「黒雪姫は今、5歳だ。
心配いらぬ、健康に育っておるぞ。」
5歳・・・?
あたくしは5年も呆けていたの・・・?
自分のダメージの大きさに、驚く公爵家の娘。
「静養は、もう良いであろう?
わしは王妃とそなたを同時に失って以来
愛人をひとりも作っておらぬ。
それを、わしのそなたへの誠意と受け取ってはくれぬか?」
その言葉をすんなり信じられたのは
以前の公爵家の娘が情報通だったからである。
結婚前には、時々 “お遊び” の噂を耳にはしていたけれど
このお方は恋愛に関しては、達者な方ではなかった。
だからこそ、あの王妃との恋を貫いたのでしょうし・・・。
そう思った直後に、ハッと驚く。
この5年間、考えないように思い出さないようにしていた、あの王妃の事を
こんなに、さり気なく考えられるとは!
公爵家の娘は、王の顔を見つめた。
もしかしてあたくしに必要だったのは、逃げ出す事ではなく
分かち合う事だったのかしら、同じ痛みを持つこのお方と・・・。
公爵家の娘の視線に、王は答を読み取った。
「最初から愛しているのだ。 わが姫よ・・・。」
王は再び、公爵家の娘を抱きしめる。
公爵家の娘は、王の抱擁に身を任せた。
そして目を閉じて、心を起こした。
あれから5年・・・、もう止めましょう。
あたくしの時間を再び進めましょう。
今までに起きたすべての事は
きっとこれからのあたくしに必要な経験だったのでしょうから。
このお方もお辛かったでしょうに、ひとりあの宮廷に留まり
そして、こうやって迎えに来てくれた。
“あたくしたち” は、これから始めればよいだけの事。
公爵家の娘の無抵抗に、“許し” を感じた王は
改めて公爵家の娘に口付けようとした。
「ですが、まだ2つ問題がございます!」
グイと王の顔を押し返した公爵家の娘は、鬼だった。
「ひとつは、黒雪姫がまだ正式なる王位継承権を得ていない事です。」
東国では7歳になってようやく、王位継承権を持つ事になる。
このままいけば、黒雪姫の王位継承権は1位になれる。
「黒雪姫が王位継承権を得て
その厳守をあなたが命じないと安心できません。」
王に異存はなかった。
「ふむ、それは約束した事であるから、任せてよい。
2年、子を作らねば良いだけだ。
わしは、そなたが側にいるだけで良いのだ。」
「そこで2つ目の問題ですわ。」
すり寄ろうとする王を制し、公爵家の娘が上品に微笑む。
その表情は、もう以前の誇り高き姫に戻っていた。
「チェルニ男爵領に恩返しをいたします。」
王は、これも快諾した。
「うむ、それも許可する。 何の問題もない。」
「では、今日のところは、おひとりでお帰りください。
2年後に迎えにいらしてくださいね。」
公爵家の娘の別れのお辞儀に、王は大慌てをした。
「な、何と申した?」
続く
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継母伝説・二番目の恋 56 12.11.13
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あしゅの創作小説です(パロディ含む)
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継母伝説・二番目の恋 55
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継母伝説・二番目の恋 54
「わしがそなたを手放すわけがないであろう?」
シレッと言う王に、公爵家の娘の怒りが爆発した。
「あなたは! いつでも! 何でも!
ご自分の思い通りに出来るとわかっていらっしゃる!
