• 記事を削除しました

    ここに何を書いてたか、っちゅうと
    秋葉原無差別殺人事件があった日の朝、私が管理人ぷらちッの夢を見て
    不安になってメールしたその瞬間、ぷらちッはその現場に居合わせ
    私のメールを読みつつ、事件の存在に気付かず帰宅した、という話。

    ちょっと不思議な出来事だったので、何気なく書いたんだけど
    さっきの23時からのニュースを見て
    これはものすごい惨劇だったんだな、と知り
    こんな事件をネタにしちゃいけない、と思ったから消す事にしました。

    ぷらちッが無事だったのは、本当に良かったんだけど
    それを今、私が言っちゃいけないと思う。

    ぷらちッ、浅薄な感覚で名前を出してごめんね。
    反省しています。

    この事件でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに
    怪我をした方、ショックを受けた方の
    一日も早い回復を願ってやみません。

  • 画像貼りの苦労

    昨日 (08.6.5)、珍しく画像メインでブログを書いたのだが
    これがまあ、えれえ大変だった。

    キャンドルの作り方を解説したかったんで
    最初は文章だけで書いていたのだが
    溶かす → 混ぜる → 固める という
    すぐ話が終る、そっけない内容になってしまう。

    もちろん真のキャンドル作りは、あんなもんじゃなく
    繊細で緻密で奥が深い作業なのだが
    しょうゆも大ビンからドボドボ入れるような私だから
    はしょって略して手を抜いて、アレになっているのだ。
    ほんと、性格的に手作り系には向いてない気がする。

    そこらへんのザツさをカバーするために
    画像を使いこなして、華々しいページにしようと思い立って
    携帯片手に、キャンドルを作ってみた。

    まるで新妻の慣れない料理風景のようなドタバタ劇のようでいて
    実際は髪を振り乱して踊り狂う鬼女状態。
    いつも以上にテーブルやキッチンは汚れるは
    じゅうたんや床にロウをこぼすは、鍋をひっくり返すは
    ピントが合わずにオイルを入れすぎるは、散々だった。

    ロウやクレヨンやオイルやらでベトベトになった手で
    携帯で撮影するのは、想像以上におおごとだったぜ。
    普段、料理なんかをアップしている人々はどうやってるんだろう?
    こんなやっかいな事を、好き好んでする心理がわからん。

    でも、何よりも苦労したのが、画像処理?である。
    携帯で撮った画像を、PCの自分のアドにメールで送信し
    (いや、PCに直接取り込む方法は知って “いた”。
     そう。 お察しの通り、すっかり忘れてしまっとるわい。)
    メールに添付された画像を、“名前を付けて保存” する。

    この時に、画像の名前の最後に、.jpg というのを付けなければ
    ブログにアップ出来ないのである。

    以前、「ジェイペグね」 とか、中途半端に覚えてて
    .JPEG とか、.jpeg とか打って、アップ出来ず
    たった1枚の画像に2時間以上掛かった事があるので
    さすがの私も、.jpg を覚えたよ。 .jpg! .jpg!
    07.10.11 参照

    名前を付けて保存したら、次はペイント処理。
    何でか知らんが、今持ってる携帯で撮った画像は
    PCに入ると、右5分の2ぐらいに余白が現れる。
    その部分をペイントで削るのだ。

    この作業も、どうやれば余白が消えるのか
    すんげえ試行錯誤して発見したんだぜ。
    “変形” → “キャンパスの色とサイズ” で
    “幅” の項目をいじくるんだ。

    何か、画像処理は他の何とかっちゅうプログラムの方が便利らしいが
    うん・・・、せっかくの助言を自然体で忘れてしもうて・・・。

    これらが終って、画像をアップするのだが
    また何枚か 「英数字以外の名の画像はアップできんぞ」 と言われる。

    もう、「はああああああああ?」「ええええええええええ?」 だが
    問題の画像の名前を5cm距離で凝視すると
    .jpg が ,jpg や .jog になっていた・・・。
    ほら、私のキーボード、これ だから、つい間違えるんだよー。

    そんなこんなで、アップした画像を記事に貼り付けるのさ。
    もう、文字のみの方が、よっぽど簡単だと思い知ったぜ。
    画像を多用しているヤツ、凄えなあ。 マジで尊敬するよ。

