カテゴリー: 亡き人

  • 亡き人 後書き

    この話は、私の死生観を元に書いていたのだけれど
    連載している時に、東北大震災が起こり
    亡くなった人が大勢いるのに
    死がテーマの物語を続ける気にはなれずに
    中断した、という特異な経緯がある。
     
    その間、私の死生観が変わったかと言うと、変わらなかった。
    自分でも思うけど、私のそういう感覚は特殊だと思う。
     
     
     
    実母は、私が殺したと思っている。
    兄も親族も、誰も母の生命維持装置を止められなかった。
    止めたのは私。
    何のちゅうちょもなかった。
     
    心の中で母に、“お疲れ様でした” という言葉を掛けながら
    むしろ私は、母の死を祝福していた。
    院内感染という “事故” ではあったけど
    母は人生を全うしたと思えるのだ。
     
     
    母が死んだのは、今でも寂しい。
    幽霊でも良いから、ずっと側にいて欲しい。
    出てこられるのは恐いけど、いる、とわからせてほしい。
     
    私はいつ誰とどこで何をしてても、孤独を感じるようになってしまった。
    まるで世界でひとりきりのような気がするんだ。
    愛してくれた親の死というのは
    こんなに感覚に影響するものなんだろうか。
     
    だけど、だからこそ、自分で母の命を止めて良かった。
    こんなに愛してくれた母だから、私が殺せて良かった。
     
     
    ただひとつ、悔いがあるとしたら
    それをすべき資格があるのは
    母の晩年に一緒に住んで、入院した母の面倒をみた兄である事。
     
    だけど兄にその決断は出来なかった。
    兄は、愛ゆえに母の命の行方を決められなかった。
    私は、愛ゆえに母の命の行方を決めたかった。
     
    きっと多くの人は、兄の感覚に共感すると思う。
    私の感覚はおかしい。
    それは認めるけど、恥はしない。
     
    念のために解説するけど
    母は、兄も私も同じように愛してくれた。
    少なくとも私は、母の兄と私への愛情の違いを感じた事はない。
     
     
     
    “亡き人” の最後には、異論が多いと思う。
    がっかりした人もいるだろう。
     
    私には私の言い分があって、小説を書いている。
    と言うか、私の感覚ではない事を表現するのが、どうも苦手で
    そんな事では、話の幅が広がらないので
    何とか、私にない考えも取り入れていこうと頑張っている最中なんだ。
     
    だから今のところの、私が書いた小説全部に
    私なりの意味を含ませている。
    実はどの話も、意味のない展開はひとつもないんだ。
     
     
    だけど映画やドラマや小説は
    観た読んだ人が、それぞれの感覚で解釈して
    自由に想像を膨らませていくのが面白さのひとつだろ?
     
    そこに、「これはこういう意味なんだよ。」 と
    たったひとつの答を言うのは
    いくら書いた本人とはいえ、興醒めもはなはだしい。
     
     
    だから “亡き人” の解説はしない。
    最終話のあの場面は、現実なのか、夢なのかあの世なのか
    誰が誰とどこで会ったのか、それがどういう意味を持つのか
    私の中には私の物語がある。
    このシーンを、あいまいに書いたのにも理由がある。
     
     
    だけど告白すると
    ひとつだけ書けなかったのが、長野の未来。
     
    この小説の “ゼロ” は、私が書いた小説の登場人物の中で
    実際の私の性格に一番近いキャラなんだよ。
     
    私を必要としたのに失ったヤツが、どうなるのか
    私には、どうしてもわからなかったんだ・・・。
     
     
     
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  • 亡き人 40

    砂利に足を取られないように、板の上を歩く。
    歩幅が合わずに、よろけつつ。
     
    それが現実ではないという事は、すぐにわかった。
    でもトンネルが見えた時には、いやだな、と思った。
    薄暗さもだけど、列車が来ないかが恐い。
     
    少し歩調を速めるけど、走る事はしない。
    何となく。
     
     
    トンネルの出口では、光の眩しさに
    しばらく立ち尽くしてしまった。
     
    目が慣れてきて、少しずつ視界が開ける。
    遠くに女性が立っていた。
     
    その小さな人影に、何故に真っ先に気付いたのか。
     
     
    真っ青な空に、真っ赤な花畑の中
     
    黒い髪に白い服のその女性だけ
    まるで塗り忘れたかのように、色がなかったからである。
     
     
    その女性は、こちらの存在をわかっていたかのように
    ゆっくりと振り返った。
     
    白も “色” なんだな、と気付いた。
     
     
     