そのために人がどんなに苦しもうとも!!!」
自分を抱き締める腕から、逃れようと激しくもがく。
しかし離してくれない王を、キッと睨んだ後に
意を決して、その頬を思いきり叩いた。
王に手を掛けるなど、即死刑である。
その物音に、王の兵士たちが部屋に入ろうとする。
止めようとしたチェルニ男爵は
兵たちに取り押さえられ、床にねじ伏せられた。
「わしの姫に手を触れるな!」
王が公爵家の娘を、兵から守るように抱く。
「そしてその者は、わしの姫の恩人だ。
離してやれ。」
チェルニ男爵からも、速やかに兵が引いた。
チェルニ男爵は立ち上がりながら、無表情で服のホコリを掃い
再びドアの陰に直立する。
兵士たちも、元の立ち位置へと戻った。
公爵家の娘は、なおも王の腕の中で暴れた。
「何故、あたくしを宮廷に縛ろうとするのです?」
「・・・覚えておらぬのか・・・?」
王の目が、寂しげに曇る。
「塔でのあの約束を。」
王の言葉に、公爵家の娘は驚愕を隠せなかった。
娘を王妃にと企む公爵は、幼い娘を時々宮廷に連れて行った。
同様にまだ幼い王子との、“お話相手” として。
利発で可愛い女の子を、周囲の誰もが認めた。
後に王位に就く男の子でさえ。
大人たちの目を盗んで、ふたりで冒険に行った塔から
広がる街を見下ろしながら、王子は訊いた。
「わしがこの国の王になっても、一緒にいてくれるか?」
「覚えていらしたとは・・・。
そう、あの時からあたくしは “王妃” になるために生きてきました。
なのに何故?」
公爵家の娘の非難に、王は率直に詫びた。
「すまなかった・・・。
予定外だったのだ、“あれ” は。」
“ あ れ ” ?
「そんな言葉は聞きたくありません!」
公爵家の娘が王から離れようと、拳で王を叩く。
王はそれでも離さない。
「そなただからこそ、気持ちを尊重してやったのだ。
他の者なら、わしをこばむなど許さぬ。
わしが請い願うのは、そなたに対してだけだ。
死んだ王妃にすら、それをした事はない。」
王は、ようやく公爵家の娘を離した。
そして片膝をついて頭を下げる。
「わしはそなたを裏切ってしまったが、どうか許してくれ。
わしとの約束を破らないでくれ。
永遠にわしの側にいてくれ。
わしには、そなたがどうしても必要なのだ。」
その言葉ほど、今の公爵家の娘の救いになるものはなかった。
ようやく自分の居場所が見つかった気がした。
公爵家の娘が泣き出すのを、王は誰にも見せないよう再び抱き隠した。
しかし続く言葉に、公爵家の娘の記憶が甦る。
「そなたの願いはすべて叶える。
だから、そなたはわしが死ぬ時も側にいてくれ。」
公爵家の娘は、長い間封印してきた名前をついに口にする。
「・・・黒雪姫は・・・?」
続く
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継母伝説・二番目の恋 53
公爵家の娘には、これから何が起こるのか予想できなかった。
暗殺なら、こんなに大勢で来るはずがないし
処刑なら、前沙汰があるし
拘束されるのなら、王自身が来る必要はない。
では単なる訪問?
何故、今更?
公爵家の娘は、逃げ出したくなった。
今の自分のみすぼらしさを、重々承知していたからだ。
「おお、会いたかったぞ、姫よ!」
王がズカズカと、公爵家の娘の部屋に入ってくる。
通常ならば、客室で待つのが訪問客の作法と言うものだが
最高権力者にタブーはない。
公爵家の娘は、動揺しつつも
体で覚えている “貴婦人の挨拶” をしようとしたが
その隙も与えず、王は抱きついてきた。
「痩せたな・・・。」
頬を撫ぜながらキスをしようとする王を、公爵家の娘は激しくこばんだ。
「何をなさるのです、お止めください、人の妻に恥知らずな!」
その言葉に、王の顔が見る見る険しくなった。
「チェルニ男爵! わしの姫を誰と結婚させたのだ?」
ドアの陰から、チェルニ男爵の声がする。
「いえ、どなたとも・・・。」
公爵家の娘には、“あれ” からの記憶がほとんどなかったが
チェルニ男爵に嫁いだつもりでいた。
しかし周囲の解釈は、王も父公爵もチェルニ男爵も、すべての人にとって
“王さまの最愛の人が、お友達を失くした心痛のあまりに
ご静養になっている” であった。
だからこその、厳重な警備なのである。
公爵家の娘が滞在している城周辺の警備は、王の軍の兵士であった。
その策略をしたのは、王自身だった。
