カテゴリー: 小説

あしゅの創作小説です(パロディ含む)

  • 継母伝説・二番目の恋 45

    ベイエル伯爵は適当な都合を付けて、領地へと帰って行った。
    余程、腹に据えかねたのであろう。
     
    職務放棄ではあるが、しばらくはあの顔を見なくて済む。
    公爵家の娘はホッとした。
    にこやかにしていれば、繊細で美しい顔立ちなのにね。
     
     
    ベイエル伯爵には3人の息子たちがいて、いずれも美男だという噂である。
    長男はもう結婚をしているが、公爵家の娘とつりあう年齢の次男がいる。
     
    まさか、その次男とあたくしの婚姻で
    色んなしがらみを流そう、とは・・・
    いえ、内戦をするぐらいなら、その方法を取るはず。
     
     
    公爵家の娘は、不安に駆られた。
    王はベイエル伯爵とは不仲だけど
    ノーラン伯爵の死をどう思ってらっしゃるのかしら?
     
    ノーラン伯爵・・・。
    たった3回会っただけの、この男性が
    公爵家の娘の人生に、大きな影響を及ぼすとは
    当のノーラン伯爵でさえ、予想してはいなかった事であろう。
     
     
    公爵家の娘と同じ不安を、王も抱いたのか
    城の警備が厳しくなった。
    理由は、“王妃が出産間近ゆえ” であった。
     
    王妃の居室の周囲には兵士がいつもの倍、配置され
    王妃が口にするものすべてに、毒見係が付いた。
     
    厨房にも大量の見張りが置かれたので
    公爵家の娘は、余計に料理をしたくなくなった。
    あたくしのこのような姿を見られるなんて、嫌だわ・・・
     
    しかし、その姿は意外にも兵士たちの受けが良く
    公爵家の娘には密かなファンが増えた。
     
     
    王妃が公爵家の娘に再び心を開いたからといって、何も変わらなかった。
    公爵家の娘は、相変わらず仏頂面で業務的な事しか喋らないし
    王妃は困ったように微笑んで、公爵家の娘の背中を盗み見るだけだった。
     
    侍医が体力をつけるのも大事だと言うので
    公爵家の娘が中庭を一緒に歩いた。
     
    王妃が妊娠中だからといって
    公爵家の娘の公務がなくなるわけではないのだが
    他の者が供だと、部屋から出るのですら嫌がるからである。
     
    はあ・・・、この子はあたくしを忙しくさせるために存在しているのかしらね
    公爵家の娘は、王妃の依存にウンザリしていたが
    跡継ぎが産まれるまでの事、と耐え忍んだ。
     
     
    すべての出入り口を兵士が塞いだ中庭は、それでも充分に広く
    物陰に控えた数名の召使い以外には
    人目がまったくない、緑あふれる空間。
     
    ふたりは、手を伸ばせば触れられる距離を保ちながら
    言葉も交わさず、ただゆっくりゆっくりと歩いた。
    時折、立ち止まっては雲の流れを仰ぎ見て。
     
     
    その光景は、時間の存在すら感じない
    ふたりの少女の絵画のようであった。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 44 12.10.9 
          継母伝説・二番目の恋 46 12.10.15 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 44

    王妃が完食するほどに、公爵家の娘の料理の腕前は上がった。
    ほほほ、あたくしは何をしても天才なのよ
     
    悦に入る公爵家の娘の手の傷は消えていた。
    またひとつ、特技を手に入れた高貴なる姫君。
     
     
    公爵家の娘の手料理と、春になって暖かくなってきたお陰で
    王妃の体調は、すっかり良くなっていた。
     
    王妃の膨らんだお腹の中で、元気そうに動き回る子供に
    王も公爵家の娘も、出産が待ち遠しくてならなかった。
     
    「だけど、王妃さまにプレッシャーを与えてはなりませんわ。」
    「うむ、そうだな。」
     
    ふたりは打ち合わせて、“いつも通り” を意識した。
    こういう時は、ふたりで秘密の悪巧みをしてる気分になって
    何となくワクワクするのだが、そんな子供じみた事を言えるわけもなく
    どちらも大人ぶって、自分の胸にだけ隠しておいた。
     
     
    しばらく料理を作らないと、王妃が自分で作ると言い出すので
    公爵家の娘は、週に1度は厨房に入らなければならなかった。
    王妃は何故か、南国の料理人が作ったものと
    公爵家の娘の手料理を見分ける事が出来るのだ。
     