    山口・・・・・父親の会社の跡を継ぎ、危ぶまれつつも
           人材に恵まれ、業績を安定して維持させる。
           結婚後、一男一女の父となる。
           
    福島・・・・・プログラマーになり、結婚後、子供も儲けるが
           激務に離婚、離職。
           田舎に移り住んで、土と共に暮らす人となる。
           
    岡山・・・・・実家の神社を入り婿で存続させ
           自分は、地元では有名な “霊能巫女” となる。
           子供を3人産み、なお精力的に活動をする。
           
    石川・・・・・ゼロの言い付けを守って、キャリア官僚をゲットするも
           第二子を産む際の、夫の浮気が原因で別居。
           そろそろ許してあげてもいいか、と高飛車中。
     
     
     
    長野太郎・・・ 
     
     
     
         終わり
     
     
     
      < おまけ >
     
     スピリチュアル・長崎は、ゼロ捜索時の働きを買われて
     探偵会社に就職した。
     後の霊能力探偵の誕生である。
     
     が、この話を広げたくはない。
     
     
     
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          亡き人 1 10.11.17 
          
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  • 亡き人 39

    「いいか? 勘違いするなよ?
     これは美談じゃないぞ。
     私はおめえらにとって、“弊害” だ。
     何気なく近くを歩いていたら、手を引っ掻かれて
     ちょっと血が出たりする、有刺鉄線のようなものだ。」
     
    ゼロは寝心地が悪そうに、体を起こした。
    「私は死ぬ。
     苦しんで、のたうち回って
     助けて、死にたくない、生きていたい
     と、泣き喚きながら死んでいく。」
     
    急に咳き込んで、伏せるゼロ。
    「大丈夫か?」
    スピリチュアル・長崎の手が画面に映り込むが
    ゼロにヒステリックに、はらわれる。
    「私の人生に敬意をはらえるのは、私だけなんだ。
     だから 『死にたくない』 と、あがくんだよ。」
     
     
    「この私の無様な姿を、一生忘れるな!
     私と出会った事を後悔せえ。
     死を恐れろ!!!
     生きていく義務というのが、どんなに辛いか
     でも幸運で当たり前なのか、脳に刻め。」
     
    布団を両手で掴みながら、カメラを睨むゼロの表情は
    怒っているのか、嘆いているのかわからない。
     
     
    肩で息をしながら、再び横になる。
    その、ゆっくりとした動きは、止まる寸前の機械のように見えた。
     
    「・・・一瞬で消える関係もある、と教えてやったんだから
     私に充分に感謝して、隣にいるヤツを大事にせえ。
     おめえらに対して、未練など1mmもねえよ。
     私はとっとと成仏するから、うぜえ想いは持ってくれるなよ。」
     
     
    しばらくの間、ゼロは無言で宙を見つめていた。
    ほんの数秒だったけど、何分にも思えたのは
    その様子が儚げで、不安をあおったからであろう。
     
    「スピリチュアル(笑)・長崎、もう良い。
     言いたい事は永遠にあるんだけど
     どっかでキリを付けないとな。」
     
     
    「こんな映像、見せられる方はたまらないぞ。」
    スピリチュアル・長崎の言葉に、ゼロが鼻で笑う。
     
    「隠せよ、良識ある “オトナ” たち。
     絶望に見えるであろう私の最期を。」
     
    「悪いけど、そうさせてもらう事になると思う。」
    「ふふん、賭けようぜ、あいつらがこの映像を見つけるかどうか。
     その時も止めろよ、観るべきじゃない、と。」
     
    「何を賭けるのだ?」
    「んー、おめえが負けたら、死ね。」
    「何だ、その、やったらいけなさ過ぎるバクチは!」
     
    ゼロは横目でニッと笑う。
    「おめえは負けるよ。
     私はもう既に今この時も、あいつらに見られている気配を感じるんだ。」
     
     
    その後、スピリチュアル・長崎に向かって敬礼をする。
    「んじゃ、スピリチュアル(笑)・長崎
     50年後ぐらいに迎えに来るんで、賭けのツケを払えよ。」
    「50年後は、私は普通に生きていない気がするのだが・・・。」
     
