妃さまのわしへの信頼の証。
我が家が代々受け継ぐべき、新たなる家宝となる。
よろしい、おまえを一流の執事にしてあげよう。」
ウォルカーは、感謝いたします、と頭を下げた。
続く
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継母伝説・二番目の恋 61 12.12.5
継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
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継母伝説・二番目の恋 59
「でも、ちょうど良いところにいらしたわ。
お兄さまには、もう連絡を送ったところですのよ。
これでお父さまが力を貸してくだされば、百人力ですわ。」
「何? わしを差し置いて、長男に先にか!」
父公爵の怒りを、公爵家の娘はスイと受け流す。
「ええ。 お父さまはお兄さまを軽視し過ぎですわよ。
お兄さまは、そりゃお父さまと比べたら未熟かも知れませんけど
他の貴族のバカ息子より、何倍もしっかりしていらっしゃるわ。
我が公爵家の跡継ぎなのですから
今から周囲が盛り立てて、地位を磐石にしていかねば。」
ううむ・・・、我が娘は、何故いつも正論でわしをやり込めるのか・・・
渋い顔の父公爵に、公爵家の娘が追い討ちをかける。
「お父さまは望み過ぎなのですよ。
これ以上、突出して恵まれると
いくらうちでも、うっとうしく思われてしまいますわよ。
僻み妬みで潰された家がどれだけあるか。」
欲のなさ気な事を言いつつも、公爵家の娘は誰よりも欲深かった。
「それに今から人助けをしつつ、潤わせてもらう事ですしね。」
「・・・何の話かな?」
父公爵は、ソファーから立ち上がって窓越しに山を見回した。
ここに利権の材料らしきものがあるというのか・・・?
「ああ、そちらではございませんわ。」
公爵家の娘は、水差しを掲げた。
「これですのよ、ここの財産は。」
「ガラスか?」
父公爵の度重なる的外しに、さすがの公爵家の娘もイラッとさせられる。
「チッ・・・。」
「お、おまえ、父親に向かって舌打ちとは・・・。」
公爵家の娘は、父公爵の怒りを上回る逆切れをした。
「威厳を保ちたければ、もう少し考えて発言なさって!
この小さな領土のどこに、豊富にガラス素材が出るとお思いですの?」
言った後に、自分の言葉にしばらく考え込む。
「お、おい・・・?」
オドオドする父公爵に、我に返り話を続ける。
「・・・ああ、それでですね、ここのお水は、ものすごく美味しいのですよ。
そこでその水で、民衆に広く飲まれる蒸留酒を作りたいのです。
肥沃ではない土地でも、安定した栽培が可能な
トウモロコシのお酒を考えておりますの。」
父公爵は、水をひと口含んでみた。
それだけでも、その水の美味しさには目を見張った。
「おお! これは・・・。」
「でしょう?
驚く事に、この地域の山には炭酸水の湧く場所もあるらしいのですよ。」
「何っ? これだけ美味い上に炭酸入りか?」
「ええ。」
父公爵は、グラスを陽にかざした。
「なるほど、思いがけない資源だな、これは。」
「ええ。 これはチェルニ男爵家だけでは無理な事業ですわ。
でしたら、他の家に譲ってあげる義理もないわけで。」
そして父公爵に釘を刺す事も忘れない。
「あたくしは純粋に、チェルニ男爵領に恩返しをしたいのです。
国一番の公爵家なら、充分に余裕がありますから
小さい領地の儲けを横取りなど、みっともない真似はなさいますまい。」
ほっほっほ と笑う愛娘を見て、父公爵は安堵した。
本当に立ち直ってくれて良かった。
身分ある者は、その気位ゆえに孤独感が激しい場合がある。
そういった者たちの、悲劇の末路をたくさん見てきた。
あの時の我が娘の首元にも、死神の鎌が掛かっていた。
それを、華ある年齢の時に数年掛かったとは言え、よくぞここまで・・・。
これは、本気でチェルニ男爵にはお礼をしないとな
父公爵は、腰を上げた。
「よし、事業の主導権は長男に任せるとして
わしは、おまえの快気祝いに工場を建ててやろう。
どうせ、その資金繰りはわしに頼むつもりだったのだろう?」
「お父さま!!! ありがとうございます、お父さま!」
思わず抱きついて喜ぶ公爵家の娘に、父公爵は目を細めた。
もうじき “臣下” として、接さねばならなくなるのだな。
王妃である我が娘に・・・。