宮廷を離れたがる公爵家の娘の願いは
“約束” である以上、聞き入れてやらねばならぬ。
しかし無二ともいえる王妃候補を手放す気など、毛頭ない。
そこでチェルニ男爵の元へと、一時的に預ける事にした。
遠くの地での長期静養なぞ、ロクでもない噂を立てられかねない
と猛反対した父公爵も、娘の憔悴ぶりに首を縦に振らざるを得なかった。
こういう経緯であったので、チェルニ男爵を “夫” と思い込んで
妻として接しようとしている公爵家の娘に
チェルニ男爵は慌てて、王を呼びに走ったのである。
長期間の留守は、遠く離れた首都への往復だからであった。
「姫さまがお寂しがっておられます。」
昼食前に着いたチェルニ男爵のその知らせに、王は即座に席を立った。
廊下を大股で歩きながら、叫ぶ。
「馬!」「パン!」「ワイン!」「マント!」「帽子!」
マントを羽織り、頬張ったパンをワインで胃に流し込み
王は35分後には馬にまたがった。
その日の門番は、前代未聞の出来事を目撃する。
ひとり、馬で城門を走り出る執務服の王と
いつもは強面の、近衛兵たちが
転がるように走りながら、武具の用意をしつつ後を追う姿である。
食料や衣服、野営の道具を積んだ馬車が城を出発できたのは
その2時間後であった。
これから数日間に渡って、国の動きが鈍るであろうが
止められる者などいなかった。
いや、誰ひとり、止める気なぞ微塵もなかった。
待望の “王妃” を迎えに行くのだから。
続く
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継母伝説・二番目の恋 52
チェルニ男爵は、公爵家の娘の散歩に付き添える信頼を得た。
それは、何も訊かない言わない、という出過ぎない態度だけではなく
側にいても、息遣いすら感じさせない気配の消し方が出来たからである。
チェルニ男爵に許される範囲は、徐々に広くなっていった。
ベランダで湖水を眺める時にも、暖炉の火を見詰めていても
振り向けば、チェルニ男爵の姿があり
公爵家の娘には、それが普通の状態へとなっていった。
いつも公爵家の娘は、チェルニ男爵の前をポツポツと歩いていたが
ある日、ふいに立ち止まった。
チェルニ男爵も立ち止まると、少し振り向く。
その様子が、待っているように感じたので
チェルニ男爵が近くに行ってみると、歩き出す。
チェルニ男爵には、公爵家の娘が並んで歩きたがっているのがわかった。
翌日から、チェルニ男爵はしばらく城を空ける。
それが公爵家の娘には、拒絶に思えた。
そうよね・・・
チェルニ男爵は亡き奥方と深く愛し合っていた、と聞く。
その人の産んだ子に、家督を継がせたいわよね。
その長男にも、もう正妻と嫡子がいるそうだし。
もし、あたくしがチェルニ男爵の子を産んだら
領主としては、その子を最優先させねばならない。
国一番の公爵家の血を継ぐ子なのだから。
政治的な物の考え方は、衰えてはいなかった。
が、公爵家の娘は、生まれて初めて自分の生まれを悔いた。
公爵家の血は、チェルニ男爵には不要・・・。
王は何故チェルニ男爵に、あたくしを嫁がせたのかしら。
お側を離れたがった罰?
風に乱れる髪を押さえようと、頬に触れた手に水滴が付いた。
それは、自分の目からこぼれ落ちていた。
公爵家の娘は愕然とした。
側室にしてやられて幽閉される正妻なぞ、よくある話なのに
大貴族のあたくしが、そんな事にも耐えられないとは!
自分が何ゆえに泣いているのかすら、わからなかったが
今まで教えられたすべてが、崩れ落ちていくようだった。
頭に浮かぶその何もかもが、悪い方向へ流れていた。
公爵家の娘は、再び心を曇らせた。
せっかく出てきた食欲も、すっかり失せてしまった。
外に出るどころか、揺り椅子に座りっ放しの生活へと戻った。
チェルニ男爵が城からいなくなって、何日経ったであろうか。
公爵家の娘は、最後のプライドで
静かにひとり、ここで生きていく事を受け入れた。
殺される場合も多いのに、生きていられるだけマシね・・・。
その瞬間、ふと誰かのシルエットが脳裏をかすめたが
それを追う事はせず、薄れて行くのをただひたすら待った。
突然、外が騒がしくなった事に気付く。
ソッとカーテンの陰から忍び見てみると、城が多くの兵馬に囲まれている。
ひと際目立つ、きらびやかな装飾の馬の後ろに
輝く王冠の双斧の紋章の旗がたなびいていた。
あれは王の紋章!