  • アロマキャンドルの作り方

     <用意するもの>
    ロウソク、クレヨン、アロマオイル、割り箸、カッター
    お湯沸かし用鍋、湯煎用鍋、ロウを入れる容器 (タバコの箱)

    1.タバコの空き箱を適当に分解する。

    2.1をテープでとめ、これが溶かしたロウを入れる容器になる。

    3.ロウソクとクレヨンをカッターで滅多くそに砕き
      湯煎用鍋にほうりこむ。

    4.ウェットティッシュ。 可愛い。

    5.お湯を沸かした鍋に湯煎用鍋をつけ、溶かす。

    6.ロウとクレヨンが溶けたら、アロマオイルを適当にブチ込む。

    7.2の容器に溶けたロウを入れたら、ダダ漏れ。

    8.割ってない割り箸の間に、ロウソクの芯をはさむ。
      本当は、芯の先に重しになる物を付けねばならんが、面倒くせえ。

    9.容器に8を橋渡し、芯をロウの中に入れ、固定したつもりになる。

    10.ロウが固まるまで、割れてきたニンテンドーDSを見て悩む。

    11.ロウが固まったら、容器を何のちゅうちょもなく破りさる。

    12.見事に下品な色のキャンドルの出来上がり。

    賢明な方はお気付きかと思うが
    ロウが容器から漏れたので、寸詰まりな形になってしもうとる。
    容器はキッチリと作るべきだ。

    ちゃんとしきたりに従って作る事をお勧めするが
    こういう風にテキトーにやっても、それらしき物体が出来るので
    不器用でもザツな性格でも、失望せずとも生きていけるという光明である。

  • コップに水

    08.6.2の記事に 「コップ1杯の水に拝む」 と書いたら
    「宗教?」 と聞かれたので、追記。

    この行為はある意味宗教的だが、宗教ではない。

    毎朝、コップに水を汲み、高い場所に置いて手を合わせる。
    仏壇や神棚があったら、それに沿った作法が一番だけど
    学生さんだから、“気持ち” だけで充分、と
    タクシーの運転手さんは言った。

    もしこの時に宗教勧誘をされていたら、入信したであろうほど
    心が弱っていた私にとって、このタクシーの運転手さんの
    常識の範囲内での助言に、今でも感謝している。
    違う人に出会ってたら、今頃ツボを売ってるかも知れんのだ。

    とにかく、えれえ意外な方法ではあったが
    他に何の術もなかったので、言われたとおりに
    毎朝コップに水道水 (!) を汲み、冷蔵庫の上 (!) に置き
    手を合わせて祈った。

    ご先祖様に感謝を、っちゅう話だったが
    「神様、今日も一日よろしくお願いいたします」
    とか、願っちゃっていた私は、図々しいにも程がある。
    しかも神も仏もチャンポンの物知らず。

    人間、すがるものがあれば救われるもので
    このムチャクチャな祈祷も、毎日続ければ効果が出てきた。

    多分プラシーボ効果と似たような作用だと思うが
    何もない荒野に立つより、崖を登っている方が
    方向性が見える、っちゅうか、そういう感じ。
    祈りってのは、1本のロープと同じ役割りを果たすようだ。

    何か心の拠りどころがあると、気持ちがラクになる。
    この “お祈り” で、パニック障害みたいなんを克服した時に
    宗教って必要な人もいるんだな、と実感した。

    と同時に、自分は絶対に宗教には入らないであろう事も確信できた。
    人が用意してくれた祈りの場など、私には必要ないからである。
    祈る相手も場所も方法も、自分で作れば済む。
    大事なのは感謝する気持ち、それだけなのだ、と悟ったのである。

    コップに水は、2年ぐらいしかやってない。
    バチ当たりな事を言うが、面倒だったのだ。 ほんと、すみません。
    でもその代わりに、夜寝る時に布団に入って
    「今日も一日ありがとうございました」 と、“思って” から寝る。

    続きゃ何でも良いんだよ。
    私は宗教家ではないけど、信仰心は持っている。

    このコップに水、の話をすると、大抵のヤツは気色悪がる。
    本当は何かの宗教をやっているんじゃないか?
    と疑われるのなら納得だが、何故かそれは思われない。
    問題は、すげえ個人的に、何かの “儀式” を
    やってると嫌疑をかけられる事。