    「ばかもの、ギャグだよ。
     おめえ、ほんとに頭が固いな。
     そんなんじゃ、いつまで経っても貧乏霊能者のままだぞ。
     置き土産に、ひとつ忠告をしてやろう。
     
     和 服 を 着 ろ
     改 名 し ろ
     
     言われた事ねえだろ?
     気の毒すぎて、誰も注意できねえんだよ。
     そこをあえて言ってあげた私に感謝せえ。」
     
     
    ゼロは目を閉じた。
     
    「てか、疲れた。
     もう寝るよ。 目が覚めるかわからんけど。
     ふん。」
     
    「・・・ああ、おやすみ・・・。」
     
     
    暗転。
     
     
     続く。
     
     
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  • 亡き人 38

    「映像を撮るのは構いませんけど
     できれば一生、隠しておいてください。
     大事なのは、生きていく人たちですからね。」
     
    弱々しく喋っている、ベッドに横たわる老婆。
    かすかにゼロの面影がある。
     
    「ふふ、生霊だなんて知らずに、自由に動き回っていたせいで
     目覚めてみたら、年齢以上に体にガタが来ていたわ。」
     
     
    私は幸せな人生でした。
    両親には可愛がられ、愛する男性と結婚して
    何不自由ない暮らしをしていました。
     
    それがどうしてこうなったのか・・・。
    目覚めてみれば、夫は他に家庭を持ち
    両親は既に他界し、ひとりぼっちになっていたのです。
     
    もう思うように体も動きません。
    多分あとちょっとで、私の命は尽きるのでしょう。
     
     
    何も生み出せず、残せなかった私の人生
    普通はこのままだと、きっと成仏できずに
    本当の霊になって、さ迷っていたでしょう。
     
    だけど私は幸せだったと思えるのです。
    あの子たちの側で過ごした数ヶ月間
    まるでそのために私は生まれてきた、とすら思えるのです。
     
    今も目を閉じて想うのは、あの子たちの事ばかり。
    どうか幸せになってほしい
    何の打算もなく、心からそう願える。
    その瞬間、自分がとても美しい魂を持った気分になれるわ。
     
    こんな気持ちで死んでいけるなんてね・・・。
    ・・・ありがとう。
     
    老婆は微笑むと、目を閉じてひとつ大きく息を吐いた。
     
     
     
    次の瞬間、カッと目が開く。
    「こんなのを、おめえら “良識あるオトナ” は
     期待してるんかよ?」
     
    カメラに向かって、中指を立てるその姿は
    辛そうにベッドに沈み込んでいても
    まぎれもなく、“ゼロさん” だった。
     
     
    「いや、日本人なら、こうだな。」
    握り拳の人差し指と中指の間から、親指の先を出す。
     
    「なあ? スピリチュアル(笑)・長崎ぃ~~~っ。」
     
    映像を撮っているのは、スピリチュアル・長崎のようだ。
    「予定と違うではないか、勘弁してくれ。」
     
     
    「この “ゼロさま” の話を、そんな美しく綴らせねえぞ。
     私に関わったんなら、最後まで付き合うしかねえんだよ!
     特におめえは、私を退治しやがったしな。」
     
    「恨まれる筋合いはないぞ。
     あのままだと、本当に浮遊霊になってたのだぞ。」
     
     
    ゼロが枕元の雑誌を、スピリチュアル・長崎に投げつけた。
     
    「それでも良かったんだよ!」
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17 
          
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  • 亡き人 37

    「・・・というわけで、獅子の親が誕生してるんだけど・・・。」
    居酒屋に仲間たちを集めて、CDを出す山口。
     
    「長野くんが来てないけど、どうしたの?」
    訊く石川に、山口が口ごもる。
    「だって、あいつにとっては一生を左右する事だろ。
     ・・・ウカツに話せないよ。」
     
     
    「私たちの一生だって、左右されてるけどね。」
    岡山が冷たく言い放つ。
    「はっきり言うけど、私はその映像は観たくない。
     私にとってのゼロさんは、あのゼロさんだから。」
     