続く
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継母伝説・二番目の恋 58
父公爵は、またまたご立腹であった。
普通の男の人生なら、“花嫁の父” という
最大に恩着せがましく威張れる場を失ったからではない。
常に敬われる地位の国一番の公爵には、威張る必要がないのだ。
その怒りの理由は、娘に次期国王を産む気がない、と気付いたからである。
父公爵はずっと西国に行っていて、宮廷には長男が出廷していた。
公爵領が王城の近所にもあるからこそ、出来る “通勤” で
中央貴族でない者たちは、城下町に邸宅を構えなければならない。
その長男の話では、先王妃の産んだ娘は
“普通” の知能ではあるけど、とにかく元気だけは良いらしい。
我が娘は、どうやら先王妃の娘に王位継承権1位を渡したいようじゃな。
後妻の立場としては、正気の沙汰とは思えん。
父公爵は召使いに旅支度を命じた。
我が娘は、まだ自分を見失っているらしい。
わし自らが見舞って、元気付けてやらねば。
東国と西国の北側の国境は、険しい岩山が連なっていて
とても歩けるものではない。
チェルニ男爵領が東国の北西の端、西国との国境沿いだからと言っても
馬車が通れる道は、東国中西部の平地をグルリと迂回せねばならず
東国の首都に行くのと変わらない時間が掛かる。
いや、道が悪いから、首都に戻る方がラクかも知れぬ
我が娘は、こんな辺境の地に閉じ篭もっておるのか、と
不憫に思う、父公爵。
「国一番の公爵さまだって。」
「おお、あれがお妃さまのお父さまでいらっしゃるのか。」
街の者たちが、遠巻きに覗いている。
ふむ、人は素朴そうなところだのお。
父公爵が微笑んで手を振ったら
思った以上に大きな歓声が上がり、少し驚く。
「公爵さまだよ、公爵さまがおいでになられたよ!」
「ご立派そうなお方じゃのお。」
相変わらず距離は遠いが、どんどん増える見物人に
別段、面白いものでもないのに、と
父公爵は何だか申し訳ない気分になり
供の者に、集まってきた者たちに菓子を振舞うよう命じた。
娘への土産に持ってきた、西国の珍しい菓子の数々を配ってしまい
純朴というのも一種の罠かもな、と疲労感が倍増する父公爵。
「お父さま、遠いところをよくおいでになってくださりましたわ。」
娘の顔付きは、昔通り、いや、昔以上に自信にあふれていた。
父公爵は、その表情を見て即座に “慰め” を諦めた。
と同時に、菓子大放出の諦めも付いた。
今のこの娘には、菓子などいらぬであろう。
無辜 (むこ) の民に喜んで貰えたので、それで良い。
いや、このわしは菓子ごときでグダグダ言わぬがな。
「おまえには、おまえの考えがあるのだろうな。」
公爵家の娘は、その言葉に微笑む。
「ええ。
しかも国のためを想う考えですわ。」
その言葉に、父公爵は黙り込んだ。
今の東国で内戦の可能性など、低いであろうに
我が娘は本気で王位を、先王妃の子に譲りたいというのか・・・。
父親の落胆を見た公爵家の娘が、口からカップを離してクスクスと笑う。
「いやですわ、お父さま。
うちなら、王の系譜になどいつだって加われるではありませんか。」
父公爵が、娘の完全復活を確信した瞬間であった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 57
王はチェルニ男爵領の州都にある、小さな教会の前で馬を停めた。
王以外のすべての者が、馬ですらも、ゼイゼイ言う中
公爵家の娘を抱きかかえたまま、教会のドアを蹴って中に入る王。
その騒動に、窓から怪訝そうに顔を出した神官は
多くの兵と馬、王の旗と領主の姿に驚愕し
転げるように講堂へと入ってくる。
「これから、そなたと結婚する。」
公爵家の娘への王の言葉に、一番慌てたのが神官であった。
「おおおおおお待ちになってください!
わたくしめは、ほんの末席の神職。
国王さまの結婚を見届ける地位にございません。
すぐに首都から大神官さまをお呼びして・・・」
「ここがどこだろうと、そなたが誰であろうと構わぬ。
わしの結婚はわしが決める!」
奇しくもその言葉は、南国の娘にプロポーズした言葉と同じであった。
王もそれに気付き、わしも変わらんな、と少し苦笑した。
抱きかかえられたまま、唖然とする公爵家の娘に王が言う。
「そなたは、わし以外の者と結婚する気であったのだろう?