    ほんと常識でものを考えてくれよ。
    普通のヤツが、家で何の儀式をやるっちゅうんだよ?
    私は思想家でもないし、確固たる主義主張も持っていないし
    ナチュラリストでもベジタリアンでもエコでもない。
    妙な民族衣装も着てねえし、そんな疑惑を持たれる要素は何ひとつないね。

    こんなごく普通の私でも、祈り系の話をすると誤解されるので
    やってみようと思うヤツは、口外なしの一子相伝の秘儀にしとけ。

    コップに水も、形から入りたいならいいが、家族がいる場合はやめとけ。
    布団の中で脳内で祈るだけで充分だぞ。
    神様や仏様は人間と違って欲もないから、凡人に高望みはするまい。

  • PCジゴロ

    うちのパソコンの調子が悪い。
    作業をしていて、急にネットに接続できなくなった。

    再起動したり、モデムの電源を切ったり
    よくわからん対応を1時間ほどしてみたが駄目で
    管理人ぷらちッに、「ネットに接続できんから伝言よろ」
    と、諦めメールを入れた。

    その直後、ホットメールにメールがきている事に気付く。
    あれこれ立ち上げてみたりしてたので
    ホットメールも開いていたのである。

    何年もPCをいじくっているのに、見事に何ひとつ学んでない私だが
    PCの “傾向” みたいなんは、何となくわかるようになった。
    ほら、愛を知らんくせに機嫌取りだけは上手いヒモ、みたいな感じ。

    その培われた “勘” が、この後働くんだが
    私がこのブラックボックスにどう挑むのか
    ド素人に教えるヒントに・・・・・ならんだろうな。

    自分と似たようなド素人が、詳しいヤツに質問しているのを聞いて
    「え? 何が言いたいの?」 と、困るプロの後ろで
    ああーーー、それすんげえ気持ちわかる!!! 
    訴えたい事も何となくわかる!!! と心の中で叫ぶんだが
    わかるのは “気持ち” と、その“漠然とした不満“ だけで
    知識がないので、肝心の答は出せない。

    私がプロの知識を持ってたら、すげえ教え上手になってたはずだけど
    わからないからこそわかる、という不条理が存在するような気がする。
    知識を持つという事はきっと、プロの理論に迎合する事なんだろう。
    持った途端、素人だった時の気持ちは消滅するに違いない。

    ま、素人は理屈に合わん要望をしてる、っちゅう話だな。

    で、うちのPC混乱の話に戻すが
    私思う。 そういや、サイトは全滅で接続不能なのに
    何でホットメールは立ち上がってるんだ?

    ためしにアウトルックを送受信してみたら、エラーが出ない。
    と言う事は、スレイプニール、おめえだなーーーーーっっっ!!!
    いや、IEでも接続できていないから、こいつだけのせいじゃないはず。

    とにかく、こういう状態なら、回線の問題ではなく
    うちのPC内で何かが勃発してるような気がする。
    その “何か” が、ブラウザ?に影響を与えてるんじゃないか?

    有識者に教えてもらったところによると、動いているプログラム?は
    画面右下のタスクバー?のところに表示されているそうな。

    途中でおかしくなったのなら、この動いてるやつらが怪しい!
    そこをクリックして、何が動いているのかを確認してみようとすると
    すぐ閉じてしまい、イライラさせられる。

    だが、閉じた後にまた開いてみたら、1個アイコンが消えている。
    幸いにもそれが特徴あるデザインだったので、正体即バレ。
    2ちゃん専用ブラウザ?の壷じゃん!

    さて、こっからが長かった。
    壷のプログラム?だかファイル?だかが
    PC内の一体どこにあるのかを探すだけに、小一時間。

    で、やっとこさ発見して、そのファイルを開いたら
    何故かサイト接続も出来るようになったので
    とりあえず慌ててブログをアップしたりする。

    もうこれで解決だよな、と安易に考えてたわけだが
    PCを切ろうとしてると、デスクトップに壷ファイルが出現して
    消しても消しても出るようになったり
    解決策を模索中に、善意でいらん “整理” をしたら
    よくわからんとんでもない事になったので、GO BACKをしたり
    やっぱりすんなりとは終らず、カオスなワールドに突入。
    6時間ぐらい、グチャグチャやってしまったぜ。

    自分でも一体何をどうしたのか、さっぱりわからず
    いつもいつも、こういう経緯と結果だから
    何も覚えられないんだろうとはわかってはいるが
    PCも途中で許してくれてるようだし、最後につじつまが合えば良くねえ?

