カテゴリー: やかたシリーズ

  • ジャンル・やかた 34

    「こりゃ、起きるんじゃ!」
    「んー、長考終わりですかー?」
    「うむ。」

    アッシュがアクビをしながら起き上がると、ジジイが早速話し始めた。
    「予定外じゃったが、あんたにだけは本当の事を話そう。
     ここでの話は、お互いに他言無用なのはわかっとるな?」
    秘密の多いジジイだな、と思いつつアッシュがうなずく。

    「グレーは本当に偶然にここに来たんじゃ。
     そして早々とわしが主だと気付き、部屋の場所も言い当てた。
     グレーとは、一緒に飲むうちに気が合ってな。
     わしはグレーに相続させるつもりじゃった。
     グレーとわしの、この館のシステムを変えたい想いが
     同じじゃったからじゃ。
     じゃが何度話し合っても、相続後の良いやり方が思いつかなかった。
     改革方法が定まらん内に相続しても、危険なだけじゃからな。
     だからグレーはあんだけ時間が掛かったんじゃ。」

    「それはリリーさんやローズさんも知ってたんですか-?」
    「いや、グレーとわし、ふたりだけの秘密じゃった。
     ・・・と、わしは思っておった。
     グレーとリリーが仲良くなってたのは知ってたが
     まさか付き合ってるとまでは思わなんじゃ。」
    ジジイは、ちょっと怒ったような顔になった。

    「わしがふたりの関係を知ったのは、グレーがあんな事故で死んだ後じゃ。
     その時に、遺言書の存在をリリーから知らされた。」
    心情を悟られたくないのか、両手で顔を覆って溜め息をついた。

    「『私とグレーは愛し合っていました。
     グレーは万が一の時のために遺言状を作っていました。
     作成したのは私です。 グレーの願いを叶えたいんです。
     私はこれを長老会でお願いしようと思うんです。』 とな。
     んで、近年の応募者が少ないもんで、通ってしもうた。」

    あらら、ジジイ、肝心なとこで仲間外れかい、とアッシュは同情した。
    「正直に言うが、わしは怒っとったよ。
     グレーにもリリーにも。 そしてあんたにもな。」
    「ええーーーっ、私、あおりをくらってるんですかー?」
    「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ってもんじゃ。」

    「ズバリ聞きますけど、私をマジで殺そうと思ってましたよねー?」
    「うむ!」
    「『うむ!』 じゃねえーーーーーーーーっ!」
    アッシュはいきなり立ち上がって、ジジイの頭をパコーンとはたいた。

    「あああああんたっ! 目上の人に対して何ちゅう・・・」
    頭を抑えて目をパチクリさせるジジイを、アッシュが一喝した。
    「命を狙うヤツは目上じゃありませんーっ!」

    「・・・すまんじゃったのお・・・。
     実はあんたが部屋を見つけても、絶対に殺すつもりじゃったんじゃ。
     じゃがあんたの入り方が、あまりにも意外すぎたし
     あの裂け目から出た鬼のような形相に、心底恐怖を感じてのお
     つい思わず花火ボタンを押しちゃって、相続達成、じゃったんじゃよ。」

    「じゃあ、今も殺すモード全開ですかあー?」
    「あんたとグレーは実の兄妹なんじゃよな?」
    「はい、これ以上にないぐらい兄妹ですー。」
    「しかし、あんたはグレーと全然違うな?」

    アッシュはその言葉に軽く目まいがした。
    「・・・ジジイーーー・・・、勘弁してくださいよおー。
     怒りに目がくらんで、ミソもクソも同じ見えるかも知れんけど
     その歳でそんな中学生みたいな事を言っててどうすんですかー。
     脳みそが1個ありゃ個人なんですよー。
     脳みそ2個だと、それはもう別人ですよー。」

    ジジイが深くうなずいて、つぶやいた。
    「あんたのその明快さが、わしの閉ざされた心を開いたんじゃ。」
    その言葉に、アッシュが爆発した。

    「いかにも良い事を言ってるつもりでしょうけど、とんだ花畑脳ですよー?
     何のフラワーガーデンフェスティバル開催中ですかー?
     はっきり指摘しちゃりますよー。
     あんた、親友と側近にハブられて、スネて
     関係ない私にまで害を及ぼそうとしただけなんですよー?
     ハナから私も同類だと決め付けてねー。
     あんたも、いたらん人間関係で悲劇でしょうけど
     私もチャンガラな身内を持って、ほんとマジもんの惨劇ですよー。
     これってお互い、同じような境遇なんじゃないですかー?」

    アッシュの怒りにおされつつ、固まっていたジジイだったが
    希望に燃えた瞳を熱く輝かせて、叫んだ。
    「よし、わかった! あんたを信じて賭けるとしよう!」
    「信じんで良しー!」
    「えええー? 今更拒否るんかい!」

    「人をパッカンパッカン殺しといて、何が信じる信じられるですかいー!
     いい加減、そういうフツーの人間っぽいフリはやめましょうやー。
     私たちは罪人なんですよー?
     私はこれからその贖罪で、この館のために手を汚しますー。
     あんたの償いは、私を助ける事ですー。
     自分の正義や感情を大事にしてる場合じゃないんですよー。」

    「わしたちは罪人か・・・。」
    ジジイはアッシュの目を見据えた。
    「それが現実なんですー。
     いい加減、目を覚ませ、ジジイー。」
    アッシュはジジイの目を見返して、言い捨てた。

    ジジイは、一番言われたくない言葉を聞いた気がした。
    あまりにも長い間、ここに居すぎたせいか
    そんな事を考えた事もなかったのだ。

    わしも潮時というやつなのか・・・。
    “跡を継ぐ” その意味をわかってて、この嬢ちゃんは言っている。
    グレーがこの妹を寄越してくれた事は
    結局はわしの救いにもなるんかも知れんな。

    嬢ちゃん、頼むな。
    ジジイは心の中でそうつぶやくと、再びアッシュの顔を見て
    ゆっくりと深くうなずき合おう・・・としたが
    アッシュはハムサンドのハムを、必死に抜き出してる最中だった。