    「それは、ちょっとひどくないか?」
    福島が非難めいた口調でたしなめると、岡山がいきり立った。
     
    「それ、ゼロさんの最期の場面じゃないの?
     ゼロさん、私たちに見せたくなかったんじゃないの?
     だから山口くんのお父様は隠したんでしょ。」
     
    ザワザワしている居酒屋で、自分たちの周りだけが
    時が止まったように静まり返ったような気がした。
     
     
    「・・・ゼロさん、成仏しないで、また戻って・・・」
    福島の言葉を、岡山がさえぎった。
    「ゼロさんは成仏したわ!」
     
    「・・・うん、ごめん・・・。」
    福島がうつむく。
    石川もうつむく。
    岡山など、涙目になっている。
     
     
    「じゃあ、これは封印、って事だな。」
    山口がバッグにCDを入れた。
     
    皆しばらく、無言で飲んだり食べたりしていたが
    口を開いたのは福島だった。
    「いや、全員で観るべきだと思う。」
     
    「私は見たくない、ってんでしょ。
     何で無理やり見せられなきゃいけないのよ?
     “逃げちゃいけない” なんて、キレイ事を言わないでよ?」
    岡山のとげとげしい口調に
    福島はオドオドしながらも、言い切った。
     
    「それは、ぼくたちが “ゼロさんを見たがった” からだ。」
     
     
    他の3人が、痛いところを突かれたような表情になった。
    そうだ・・・、あの時、興味本位で長野のアパートに行き
    ゼロさんに会えて、ただ純粋に喜んだんだ・・・。
     
    「ぼくたちは、自分の好奇心の責任を取らなきゃいけない
     と思うんだ。」
     
     
    「待てよ、俺たちはそれで良いかも知れないけどよ
     長野はどうなんだよ?
     ゼロさんから、あいつのとこに来たんじゃないか。」
     
    「・・・呼んだんだと思う・・・、長野くんがゼロさんを・・・。」
    岡山の言葉に、石川が避けるように身構える。
    「やだ、恐い事を言わないでよ。」
     
    「ごめん、でも、そうじゃなくって
     長野くんは、それが宿命だったんだと思う。
     そう考えると確かに、ゼロさんが何であれ
     私たちは見届けなくちゃいけないし
     長野くんは、終わらせなくちゃいけないのよね。
     じゃないと、進むどころか留まる事も出来ない・・・。」
     
     
    「ちょ、あんた何者よ?」
    ビビって体を離す恐がりの石川に、岡山がサラッと答える。
    「私は神社の跡継ぎ娘よ。」
     
    「「「 へえええええええええ? 」」」
     
    何年も付き合ってきて、今更ながらに知った
    驚愕の事実であった。
     
    「通りで鉄の処女なのねえ。」
    思わず余計な言葉を洩らした石川を、岡山が睨む。
    「そうよ、あんたとは違うのよ
     このスイーツ・ビッチ!」
     
    「え? そういう風に思ってたわけ?」
    「あんたこそ!」
     
     
    「ちょ、止めろよ。」
    慌てて止める山口と福島を、逆に石川と岡山が怒る。
     
    「ゼロさんがいなけりゃ、口を利く事もなかったのよ
     そんぐらい別世界の人種なのよ、私たちは。」
    「それがケンカできるぐらいになれたのは
     ゼロさんがいたからなんだからね。」
     
    「えっと・・・?」
    意味がわからない山口に、福島がささやく。
    「要するに、“ケンカするほど仲が良い”
     と、言いたいんじゃないだろうか?」
     
    「ああ・・・???」
    女心は複雑怪奇。
     
     
     続く。
     
     
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  • 亡き人 36

    山口は父親の会社で働いていた。
    どこに修行に出しても、身分を隠せないのなら
    自分の下に置いていたい、という親心は少し甘いかも知れない。
     
    しかしそのせいで、山口は秘密を見つける。
     
     
    「おやじ、これ何だよ!」
    1通の封筒を持って、社長室に飛び込んだ。
     
    「会社では “社長” と呼びなさい。
     って、どうしたんだね?」
    山口の額から流血して、Yシャツにまでしたたっている。
     
    「資料室を整理してたら、いきなり頭にこれが落っこってきたんだ!」
    封筒の中にはDVDが入っていた。
    マジックで 0 と殴り書きをされている。
     
    「そ、それはおまえとは関係ない。
     こっちに寄こしなさい。」
     
    「いやだ!
     これ、ゼロさんに関係あるんじゃないのか?」
     
    山口はあまり頭は良くないが
    時々、超人的な勘を発揮する。
     
     
    山口パパは、溜め息をついた。
    「・・・そう思うなら、何故すぐに観ないのかね?」
     
    「恐いんだ!」
    山口は、すがるように叫んだ。
     
    「俺たちは皆、助け合って乗り越えてきたさ。
     それはおやじも知ってるだろう?
     それを見てきたおやじが隠すものなんだぜ?
     俺たちが観て良いものなのかよ?」
     