    情けねえ事なかれ主義になっちゃってるが、私にはPC、無理だろ。
    とにかく、今は動くけど、一寸先はわからん。
    この先ブログが更新されてないなら、PC暴動、っちゅう事で何とぞ。

  • 人生相談 7 パニック障害克服法

     <質問>

    仕事を辞めてから、吐き気やらパニックになるようになりました(T_T)
    よければどうやって克服したか教えてください!

     <回答>

    私は高校の頃、パニック障害みたいになり
    担任が見て、気付いて心配するほどだったらしいけど
    古い感覚の親がどうしても精神科に行かせるのを嫌がり
    意味なく長期間苦しんだあげく、何と自力で治した。

    それは偶然乗ったタクシーの運転手さんに聞いた方法。
    コップに水を入れ、毎朝それに向かってご先祖様に拝め、と。

    どうした神頼みかと思ったけど、ほんとワラにもすがる想いで祈ったよ。
    「今日も一日よろしくお願いします」 とね。
    希望ばっかり言わず、感謝の気持ちを第一に手を合わせるんだ。

    これを1年ほどやって、きつい症状はほぼ取れたけど
    性格が変わらなかったんで、何のかんので5年以上引きずったかな。
    その数年後にはウツっぽくもなったし。

    だからこんな遠回りはお勧めしない。
    先入観を持たずに、精神科に行くのが一番だ。

    精神科に通っている上で、自分に出来るのは
    気持ちの持ち様をコントロールしようと努力する事。

    まず、自分を可哀想だと思わない。 これが一番大事!
    これを思い始めたら、精神状態がヤバくなってる目安。
    辛い状態を否定しているから、そういう目に遭ってる自分が可哀想になる。

    辛いとか苦しいとか、人生にとっては、そう悪い事でもねえんだよ。
    視線の先が短いから、耐えがたい事になってしまうんだ。
    長い目で見れば、すげえ貴重な経験になるから。

    と言っても、辛い真っ最中にそんな悠長な気持ちにはなれんよな。
    だったら、辛い、きつい、苦しい、これ全部無視せえ。
    ムチャを言ってるようだが、そういう方向にしよう、という気持ちを
    常に頭の中で繰り返せば、それが徐々にクセになってくるから。

    辛くなったら、「はいはい、辛い辛い、しょうがねえよな」 と
    ウソでも上っ面だけでもいいから、自分を鼻で笑う。
    これを必死になってやってると、ある日突然バカらしくなってくる。
    自分に振り回されてる事に気付くんだ。
    良いじゃん、ゲロ吐いても倒れても、と思えたら成功。
    そんな開き直りが出来たら、心が慣れて強くなった証拠だ。

    “治そう” とかいうのは、専門医に任せとけ。
    自分自身に対して親身になってると、何故か余計に状態が悪くなるぞ。

    私の言ってる事は、かなり荒療治。
    性格を変えろ、って言ってるんだからな。
    上の方法は、ある種の自己暗示なんだ。
    時間は掛かるけど、自分の考え方の悪いクセを見抜いて変えないと
    また同じような事で、同じように悩むのを繰り返すのもイヤだろ?

    病院に通って適度な生活をしてれば、心も体も案外丈夫なもんだ。
    その中で自分に出来るのは、自分の思考の調整だけだと思うぞ。

    きっとおめえは、仕事を辞めた自分を情けなく思ってるんだろう。
    たとえ相手に対して怒ってても、どっかで自分を責めるクセがねえ?
    もしそうだったら、そういうのはもう、途中でチャラにするようにせえ。

    そもそも真面目な性格だから、悩むんだ。
    ロクデナシほど元気ハツラツで悩みがねえものさ。
    ちょっとぐらい、自分に対してだらしなくしても
    おめえは人並み以上にキチンとしてるはず。
    この際、思いっきり、いい加減になってみい。
    テキトーにやってても、どうにか回っていくもんさ。

