“因果応報” というのは、
悪い事だけじゃなく
良い事もすべて自分に返ってくる、
という意味らしい。
それってあるよな、と
最近つくづく実感する。
歳を取ると、リアリストでも
運命やら不思議な事やらを
否定しなくなる事が、ままあるようだが
自分の人生を振り返ったら、
長けりゃ長い分、経験値もあるので
統計を取りやすいからだろうな。
若い人たちに知っておいてほしいのは
なるべく、心ない事は止めとけ
という事。
私の体験から言うと、若い頃は
“自分” というのが安定していなくて
そのために、いたらん事をしてしまう。
無意識に人を傷付けてしまったり
迷惑を掛けていたりするものだけど
それ、絶対に自分に返ってくるから!
清く正しいだけの人生じゃ
つまらんと思うかも知れないけど
後々しっぺ返しがくるのも、たまらんだろ?
道徳とか倫理とか、よくわからなくても
自分がされたくない事を明確にして
それだけはしないようにしていた方が
賢明だと思うんだ。
まあ、されて嫌な事っていうのも
実際にされてみないと
わからない場合が多いから
えらい無理な事を言ってるけど。
今の私は、幸と不幸が
4:6ぐらいだと思う。
体調不良だったり、緑内障だったり
騒音に悩まされていたり
ド貧乏だったりするんで
人には2:8ぐらいで
不幸WINに見えるかも知れない。
けど、因果応報を支持しているから
自業自得の面を考慮して
4:6なんだ。
実際に、このぐらいの比率が
一番良いと思う。
幸不幸は、感じる心が決めるもので
何が幸せで何が不幸かは
それこそ己次第。
ほんと、自分の人生って
自分が決めてると思うよ。
私は、人生の幸不幸の総量は
同じだと思っているので
100%幸せなど、ありえない。
今100%幸せだと、逆に恐い。
その代価を後々
支払っていかなくてはならないからだ。
人生のほぼ9割の悩みは
お金でどうにかなると思っている。
なのに裕福だった昔より
クソ貧乏な今の方が幸せに感じるのは
今の貧乏が、過去の裕福時代の
代償だと思うし
他の幸せが将来の負債にならないために
ちょっとずつ支払いをしていると思えば
多少の苦しさは諦めが付く、ってもんよ。
わかりにくいだろうけど
アホの例えで説明すると
幸せと苦労が100万時間ずつあるとする。
幸せな時間をいつ使うか?
先に幸せを使ってしまうと
残りの人生は不幸な時間しか残らない。
だから半々で使っていこう、って事。
私はガキの頃、ものすごく幸せだったので
今、割と苦労しているわけだ。
この考えが間違っていても
不幸な事が起きた時に
「支払っている」 と考えたら
ちっとは気も楽になるんだよ。
本来なら、すべてを良い方に受け止めて
いつも幸せでいられるのが
一番良いんだろう。
だけど、そこまで人間が出来ていないから
ちょっとした事も不幸に感じる。
だったら、不幸に理由付けをして納得しよう
という、愚民な私の苦肉の策なんだ
“支払い” という考え方は。
人間できていない人は
ぜひ試してみて。
[amazonjs asin=”B007HIJDOW” locale=”JP” title=”(熊本県南関名産) 南関あげ (大) 9枚化粧箱入り 熊本”]
この揚げ、乾燥したパリパリの揚げで
賞味期限が2か月ぐらいあって、すごく便利。
割って味噌汁に入れると
瞬時にフワッと膨らんで茹でいらず。
それでいて松山揚げより
あっさりして油っこくないんだよー。
激しくお勧め!