    「・・・あんたと親交を深めるのは、中々難しそうじゃな・・・。」
    ジジイが嘆くと、具なしサンドをくわえたアッシュが
    またバーサク状態になった。

    「そのペースの遅さには、こっちが文句を言いたいですよー。
     まったく年寄りってやつは、いちいち感慨にふけらにゃ気が済まんし
     すぐ電池切れを起こすし、ほんとイライラさせられますよー。
     全力疾走し続けるか死ぬか、どっちかにしてくださいよー。
     あっ、この食い残しのハンバーガー、食べといてくださいねー。
     このピクルスとハムもー。
     次の主が行儀が悪いなんて、示しがつかないですからねー。
     協力、よろー。」

    ダメ出しにつぐダメ出しの上に、残飯処理係任命で
    ジジイの心は張り裂けそうだった。

    年寄りには刺激の強すぎる急展開の連続である、

    続く。

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  • ジャンル・やかた 33

    「で、リリーさんと付き合うと、何で遺言できるんですかー?」
    「それはな、リリーが弁護士だからじゃ。」
    「え? 秘書じゃないんですかー?
     てゆーか、元犯罪者なのに弁護士になれるんですかー?」

    「秘書みたいなもんじゃが、正式には弁護士なんじゃ。
     元犯罪者でも弁護士資格は取れるが、リリーは犯罪者ではない。
     ・・・ここには何人か、長老会から派遣されて来ている者がいるんじゃ。」
    ジジイは、アッシュに顔を近づけて声をひそめた。

    「ああー、そうですよねー。
     元犯罪者の集団と、関係ない一攫千金狙いのよそ者だけに
     街のおおごとな恥部を任せられませんもんねー。」
    「・・・あんた、言いにくい事をサラリと言いよるな・・・。」
    「だってどう表現しようと、汚物はしょせん汚物でしょー。
     キレイ事でまとめるには、ここは黒すぎますよー。」

    無表情で答えるアッシュに、ジジイがうなだれる。
    「そうなんじゃよ・・・。
     ここは色々とありすぎた・・・。」

    「んで、遺言書の話の続きはー?」
    「あんた、わしの苦悩を無視かい?」
    「あ、それについては、後でじっくり責めてあげますからー。」
    「え? わし、まだイジメられるの?」

    その言葉にアッシュは、獲物発見! と言わんばかりに
    目をイキイキと輝かせた。
    「ほおー、まだ被害者ヅラできる立場だと思っているようですねー。
     これは念入りに責め上げてさしあげないといけないようですねえー。」

    泣きそうになっているジジイに、アッシュはまくしたてた。
    「で、兄はリリーさんに協力してもらって、遺言書を作ったんですねー?
     それ、違反行為になりませんかー?
     しかも街からの監視者のリリーさんが、そんな事に協力しますかねー?
     その話、何かおかしくないですかー?」

    「・・・・・・・・・」

    ジジイは、黙り込んでしまった。
    アッシュは、そんなジジイの様子を気にするともなく紅茶を飲み
    皿から取ったハンバーガーを開き
    ピクルスをつまみ出してペッと皿に投げ捨ててから、かじりついた。

    「ピクルス、嫌いかね?」
    「自分が不味いと感じるものは嫌いですねー。」
    「明快じゃな。」
    ジジイは再び無言になった。

    どれだけの時間が経っただろう。
    ジジイがようやく意を決したように、アッシュの方を向いたら
    アッシュは椅子の背もたれにもたれかかって、大口を開けて寝ていた。
    しかも、よだれまで垂らしている。

    ジジイの堪忍袋の緒がブチッと切れた。
    「こらっ! 起きんかい!
     何じゃ、そのだらけた態度は!
     今わしがどんだけ悩んでいたと思ってるんじゃ!」

    アッシュがムニャムニャと寝呆けながら言う。
    「えー・・・、寝せてくださいよー。
     私には、もう二度と安らかに眠れる日は来ないかも知れないのにー。」

    アッシュが何気なく発したその言葉が、ジジイに突き刺さった。
    「・・・あんた、バカなのか利口なのか、どっちなんじゃね?」

    「もちろん、どっからどう見てもバカなのには異存はないでしょうけど
     実は超ド級クラスの大バカだった! という救えんオチでしょうよー。
     特に私がこれからしようとしている事を考えるとー。」
    ヘラヘラ笑うアッシュに、ジジイが険しい表情で問う。
    「一体、何をしようと思っとるんじゃ?」

    「んーとですねー。」
    アッシュが説明するのを、ジッと聞いていたジジイだったが
    話が終わると、再び頭を抱えてしまった。

    アッシュはそれを見て、ヤレヤレと
    今度は椅子を3つ並べて、その上に横になってグウグウ寝始めた。
    ジジイは立ち上がり、窓際に立って空を仰いだ。

    この館の運命の歯車が、突然回り始めた気がするのお・・・。

    続く。

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  • ジャンル・やかた 32

    「そんで、募集の話じゃが」
    ジジイが続ける。

    「昨今は活字離れで、新聞も読まれなくなったんじゃろうなあ。
     年に一度の募集で誰も来ない事もある。
     来るヤツもかなり減ったんじゃよ。
     しょうがないんで、数人募集にきた時など
     面接での合格者を複数出して、順番待ちをさせる事もある。
     そんな人手不足の時に来たのが、あんたの兄ちゃんじゃ。」
    「偶然、なんですかー?」
    「偶然じゃろうなあ。」

    何て疫病神な兄なんだ、と、アッシュがガックリと肩を落とす。
    「で、異国に妹がいるのはわかったんじゃが
     グレーは長く放浪してたんで、身寄りがないも同然、となってな。
     なんせ、その時は他に誰も来てなかったんでな。」
    斜め下から睨み上げるアッシュに、ジジイが慌てて首を振る。
    「わしが決めたんじゃないぞ、長老会じゃぞ。」

    「いやの、わしもそろそろ隠居したくなっちゃってのお。
     グレーには期待してたんじゃよ。
     風変わりだけど頭は切れるし、わしゃ飲み友達だったんじゃよ。」
    「兄は何か有益な情報を握ってたんですかねー?」
    「・・・多分、わしが主だというのは薄々気付いてたはずじゃ。」
    「これ、何のヒントですかねー?」
    アッシュは写真を腹から出した。

    「あんた、それ今どっから出した?
     うっ・・・、ホカホカしとるのお・・・。」
    「いいからー! 裏には漢字で “歴史と伝統” と書いてありますー。」
    「これ、どこで入手したんじゃ?」
    「あんたらが見落としてたとこからですー。
     もう、そういう事はいいからー!
     これどういう意味だと思いますかー?」

    「うーん・・・、ここらへんの城主は自室は2階にあったもんなんじゃ。
     現代は最上階とかに住みたがるらしいが
     城を持っている者は、いくら増築をしても伝統を守って
     いるべき場所にいる、とでも言いたかったんかのお?
     ま、わしは途中で最上階に移ったけど、結局は1階に戻ったんで
     当たってると言えば当たってるんかいのお?
     グレーはわしの移動記録など知らんはずじゃしの。」
    「旧館を調べろ、って事を伝えたかったんですかねえー?」
    「・・・さあな。 あの男も、わけわからんとこがあったからのお。」

    まったく、今になっても意図が判明しないなど
    どんだけわかりにくいヒントだよ?
    兄、ちょっとバカじゃねえ?