    あと、そういう時期には絶対に何も決定するな。
    その決定は、大抵ロクでもない結果を招くぞ。
    あがかず焦らず、ノラリクラリ先送りしとくべし。

    真面目なヤツがラクになる呪文は、「まあ、いいかあー」 だ。

    関連記事 : 08.6.4 コップに水

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  • モンスターと呼ばれる人々

    ちょい前にTVを点けていたら、こんな話が聞こえてきた。
    「最近、モンスターペアレントという言葉が使われている。
     これはいけない。
     相手も人間であるのに、“モンスター” と決め付け
     そこでシャットアウトしてしまう。
     それは相手の人格を否定しているのと同じ。」

    ふざけるなーーーーーっっっ! と、TVをブチ切ったので
    これを言ってたのが誰なのか、(また) 覚えていないが
    多分どっかの大学教授で、カスタマーサービスの第一人者だったと思う。

    まったく、第一人者が何ちゅう事を言い出してくれるんだよ。
    モンスターなどと言って “差別” せずに
    相手の言いたくなる気持ちも理解してあげるように努力をしないと
    何も進歩はしない、という事らしいんだが
    今までの世間の流れを見て、ものを言ってもらいたい。

    学習の格差をなくすためのゆとり教育で、レベル低下
    給食費滞納の生徒にも食わせるための、給食の質の低下
    加害者の人権保護のための、被害者無視
    その他、教育現場から小売業まで、ムチャクチャ言うヤツのために
    どんだけ普通の人々が我慢しなきゃならなくなったんだよ。

    正直、他人に迷惑をかけて平気なヤツは、社会にはいらない。
    このごく普通の願いが、人権の名の下に非人道的と言われるなんて
    そっちの方が間違っていると思わんか?

    (“普通” って何? と噛み付くアホウがよくいるが
     普通とは、その社会の常識を備えた “大多数”“一般的” の事だ。
     社会が悪なら、悪が “普通” になる。

     こんな当たり前の事に、心の警報がなるようじゃおかしいぞ。
     “普通” の人々は、社会を善で回るように保とうとしているのであって
     それは悪を抑えたいだけで、個性を排除する事ではない。

     この場合の善とは、普遍的なものでは個人個人の安全をさす。
     更に、その時代その時代に沿った協調性が加えられる。
     悪はそれを脅かす存在。)

    この教授は、“モンスター” と呼べばそれで終わり、みたいな
    風潮になる事を心配しているんだと思う。
    放置してたら、何も変わらないのもわかる。

    でも、今までそれで善良な人々が歩み寄ってきたからこそ
    今の不便で不公平な社会になったわけで
    何を言っても通じない人間もいる、というのを学んだだけだ。

    底辺に合わせても全体が落ちるだけで、決して底上げはされない。
    今後は放置せず容認せず、糾弾する方向で行くべきである。

    こういう全体思想に、過剰に危機感を抱く人もいるけど
    少数派であるはずのドグラが、常識的な人々の遠慮や親切心に付け込んで
    自分たちがあたかも平均値であるかのように変換しようとしている事の方が
    よっぽど危険な運動のように思えんか?

    一般市民のひとりでいたいのなら
    自分の事ばかりじゃなく、相手の事、社会の事を考えてくれ。

    数あるルールの中で、このたったひとつの事すら守れないヤツって
    お互いに日本語を喋ってるのに、会話が成り立たないんだよ。
    話せば話すほど、わけがわからなくなってくる。
    そりゃモンスターにも思えてくるぜ。

  • 船場吉兆閉店

    正直、ここが潰れなければ日本の消費社会は終ったも同然、と思っていた。
    こんな不衛生な商売をしてた事が世間に広く知られても
    なお店を続けていけるのなら
    日本人の客はどんだけバカか、という話だよな。

    不正発覚偽装発覚続きで、それでもしぶとそうだったのが
    終ってみれば、去年の10月からで約7ヶ月で幕引き。
    案外早い終焉だった。

    現社長のささやき女将が会見を開いていたが
    あんな老婦人の号泣を見ても、不思議なほど同情の気持ちが湧かない。
    むしろ、当たり前だろ、とすら思ってしまう。

    それも、吉兆の客を選別する高飛車商売の噂が有名だったのと
    数年前にデパ地下で買った弁当が不味かったせいかも知れない。

    この女将は、某狂言師の母親と同じ臭いがする。
    若い者には任せてられない、という
    本人にしてみれば “善意”、周囲からは老害、という部分で。

    老いた母親が頑張る姿は美しいはずなのに、そう見えないのは
    その子供たちが、とてもアホウ面をしているから。
    おめえ自身が表にでしゃばる前に、我が子の教育をちゃんとしとけよ
    と、家庭内しつけに余計なお世話を言いたくなる。