    専門家が作った方が美味しいのに、あの子は舌までもバカなのね
    公爵家の娘は、仕方なしに料理をしていたが
    その内に王までもが食べに来始めたので、手を抜けなくなってしまった。
     
    王妃の部屋では、王と王妃と公爵家の娘の
    3人での食事会が恒例となりつつあった。
    王妃が笑顔で食事を摂るのは、東国に嫁いできて
    かつてなかった事なので、この食事会を止めるわけにはいかなかった。
     
     
    “国一番の貴族の姫君が料理をしている”
     
    これは、宮廷ではスキャンダルである。
    いくら使用人たちが口を閉じていても
    各貴族の召使いたちの間では噂になる。
     
    口火を切ったのは、もちろん
    かの宿敵、ベイエル伯爵であった。
     
     
    「高貴なお方が、下々の真似事をなさっている、
     という信じられない与太話を耳にしましたが
     それは、わたしめの聞き違いですかな?」
     
    やっぱり、おまえが来るのね
    公爵家の娘は、予想の当たり過ぎについ笑ってしまった。
    それが神経を逆撫でしたようで、ベイエル伯爵は言い過ぎる。
     
    「それも聞くところによると、南国料理だそうで
     きつい香辛料で宮廷が土人臭くなって、かなわぬわ!」
     
     
    公爵家の娘は、落ち着きはらって堂々と答えた。
    「あたくしは王と王妃のためなら、畑とてこの手で耕しますわ。
     あなたにはそういう忠誠心がございませんの?」
     
    「下賎な者の仕事をする事が忠誠心かっ!」
    ベイエル伯爵の激昂に、公爵家の娘がサラリと応える。
    「王と王妃が望むのなら。」
     
     
    この答は、王の溜飲を下げたが
    そこまで言われて黙っているのも、威厳に関わる。
    王は、毅然と言った。
     
    「ベイエル伯爵、そなたは、わしの妃を軽んじているようだな。
     それはすなわち、わしを軽んじているのと同じであるぞ。
     言葉に気をつけよ。」
     
     
    ベイエル伯爵は返事をしなかった。
    しかし、吊り上った目尻、噛み締めた唇、震えるほど強く握り締めた拳
    その形相を見た誰もが、背筋を凍らせた。
     
    王も公爵家の娘も後悔した。
    いつかは諌めねばならない無礼な態度なのだ。
     
    だがそれが果たして、“今” で良かったのか・・・
     
    王と公爵家の娘は、心中で案じ合った。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 43 12.10.4 
          継母伝説・二番目の恋 45 12.10.11 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 43

    ウォルカーから小瓶が届いた。
    ケルスートに託された、南国の花の香料だそうだ。
    真冬のこの時期に、いくら暖かい南国とはいえ
    花のエキスを入手するのは、大変な事であろう。
     
    あの “権力者”、何といったかしら
    ああ、ケルスートね、さすがだわね。
    しかし公爵家の娘は、その小瓶を陽にかざしつつも不安だった。
    王妃がこれで、少しでも元気を出してくれれば良いのだけど・・・。
     
     
    姫さまがいらっしゃいます、という知らせを
    召使いから受けた王妃は、肩をピクッと震わせた。
     
    その萎縮ぶりに、思わず召使いは口を出してしまった。
    「これは噂ですけど、以前こちらで働いていた召使いたちは
     今は皆さん、西国で結婚して幸せに暮らしているそうですよ。」
     
     
    その “噂” を、瞬時に王妃が信じたのは
    公爵家の娘の日頃の態度によるところが大きい。
     
    どんなに威圧感があっても、冷徹でも
    王妃の側に来てくれるのは、語りかけてくれるのは
    公爵家の娘ただひとりだからである。
     
     
    公爵家の娘が部屋に入ってきて
    ご機嫌はいかがですか、とお辞儀をした瞬間に
    王妃が飛びついてきた。
     
    その勢いに押されて、公爵家の娘は後ろにいた召使いにぶつかり
    召使いは手に持ったクッションに乗せた小瓶を床に落としてしまった。
     
    落ちた衝撃で蓋が外れた小瓶は、部屋中に強い香りを放った。
    公爵家の娘は、むせ返る花の香りの真っ只中で
    この王妃のご乱心のわけがわからず、憮然としたが
    しがみついて、わんわんと号泣している王妃のせいで
    誰も身動きひとつ出来ずにいた。
     