     
    山口パパは、目頭を押さえた。
    「・・・歳のせいか、最近ちょっとした事で
     心が動くようになってしまったな・・・。」
     
    そして席を立って山口のところに行った。
    「息子よ。
     わしはおまえを誇りに思うぞ。
     まさかおまえが、こんなに上等に育ってくれるとは。
     どうヒイキ目に見ても、わしの手柄には思えんな。」
     
     
    満足気にポンポンと山口の肩を叩く。
    「時期が来た、という事だな。
     我が息子よ、それを観ろ。
     そして倒れて起き上がってこい。
     わしは、獅子親の気持ちを味あわせてもらうぞ。」
     
    山口が間の悪い事を言う。
    「実際のライオンは、そんな事はしないらしいぞ。」
     
    「・・・わかっておる・・・。」
    山口パパは、無表情で再びチェアーに座ったが
    内心むちゃくちゃ動揺していた。
    えっ、あれは俗説だったのか?
     
     
    「ゼロさんの臨終には、長崎くんが立会い
     葬儀は、わしがした。
     間に合わなかったと嘘を付いたのは
     それがゼロさんとの賭けだったからだ。」
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 35

    松林の間から波の反射が煌めく。
    足元には砂まじりの土が広がる。
    海に臨んだ小高い丘に、墓地があった。
     
    「くっそー、卑怯なぐらいにキレイなとこじゃねえか!」
    山口が鼻をすする。
     
     
    皆で参りに来たその墓は、地方都市の郊外にあった。
    ゼロは結婚直後に、事故で意識不明になり
    回復の目途が立たなかった事から
    両親は婿を不憫に思い、離婚届を出させた。
     
    「その事故というのが、落として転がる5円玉を追って
     歩道橋の階段を転落したんだと。」
     
    仲間が一斉に笑う。
    「ありそうで、ない事故よねえ。」
    「何故5円?」
    「でもそのせいで長野くんと、“ご縁” が出来たのかもね。」
    「普通思っても言わないダジャレだよね。」
     
     
    長野とゼロの縁は、はっきりしない。
    しかし墓のある地方を聞いた時に、長野が言った。
    「確か父方の祖母が、そこらあたりの出身だったはず。」
     
    しかし長野の親戚で、その事について
    知っている人は誰もいなかった。
    仮に繋がりがあったとしても、そのぐらい遠い縁であろう。
     
    「ぼくが迷っていたから
     ゼロさんが来てくれたのかも・・・。」
     
    「俺たちの縁結びの神だよなあ、ゼロさん。」
    山口が長野の肩に手を回す。
     
     
    ゼロが生霊になって使っていた力は
    生命力とも呼ぶ力だったようで
    そのせいか、ゼロの内臓はボロボロだったらしい。
     
    これらの事は、山口パパが雇った探偵と
    スピリチュアル・長崎が調べたもので
    ゼロ本人には会えなかったが
    こうして墓の場所だけは、わかったのだと言う。
     
     
    この話は血まみれちゃんにも伝えられた。
    血まみれちゃんは、薄っすらと目を開けて聞き入り
    話を聞き終えたら、またゆっくりと目を閉じた。
     
    もう後ろの壁が見えるほど、透き通ってきている。
    多分あと数日もすれば、完全に見えなくなるであろう。
     
    静かに眠れるのなら、それが一番だよ・・・
    長野は触れない血まみれちゃんの肩に、ソッと手を当てた。
     
     
    一同はゼロの墓の前で、無言でしばらく立ちすくんでいた。
    ゼロが確かに存在した、という証しのこの場所で
    誰も最初に動き出したくない。
     
    ふと、長野が振り向いた。
    「どうした?」
    山口の問いに、いや、やけに海が眩しくて、と答える。
     
    「ゼロさんが微笑んでいるのかも。」
    言った後、石川が涙声で笑う。
    「何かの表現に、そういうのがあった気がするのよ。
     ね、キレイにまとめたと思わない?」
     
