いつもの日々は、戻りそうで戻らない。
伊吹はどんどん無口になっていく。
青葉は槍の稽古も出来なくなり
家に篭もるしかなくなった。
そんな青葉に、また
八島の殿から呼び出しが来る。
恐る恐る登城した青葉の目の前に
赤い柄の美しい槍が置かれた。
「それはな、そちのために
腕のある槍職人に
乾行が特別に注文したものだそうだ。
今日、届いた。」
青葉は思わぬ贈り物に
我を忘れて八島の殿に詰め寄った。
「これを作った職人はどこにおりますの?」
「まだ、外にいると思うぞ。
武具庫の槍の点検を依頼したでな。」
八島の殿が言い終わらない内に
青葉は部屋を走り出る。
「やれやれ、あやつは少し
無礼が過ぎるぞ。」
言いながらも、八島の殿も腰を上げる。
突然現れた壮絶な美女に
槍職人は面食らった。
思わず、地面にひれ伏す。
だが瞬時に “あのお方”
だとわかった。
絶世の美女ながら、騎馬武将に任命され
泣きながらいくさ場に立つ
乾行さまの想い人。
「これを頼む時に、乾行さまは
何とおっしゃってましたか?」
手に持つのは、自分が作ったあの真紅の槍。
「は・・・はい、非力で弱い
女性用の軽い槍をと。
技術はないけれど
誰よりもその場を支配する力があるので
それにふさわしく、凝った花細工で
赤く美しい仕上げをしてくれ、と。」
「乾行さま・・・」
青葉は槍を抱き絞めて、また泣き始めた。
この数日で何度泣いたのか
もう覚えてもいない。
槍職人がひざまずいたまま
オロオロする横から
水と手拭いがヌッと差し出される。
見ると、勝力であった。
「か、勝力さま・・・。」
槍職人は助け舟だと感じ、ホッとした。
「いやあ、美人の泣き顔は
何度拝見してもよろしいですな。」
その言葉に青葉はムッとして
ツンと横を向く。
「おお、ちょうど良い。」
遠くで見ていた八島の殿が出て来た。
「勝力は乾行の跡を引き継ぎ
槍大将になってもらうのだ。」
その言葉に、青葉は意外そうな表情をした。
「おや? 単なる小者とお思いでしたか?」
ニヤニヤする勝力。
「勝力はこう見えても
伊吹と張る腕前なのだぞ。
そちも師がいなくなって不便じゃろう。
勝力に槍を習うが良い。」
勝力の事は嫌いではない。
でも乾行さまの居た場所が
次々に塗り替えられていく・・・。
沈む青葉の肩を、八島の殿はポンポン叩く。
「そういうもんじゃよ。」
また・・・。
青葉は八島の殿に
心を見透かされている気分になった。
本人は気付いていないが
そういう時の青葉はふくれっ面になる。
あれじゃあ、誰にでも丸分かりじゃな、ふふ
八島の殿は、上機嫌で
部屋へと戻って行った。
続く