そんな女に “契約” をせずして、ただ待つような
愚かな男ではないぞ、わしは。」
こう言われると、公爵家の娘には返す言葉もない。
大人しく王に従うしかなかった。
国の北西の端っこの、山あいの小さな街の小さな教会で
緊張で祈りの言葉も忘れそうになる、今にも気絶しそうな神官の前で
王は公爵家の娘に、膝を付き右手を胸にあてる。
「東国の王の名において、そなたの願いはすべて叶えよう。
どうか、わしと結婚をしてほしい。
もう二度とわしの側を離れないでくれ。」
公爵家の娘は、お辞儀をした。
「謹んでお受けいたします。」
見守るのは、チェルニ男爵と兵たち。
高価な服装ではあったが、“王の結婚式” には
不釣合いな地味な出で立ちのふたり。
指輪も用意していなかったが
このふたりに、そのような “印” は必要はなかった。
式が終わって外に出ると、噂を聞きつけた街の人々が集まって来ていた。
「ここにいる、そななたち全員が証人だ!
わしらは互いに互いを待たせ、ようやくここに結ばれた。
さあ、皆の者よ、祝ってくれ!」
王妃の死後、公爵家の娘を待ち続けた王の再婚を、喜ばない者はいなかった。
祝福の言葉が歓声になって飛び交った。
チェルニ男爵の息子夫婦やその子らも、式には間に合わなかったが
取るものも取りあえず駆けつけて、祝福の辞を述べた。
初めての “貴人” の存在に、緊張してつっかえながら。
その夜は、近隣の領主も駆けつけて
街のいたるところで一晩中、盛大な宴が催された。
後日、“王のご乱心” の話が国中を駆け巡った。
その恋の激情に人々は酔いしれ、東国のロマンス劇の定番となる。
王と公爵家の娘が式を挙げた教会は、観光名所となり
その日は祝日となった。
想像以上の王の勝手な大暴走に、渋い顔の大臣たちも
国民の熱狂的な支持に許すしかなく
首都の大神官長も、正式な式典の約束の取り付けで諦めるしかなかった。
すべては、王の作戦勝ちであった。
が、そのヤリ手の王も、公爵家の娘には敵わない。
「わしに、これも待てと申すのか!」
初夜の拒否に対するこの脅しも、倍返しをされる。
「あたくしが何年待ったのか、お忘れですの?」
王は、またしても公爵家の娘からおあずけをくらい
二日酔いの兵士を引き連れて
見送る我が妃を振り返りながら、フラフラと首都へと帰って行った。
公爵家の娘は、これから2年間
州都のチェルニ男爵の城に滞在する事になる。
続く
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継母伝説・二番目の恋 56
「黒雪姫が7歳になるまでの2年間で
あたくしは、このチェルニ男爵領を豊かにしてみせますわ!」
公爵家の娘の言葉に、廊下に控えていたチェルニ男爵も
驚いて、つい顔を覗かせる。
「いくら呆けていたとは言え、大変な迷惑を掛けましたね。
そのお詫びも兼ねて、今度はあたくしが皆の役に立ちますわ。」
チェルニ男爵に向かって宣言する公爵家の娘を、王が止める。
「待て、待て待て待て!
礼なら、わしが存分にする。
そなたがここに残る必要はない!」
「いいえ。」
公爵家の娘は、プイと横を向いた。
「このまま宮廷に帰っても、単なる病後扱いをされるだけです。
それにあたくしが世話になった場所を、貧困のままにしておくのは
あたくし、引いては公爵家の沽券に関わります。
あたくしは、チェルニ男爵領を国内有数の優良領地に生まれ変わらせて
宮廷に華々しく、再デビューを果たしますわ!」
公爵家の娘がこう言い出したら、もう誰も止められないのは
王もチェルニ男爵もわかっていた。
おそらく、父公爵も娘の回復に喜びつつも
散々に “恩返し” の片棒を担がせられるのであろう。
溜め息を付きながら、王はすべてを承諾せざるを得なかった。
自らが傷付けた公爵家の娘を、再び手中にするには
大きな代償を払わねばならないのは、覚悟をしていた。
並の女なら、宝石や城でも与えてやれば一発なんだがな
王の乾いた笑いの意味は、チェルニ男爵には痛いほどに理解できた。
「・・・わかった・・・。
ただし、ひとつだけ条件がある。」
何ですの? と訊こうとする公爵家の娘を、王はいきなり抱き上げた。
そのまま城を出て、馬に乗って走り出す。
「道が悪いゆえ、喋ると舌を噛むぞ!」
その言葉で、王は公爵家の娘の追求を封じた。
首都からの強行軍に、ヘトヘトになって
庭で座り込んで、くつろいでいた兵たちは
またしても、不意を付く王の暴走に
持っていたカップを落とし、大慌てで後を追うハメになった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
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