ハリウッド映画でよくある話だけど
夫もしくは父親が忙しいのを責める設定、
それがものすごく腹が立つ。
あれ、何なの?
“家族を大事にする” には
たとえ全米の危機を放っといても
授業参観とか行かなくちゃいけないの?
仕事がちょっとたてこんでいたら
すぐ離婚だの父親失格だの言われるの?
誰のおかげで住んで着て食えるのか、考えないの?
私の父親は年中無休の仕事をしていた。
参観日は一回しか来た事がないし
運動会とか行事関係など、一度も来た事がない。
それを私は寂しいとも思わなかった。
普段から忙しいのを目にしていたし
何より母親のしつけがあったからである。
母親は、事あるごとに言っていた。
「あなたがこれを食べられる (or着られる) のも
おとうちゃまが仕事をしてくれているからなのよ。」
言っておくが、私は “おとうちゃま” とは呼んでいないぞ。
かあちゃんの勝手な母親ドリームで
私は乳児の頃に、来る客来る客がこぞって
「パパはどれ?」「ママはどれ?」 と、やってくれたせいで
“パパ”“ママ” 呼びになったのだ。
母親が病弱で、しょっちゅう近所に預けられていたので
そこんちの人が、“おとうさん”“おかあさん”。
よって私の実親は、死んでも “パパ”“ママ” なのである。
ここで、“とうちゃん”“かあちゃん” と言っているのは
“パパ”“ママ” じゃ締まらないし
かといって “おやじ”“おふくろ” は、あんまりだろ
というわけなのだ。
母親は、クリスマスツリーを飾り付け
ケーキを食わせながらも
「このプレゼントは、おとうちゃまが
一生懸命に働いてくれるから買えたのよ。
知らないおじいさんが持ってきてくれるわけじゃないのよ。」
と、幼児の私に、サンタクロース全否定をかましてくれた。
おかげで、妙なドリームは見ずに済んだが
私のイベント嫌いを、このせいにして良いかな?
そういう母親のおかげで、父親が家庭をかえりみないのも
理不尽な事で怒られるのも、毎晩酔っ払って騒ぐのも
仕事が忙しいからだ、で納得できた。
今、たった今、気付いたけど
うちのとうちゃんはアル中の子供嫌いだったようだ。
一日も飲まない日はなかったし
私が大人になってからしか相手にしてくれなかったもん。
うわ、最悪の家庭環境・・・。
かあちゃんがしきりに、とうちゃんを擁護していたのも
自分にそう言い聞かせていた面もあるんだろうな。
だから私は、何とかして時間を作ろうとする
映画やドラマの主人公がうっとうしい。
そして、忙しい主人公を休ませようとする妻子が
ものすごく頭に来る。
何で家庭ドラマをストーリーに入れるんだろう?
すぐ恋愛が始まるのもそうだけど
そういう横道、いらねえんじゃねえの?
私の言う事を聞いていると
えらい殺伐とした話になるだろうけど
そういう話をアホウが観て、真に受けて
バカンスを要求したり、労働時間を短縮したりしかねん。
そういう事をしている場合か? アメリカ。
て言うか、日本って
どこどこの国はこんなに幸せ感があって
休みも多くて、と、すぐ比べるけど
国力は? GDPは? GNPは?
それらが日本以上の国と比較せえよ。
ああ、もう、ほんとイライラする!
日本があくせく働いてる間に
シェスタとかやってる国とか
ユーロのお荷物になってるじゃねえかよ。
よそはよそ、うちはうち!!!
民族には個性があるんだから
財布は一緒にしない方が良いと思う。
けど、日本はムダな手順が多い事もあるから
それは国内の問題として、どことも比べずに
改良していくべきなのはある。
ドラマや映画を観る度に思うんだけど
家族を守るために、家庭より優先すべき時ってあるよな。
私がこういう考えなのは、すべて親のせい。 ほほほ
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季節外れにも程があるアフィリ。
南半球は真夏のクリスマスだから
と、わけのわからない理由付け。
オーストラリアじゃ
サンタ、いや、どっかの知らないおじいさんが
あの格好でサーフィンしながら来るんだってよ。