    要するに、これらの母親は、自分が育てた子供を
    家業を任せるほどには信用できないんだろ?
    世間はそんな母親の方が、逆に信用できないんだよな。
    だからそういう家族で経営する会社も信用できない、となる。

    家族経営というのは、代替わりがキチンとなされている事が鉄則なので
    いざという時に古株が出張ってくると
    積み木が崩れるように壊れてしまう、という証明になった。

    もしかして、この女将が自分で全部罪をかぶるつもりで
    社長に就任したのかも知れないが、まず己を知るべきだったな。
    やってたセコい偽装の印象を、更に強めるキャラなのに。

    以前の私なら、「まあ、安全な食べ物なんてないしー」 と
    大らかに構えて、聞き流していた種類のニュースだったけど
    毒ギョウザ事件その他が、あまりにも続きすぎ
    しかも自分も今までない激しい食中毒で死にかぶった、という
    恐怖の体験から、今後はこの手の話題はものすげえ私怨で憎むぞ。

    この食の安全が不確かな時代に、「ちゃんとした店も危ないかも」
    なんて、途方もない不安に陥らせてくれて
    ほんとに何て事をしてくれたんだ、と怒りしかないぜ。

    他にもこんな感覚でやってる飲食店は、全部潰れてくれ。

  • 恐怖の隣人

    女性がマンションの隣人に殺されるという事件が起き
    世のひとり暮らしの女性たちは、恐怖の悲鳴をあげている事だろう。

    うちのマンションで、一番やっかいなのは私。
    ・ 夜中のヘンな悲鳴 (映画観賞)
    ・ 「手榴弾! 手榴弾!」 と絶叫 (TVゲーム)
    ・ 「ファ○ク」「セッ○ス」「○ッチ」 (BGM)
    ・ 宗教臭 (お香)
    ・ 儀式臭 (手作りキャンドル)

    ざっと思い出すだけで、これだけの迷惑を掛けているわけだが
    怒りを買って、殺される事もあるかも知れん。

    まあ、えらく低音の利いたマフラーを付けてる車の持ち主もいるし
    しかもその人、音を聞いてると多分こだわりのマニュアル車で
    なのに駐車がヘタ (この前車体をこする音が) で、空ぶかしが凄いし
    夜の12時から、毎日必ず中華料理を作っている住人もいるし
    その臭いがまた、油っこくって胸焼けがするほどだし
    上の部屋の人は、夜の1時になると30分以上
    押入れの中を何かガタガタやってるし
    上の階のOLさんは、毎晩1時過ぎにヒールでガンガン階段を歩くし
    下の階の住人は、1年中頑丈な風鈴を下げててうるさいし
    駐車場の私の部屋の真下に停めてる人は、暖機運転が長くて
    部屋に排気ガスの臭いが立ち込めて困るし
    お互い様だよな。 (えらく煩雑な環境っぽいが)

    うちの部屋の周囲の住人は、引越しの挨拶とかで見たはずだが
    誰ひとり顔を覚えていない。
    しょっちゅうお世話になってる大家さんの顔も覚えられない。

    だけど敷地内で会った人には挨拶をする。
    (中には、挨拶すらマトモにできないヤツもいて
     おめえ見た目は普通のサラリーマンに見えるが
     社会人のくせに挨拶ひとつ出来んでやってけるのかよ? と不思議だ。)

    これが都会のごく普通の賃貸状況なのだが
    今回の隣人殺人事件は、その安心感をくつがえしてしまった。

    常識的に考えて、人を襲おうと思ったら
    (いやもう、この時点で “常識” の範ちゅうではないんだが)
    自分の住居から多少は離れた場所を選ぶだろう。

    それが真隣なのに直球で行動するなど
    捕まる事をまったく予想しない犯罪者というのは、手に負えない。
    どうした奇襲をされるかわからないからだ。

    犯罪傾向というのは、ほぼ予想されているが
    通り魔が住居敷地内で行なわれるかも知れない不安感を
    新たに加えなければならないのは、激しいストレスである。
    見事に、世の中何でもあり、になっちゃったな。