それはすなわち、王がそこにいるという印であった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 51
「こ、これは姫さま、何故このようなところに・・・。」
うろたえたチェルニ男爵の、くだらない問いに
公爵家の姫は答える事が出来なかった。
ただ、歩いていただけだからだ。
供は公爵家の娘の邪魔をしないよう、遠くに控えている。
この地は、公爵家の娘が自由に過ごす場所なので
周囲を兵で固めていて、関係者以外は近寄る事すら出来ない。
その万全の護りに、かえって油断を招いてしまったが
あまり動きもしなかった公爵家の娘が、いきなり外に出るとは
誰も思っていなかったのも、事実である。
視線を落とし動揺する公爵家の娘を見て
会うのが早過ぎた事を、チェルニ男爵は感じとった。
「わたくしは城に用がございますので、ここで失礼いたします。」
頭を下げたが、何の返事もなかったので
さりげなく城へと向かった。
しばらく歩いて、用心深く振り返ると
公爵家の娘は、うつむいたまま一歩も動かず、ただ立っていた。
その姿が、あの在りし日の王妃と重なって見えたチェルニ男爵は
全身が震えるほど、ゾッとさせられた。
この “やり方” が間違えていないか、何も見落としていないか
予期せぬ “狂い” が生じてないか
何度も何度も頭の中で反すうする。
あのお方までを失う事だけは、絶対に避けねば!
チェルニ男爵は、城に逗留する事を決断する。
チェルニ男爵と公爵家の娘は、夕食を共にするようになった。
それが時々であったのは、公爵家の娘の様子見をしながらだったからである。
あの社交的だった姫が、無言で少しだけ食べ物を口にするのに
チェルニ男爵の存在が、邪魔になる日もある。
その日の夕食をひとりで摂りたい気分と
チェルニ男爵が “いて良い” 気分を
公爵家の娘が、わざわざ口に出さなくて良いように
“チェルニ男爵がいる食堂” を決めた。
こういう気配りが出来るからこそ
王はチェルニ男爵に公爵家の娘を託したのである。
強制も指導もしなかったせいか、公爵家の娘の足は
チェルニ男爵がいる食堂へと向かう回数が増えた。
黙って食べていた公爵家の娘が
「ここのお水は美味しいですわね・・・。」
と、つぶやいた時には、チェルニ男爵はフォークを落としそうになった。
そして、それは良かった、と微笑んで答えた後に
フォークをわざと落として、拾いながらテーブルの陰で目頭を押さえた。
本来、落としたものは給仕に拾わせるのがマナーである。
「済まない、つい拾ってしまった。」
と言いつつ、フォークを手渡したチェルニ男爵の目が
真っ赤に濡れていたのを気付きながら、見ないようにした給仕も
忘れ物を取りに行くフリをして、部屋から出て涙をぬぐった。
公爵家の娘は、生きているのが不思議なぐらいに傷付いていたが
それを救おうとする周囲の気配りも、並大抵のものではなかった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 50
チェルニ男爵領は、東国の北西の端にある。
北と西には、年中雪が溶けない高い岩山がそびえる。
閉塞感が溢れる、山あいの荒れ地の中
それでも人々は、大して作物も育てられない畑を耕し
家畜を育てて、何とか暮らしていた。
貿易できるのは、わずかばかりの羊毛だけである。
11月には、もう雪が降る。
東国自体が温暖な気候の地なので、それ程積もりはしないが
3月いっぱいまでは、悪路ゆえに交通が遮断される事も多い。
その上にさしたる産業がないのが、男爵領が栄えない原因であった。
公爵家の娘は、まるで翼が折れた鳥のようであった。