     
    ようやく王妃が泣き止んだので
    公爵家の娘も、召使いに命じる事が出来た。
     
    「この匂いが取れるまで、王妃さまの代わりの部屋を用意して。
     この近くで空いている部屋は・・・、ええと・・・
     ああ、良いわ、あたくしの執務室を使って。
     あたくしは、図書室で執務をするわ。」
     
    「ううん、良い。
     あたし、この匂い、好き。」
    王妃が公爵家の娘に抱きついたまま、顔を上げて微笑む。
     
    あなたは良くても、他の者が迷惑なんだけど・・・
    まあ、ようやくご機嫌が直ったようだしね。
     
     
    公爵家の娘が無言で手を出すと、そこに召使いがハンカチを置く。
    涙でグチャグチャになった王妃の顔を、そのハンカチで拭きながら
    公爵家の娘は混乱していた。
     
    にしても、いきなり何なのかしら?
    この子のする事は、本当にわけがわからない。
     
    「何かお食べになります?」
    公爵家の娘の問いに、王妃がうなずいた。
    「うん、あたしのお友達に、あたしが料理する。」
     
    公爵家の娘は、その言葉を聞いてゾッとした。
    冗談じゃないわ!
    王妃に、しかも懐妊中に料理をさせるなど
    いくらあたくしでも、処分はまぬがれないではないの。
     
     
    あまりに動揺したせいか、思いもしない言葉が口から出てしまった。
    「王妃さまのために、今度はあたくしが作りますわ。」
     
    王妃は、ものすごく喜んだ。
    言ってしまった公爵家の娘は、これ以上にないぐらいに後悔した。
    このバカ娘に構うと、これだから・・・。
     
    足元から立ち上がる強い香りも手伝って
    公爵家の娘の頭は、脈を打つようにズキンズキンと痛んだ。
     
     
    緘口令を布いて、極秘裏に作った初めての料理には
    想像以上に苦労させられた。
     
    「・・・あんまり美味しくない・・・。」
    とスプーンをくわえた王妃が言った時には
    切り傷や火傷だらけの手で、絞め殺したくなる衝動に駆られたが
    それでも王妃がいつもより随分と食べてくれたので、諦めもついた。
     
     
    ・・・・・・・・が、
    「あたしのお友達、料理、上手くない、やっぱり、あたし、作る。」
    と言ったせいで、公爵家の娘は料理の勉強をするハメになる。
     
    これも仕事、これも仕事、王国の跡継ぎのため・・・
    ブツブツとつぶやきながら、本を片手にスパイスを振る公爵家の娘を
    あざ笑う使用人はひとりもいなかった。
     
    緘口令は守られた。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 42 12.10.2 
          継母伝説・二番目の恋 44 12.10.9 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 42

    南国の食材が届いた。
    南国人の料理人も、城へとやってきた。
     
    レシピだけじゃなく、料理人まで寄越すとは
    ウォルカーも、中々気が利いているわね。
    公爵家の娘は、ご満悦であった。
    これで王妃も精をつけてくれるはず。
     
     
    ところが、王妃は南国料理に喜びはしたものの、食が進まない。
    元からいる、城の料理長の面目は潰れなかったが
    調理場がスパイス臭くなって、怒り心頭である。
     
    「どういう事なの?
     地方によって味付けが違うとかではないの?」
    怒る公爵家の娘に、駆けつけたウォルカーは弁明をした。
    「いいえ、あの料理人は南国の宮廷にいた者なのです。
     王妃さまにとっては慣れ親しんだ味のはず。」
     
    「どういう事かしら・・・。」
    わけがわからず、イラ立って歩き回る公爵家の娘に
    他に方法がないか、ケルスートに相談してくる
    と約束をして、ウォルカーは急ぎ立ち去った。
     
     
    公爵家の娘は、王妃の部屋を訪れた。
    身篭った王妃は、世界で一番大切にされる。
     
    あの薄汚かった部屋も、今ではピカピカに磨かれ、暖房も利き
    居心地の良い、清潔で明るい雰囲気になっている。
    よし、皆、ちゃんと仕事をしているようね。
     
    チェルニ男爵領から来た召使いたちは、実によく働いた。
    田舎から出てきた “新参者” として
    古株の召使いたちを立て、異国の王妃にも敬意を払っている。
     
    さすがチェルニ男爵が選んだ者たち、抜かりがないわ
    公爵家の娘は、そこでも少しチェルニ男爵に敗北感を味わっていた。
     
     
    厚いひざ掛けをして、フカフカのソファーに緊張して座る王妃に
    公爵家の娘は優しく語りかけた。
    「王妃さま、何か不自由はございませんか?」
    王妃はただ首を横に振る。
     
