アッシュはベッドの上で、ボーッとしていた。
夕べ、あまり眠れなかったのである。
いくら愚鈍なアッシュでも、ただでさえ不眠気味のとこに
人が首を斬られて倒れーの、ケイレンしーの
血ぃ噴き出しーの、その血が掛かりーの
自分が他人を滅多打ちしーのしたら
その音と感触が残り、グッスリ安眠など出来はしない。
殺される前に気が狂うかも・・・と、ひどくネガティブ思考になっていた。
こういう時は、とりあえず風呂である。
その後、コーヒーでも飲みに行こう。
能天気な顔で。
そう言えば・・・
バスタオルを干しながら思った。
ここは安全だと言うけれど、このゲームの期限はあるんだろうか?
食って寝て食って寝て、で良いなら
ここってほんと、引きこもりには天国じゃん。
あっ、ダメだーーー、ゲーム機がない!
あ、でも、ネットなら通販可能じゃん。
てか、ここの住人、収入どうしてんの?
「ん? 皆、仕事を持ってるよ。
相続者は別だけど、一応ここには家賃っちゅうもんがあるんだよ。
私は今回の守護者だから休暇を取ってるけど、本来は掃除担当なんだ。」
ローズがドアにもたれかかって答えた。
ほほお、じゃ、あなたが休んでいるから
この館はこんなに汚いんですねー?
と、茶化したら、ローズは怒り出した。
「掃除人は私だけじゃないよ!
だけど、そこらのガラクタはしょうがないんだよ。
何百年にも渡って、人が出入りする度に物が増えてさ。
特別な指示もないから、皆、放っているのさ。」
じゃあ、ここの主は家賃収入でやっていってるんだ?
でも管理は行き届いてないよね。
・・・・・・管理?
アッシュはうつむいたまま、目だけを動かした。
あった、カメラ。
廊下にはあるけど、部屋には?
「すいませんー、ローズさん、部屋を覗いて良いですかー?」
「ん? ああ、構わないよ、入りな。」
ローズの部屋は、キレイに片付いていた。
窓にはレースの白いカーテン、テーブルの上には毛糸のカゴ
ソファーは、赤いギンガムチェックのカバーが掛けられ
クッションは色違いの黄色いチェックである。
メ・・・メルヘン!!!
この鎌ババアなら、頭蓋骨にロウソクを立てても不思議じゃないのに!
と、心の底から驚愕しているアッシュの横で
「どうだい、可愛い部屋だろ?」
と、鎌ババアが大威張りで鼻を鳴らした。
「はいー、すごいキレイですねえー。」
と、棒読みで答えつつ、天井の四隅を見るがカメラはない。
「か・・・ローズさん、廊下に監視カメラがありますよねー?
部屋にはないんですかー?」
「あんた、今 “か” って言ったろ?」
「ほんと、すいませんー、もう言いませんー。 ほんと失礼しましたー。」
上体を90度に下げるアッシュに、ローズは困惑した。
「まあ、良いけど、カメラが何だって?
そんなの個人の部屋にあるわけないじゃないか。」
「じゃ、廊下のは監視用ですよねー? 誰が見ているんですかー?」
「さあ、聞いた事ないねえ。」
「じゃ、もうひとつー、兄はどのぐらいの期間、ここにいましたかー?」
「えーと、数ヶ月・・・? 半年はいなかったねえ。」
「その前の人はー?」
「担当外だったから、覚えてないねえ。」
話が進まない、と感じたアッシュは腹をくくった。
「てゆーか、直に訊きますけどー、私の立場って期限はあるんですかー?」
「さあ? わかんないねえ。」
「たとえばですよー、私がここで部屋と食堂の往復で
一生を過ごす事は可能ですかー?」
「ああーーー、なるほど、質問の意味がわかったよ。
だけど、そういう例はないからねえ。
ここに来るヤツは目的を持って来てるんだよ。
だから今までにそんな事をしたヤツは聞いた事がない。
大抵が、数週間単位でカタが付いてるんじゃないかねえ。
グレーの時に、“長すぎる” と感じたからね。
でも、あんたをタダで養うほど、主は甘くないと思うよ。」
「その目的とは、ここの相続ですよねー?