チェルニ男爵の配慮により、あまり人がいない湖畔の
静養地にある小さな城で、空ろな日々を過ごした。
日がな一日、揺り椅子に座って湖面を見つめる時も多かった。
あの時のあの湖を、思い出さなくて済んだのは
吹き渡る風が冷たく、湖面に映る山が白く尖っていたからである。
ここは、通り過ぎていった日々を、何ひとつ思い出さずにいられる。
だけど何故だかわからない悲しみが、とめどなく溢れ出てきて
いっそ気が狂ってしまえたら、と思ったりもする。
公爵家の娘は、時間のほとんどを
“何も考えないように努力する” 事に、費やした。
チェルニ男爵は、頻繁に公爵家の娘の居城へと来ていた。
しかし顔を出す事は、滅多になかった。
自分の顔を見たら、あの宮廷での日々の記憶に繋がるかも知れない。
今の公爵家の娘は、何がきっかけで傷を再確認するのかわからないのである。
チェルニ男爵は、城から見えない場所に馬を繋ぎ
歩いて裏口から城に入り、侍従長を呼ぶ。
姫さまのご様子はどうか、足りないものはないか。
時には一晩、城へと泊まり
気付かれないように、物影から公爵家の娘の姿を伺う。
そして静かに去って行くのである。
夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来て
また夏が来て、また秋が来て、また冬が来て、また春が来て。
何度それを繰り返したのか、数えてもいなかった。
今はいつなのか、どうでも良かった。
公爵家の娘の時間は止まってしまった、と誰もが諦めた。
だからその日のチェルニ男爵は
“ヘマをやらかした” としか言えなかった。
いつも通りに、馬を離れた場所に繋いで
城へと歩いて行く途中で、公爵家の娘と出くわしたのである。
公爵家の姫の表情に、ゆっくりと自責の念が表われた。
続く
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継母伝説・二番目の恋 49
しばらく考えさせてくれ、とは言ったが
公爵家の娘のあの様子では、今にも出て行きそうである。
その “スキャンダル” は、絶対に起こしてはならない。
王の答は、すぐに出ていた。
確かに全てにおいて、“王妃” として完璧な公爵家の娘を
後添えに据えたら、その女との子を国は次の王へと欲するであろう。
そこに黒雪姫を傀儡にしようと目論む輩が現れたら
内戦へと発展していく可能性も、充分にありえる。
公爵家の娘の読みは正しい。
だからこそ、手放したくない。
王は改めて、自分の愚かさを感じた。
南国の姫をめとってから、何度も何度も繰り返し感じた自己嫌悪である。
しかし、あの娘を妃にした事は後悔していない。
今でも脳裏に鮮やかに甦る。
か細い肢体の通りに、か弱い少女であった。
わしが壊してしまった・・・。
王は毎夜、ひとりで泣いた。
だが、それは “王” の取る種類の責任ではない。
王は公爵家の娘を手放す決意をする。
公爵家の娘は、チェルニ男爵の元へと行く事になった。
公爵家の娘にとっては、最早 “どこ” に行くというのは
さしたる問題ではなかった。
逆に知り合いである事、しかも気配りが出来る相手である事を
幸運だとすら思った。
しかしそれは決して、“昇格” ではないので
公爵家の娘は、長年使ってきた召使いたちの次の職場を斡旋した。
どこも一流どころである。
付いて行く、との申し出もあったが、すべて断った。
公爵家の娘は、何もかも捨てて
身ひとつで、国の果てへと嫁いで行く決心をしていた。
父公爵は、始めは腹を立てていた。
あれ程、知力と政治力に長けていた懐刀とも呼べる愛娘が
辺境の血筋の悪い貧乏貴族のところに行くという。
わしの面目も丸潰れじゃわい!