    「お食べになりたいものは?
     暖かい部屋での氷菓子など、美味しいですわよ。」
    王妃はただ首を横に振るだけ。
     
    公爵家の娘は、そのオドオドした様子に
    溜め息を付かないように意識した。
    「そうですの・・・。
     何でもいつでも仰ってくださいね。」
     
    公爵家の娘は、部屋を出る時に、見送る召使いにコソッと命じた。
    「何かあったら、夜中でも連絡を。」
    はい、と召使いはお辞儀をした。
     
     
    王妃付きの召使いたちには、王妃のこの態度の理由がわかっていた。
    公爵家の娘はすっかり忘れていたが、召使いの処刑事件である。
     
    懇意になった、公爵家の娘付きの召使いたちから
    その話を聞いていたのである。
     
    王妃は公爵家の娘を恐がっている、と召使いたちは思っていたが
    王妃が恐かったのは、自分のせいで人が死ぬ事であった。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 41 12.9.28 
          継母伝説・二番目の恋 43 12.10.4 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 41

    廊下を優雅に歩く公爵家の娘に、前から来た貴婦人が挨拶をする。
    「姫さま、ご機嫌よう。」
    「寒くなりましたわね。」
    にっこりと穏やかに微笑む、公爵家の娘。
     
    私室に入った途端、ソファーに走り寄り
    クッションにパンチを数発くらわせる。
     
    おお・・・、いけないいけない
    このクッションばかり殴ったら、傷みで召使いたちにバレてしまうわ。
    公爵家の娘は、クッションを入れ替えた。
    均等に殴る事にしましょう。
     
     
    公爵家の娘の荒れの理由のほとんどは
    ベイエル伯爵のいつもの突っ込みである。
     
    「南国との協議は、まあ仕方がないとしても
     南国に一番近い地の領主を差し置いて
     どこぞの姫君が一枚噛んでいる、という話は許せませんな。
     南国との協議よりも、南国の娘とお遊びになっていればよろしいのに。」
     
    これをすれ違いざまに早口で言われるので、たまらない。
    振り向いて追いかけて反論をしていると
    こっちがケンカを売った、と周囲に誤解されかねない。
     
    他の者の目がある場所で言ってくれれば良いものを・・・
    いえ、そんなバカな嫌がらせは、王の叔母ぐらいしかしない。
    あやつ、いっその事、死んでくれないかしら!
     
     
    その瞬間、公爵家の娘はノーラン伯爵を思い出した。
    自分を真っ直ぐに見つめてきた、あのまつげの長い青年。
     
    王妃の妊娠や、南国との国交など色々とあったとはいえ
    すっかり忘れていた自分の薄情さに、気分が沈む。
     
    と同時に、最近見かけないチェルニ男爵の事も気になった。
    大丈夫かしら?
     
     
    「今は王妃さまの事に集中した方が、よろしいかと思われます。
     ベイエル伯爵は、南国国交に不満を溜めているようです。
     あのお方は激しい差別主義者ですからね。
     これ以上、刺激をしない方が安全かと。」
     
    チェルニ男爵は、普通に宮廷にいた。
    山羊の紋章の調査はどうなったのかしら・・・?
     
    公爵家の娘のいつもの強い眼差しに、不安の影が宿っているのを
    チェルニ男爵は見逃さなかった。
    「どうか、わたくしを信じてくださいますよう。」
     
    それは、確かにチェルニ男爵の気遣いであったのだが
    公爵家の娘には、まるで目の前でドアを閉められたかのように感じられた。
     
     
    資料室を後にし、長い廊下をポツポツと歩き
    ふと窓の外の木の枝に、何とか残った枯れ葉が揺れているのを見た時に
    心の隅に、突然寂しさがこみ上げてきた。
     
    チェルニ男爵は何だかズルい!
    すべてを見通しているかのごとく、あたくしの先を先を読んでいる。
    そして、あたくしに反論する機会を与えない。
     
    王もズルい。
    お父さまも、肝心な事はあたくしには教えてくださっていない気がする。
     
    ノーラン伯爵も、あたくしに指輪を渡して何をしたかったのか
    “男” というのは皆、こんなものなのだろうか?
    だから女には政治は出来ないのだろうか?
     
    いえ、あたくしがバカなのだろうか・・・?
     