    この写真がなければ、エレベーターに気付いた時に上階に行ってただろうから
    攻略できたのは、この写真のお陰といえばそうかも知れないけど
    それにしても、運が良かった、以外の言葉が思いつかない。

    「そんで、どういう経緯で私に相続話がー?」
    「・・・うん・・・、それは驚きじゃったよ。」
    ジジイは、しばらく遠くを見つめた。

    「おーい、お迎えがきましたかー?」
    「ちょっと回想してただけじゃ!」
    「あー、ビックリしたー。
     年寄りなんだから、突然黙り込んだり動かなくなったりしたら
     間違われて埋葬されかねませんよー、気をつけてくださいねー。」
    「あんたは・・・・・。」
    「日本は何と火葬なんですよー。
     こっちは気が付いたら地中だった、だけど
     日本じゃ気が付いたらあたりが火の海だった、ですからねー。
     まあ、どっちもヤですけどねー。」

    ジジイは怒りを抑えつつ、話を戻した。
    「グレーは遺言書を作っておったんじゃ。
     それも法にのっとった正式なものをな。
     どういうつもりで、あんたに相続させたかったんかはわからんが。」
    「この館の中でそういう事が出来るんですかー?」
    「普通は出来ん。
     じゃが、グレーはリリーと付き合っておったんじゃ。」

    「ええええええええええええええーーー?」
    リリー? あの香水女?

    「そ、それは、ここに来てからですかー?」
    「うむ。」
    「以前からの知り合いとかじゃなくてー?」
    「うむ。」
    「ここにいる数ヶ月の間でー?」
    「うむ。」

    兄ちゃん、何て手の早い・・・。
    呆然とするアッシュに、ジジイが同情の眼差しを向けた。

    続く。

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  • ジャンル・やかた 31

    広くキレイな会議室の大テーブルの上には
    アフタヌーンティーセットが置かれていた。

    「で、この広いテーブルのこの隅っこで
     ふたり隣同士でせせこましく座るわけですかー?」
    「ふたりで話すのに、何で5mも離れて座らにゃならんのじゃ。
     すまんが、近くで話をさせてくれんかのお?」
    「セクハラしたら、はちくり回しますからねー?」
    「ふぉっふぉっふぉ、わしもまだまだ長生きしたいんで
     そんなメデューサに言い寄るようなマネはせんわい。」
    「・・・ついに化け物扱いですかいー・・・。」

    「さて、この館の種明かしをするとするか。」
    「私、返事しないけど聞いてますから、ひとりで喋ってくださいねー。」
    アッシュがクッキーをボリボリ食い散らかす。
    「わしゃ、いつ食えるんかのお?」
    「あんたの話の長さ次第でしょうがー!
     いらん個人の感想は省いて、箇条書きで話せばよろしいー!」

    ふうー・・・、わし、虐待されとるのお、と溜め息をついて
    ジジイの独演会が始まった。

    「ここには鉱山があるんじゃ。 質の良い鉱石が取れての。
     それでここら一帯は潤って、クリスタルシティができたんじゃ。
     あの街が、ここの母体じゃよ。」
    「えっ? この先の村じゃなくて、あのおっきな街ー?」
    「そうなんじゃ。
     この先の村は、クリスタルシティとここを繋ぐ拠点なんじゃ。」
    「へえー、裕福なんだー。」
    「そう。 その裕福さで、クリスタルシティは国の干渉を跳ね返し
     この館と村を隠し持つだけの権力を持っとるわけじゃ。
     名もなきあの村とこの館は、地図にも載っとらん。」

    「この館は、元は孤児院だったんじゃ。
     鉱山の事故で親を亡くした子供たちのな。
     じゃが、技術の発達で事故も減って
     孤児が減る代わりに、身寄りのない者が住むようになってな。
     この国は、 特にこの地方は鉱山の利権争いもあって内戦も多かったし
     元々気性が荒い者が多い土地柄もあったんかのお。
     そんな中でも、戦争が終わっても社会に馴染めないヤツがいて
     犯罪を起こしたり、孤独死したり、まあ悲惨な人生を送るんじゃ。
     子供から年寄りまで、そんな経歴のヤツがここに来るんじゃよ。
     犯罪歴があって、身寄りのないヤツばかりじゃ。」

    「えっ、でも、ローズさんとバイオラさんは姉妹ですよねー?」
    「ああ、あの子らは親がいなくて、幼い頃から姉妹で
     盗みや引ったくりを繰り返して、ふたりでここに来たんじゃよ。
     ローズはまだ4~5歳じゃなかったかな。」
    「はあ・・・、そうだったんですかー。」
    「たまには、そういう子らもいるんじゃが
     ここは身寄りがないのが原則だから
     結婚したり、子供が出来たりしたら、出て行かねばならん。
     ここの事は一生秘密にせねばならんで
     それを破った者は暗殺される、という条件付きじゃがな。
     この守秘義務を守れる自信がない、とか
     一般社会で生きて行く勇気がない者は、一生をここで過ごすんじゃ。
     年老いて動けなくなった者や病気の者は、村の施設に移るがの。」

    「思ってたより、重い背景なんですねー。」
    「じゃないと、殺人ゲームなどせんじゃろ。」
    ふぉっふぉっふぉ、とジジイが笑い、アッシュが引きつる。

    「相続者はな、年に一度新聞紙面で募集を掛けるんじゃよ。
     『主 求む』 この一文のみでな。
     新聞がない時代は、張り紙をしたらしい。
     これに興味を持って、問い合わせてきた者の身辺を調査する。
     相続者の条件は、クルスタルシティ管轄外の出身者で
     一応、主候補じゃから、普通の家庭に育ち犯罪歴がない、は当然で
     そして一番重要なのが、身寄りがない事。
     最後に面接をして、選ばれた者が挑戦しに来る、ってわけじゃ。
     ここまでは全部、クリスタルシティの長老会がする。」