だがその怒りは、娘をひと目見た途端に消えた。
微笑みつつ丁寧に挨拶をしたが、静かに毅然と座ってはいるが
その後ろに、果てのない無気力感が漂う。
これは・・・
体面にこだわっていたら、娘を失うかも知れない・・・。
父公爵は、そういう例をいくつも見聞きしていたので
我が家の悲劇は、未然に防ぐ方向を選ぶ事が出来た。
にしても、王といい我が娘といい
あの小汚い王妃に、何の魅力があったというのか・・・
父公爵には理解できなかったが、自分の娘の聡明さを信頼していたので
得体の知れない理不尽な怒りは抱かなかった。
あの娘がああなるには、それだけの理由があるのであろう、と。
公爵家の娘は、常に孤独感に苦しんできた。
人は大きなものを失った時に、自分への愛に気付かされるものである。
だが、今はそれを見つける余裕すらなかった。
公爵家の娘が乗った馬車が、城にいる者全員に見送られながら城内を出る。
長い長い人の列ができた。
皆、馬車が目の前に来ると、お辞儀をして見送る。
馬車はゆっくりと人の列の間を走った。
公爵家の娘は、落ち着いた態度で目礼をする。
しかし、それはまだ終わりではなかった。
街なかでは、国民が列を成す。
高貴な姫を一目見ようという人だかりである。
この見送りも当然の事。
毅然と手を振る。
街の終わりの門のところで、馬車が急に速度を落とした。
見ると、多くの南国人街の住人たちが列をなしているのだ。
何故?
公爵家の娘には不思議な光景に思えたが
現在の南国人街の流通が良くなったのは
南国から来た王妃を思いやる姫さまのはからい、というのを
“権力者” ケルスートを通して、知れ渡っていたからであった。
南国人たちが口々に叫ぶ。
「姫さまーーーっ、どうかお大事にー。」
「また戻ってきてくだせえー。」
「ありがとうごぜえますー。」
公爵家の娘は、彼らの肌の色につい記憶をたどりそうになったが
その行為を打ち消して、今の自分に出来る限りの微笑みで
馬車の窓から顔を出して、見送る人々へと手を振った。
もう街の影も見えなくなった時に、道の脇に2頭の馬が見えた。
ウォルカーとケルスートであった。
地面に伏して最敬礼をするふたりの前を
再び速度を落とした馬車が、ゆっくりと通り過ぎる。
公爵家の娘は、ただ2人を見つめるだけだった。
その無表情さに、2人に対する公爵家の娘の信頼が表われていた。
すべての “見送り” を受け終わって
公爵家の娘が、少しうつむきかけた時に
チェルニ男爵が優しく言った。
「どうぞ、ゆっくりお休みください。
これから先は、一切の “社交” は必要ありません。」
続く
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継母伝説・二番目の恋 48
子供は女であった。
世継ぎ誕生の喜びに、王妃の死はかき消された。
公爵家の娘は、病いを口実に部屋に閉じこもった。
もう、何もかもが嫌になっていた。
あんなバカ娘のせいで!
自分の落ち込みようも、更なる落胆の積み重ねでしかなかった。
そんな公爵家の娘の元に、王がやってきた。
「具合はどうだ?」
公爵家の娘は、無表情で答える。
「あまり・・・。」
その様子に、王は少しちゅうちょしたが切り出した。
「我が娘の名前を、そなたに付けてもらいたいのだ。」
その要望に、公爵家の娘がどれだけ驚いたか。
王族の名は、神官を中心とした会議で決めるのが慣例であったからだ。
王は王なりに、公爵家の娘に礼を尽くそうとしているのか。
公爵家の娘は “あれ” 以来、初めて少し微笑んだ。
「では、黒雪姫と・・・。」
何故かスッと口を付いて出た名前に、王はすぐに同意をした。
「おお・・・、それは良い名だ。
雪のように汚れを知らぬ美しい心を持った、あの黒い母の娘に
それ程、ふさわしい名はあるまい。」
そう、あの汚れなき美しさに、どんなに傷付けられたか・・・。
でももういない
あたくしの傷は、もう癒えない
あなたがいないのだから、仕返しも追い越しも出来ない
あたくしは永遠にあなたを、遠い思い出の中でしか憎めない・・・。
今の公爵家の娘の視線は、気を抜くとすぐに下に落ちている。