     
    自分がただひとり、冷たい風が吹きすさぶ荒野に立っているような
    そんな、寂しくてたまらない時がある。
     
    公爵家の娘の、そういった落ち込みは
    その若さにそぐわない自信を持っているせいであった。
    優れた人間など、世の中に大勢いるのだ。
     
    生まれつき、色々なものを持っている者は
    自分がまだほんの蕾だなど、思いもしない。
    だから時々、見え隠れする現実に気付いては傷付く。
     
     
    気付くと、さっきまであった枯れ葉がなくなっている。
    飛ばされてしまったのね・・・。
    公爵家の娘は、一瞬で起こる変化というものを
    目の当たりにした気がして、身震いをした。
     
    男性が優位であるのは、わかりきった事。
    嘆いて、それが変わるわけでなし
    あたくしにはあたくしの分というものがあるのだわ。
     
    とにかく、あたくしはあたくしのなすべき事をせねば。
    公爵家の娘は、再び足を踏み出した。
     
     
    公爵家の娘の、先ほどとは違う足取りに
    柱の影のチェルニ男爵は感心し、また安堵もした。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 40 12.9.26 
          継母伝説・二番目の恋 42 12.10.2 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 40

    南国との会談が始まった。
    大使には、中央の有力貴族が任命されたが
    東国南部の王の領地が、貿易の拠点になった。
     
    南国人街の “権力者” は、南国からの輸入品の
    東国内での管理を命じられた。
     
    その任命式で、遠目に見た王の後ろに
    見覚えのある女性がいるような気がしたが
    それはひとりの男性の登場によって、確信へと変わった。
     
     
    「よお。」
    平服を着たその男性は、あの時身分の高そうな女性と供にいて
    自分を脅した張本人であった。
     
    「あんたは・・・。」
    「俺は城の兵士だ。
     今後しばらく、あんたと共に動けってさ。
     ウォルカーって名だ。 よろしくな。」
     
    「監視かね?」
    “権力者” は、不愉快そうな顔をした。
     
    「いや、貿易ルートが速やかに整うように現場であんたを手伝え、とさ。
     これは姫さまの純粋な御厚意だぜ。
     俺の任務は、姫さまが欲しいものを揃える事なんだからな。」
     
    「姫さま?」
    ウォルカーは、声をひそめた。
    「食の細い王妃さまに、南国の料理を食べさせたいんだと。」
     
     
    その言葉を聞いて、一瞬で多くの事を理解できる頭を持つのが
    “権力者” でいられる理由であろう。
     
    南国から来た王妃は、その頭の弱さゆえに
    この国一番の貴族の姫が、王妃に成り代わろうとしている、
    という噂があるからだ。
     
    先日来た女性が、その “姫さま” か!
     
    だとしたら、今回の南国との突然の国交開始は
    隠密行動までしていた、その姫さまの意向としか考えられない。
     
    その理由が、南国出身の王妃の食事?
    取って代わろうとしている相手の食事のために
    貴族のお姫さまが、あんなところまで自身で来るものか?
     
    噂とは、このようにアテにならない事もあるのが恐いな
    “権力者” は、愉快そうに笑った。
     
     
    肌の色が違う、というのは相容れない原因のひとつである。
    東国人の肌は卵色のせいか、まだ “あたり” も柔らかく
    南国人が安心して暮らせる、専用区画も作らせてくれたが
    真っ白な肌の西国人は、南国人を容赦なく奴隷扱いすると聞く。
     
    東国の王は、南国の姫を王妃にし
    東国の姫は、南国出身の王妃の体を心配する。
     
    貧困ゆえに、生まれ故郷の南国を出て
    外国に移り住んだ己の不遇を、嘆き悲しむ事も度々あるが
    この国にいるわしらは、案外幸せなのかも知れんな。
     
     
    “権力者” は、報酬目当てだけではなく
    この与えられた役目に、誇りを持とうと思った。
     
    「わしはケルスートと言う。
     よろしくな、ウォルカー。」
    “権力者” こと、ケルスートは右手を出した。
     
    ウォルカーはその手を握り、微笑んだ。
    「ああ、お互いのためにも、上手い事やりとげようぜ。」
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 39 12.9.24 
          継母伝説・二番目の恋 41 12.9.28 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 39