    「ちょっとおー、うちの兄、身寄りがなかったですかあー?」
    「その話は後でするから、ちょっと待っとれ。」

    ジジイは紅茶をひと口飲んだ。
    「むっ、濃いのお。 こりゃいかん! いかんぞ!」
    アッシュがお湯をドバッと継ぎ足す。
    ジジイ、無言の圧力に屈して、話を再開する。

    「・・・クリスタルシティ長老会の最初の頃の思惑はの
     街に犯罪歴のある身寄りのない者を野放しにしておきたくはない
     だが、そんなヤツらが館で大人しくしておくはずもない
     そこで “相続” と称して、このゲームじゃよ。
     言わば娯楽の一環なんじゃ。」

    「つまり “生け贄” だから、相続者はよそ者を選ぶんですねー?」
    「そうだったのかも知れんなあ。
     じゃが、わしはそうはならなかった。
     来る者来る者をバッサバッサと・・・」
    「誇張した武勇伝は後で聞きますからー!」

    「う・・・む、えーと、何じゃったかな、とにかくな
     すべてをもみ消してもらう代わりに、口を閉じていなければならない。
     この館に関わってきた者は、すべてこの掟に縛られる。
     大昔からこうやってきたから、今更修正も出来んのじゃ。
     重ねた罪が膨大に膨れ上がってしもうとるからな。
     ここは、豊かなクリスタル地方の暗部なんじゃよ。」

    「そのうち “事故” で、村ごと消されるんじゃないっすかー?」
    「あんた、恐ろしい事をサラッと言うんじゃな・・・。
     じゃが、それをやっても無理じゃろう。
     ここを出て、子孫を作った者も多くいる。
     長老会にもそういう出がいて、ここを守っとるんじゃよ。
     わしも主を引退したら、長老会に入るんじゃ。
     3年主を務めて生きて交代出来たら、引退後に恩給が出る。
     15年務めたら、長老会に入る資格が貰えるんじゃ。
     わしゃ、余生はクリスタルシティで権力ライフじゃよ。」

    「なるほど、それが主の特典なんですねー?」
    「そうじゃ。
     昔は交代にも一騎打ちが必要じゃったが
     わしの前の代が、長老会を説得しての。
     それでこんな、かくれんぼみたいなルールになったんじゃ。」

    「あれ? かくれんぼだったら、見つかっても死に掛けないんじゃー?」
    「アホウ! 見つかって、はい終わり、なわけないじゃろ!
     扉を開けたら、刃物が飛び出るぐらいの仕掛けはするわい。
     それで負傷したヤツが、事もあろうに逆上してな
     あやうく殺されかけたが、わしの剛力で返り討ちにしてやったわい。」
    ジジイが大威張りしているとこに、アッシュがおそるおそる訊ねる。

    「下の部屋、どこが本来の入り口だったんですかあー・・・?」
    「あそこは管理人室側のドアから入るんじゃ。
     わし以外の掌紋のヤツが入ると、矢が6本飛んでくる予定じゃったが
     あんた、壁を壊して入って来たからのお。
     まあ、その運の良さも主になるには必要、という事なんかのお。」

    高笑いするジジイの横で、アッシュは青ざめていた。
    そしてこの時ほど、自分の粗暴さに感謝した事はなかった。

    あああ、あそこが主の部屋の入り口と推理する知能がなくて良かったーーー
    そんで、行儀良くドアから入る礼儀を持ってなくて
    ほんとーーーーーーーーーに良かったあああああああああああああああ!

    続く。

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  • ジャンル・やかた 30

    玄関ホールに出たアッシュを、館の住人たちが出迎えた。
    ご苦労さん、の声はあったが、みんな動揺しているようで
    控えめにザワついている。

    「交代は初めてのヤツが多いからのお。」
    ジジイが全体を見回して、その不安と期待を読み取る。
    そして後ろを振り向き、名残惜しそうにつぶやいた。
    「ここともお別れじゃな・・・。」

    アッシュがつられて見ると、ガラス戸の上にパネルが貼ってあり
    『管理人室』 と書かれている。
    それに気付いた途端、ヘナヘナと両手両膝を床に付いた。

    このジジイは、堂々と “管理者” を名乗っていたのだ!
    『ああ、何だ、管理のじいさんだよ。』
    さっきのローズの言葉も脳内で再生されて、追い討ちを掛けた。

    「ふぉっふぉっふぉ、皆気付かんもんなんじゃよ。
     盲点じゃろ? 上にいた頃は何度も死に掛けたが
     IT化でここに移ってからは、誰にも見つけられんかったわい。」
    「死に掛けた?」
    「昔は、主を倒したヤツが主になる仕組みだったんじゃ。
     わしも若い頃は豪腕とうたわれた荒くれで・・・・・。」

    ジジイの武勇伝は長くなるのを知っているので
    アッシュは聞く耳すら持たずに、さっさと立ち上がり
    エレベーターへと向かった。

    ローズの姿を探したが、人垣で見つからなかった。
    その時ローズは、人々に囲まれて祝福を受けていたのであった。

    自分だけ乗り込んだら、さっさと閉まるボタンを押すアッシュに
    「ちょ、待たんかい! うおっ!!!」
    と、ジジイがドアにガガッと挟まれながら、もぐりこんでくる。

    「あんた、自分勝手じゃのお。」
    エレベーターの中で、ジジイがアッシュを非難する。
    「おめえほどじゃねえがなー。」
    アッシュは無表情で返した。
    「・・・とうとう “おめえ” 呼ばわりかい・・・。」

    「あああー? 当然じゃねえー?
     何も知らない善良な一般市民を
     了承もなしで命の危険のあるゲームに巻き込んでー。
     私の一生、ムチャクチャじゃねえかよー!」
    怒り大爆発のアッシュに、ジジイがヒインと後ずさりする。