こんなの、あたくしらしくないのはわかっている・・・。
公爵家の娘には、どうすべきかはわかっていた。
しかし頭が出す答に、心が付いていかないのである。
「王さま、以前に何でも望みを叶えてくださる、と
あたくしに約束なさったのを覚えておいでですか?」
王は思った。
そんな “約束” など持ち出さなくても、と。
しかし、それは的外れであった。
「あたくしを、どこか遠くに嫁がせてください。」
公爵家の娘の思いがけない “お願い” に
王は動転して、しばらく声も出せなかった。
そして、やっと口から出た言葉がこれだ。
「そなたまで、わしを置いていくと言うのか・・・。」
公爵家の娘は、冷静であった。
「このまま、あたくしが王さまの側にいると
周囲は再婚を望むようになるでしょう。」
「それのどこが悪い!」
王が怒鳴る。
「国はあたくしが産む子を、次の王にと望みます。
そうなると、内戦の可能性が出てきます。」
「そんな事はさせぬ。
そんな心配はいらぬ。
わしがこの国の平和を守る。」
王の懇願を、公爵家の娘は冷たく拒絶した。
「王さまは、勘違いなさっていらっしゃいますわ。
“あのお方の御子以外は、絶対に次の王にしない”
これが、あたくしの願いですのよ。」
じゃないと、あのお方がここに嫁いだ証しが消えてしまう・・・
それが公爵家の娘には許せなかった。
このあたくしが、ここまで憎んだ者なのに!
続く
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継母伝説・二番目の恋 47
「王さま、あたくしたち、騒ぎ過ぎましたわ!
皆、王妃さまがお亡くなりになる前提で
“見舞い” に来ておりますわ!
そんな誤解、ひどすぎますわ、何て縁起が悪い!!!」
ヒステリックに訴える公爵家の娘を、王が抱きしめる。
「姫よ・・・、王妃は死ぬ。」
その残酷な宣告に、公爵家の娘が無言だったのは
王の声が震えていたからである。
「そなたは、4日も眠っておったのだ。
皆、王妃に続いて姫までもが、と大層心配しておった。
そなたが目覚めてくれて、本当に良かった・・・。」
王の公爵家の娘を抱きしめる全身に、痛いほどに力が加わった。
公爵家の娘は、自分の事をこんなに気に掛ける王の様子に
王妃の死を覚悟せざるを得ない事を感じた。
「で・・・は・・・、王妃さまは・・・?」
「南国の医師が6人来たが、全員わからないと匙を投げた。
このままでは腹の子も危ない。
もうすぐ、子を取り出す手術が始まる。」
公爵家の娘は、王の腕を振りほどいた。
「では、王妃さまはまだ生きていらっしゃるのね?」
裸足で部屋を飛び出る公爵家の娘を、王の言葉が追う。
「行くでない!!!」
だが、叫ぶしか出来なかった。
王は公爵家の娘のベッドに座ったまま、両手で顔を覆った。
寝巻き姿で髪を振り乱して、裸足で廊下を走る公爵家の娘。
行きかう者は、一瞬ギョッとするが
即座に背を向け、壁に向かって頭を下げて目を閉じる。
国一番の高貴な姫の、ありえない狂乱を
城の人々は皆、見ないようにした。
王妃の命が絶たれようとしているのだ。
通常なら、正妃の死は側室にとっては喜ばしい事であるので
人々はその時改めて、王妃と公爵家の娘の間の愛情が本物だ、と思い知った。
手術室の前の衛兵には、公爵家の娘を止められない。
「待って! 止めて!」
侍医に追いすがりながら、公爵家の娘は叫んだ。
「王妃さまのお命を諦めないで!
生きてさえいれば、また御子は授かるわ!」
侍医たちは冷静であった。
王妃が昏睡してから、何日も話し合った結果である。
「姫さま、その願いは叶えもうせません・・・。
御子だけでも助けないと、国は両方を失う事になるのです。」
常人なら、ここでまた気を失う程の絶望が襲うであろう。
その顔色を見て、休ませるよう看護婦に言う医師を
公爵家の娘は拒否した。
「それでは、あたくしも立会います。」
侍医の返事を待たずに、意識のない王妃の枕元に行き、その手を握る。
その決意に満ちた横顔に、止める者はいなかった。
このバカ娘に、あたくし以外の誰が付いててやれると言うの?