    城に戻った公爵家の娘を待っていたのは、大臣たちの説教のはずであった。
     
    公爵家の姫、しかも王の側室ともあろうものが
    マトモな供も付けずに、荒くれ兵士数人だけで街に出るなど
    あってはならない事だからだ。
     
    しかし、誰も何も言わない。
    説教の場になるであろう会議場に、呼ばれもしない。
     
     
    「それは、わしが命じた、と言ったからだ。」
    王が威張った。
    「これで貸し借りはなしだな。」
     
    公爵家の娘は、まあ! と喜んだ。
    「ありがとうございます。」
    と、ドレスの裾をつまんで、お辞儀をする。
     
    「では、あたくしからもお土産を・・・。」
    扇で口元を隠す公爵家の娘の目は、陰謀に満ちている。
     
    王はその目を見ただけで、内心ワクワクしたが
    何もないようなそぶりで人払いをした。
     
     
    「早急に調べていただきたいのですけど
     恐らく、南国国境沿いの領主は密輸をしておりますわ。」
    「何?」
     
    驚きはしたが、以前から南の方に
    小さい領地の割には、羽振りが良さそうな領主がいるのは
    王も薄々は知っていたので、公爵家の娘のその勘は当たっているであろう。
     
    「これを機に、密輸の旨みをなくしておしまいになったら?」
    「南国と正式に商取引きをしろ、という事か。」
    「ええ。」
     
     
    王は考えた。
    確かに表立った交流のない南国との付き合い始めに
    王妃は良いきっかけになるはずだった。
     
    それが出来なかったのは、王妃が予想外に反感を持たれたせいで
    その挽回に、今回の妊娠はまたとない機会である。
    密輸で儲ける者がいるなども、聞き捨てならない。
     
    「ふむ、では国交を深めるとして、その任をどうするかね?
     そなたの父を西国から呼び戻すか?」
     
     
    公爵家の娘の返事は、意外なものであった。
    「いえ、心情的には父に戻って来てほしいのですけど
     商いに長けた西国を相手に回して安心な者が、他に思い浮かびません。
     せめて関税の問題の決着が付くまでは、西国には父に詰めてもらわねば。」
     
    「では、誰か適任はいるか?」
    「・・・あたくしが思うに、この件は王さま所縁の者に任せるべきかと。
     他の貴族は、南国を軽んじ過ぎております。」
     
    王は引き出しから地図を出した。
    各領地の主がひとめでわかる地図である。
     
    「ほら、ここの端に王家の領地がありますわ。
     南国との境い目にもかかってますわよ。」
    「ここの領主は・・・、確か大人しい男だったぞ?」
    「あら・・・。」
     
     
    公爵家の娘は、困ったわね、弱腰じゃ外交は難しいわね、と悩んだ。
    が、すぐに妙案が浮かんだ。
    「でしたら、南国人街を取り仕切っている者を
     王さまが直接動かしたらどうでしょう?」
     
    王も、公爵家の娘の話す “権力者” に興味を惹かれた。
    「ほう、民の間ではそういう事になっているのか。」
    「ええ。 どこの世界も似たようなものですわね。」
     
     
    ふたりで政治の話で談笑する。
    それは、理想的な王と王妃の姿であった。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 38 12.9.20 
          継母伝説・二番目の恋 40 12.9.26 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 38

    男性が案内したのは、普通の民家であった。
    南国人特有の黒い肌をした家主は
    公爵家の娘をひとめ見て、ただ者ではない、と察したようで
    言葉少なに歓迎の意を表しようとした。
     
    「これは、どちら様か存じ上げませんが、こんなあばら家に・・・」
    公爵家の娘がさえぎる。
    「挨拶など、どうでもよい。
     おまえが南国人街の権力者か?」
     
    「ここは私が・・・。」
    スッと前に出た兵士が、何事かを家主にささやいた。
     
    「わたくしめに出来る事がございましたら
     お言い付けくださいまし。」
    太った中年男である “権力者” は、床に両手両膝を付いて頭を下げた。
     
     
    「南国の食事を作りたい。」
    公爵家の娘の言葉に、権力者は驚いた。
    そして言いにくそうに、無理だと告げた。
    材料の入手が困難だと。
     
    「だけど、このかすかに香る匂いを、あたくしは知っているのよ。
     この家には南国のスパイスがあるわね。」
    その “匂い” は、城に来た頃の王妃から香っていたものである。
     
    公爵家の娘は、辺りを見回した。
    南国との交易は認められてはいない。
     
    そういう国とは、通常は王妃が国交を進めていくべきなのだが
    何せ、うちの王妃は “ああ” だから、頓挫しているのよね。
    だから多分、密輸ね。
     
     
    「あたくしが “お願い” しているのよ。」
    この言葉に、“権力者” は即座にすべてを喋った。
     
    この者、時勢を見るに機敏だわね。
    まあ、そうじゃないと権力は持てないものね。
    公爵家の娘は、秘密保持と協力の引き換えに
    “権力者” の地位を守る事を約束した。
     