    「でも、でもな、今回は特例っちゅうこって
     あんたが門から入って来なくても、生きて帰そうってなってたんじゃよ。
     だから事前に何も知らせていなかったんじゃ。
     この館の事は、門外不出じゃからの。」
    「門?」
    「うん、そうじゃ。
     あの鍵の掛かった正門、あそこが運命の分かれ道なんじゃ。」

    6Fでエレベーターを降りると、そこは近代的な作りのフロアだった。
    おおっ、とアッシュが感心した声を上げると、ジジイは東の窓に近寄った。
    床から天井まで、すべてガラス窓である。

    「こっからじゃよく見えんが、あの門にはX線装置が仕掛けられていて
     相続者の身体検査をしとるんじゃ。
     じゃが、毎日X線を浴びるとマズいじゃろ?
     だから行き来する者は、横の木戸を使うんじゃよ。」

    アッシュが思い出して叫んだ。
    「あっ!!! それーーー!
     殺し合うっていうのに、何で誰も銃を持っていないのか
     すげえ不思議だったんですよー。
     銃は禁止なんですねー?」

    「そうじゃ。
     相続者はあの門を開けて入って来なければならん。
     その時に銃器類を持っとったら、うちのスワットに射殺。
     横の木戸から入って来ても射殺されるんじゃ。」

    「・・・何? その無差別殺人・・・。」
    「これは普通に相続に参加する時には、ちゃんと説明を受ける事なんじゃよ。
     門から入ってくださいね、銃器類は禁止ですよ、とな。
     それすら守らんヤツは、即時死刑で良かろう?」

    ニタリと微笑むジジイに、アッシュはつぶやいた。
    「あんたもロクな死に方をせんだろうなー・・・。」

    「ところが、あんたは門から入ってきた!」
    ジジイが気にせずに続ける。
    「わしゃそん時に管理人室から見てたんじゃが
     門に錠をガンガン叩きつけるあんたの姿を見て
     怪物が来た! と、ものすごく恐かったよーーー。」

    「じゃ、何ですかー?
     私が渡された鍵を素直に使って門を開けたのが悪いとー?」
    「うん、そうじゃ。
     あんたはあの時、知らずとはいえ、自分で相続の道を選んだんじゃよ。」
    「ああああああああああああああ、誠実な心がアダにーーーーーーっ!」

    木戸の存在に気付かなかったくせに、すべてを自分以外のせいにしたいらしく
    床に倒れて転げ回るアッシュに、ジジイが優しく声を掛ける。
    「まあ、いいじゃないか。
     あんたはこうやって相続を果たしたんじゃし
     グレーも念願が叶って安心して眠れるじゃろうよ。」

    その言葉に、はたと動きを止め、アッシュがつぶやく。
    「私、実は・・・・・
     主の正体は兄だった、という展開かと思ってたんですよー。」

    「だから、あんたの兄ちゃんは死んだと言うとろうに。」
    「うっせー! 人の身内を遠慮なく死んだ死んだ言うなー!
     おめえが死ねーっ!」

    ヒイ~ン、と悲鳴を上げながら、ジジイはドアの方に逃げて行った。

    続く。

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          ジャンル・やかた 31 09.11.30

  • ジャンル・やかた 29

    「だって普通、モニターに囲まれた広い部屋の真ん中で
     クジャクの羽ー?みたいなデカさのオットマンチェアーに座ってて
     グルリと振り向いて、『ようこそ、我が館へ。 ふはははは』 
     とかやる、って思うじゃないですかーーー。」

    「そんな夢を見ていた頃が、わしにも確かにありました・・・。」
    じいさんが遠い目をして語り始めた。

    「最初は普通に増築改装をしていけてたんじゃよ。
     それがここ十数年のIT化の波でな、とても苦しくなってな
     ちょっと改築するより、モニター1個の方が高いんじゃ!
     予算が圧迫されて、わしの居場所もどんどん削られて・・・。」

    「IT化っすかー。
     何か単語が大間違いな気がしますけど
     私もいつも目クソ鼻クソな事を言ってますから、追求しませんよー。
     言おうとしている事は、なんとなくわかりますしねー。
     とにかくそれで、この小汚い四畳半の隅っこで震えてたんですねー。」

    「いや、それは嬢ちゃんが壁を叩き壊すから・・・。
     まさかこんな恐い入って来られ方をするとは思わんじゃったよ・・・。」
    「うっすい壁も、IT化の波のせいですねー?」
    「そうなんじゃ。」

    アッシュはこめかみの血管ビキビキで、ワナワナと震えだした。
    「・・・何か、もんのすごーーーく腹が立ってきたんだけどーーー?
     わけもわからんと、何度も痛い目に遭って、何度も死に掛けて
     あげくが人まで殺してしまって、相続するものの正体が
     不良債権のこのクソ狭いボロ部屋かいーーー!!!!!!!!」

    じいさんが慌てて言い訳をする。
    「い、いや、ちゃんと予算は出るんじゃよ。
     でも時代に合わせようとしたら、どうしても予算オーバーに・・・。」

    「アホか! 予算なんてな、上乗せ申告しておいて
     差額をチマチマ隠し溜めておくものなんだよー! (注: 犯罪です)
     あればあるだけ使うから、いざという時にないんだろうがー。
     やりっ放ししてんじゃねえよー、この無計画ジジイー!」

    「そこまで言わんでも・・・。」
    「この惨状の尻拭いは、次世代の私がせにゃならんのだぞー!
     死ねー! 死んで詫びろー! クソジジイー!」

    「あっ、あんたそんな口を利いて良いと思っとるんかね!
     この館の主は、3年持ったら認められるんじゃが
     わしは30年以上やってきたから、長老中の大長老になってるんじゃぞ!
     言わば、あんたの上司になるんじゃぞ!」

    「それはそれは、とんだご無礼をお詫びいたしますー。
     では、丁重にお願い申し上げますー。
     お早めにお死にになっていただけませんでしょうかー?」
    慇懃無礼にニッコリ微笑んだアッシュだが
    すぐに般若のような表情に戻った。

    「つーか、金の算段もロクに出来んヤツに、上司ヅラなどさせんわー!
     とっとと、ゴー! ツー! ヘル!!!」

    アッシュのとてつもない剣幕に、ジジイはしょぼくれた。
    「くすん・・・、わし、長年頑張ってきたのに・・・。」

    アッシュの右手にあったドアが開いて、若い男性が顔を覗かせた。
    「あの、主様、住人たちが周囲に集まってきていますんで
     お話は会議室でなさった方がよろしいかと思われますが・・・。」