    「ゼロさんの笑顔、輝いてなかったぜえ?」
    山口がズケズケ言う。
     
    皆で泣き笑いをした。
     
     
    波が荒かったけど、優しい風に包まれていた春は終わった。
     
    もう季節は夏なのだ。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 34

    太郎は法科大学院へと進んだ。。
    山口も一緒になって勉強に励んだお陰で
    留年する事もなく、大学を卒業できていた。
     
    他の心霊研究会のメンバーも、それぞれの道を進む。
    しかし、友情は続いた。
     
    太郎は司法試験に合格するまで、山口のマンションに居候し
    時々他の仲間が、そこに立ち寄っていた。
     
    血まみれちゃんは、年々動かなくなっていった。
    頭から流れる血のせいか、目を閉じると
    まるで血を流すマリア像のようにも見える。
     
     
    忙しいのに、時はゆっくりと流れているような気がするのは
    “待っている” という気持ちが
    いつも心のどこかにあるからで
    ゼロがいない日々を、いくら積み重ねても
    その記憶の鮮明さは、少しも褪せなかった。
     
     
    太郎が夜遅くに帰宅をすると
    山口がソファーに寝転んで、酒を飲んでいた。
     
    「きみがひとりで飲酒なんて珍しいね。
     何を飲んでるの?」
     
    覗き込むと、料理酒であった。
    「それ、どうしたの?」
    「うん、実家から持ってきた。」
     
    意外な事に、山口は付き合いでしか酒を飲まないのである。
    酒の種類なども知らない。
     
    「それ、美味いか?」
    「よくわかんね。
     おまえも一緒に飲めよ。」
     
    「いや、ぼくは今からシャワーを浴びて
     この課題をしないと・・・」
    “料理酒” というところにも、内心ちゅうちょする太郎だったが
    山口はニッコリ笑って、グラスを差し出した。
    「まあ、飲め!」
     
     
    太郎は山口の顔を見た。
    山口は優しそうに微笑んでいる。
     
    受け取ったグラスを一気にあおると
    少しムセながら、太郎はうつむいた。
    「ごめんね、山口くん。」
    「何がだよ?」
    山口は、ドクンと動悸がした。
     
     
    「ぼく、気付いてたんだ。
     なのに、きみに全部押し付けた。
     知ってしまうと、もう無理な気がしたんだ。
     ごめん・・・、ぼくは卑怯者だ・・・。」
     
    山口は太郎を抱き締めた。
    「おまえが俺でも、同じ事をしてるよ。
     俺たちはそう教わっただろ、ゼロさんに。」
     
     
     ゼロさん
     
     
    ここ数年、誰も口にしなかった名前である。
    呼ぶと、いない事を自覚してしまうので
    誰もがその名を心の奥底に沈めていた。
     
     
    「見つかったの?」
    「・・・うん・・・
     皆を集めて、墓参りに行こう。」
     
     
    太郎の足から、力が抜けるのがわかった。
     
    ぜってー倒さねーから!!!
    山口は、長野の体を抱きかかえた。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 33

    「何だね、拓也、用があるなら家の方に来なさい。」
    山口パパが威厳と共に入ってきた。
     
    「緊急なんだ、頼む、おやじ、力を貸してくれ!」
    山口は、ガバッと机に両手をついた。
     
     
    一通りの話を聞いて、山口パパは疑問を口にした。
    「しかし、ゼロさんが生きているのは喜ばしい事じゃないかね?」
     
    山口は表情を暗くした。
    「俺にはそうは思えないんだ・・・。
     ゼロさんはフワフワ浮いてるから、ゼロさんであって
     普通の人間になったら、それはもう
     “長野の” ゼロさんじゃ、なくなる気がするんだ。」
     
     
    スピリチュアル・長崎がヌケヌケと言う。
    「それはヒドい話ではないかね?
     どんな状態であっても受け入れるのが仲間だろう?」
     
    山口はキッと睨んだ。
    「あんたら大人は、よくそう言うけどよお
     俺らの周りじゃ、色んなものが
     毎日毎日変わっていってるんだよ!
     この上、大事な仲間にまで変わってほしくねえんだよ。
     ついていけねーんだよ!」
     
