おおおおおおおおおっ
一団の騎馬隊から、高ぶる声が上がる。
槍を持った敵の雑兵たちが、自分の命を取ろうと群がってくる。
青葉を守る者たちがそれを叩き斬る。
馬上にいても、生温かい血しぶきがかかる。
頬を拭うとヌルッとする。
自分は多分、血まみれなのだろう。
青葉は吐きそうになった。
だが、将がそんな事では隊は崩れる。
何故、何故このような事になったの?
ほとんどの女は、嫁にいったら家を守る。
なのに、わたくしは戦場にいて重い刀を握っている。
何故?
それは乱世だからじゃ。
この乱世で、わしが戦いを欲するからじゃ。
八島の殿は、眩しげに目を細めて言った。
「見よ、青葉姫が泣きながら剣を振り回しておる。
まるで舞うておるように美しいと思わぬか?」
その言葉には、青葉たちの不幸を喜ぶ者も
さすがにゾッとさせられた。
ああ・・・、柄にまで血がしたたる・・・
青葉がふと手元に気を取られた瞬間、
真後ろでキインと刃がぶつかる音がした。
続いて、ガスッと鈍い音がして
重いものが肩を掠めて地面に落ちた。
「馬鹿か! おまえは!!!」
声の主は、高雄であった。
「前へ出るのなら、後ろを堅めろ!」
涙と血と泥でグチャグチャの青葉には、
もう返事をする気力もない。
「口を開けるな、血が入ると吐くぞ。
おまえはもう、刀を握って座っているだけで良い。
堂々と前だけを見ていろ!」
うなずく事も出来ず、青葉は顔を前に向けた。
高雄は自分の馬を青葉の馬に並ばせ、後ろから来る敵をなぎ払う。
その光景に、総大将の陣中の八島の殿は大喜びした。
「おお! これは素晴らしい!!!
青葉姫の赤い鎧に、高雄の純白の鎧が映えて
まるで一対の鳥のようではないか!
紅白というのが、これまた縁起が良い。」
側近たちは、これは厄介な事になりそうだ、と思った。
確かに、絵になるふたりであった。
その夜、青葉は吐き気が止まらなかった。
「宴への出席の断りを入れて参りましょうか?」
侍女の気遣いに、青葉は立ち上がった。
「いえ、参ります。」
じゃないと、いないところで何を決められるか
わかったものではない。
「おお、今日は頑張ったな、姫よ。」
八島の殿が上機嫌で声を掛ける。
「いえ、そのような・・・」
青葉の言葉を遮って続ける。
「高雄がおらなんだら、そちはここにはいなかったな。」
高雄はギクリとした。
関わるべきではなかったが、あの時はやむを得なかった。
やはり見られていたか・・・。
「今後は、そちの護衛に高雄を付けようぞ。」
これは夫である伊吹への、最大の侮辱である。
夫婦を、双翼の陣で引き離して配置したくせに・・・。
宴会の席は、静まり返った。
青葉はにっこりと微笑んで答えた。
「お気遣い、ありがとうございます。」
八島の殿の薄ら笑いは変わらない。
「ですが、わたくし、大殿さまからせっかく頂いた
“騎馬大将” の称を返上したくありませぬ。
しかもその上に護衛がわたくしより強いなど、心外でございます。
わたくし、ひとりで戦えるべく強くなります。」
言うだけ言うと、プイッと背を向け
そのまま自分の陣へと帰って行ってしまった。
相も変わらず宴席は静まり返っていたが
その雰囲気は柔らかくなっていた。
「プッ・・・」
誰ともなく吹き出し、全員が大笑いする。
八島の殿も馬鹿笑いをしながら、伊吹に言った。
「そちの嫁は意外に気が強うてかなわんのお
はっはっはっはっ」
伊吹は、作り笑いをするしかなかった。
青葉は陣中に戻り、また吐きはじめた。
続く