    「おっ、ここに理系男子がいたとわー!!!」
    上半身だけ出していたアッシュが、バキバキと壁を割って
    部屋の中に無理矢理入り込む姿を目の当たりにしたジジイと理系男子は
    果てしなく引き潮に乗った。

    ドアに首を突っ込んで、アッシュは歓喜の雄叫びを上げた。
    「おおおー! 主の部屋の横にモニタールーム、推理大当たりじゃんー!」

    モニタールームは予想通り、広々としていて
    無数のモニターが連なり、それらの前には数人の理系男子が座っていた。
    「ここだけ桃源郷だなあー・・・。」

    モニターと理系男子を、うっとりニタニタしながら眺めるアッシュに
    ジジイがおそるおそる声を掛ける。
    「あの・・・、6階の会議室に行かんかの?」

    ジジイには鬼のような表情になるアッシュ。
    「ああーーーっ? もちろん、茶ぁと軽い食事等ぐらい出ますよねー?」
    「・・・急ぎ用意させるんで・・・。」

    「そんなら、行きましょかー。」
    「うむ・・・。」

    更に壁をドッカンドッカン蹴り割って廊下に出たアッシュの後ろを
    ショボショボとついて行くジジイの心は、傷付き張り裂けそうだった。

    続く。

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          ジャンル・やかた 30 09.11.26

  • ジャンル・やかた 28

    南館の1階の廊下に入っていく。
    「何か、静かですねえー。」
    アッシュがビクつきながら、ローズにコソッと言う。

    こういう空気の時はヤバいんだよね・・・
    ローズもビクついていたが、それを口には出さずにいた。
    アッシュにパニくられるのが一番厄介だからである。

    「なあに、だいじょう」
    「ぶじゃないですーーーーーーーっっっ!」
    アッシュが叫んだ。
    男の影が浮かび、その手には斧が握られている。
    「定番出たーーーーーーーーーーーーーっ! 顔文字略ーーー!」

    男は斧を振り上げ、アッシュへと向かってきた。
    「逃げな!!!」 「うぎゃあああああああああああ」
    ローズとアッシュが同時に叫び、斧が振り下ろされる。

    バキッ

    斧が突き刺さる音がし、アッシュの脳天に衝撃が走った。
    アッシュは進行方向に向き直るヒマもなく、後ずさって
    通路のゴミに足を取られて倒れ、廊下の壁に頭を打ったのである。
    斧はそのすぐ上に突き刺さっていた。

    頭に激痛が走るが、ローズが男と格闘しているので加勢をしようと
    斧を抜こうとしたアッシュは、猛然と斧を左右に動かし始めた。

    斧が抜けた時、野生の勘で何かをひらめいたように
    再びそれを壁に振り下ろした。
    何度も何度も。

    壁の一部に割れ目を入れたら、次は周辺を足で蹴る。
    バキッ メキメキッ ガゴッ ドガッ
    一心不乱に鬼の形相で、それを続けるアッシュに
    取っ組み合いをしていたローズも男も、呆然と見入った。

    体が通るぐらいの裂け目から、アッシュが中を覗くと
    ベッドとクローゼットとサイドテーブルだけの狭い部屋の隅っこで
    じいさんが怯えながら、小さくなっていた。

    中に人がいるとは思わなかったアッシュは、流れで謝った。
    「あっ、すみませんー。」

    じいさんは、おうっ、あわあわ、と我に返ると
    壁にある小さな扉を開け、スイッチを押した。

    ドッパーーーン ポン パンパン

    花火の音に続いてファンファーレが鳴り、機械音声のアナウンスが響いた。
    「ソウゾクタッセイ ソウゾクタッセイ」

    はあ? と、裂け目から上半身を出して目を丸くしているアッシュに
    じいさんが首を振って訴えた。
    「嬢ちゃん、わし、今ものすごく恐かったよ・・・。」
    「え? ああー、リアル・シャイニングでしたもんねー。」

    アッシュは、ホラーネタには素早く反応をするが
    頭の回転はさっぱりだった。
    「で、あんた誰ですかー?」

    「あれ? わかったんじゃなかったんかい!
     じゃあ無効じゃな。」
    さっきの取り消し~ と、館内にじいさんの声がアナウンスされる。

    「ちちちちち違う、じゃなくてー、主の部屋をめっけたのは自覚してますー。
     そういう事じゃなくて、あなたは誰なんですか、って意味ーーー!」
    慌ててアッシュが弁解すると、じいさんは再びマイクを握った。
    「今のは間違い~ やっぱり相続達成じゃった~。」

    「ほれ、わしじゃよ。
     さっきあんた玄関ドアのとこから、わしを睨んどったろう。
     それに食堂で絡まれた事も何度かあるぞ。
     覚えとらんのか?」

    そんな影の薄いジジイの存在など、気にもとめていなかったアッシュは
    はあー・・・、ものすごい疲れたっぽい溜め息をついた。
    実はそこが主の部屋だとは知らずに踏み込んだのだ。

    壊せるみたいだったから、我を忘れて壊しにかかった
    という、ケダモノのような習性を発揮しただけで
    そこがまさかゴール地点だとは、微塵も予想だにしていなかった。

    「何だろうー、この途方もない壮大なガッカリ感はー・・・。」
    「失礼なやっちゃな!」
    じいさんがブリブリと怒った。

    続く。

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          ジャンル・やかた 29 09.11.24

  • ジャンル・やかた 27

    あれ? また何か忘れているような・・・???
    アッシュの忘れている事など、ひとつやふたつじゃない。
    何を忘れているのか忘れるようになると
    人生もそろそろ終了、って事だ。

    「忘れたくても思い出せないんで、忘れられない事ってありますよねー。」
    「えっ? 忘れたくて? 思い出せないで?」
    「気にしないでくださいー。 ほんのたわ言ですからー。」
    「はいはい、じゃ、今日はどこ行く?」

    アッシュがイヤそうな顔をして、紙にアミダくじを書き始めた。
    「ここまでお世話をしてもらって
     『今日は行きません』 じゃ済まないですよねー。
     ほんと、行き詰ってるんですけど
     無謀な探索はムダに危険で、ほんとやりたくないんですけど
     ローズさんの気持ちに応えるには、命を削る以外にないですよねー。
     ♪あっみだっくじ~あっみだっくじ~♪ っと。
     はい、今日は南館の1階ーーー。」