     
    実際に、秘密裏に動くよりも、“お墨付き” を貰う方が
    “権力者” も本物の権力を手に入れる事になる。
    ありがたい取り引きであったが、そんな奇跡のような事が
    南国を軽んじる東国で起きるとは、信じられなかった。
     
    “権力者” は、兵士にコソッと正体を訊く。
    兵士は答えなかったが、後日、真実を知って腰を抜かすハメになる。
     
     
    帰り道に、公爵家の娘は兵士に訊いた。
    「あの者に何を耳打ちしたのだ?」
     
    兵士は事もなげに言った。
    「このお方に逆らうとこの街が丸ごとなくなる、と申しました。」
     
    公爵家の娘は、その言葉を当たり前のように聞き流した。
    実行するかしないか、は別として
    それは公爵家の娘には不可能ではないからである。
     
     
    代わりに、もうひとつ訊く。
    「おまえの名は?」
     
    その問いに、一瞬固まりかけるも
    慌てて馬から降り、地面に額をこすりつけて名乗る。
    「ウ・・・、ウォルカーと申します。」
     
     
    他の兵士も動揺した。
    身分ある者に名前を訊かれる、という事は立身出世を意味する。
     
    何故ならば、上流貴族にとっての兵士は
    いくらでも代わりの利く駒でしかないからである。
     
    使い捨てるものに名前などいらない。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 37 12.9.18 
          継母伝説・二番目の恋 39 12.9.24 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 37

    城下町の端にある南国人街の南国人は、東国風の暮らしをしていた。
    文化があまりにも違いすぎると、融合もしなくなるようである。
     
    そうよね、簡単に行き来できる国じゃないから
    南国のものも手に入らないだろうし・・・
     
    公爵家の娘は、自分の考えの甘さに落胆し
    つい、後ろに控えている兵士に声を掛けてしまった。
    「どうしたら良いのかしら?」
     
     
    貴族の姫と下級兵士は、直接口を利けない。
    必ず間に、相応の身分の召使いが介在する。
     
    バカげた慣例だが、身分制度の強い地域では
    線引きをはっきりする事によって
    勘違いや混乱の可能性を減らした方が
    結局はお互いのためになるのである。
     
     
    驚いたのは兵士である。
    下級兵士でも、平民にとってはエリートコースだが
    それでも貴族の近くに行く事は、滅多にない。
     
    貴族の方が、地位も身分も上ではあるが
    平民には平民しか持てない、財産や自由や権利があるので
    どちらが幸せなわけでもないのは、この国の民なら全員知っている。
    しかしそれでも目の前の大貴族の姫は、平民の娘とは雰囲気が違い過ぎた。
     
    汚い、と言っても平民にとっては高級な仕立てのドレス
    普段の暮らしが伺い知れる、清潔で栄養の行き届いた髪や爪
    何気なく立っているだけなのに、スッと伸びた背筋。
     
    たとえドブに落ちても、このお方は輝いているだろう
    そう思わせるだけの、手入れの良さである。
     
     
    兵士たちの驚愕に、我に返った公爵家の娘だが
    後先考えずに飛び出して来たので、召使いも置いてきた。
    と言うか、良家の子女の召使いたちは、こんな場所では足手まといである。
     
    でもこんな事をしちゃった手前、手ブラでは帰れない、絶対に。
    うーーーん、と考え込む公爵家の娘に
    兵士のひとりが頭を下げたまま、口を開いた。
     
    「あの・・・、ここの権力者にお会いになったらどうでしょう?」
    「権力者?」
    公爵家の娘は、いぶかしんだ。
    この街は王家の所有なのだ。
     
     
    「いえ、権力者と言うか、平民の中にも
     他人に影響力のある、際立って裕福な人物がいるのです。
     南国人街にも、そういう立場の者がいるはずです。」
     
    この意見に、公爵家の娘は納得させられた。
    各街には、領主が任命もしくは許可を出した “長” がいる。
    しかし、人は数人集まると派閥を作る。
    公にはならないリーダーが出来ても無理はない。
     