それは、ここの管理権を貰うって事ですよねー?」
「さあ、そうなるんかねえ?」
ああ・・・さっぱりわからない。
アッシュはこめかみに人差し指を当ててうなった。
とりあえず、半年ぐらいはいられるんだ。
多分やる気を見せないとダメっぽいけど。
でも何か引っ掛かってる、何か見逃している、それが何かがわからない。
ドアの前でうなるアッシュの横で、ローズは困っていた。
自分の役目はアッシュを助ける事だが
アッシュの質問が、自分が役立つ範ちゅうじゃないのだ。
何を知りたいのかすら、伝わってこない。
「ねえ、食堂に行かないかい? あたしゃ昼飯がまだなんだよ。」
ああ、飯ね、と思いつつ、不機嫌そうについて来るアッシュ。
この兄妹はほんとやりにくいね、ローズは疲れ果てていた。
「ここのこれが美味いんだよ。」
カウンターでチキンサンドを勧めるローズに、アッシュは言い捨てた。
「私、鶏肉嫌いなんですー。 前世が鳥だったのかもー。」
「・・・?・・・」
混乱するローズの顔を、気の毒そうにチラ見するウェイトレス。
「あ、そう、そうかい。 だったら他のを食べな。
チキン以外も美味いよ。」
「チキンー?」
「うん、チキンカツ。」
「あっっっ!!!!!!」
その場にいた、ひとり残らずがビクッとした。
そう! これだったんだよ、引っ掛かってたのは!!!
周囲の動揺など目に入らず、ガッツポーズをするアッシュ。
ウェイトレスが視線でローズに 「何?」 と訊き
ローズは肩をすくめて首を横に振ったその時、アッシュが叫んだ。
「ローズさん、チキンサンドお持ち帰りして、部屋で食べましょうー!
あ、私コーヒーと卵サンドでいきますー。」
問答無用でローズの部屋に取って返したアッシュは
テーブルにトレイを置くなり、まくしたてた。
「一番の疑問はこれだったんですー!」
アッシュはローズのトレイのチキンサンドを指差した。
「そう! あの歯医者さえビビって行かないチキンな兄が
何故このようなデスゲームに参加したのか、って疑問ですー!」
やれやれ、実の兄を言いたい放題だね、ローズは気が抜ける思いだった。
「このゲームには、どんなメリットがあるんですかー?」
「ゲームじゃないんだけど・・・、ここの相続だろ?」
「本当にそれだけなんですかー?」
「あたしはそれしか知らない。」
「そう・・・ですかー・・・。
じゃあ、兄はここでどんな事をしてたんですかー?」
この質問で、ローズのどっかのスイッチが入った。
「グレーは、あんたの兄ちゃんはそりゃもう人使いが荒くてね。
しかも自分じゃ何もしないんだ。
あたしの役目がそれだから、まあしょうがないけど
あれしろこれしろうるさくて、自分じゃ一度も戦った事すらない。
あげくが、『自分が動くのはバカげている
人に指図して動かすのが一番だ』 などと、のうのうと言って
ほんと仕えている人間にとってはイヤなヤツだったよ!
それに一日の感覚がおかしいんだよ。
明け方まで酒を飲んで、朝方から寝て夕方起きてきて
チョロチョロしたかと思えば、また酒を飲み始める。」
ああーーー、そういうヤツでしたー。
アッシュは何度も何度も深く頷きながら聞いていた。
「で、兄はどうなったんですかー? 殺されたんですかー?」
「あたしが付いてて、そんな事させるもんか!
グレーはね、深酒しすぎて、起きた時に酔いが醒めてなくて
そこの階段から転げ落ちて、頭を打って死んだんだよ!」
ああ・・・何て悲しい最後だったの、お兄ちゃん・・・
アッシュは思わず、両手で顔を覆った。
「それで・・・兄の遺体はどこに・・・?」
「この館の敷地内の墓地に眠っているよ。」
「あ・・・、一応埋葬はされたんですか・・・?」
「当たり前だよ! 死人は皆墓地に葬るもんだよ。」
「・・・まあ・・・、それは何より・・・。」
そう応えはしたが、兄のあまりの死に様に
やはりかなりのショックを受けているようだ。
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