    「・・・いや、無理に行かなくても良いんだよ?」
    「すいませんー、悪ふざけが過ぎましたー。
     真面目に行きますー。
     どうせ八方ふさがりだし、こうしててもしょうがないですし
     とにかく動くのも手ですよねー。」

    では、今日もよろしくお願いします、と
    アッシュはローズに深々と頭を下げた。
    「じゃあ、行こうかね。」
    ふたりは部屋を後にした。

    玄関ホールに着いた時に、アッシュは聞き覚えのある音を耳にした。
    コォォォン
    「あっ、丑の刻参りー。」

    その瞬間、背後でチーンという音が鳴った。
    「ぎょああああああああああああああっっっーーー!」
    飛びついてきたアッシュに、ローズが怒鳴る。
    「何やってんだい!」

    ドアがガーッと開き、中から女性が出てきて
    ローズとアッシュを一瞥して、カツカツと玄関ドアを開けて出て行った。
    きつい香水の残り香が帯になっている。
    「何だ、リリーかい。」
    「え? あれー? ええー?」
    アッシュは、リリーが出てきた方と出て行った方を交互に見る。

    そして上の階を見て、やっと気付いた。
    自分の部屋のバストイレの横の空間は、エレベーターだったのだ。
    「ああーーーーーーーーー、なるほどーーーーーーーー!」
    このエレベーターのドアは、2階 ~ 4階にはない。
    多分1階から5階か6階に直通なのだろう。
    「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってやつかあー。」

    って、ちょお待って!
    「撤退ー! 一時撤退ーーー!」
    アッシュが急に階段を駆け上り始めたので、ローズも慌てて後を追った。

    3階の踊り場まで一気に来て、ゼイゼイ言いながらローズに訊く。
    「今の人、リリーさんって言うんですかー?
     何をしている人なんですかー?」
    「それは・・・」

    「はい、言えないですよねー、あの人、主の秘書でしょー?
     いつもスーツを着て、キレイにメイクして
     どっかに出掛けてますもんねー。
     今、上から出てきましたよねー?
     と言う事は、主の部屋は上にあるんですよねー?
     って、ああっっっーーー???」
    再びアッシュが玄関ホールに駆け下りる。

    ローズが追いついた時には、アッシュは玄関ドアの前に立ち
    ガバッと服をめくった。
    「ちょ、ちょっと、あんた、何を?」
    ウロたえるローズを無視して、写真を取り出して凝視していたアッシュが
    ローズの方をグリンと向いて、興奮して叫んだ。
    「これ、ここですよねー!」

    ええーーー? て事はー、この2階建ての建物がこの館の元の姿で
    ここのこっから先は増築だとしたら
    昔からある部分って、南北の1~2階の途中の広さまでで
    歴史と伝統歴史と伝統歴史と伝統 ああっ、わからん!!!!!

    ゴンゴンと玄関ドアに頭を打ち付けるアッシュを、ローズが心配して止める。
    「おやめ、それ以上バカになったらどうすんだい!」

    アッシュがローズの顔を見上げた時、その向こうに人の顔があった。
    ヒッ と、恐怖におののくアッシュ以上に
    その人の顔は、恐怖に強張っていた。
    その人は、ガラス窓の向こうに座っていた。

    「だ、誰ー?」
    「ん? ・・・ああ、何だ、管理のじいさんだよ。
     館に入ってくる人の受付けさね。」
    「・・・あんたたち、大丈夫かね・・・?」
    ちょっとガラス戸を開けて、おそるおそるじいさんが声を掛ける。

    「この状況下で 『大丈夫』 とは、八つ当たりされたいんですかねー!」
    鬼のような顔で、アッシュが野太い低音を発すると
    じいさんは、ビクッとしてアワアワと戸を閉めた。

    にしても、見えていない事が多すぎる!!!
    アッシュは自分の観察力のなさに腹が立ち
    腕組みをして、じいさんを睨み続ける。

    ただ単にアッシュの視線の先にじいさんがいた、と言うだけなのだが
    じいさんは生きた心地がしなくなり、奥の部屋に避難して行った。

    「こらこら、アッシュ、いい加減にしな。」
    ローズが優しい声でなだめようとする。
    「どうするんだね? 戻るかね?」

    「んーーーーー・・・・・」
    アッシュは考え込んだ。
    どうも主の部屋は最上階のような気がするんだけど
    この写真がどうにも引っ掛かる。

    あえて昔の館の写真を、兄が隠しておいたのには
    絶対に深い理由があるはず。
    ここは、意味がわからなくても
    1階と2階に注目すべきなんじゃないだろうか?

    「いえ、あみだの神様に従って予定通り行きましょうー。」
    アッシュが決断した。

    続く。

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          ジャンル・やかた 28 09.11.19

  • ジャンル・やかた 26

    「また昼まで寝てる!」
    片足を壁に立てかけ、大股開きでヘソを出して寝ているアッシュに
    ローズが仁王立ちで怒鳴りつけた。

    他人の怒号で目覚める朝・・・
    ちょっと幸せを感じるアッシュ。

    蹴り落とされた布団をたたみながら、ブツブツ怒るローズ。
    「あんた一体どういう寝相をしてるんだい。
     そんなこっちゃ、風邪を引くよ。」
    モソモソと起きだすアッシュに、タオルを投げつけ
    「一時間で用意しな! 今日は動くよ!」
    そう行って、ローズは部屋を出て行った。

    ああ・・・、毎朝ローズさんにモーニング説教をしてもらいてえ
    こういう状況でホノボノとするなんて、私も大概、愛に飢えてるんだなあ
    歯を磨きながら他人事のように思う、反省のカケラもないアッシュ。

    「用意できましたー。」
    ローズの部屋をノックすると、大鋏とともにローズが出てきて訊く。
    「さあ、今日はどこへ行くんだい?」
    「えっ、その前にお茶でも入れてくださいよー。」
    「ああー?
     あたしゃあんたを待ってる間に6杯飲んで、もう水腹なんだよ!」

    「えええーーー、私、まだ何も飲み食いしてないんですよー。
     ローズさんのお茶とクッキーが食べたいですー。」
    「まったく、図々しいったらないね、この子は!」
    ブリブリ怒るローズを、アッシュがヘラヘラ笑いながら部屋に押し込む。