     
    「では、その者を探せば良いのだな?」
    公爵家の娘に、兵士は答えた。
    「いえ、もうあちらから様子を見に来ているようです。」
     
    何やら異質な雰囲気の女性が、屈強そうな男たちを引き連れてウロついている、
    それは充分に、“見張る” 対象になる。
     
     
    見張られていると言われても、公爵家の娘が周囲を見回さなかったのは
    噂慣れをしていたからである。
    相手を見ながらの陰口は、本人に気付かれる。
     
    公爵家の娘は視線すら動かさずに、自然な口調で命じた。
    「では、その者を捕らえよ。」
     
    兵士は、はっ と返事をした途端、走り出し
    家の陰にいた男性を引き連れて戻って来た。
     
     
    「そなたの家に案内してもらおうか。」
    国一番の大貴族の娘は、自分の命令にNOと言われる想定をしない。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 36 12.9.13 
          継母伝説・二番目の恋 38 12.9.20 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次 

  • 継母伝説・二番目の恋 36

    ・・・でも、よく考えると・・・
    あの王妃が健康な妊婦でいられるわけがない。
     
    「今まで以上に気を付けなければ!」
    思わず叫んで飛び起きたところに、王が入って来た。
     「うむ、わしもそう思い直した・・・。」
     
    公爵家の娘は、露骨に警戒しつつ掛け布団を引き上げた。
    「何故そちらのドアからお入りになってるの?」
    そのドアは、王妃の部屋へと繋がる内ドアである。
     
    「いや、王妃のつわりがひどくてな・・・。
     見ていると、こっちまでつわりが移ってな・・・。」
     
     
    「こんな時に夜伽など、何をお考えでらっしゃるの!」
    公爵家の娘の激昂に、王が慌てて否定する。
    「違う、違うぞ。
     わしは側で見守ろうと・・・。」
     
    「だったら最後までお見守りあそばせ!」
    王を王妃の寝室へと追い返して、公爵家の娘はベッドに入り直した。
    側室に蹴り出される、大国の王・・・。
     
     
    ふたりの、いや、王妃の懐妊を知る全員の杞憂が当たり
    王妃のつわりはひどく、見る見るヤツれていった。
     
    「何か食べたいものはございませんの?」
    枕元で優しく訊く公爵家の娘にも、王妃は首を横に振るだけ。
    その姿は、一緒に踊ったあの夜とは
    うって変わって、痩せ細って生気も失せていた。
     
     
    このままじゃいけない・・・
    そうは思うけど、公爵家の娘は誰にも相談しなかった。
    王妃の事であたくしに思いつかない事は、誰にも思いつかないわ!
     
    公爵家の娘は、部屋でひとりで考えた。
    何故だかわからないけど、誰にも指図をされたくなかったのだ。
     
    うん、どう考えてもこれしかないわね
    公爵家の娘は、南国の料理を作る事にした。
     
    しかし、それは思う以上に困難だった。
    現王妃のせいで、余計に歓迎されない南国の料理
    ただでさえ材料が入手しにくいところに、今は冬なのだ。
     
     
    「兵士を数人、貸してくださいませ。」
    公爵家の娘は、王に頭を下げた。
     
    「バカな、南国人街へ行くなど
     南国料理以外、他にももっと方法があるであろう!」
    王の叱責にも、公爵家の娘は動じなかった。
     
    「そう思うお方ばかりだから、あたくしが自ら動かねばならないのですよ。
     王さまも、ご自分の我がままを自覚なさっているのなら
     あたくしが王妃さまのためにする事に、文句など仰れないはず!」
     
    ビシッと言い放つ公爵家の娘に、王はひとことの反論も出来なかった。
    公爵家の娘は、ドアの前で振り返って更に言った。
    「今回の事は、あたくしの “貸し” ですわよ、王さま。」
     
     
    言いたいだけ言うと、公爵家の娘はスタスタと部屋を出て行った。
    入って来て出て行くまで、笑顔のひとつも見せない。
     
    女は子が出来ると強くなると言うが
    肝心の妊婦は弱って、姫がより強くなるとは・・・
    王は、こめかみを押さえつつ、グラスの水を飲み干した。
    「姫に兵を。」
    侍従を呼び、命じる。
     
    しばらくして、侍従が戻ってきた。
    「一個小隊 (約30人) もいらない、とつき返されました・・・。」
    「何? 王の寵姫がそんな少人数で出掛けたと言うのか!」
     
     
    玉座で王が激怒している時
    既に公爵家の娘は汚いドレスで
    5人の私服兵士だけを連れて、城門を馬で駆け抜けて行った。
     
     
     続く 
     
     
    関連記事: 継母伝説・二番目の恋 35 12.9.11 
          継母伝説・二番目の恋 37 12.9.18 
          
          継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4 
          カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ 
          小説・目次