公爵の娘がギュッと握る手に、何の反応もない。
もうダメなのだ。
本当にこれで終わりなのだ。
手術が終わって、赤子の泣き声が響き
周囲が喜びに包まれても
公爵家の娘は王妃の手を握ったまま、うつむいていた。
この、握り締めた手を覚えている。
星に近い場所でふたりきり踊った、あの祭の最後の夜。
王妃は最期まで、ピクリとも動かなかった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 46
ベイエル伯爵の次男の死の一報が、城を駆け巡った時には
政略結婚の可能性が消えて、公爵家の娘は内心安堵した。
同時にノーラン伯爵の死が、またしても脳裏に甦る。
しかし、その疑念もすぐに消えた。
ベイエル伯爵の突然の帰還は、次男の病気が真の理由で
その事は周囲には隠しておきたかったらしい。
それを聞き、公爵家の娘は少し同情をした。
あの時の憤怒は、息子の病気で気が立っていたのね
身内に死が続いて、お気の毒に・・・。
だが、人に同情しているヒマはなかった。
王妃の体調が悪くなったのである。
王妃は少しずつ少しずつ動かなくなり
眠っている時間が長くなっていった。
これはどういう事か、と侍医に問うても
わからない、という言葉しか返ってこない。
「あたくしの料理が悪かったのかしら?」
心配も頂点になった公爵家の娘を、王が慰める。
「いや、それは断じてない。
何者であろうと、王妃には何の手出しも出来る隙は与えておらぬ。
これは、“病” だ。」
「でも、侍医ですらわからないと言っているではないですか。」
「東国人の医師には東国人の体しか・・・」
言い合いながら、ふたりは顔を見合わせた。
次の瞬間、慌てて王妃の寝室から飛び出し
互いに互いのルートで、南国の医師探しを命じる。
「とにかく急いで!」
「何人でも構わぬ!」
本来なら、身篭った王妃の急病など隠さねばならない。
しかし、なりふり構っている状況ではない事は
誰もが何となく察していた。
あの王と姫が、あれだけ慌てているのである。
王妃の病を知った貴族たちが、続々と見舞いにやってくる。
あれだけ王妃をさげすんでいたくせに・・・
それでも、その形ばかりの見舞いも受けねばならない。
どんなに辛くても、余裕がなくても
きちんと対応をして礼を述べる、それが社交なのである。
それを避けたいから、ベイエル伯爵も次男の病気を隠したのであろう。
その表面だけの見舞い客の中に、南国からの使者がいた。
その使者は、王ではなく公爵家の娘に謁見を申し出た。
あのバカ娘のせいで、忙しくて目が回りそうなのに
南国人は、使者までうっとうしい。
謁見は王に任せて、女のあたくしが側に付いていないといけないのに・・・。
公爵家の娘は、内心イライラしながらも
落ち着いて威厳ある風情で、南国からの使者の前に立った。
「遠くからのお見舞い、痛み入ります。
貴国からお迎えした王妃さまのお具合が悪くなり
どうお詫びをしたら良いのか・・・。」
南国からの使者は、意外な言葉を告げた。
「我が王は、嫁に出した娘の事は
すべてそちらにお任せする、と申しております。
今日は、今まで良くしてくださった公爵家の姫さまに
心ばかりのお礼を届けるよう、言い付かってまいりました。」
その言葉に、公爵家の娘は頭から血の気が引いた。
王妃は生きてるのに、この者は何を言っているの?
公爵家の娘は、ベッドの上で目を覚ました。
ああ・・・、王妃が病気になるなど
何て悪い夢を見てしまったのかしら・・・。
痛む頭を抱えながらグラスの水を飲んでいるところに、王が入って来た。
公爵家の娘は、その王の姿を見た瞬間、すべてを理解した。
これからまた、その悪夢の続きが始まるのだ。
終わらない夢が。
続く
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