    山口のこの “泣き言” に、大人ふたりは
    自分の若い頃の葛藤を思い出した。
     
     
    「長野、泣いたんだよ、ゼロさんがいない、って。
     あいつには、ちゃんと人生の目標があるんだよ。
     そういうヤツの大事な時に
     そんなデカい悩みを与えたくねえよ。」
     
    山口も感極まって泣き始める。
    「あんたらは気楽に考えてるけど
     長野からゼロさんを奪うなんて
     あいつの人生を潰す事になるかも知れねえんだぞ。
     一生残る傷ってあるんじゃねえんかよ?」
     
     
    山口パパは感動していた。
    自分の息子が、大学生にもなったくせに泣き喚いている。
    しかしその涙は、自分のためではなく友人のためのものなのだ。
     
    途中でこいつはダメかも、と思った時期もあったが
    奇跡的な方向転換をしてくれたようだ。
    こいつをそうさせたのは、長野くんとゼロさんなのだろうな。
     
     
    「それで、わしに何をしてほしいのかね?」
    山口パパの質問に、山口は目を拭いながら即答した。
     
    「ゼロさんの本体を探してくれ!
     そして長野に事実を伝えるかどうか
     “ちゃんとした大人” のあんたらが考えてくれ!
     俺じゃ、どうしたら良いのか、わかんね。
     ゼロさんの居場所はこいつが占うから。」
     
    山口に腕を引っ張られたスピリチュアル・長崎は戸惑った。
    「いや、大まかなとこまでしか視えないんだが・・・。」
    「だから、おやじの財力にも頼るんじゃないか!」
     
    ああ、そういう事か!
    大人ふたりは、やっと山口の意図を理解した。
     
     
    山口パパもスピリチュアル・長崎も、無言だったが
    山口の目を真っ直ぐに見つめた。
     
    山口には、それだけで充分だった。
    自分がすべきは、長野を支えて知らせを待つ事のみ。
    成功するとは限らないので、仲間にも何も伝えない。
     
    持っていても辛いであろう現実なんて
    あえて分け与える必要はないんだ。
     
     
    山口は、全部ひとりで抱え込む覚悟をした。
     
    こんぐらいしなきゃ、ゼロさんに
    長野の友達として認めてもらえないもんな。
     
     
     続く。
     
     
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          亡き人 1 10.11.17  

  • 亡き人 32

    「そんで、何でここらをまたウロついてんだよ。
     ゼロさん、この周辺にいるのか?」
     
    山口の厳しい突っ込みに、スピリチュアル・長崎は正直に答えた。
    「いや・・・、あの霊は確かに消えた・・・。
     私はあの少年に会いたかったのだ。」
     
    「長野にか?
     あいつに何の用だよ
     ゼロさんをやっつけました、って言うんかよ?
     今のあいつにそんな事言ったら、あいつ死んでしまうぞ
     許さねえぞ、おっさん!」
     
     
    山口に首元をひねり上げられながら
    スピリチュアル・長崎は、必死に言った。
    「ちちち違うのだ!
     あれは霊ではない、生きているのだ!」
     
    「へ?」
     
    絞めを止めて、スピリチュアル・長崎の目を見る山口。
    「あれは死霊ではなかったのだ。
     生霊だったのだよ。
     何故それを見抜けなかったのか・・・。
     そのせいで、私のほとんどの術が効かなかったのだ。
     多分今頃、自分の体に戻っている。
     どこかで生きているはずだ。
     あの少年が縁者じゃないか、と思ってな。」
     
     
    山口はしばらく、呆然としていた。
    それが良い知らせか悪い知らせか、わからなかったからだ。
     
    ただ、もう元に戻れない状況だというのは
    山口にも何となくわかって
    それは長野にとって、致命的な事じゃないか?
    と、迷ったのだ。
     
    「おまえ、ちょっと一緒に来い!
     おーい、タクシー!」
     
    山口は、スピリチュアル・長崎を強引に引っ張って
    タクシーに乗り込んだ。
     
     
    着いた先は、大きなビルだった。
    受け付けを素通りする山口。
     
    秘書に通されたのは、豪華な社長室だった。
    「俺のおやじんとこだ。」
     
    「きみ、ものすごい坊ちゃんなんだな。」
    「そう。 だから逆らわない方が良いぜ。」
     
    山口は表情ひとつ変えずに呟いた。
     
     
     続く。
     
     
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