    こういう事件が起こると、容疑者の弁護方針が気になるけど
    今回は心神耗弱とかは、どの部分で言い張るのかな。

    手袋もせず、凶器は女性の部屋にあったもの
    「騒がれたから殺した」 という理由。
    でも死体をバラバラにした事や、「警察がきたから殺した」 などの
    供述の変化などで、早くも無罪主張が見えるんだが。

    人に危害を加えても許される病気ってアリかよ?
    病気で死ぬ人も多い事を考えると、えれえラッキーな病気だよな。

    病気になってもならなくても、そいつはそいつだろう。
    やった事には責任を取るべきだと、何度言ったらわかるんだか。

  • 手作りキャンドル

    先日の失態で落ち込んでいて、当分やめとこう、と思ったが
    頭からキャンドルの事が離れない。

    反省していると言ったはしから、同じ事を繰り返すようだが
    火災未遂を起こしたのは、容器が紙だからであって
    アルミカップだったら燃えてないんじゃないんか?
    と、どうしてもそれを試してみたくなった。

    結果、紙だから燃えた! のが判明。
    すげえ当たり前の事だよな・・・。

    しかし、アルミカップが大きすぎて
    ロウソクをポタポタポタポタ垂らしていたら
    一体何日掛かるんやら、という思わぬ障害が!

    いや、これもちょっと考えれば予想が付く話なんだが
    何を動揺しとんのか、今の私の選択はオール挫折方向になっているようだ。

    中途半端に溜まったロウを前に、1時間ほど悩んだあげく
    素直に湯煎をする事に決めた。

    そもそも何でロウソクを1滴1滴溶かそうと思い立ったのかっちゅうと
    私が子供の頃、兄が直径10cmほどのロウソクを持って帰り
    それをベースに、洋風の城作りをやってた事があったからだ。

    しかも、火の点いたロウソクを慎重に垂らして
    屋根やら塔やらをチマチマ形作っていた。

    そのロウの城が完成したのかと言うと
    漠然と建物の形になってきたのを、兄が釣りに行ってる間に
    幼児のわたくしが、どうしても “お手伝い” したくなり
    そしてその好意はもちろん、仇となる結果を生んだのだが
    帰宅して、ノイシュヴァンシュタイン城 (予定) が
    ガラモンのシルエットになっているのを目撃した兄は
    10歳年上という立場により、無言でそれを見て見ぬふりし
    放置されたその物体は、その後母が処分していた。

    そんな、昔から不器用でアホだったという逸話はどうでもいい。
    黄色と紫の縞々にしようという、ほんとどんだけ色彩感覚がないんか
    な配色のロウは、紫のクレヨンをまぶした時点でストップしていた。

    補色のこの2色を混ぜるとどうなるのか恐かったが
    あんだけ時間が掛かってたのが、湯煎をしてみたら一瞬で溶け
    かなりの時間をムダにした事を思い知らされ、ムカついていたら
    クレヨンが溶けて混ざり合ったら、まるで中国の川のような色に!

    こりゃあかん、と慌てたせいか、何故か蛍光ピンクをブチ込んだら
    何の奇跡か、透明感あふれる紫ピンクに!
    ムチャクチャやっても、つじつまが合うのがラッキーレディ。

    それをまたまた慌てて、ついうっかり握り潰したアルミカップに注ぎ
    (もう、ここらへん、自転車操業な段取りの悪さ)
    何とかキャンドルが完成したが、その形状は何の因果か
    あの時の “お手伝い” 後の城そっくりに。

    達成感に舞い上がって、早速火を点けてみたのはいいが
    写真を撮るのを忘れたのに気付き、燃えてるとこを写す。

    このキャンドル、アロマオイルをドボドボ入れたんだが
    まっっっっっっったく何の匂いもせず、どういうこったい???
    ただ火が燃えてるだけじゃん。

    洋画とかで、部屋中にロウソクを並べて火を点けているシーンを見るが
    あれはホラー映画だからじゃなく、アロマキャンドルっちゅうのは
    そういう大量消費をせんと香らんものなんか?
    だとしたら、冬以外は暑くてかなわんし、マジで火災が恐いんだが。

    今回は作り方が悪かったんだろう、と
    その後2個キャンドルを作ってみたが、まだ使用していない。
    というのも、最初に作ったやつが、えれえ燃え残って
    ロウソクというもの自体の存在価値に疑問が湧いたからである。

    ↓ これ、捨てるべきものか? 再利用アリか?