    ローズがイラ立って、床をかかとでカツカツ踏みつつ
    鋏をジャキンジャキン鳴らしている前で
    アッシュはスコーンを頬張っている。

    「あのー、落ち着かないんで、やめてもらえませんかねー。」
    アッシュが懇願すると、ローズが鼻息を荒くした。
    「あたしゃ、毎日毎日あんたを待って待って待って
     ほんとイライラしているんだよっ!」

    その言葉を聞いて、アッシュは思わず立ち上がり
    鋏を持つローズの手を両手で握り締めた。
    「ローズさん・・・、嬉しいですー、ありがとうございますー。」

    「なっ何だい、わけのわからない事ばかり言うんじゃないよ!」
    ローズが慌てて、アッシュの手を振り払う。
    「待ってくれるなんて、愛ですよー、ほんと嬉しいですよー。」
    「愛じゃない! 義務なんだよ!!」
    「愛ってそういうもんですよねー。」

    ああもう、こいつはっ!
    益々イラ立つが、その気持ちがわからないでもないのが、また腹立たしい。

    「ん? そういえば、盗聴ゴキブリはどうなった?」
    「ああ、あれ、勘違いですねー。
     よく考えたら、そんな面倒な事をしなくても
     カメラにマイクを付けてれば良いんですよ。
     あれ、本物のゴキブリですよー。」

    「じゃ、あんたは本物のゴキブリを追ってたんだ?」
    うっ・・・と、アッシュがスコーンを喉に詰まらせた。

    そう言われればそうだ、ヒイイイイイイイイイイイイイ
    慌ててアッシュが手を洗いに行くのを横目で見ながら
    バカめ、とローズがせせら笑った。

    洗った手の水をブルブル飛ばすアッシュに
    「あたしの部屋を汚さないでくれ!」
    と、ローズがタオル第二弾を投げつける。

    廊下はあんなに汚いのに・・・と思った瞬間
    「あっっっ!!!」
    「なっ何だい、いきなり!」
    「ローズさん、この館、増築してますよねー?」
    「ああ、そうだね。」

    アッシュは少しちゅうちょした後、上着の下から写真を取り出した。
    「これ、どこにあるかわかります?」

    「・・・あんた、今その写真をどっから出した?」
    「身に付けてるのが一番安全なんですー!」
    「うわ、生温かい・・・」

    ローズが汚物をつまむように、写真を持ち上げた。
    「ん? この写真どこにあった?」
    「兄の置き土産ですー。」
    「へえ、あんだけチェックしてたのに、グレイもやるねえ。」

    「じゃ、この写真は凄いヒントなんですねー?」
    「・・・さあ・・・何のヒントになるんかね、これが。」
    「言えないんですか?」
    「うーん、私には判断が付かないから言わないでおくよ。
     お互いに失格は避けたいだろ。」

    再び腹に入れようとした写真を見て、ローズが止める。
    「ちょっと待った、その裏、何て書いてあるんだい?」
    ローズの目をジーーーッと見て、アッシュがそっけなく答えた。
    「秘密ですー。」
    「何でだい?」
    「私にも意味がわからない言葉なんですよー。
     どうせ大した事じゃないとは思いますけどー。
     というか、知ってて言えないのも辛いでしょうから
     これからはもう、あまり質問はしないようにしますよー。」

    「へえ、ありがたいねえ、思いやってくれるわけだ?」
    ローズの顔が少しほころんだ。
    「ローズさんには、色々と負担を掛けちゃってますしねー。」
    「じゃ、さっさと食べな。」
    「イエッサー!」
    アッシュは座って、再びフォークを手にした。

    続く。

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          ジャンル・やかた 27 09.11.17

  • ジャンル・やかた 25

    コォ・・・ン

    「あれ? 今何かヘンな音が聴こえませんでしたー?」
    「いや? どんな音だい?」
    「遠くでわら人形を打ってるようなー・・・。」
    「わら人形? 何だい、それ?」
    「日本古来より伝統的に行われている、呪いの儀式ですよー。」
    「・・・・・日本って、本当にどういう国なんだい?」
    「神も仏も家電も混在している、何でもアリの国ですよー。」
    「あんたの言ってる事は、どうも信じられないねえ。」
    「兄や私は、典型的な日本人ですよー。」
    「ああ・・・、なるほどね・・・。」

    ローズが入れてくれたお茶を、ひと口すすって続ける。
    「そういや、ここ、幽霊とか出ないんですかー?」
    「幽霊? 聞かないねえ。」
    「あなたは神を信じますかー?」
    「宗教はやってないんでね。
     日本人は何だっけ? ブッディストって言うんかい?」
    「日本には八百万の神様がいて、幽霊もウジャウジャいるんですよー。
     八百万は神道で、幽霊は仏教の分野になるんかなー。」
    「・・・何か色々と大変そうだね・・・。」
    「そうなんですよー。 もうゲシュタルト崩壊ですよー。」
    「何だい? ゲシュタルトって?」
    「そんな難しい事を私に訊かないでくださいよー。」

    ローズは、アッシュとの会話に慣れてきていた。
    「さて、寝ようかね。」
    さっさと流して、腰を上げる。
    「あんた、ちゃんと寝るんだよ。」
    「・・・はい・・・。」
    心細そうに表情を曇らせたアッシュの頭に、ゲンコツを一発入れる。
    「ほら! シャンとしな!」

    アッシュの返事を待たずに、ローズは部屋を出て行った。
    どうせ、また思い出してはメソメソするんだろ、こいつは。

    ローズの読み通り、アッシュは中々眠れずにいた。
    時計を見ると、夜中の1時である。
    また腹が減った。
    考えてみれば、今日は1食しか食っていない。
    こんな時間に食べると、体調が悪くなるのだが
    食わず癖が付くのは、もっとマズい。
    アッシュは食堂へ向かった。

    食堂は無人かと思っていたが、賑わっていた。
    しかも全員、酔っ払いである。
    ああ・・・そうか、そうだよな
    飲酒はどこの世界でも習慣だもんな。

    その、全世界共通の言動の酔っ払いに囲まれて
    アッシュは居心地悪く、飯を食った。
    「嬢ちゃんは、まだ酒を飲めない歳かねー?」
    「はい、未成年なんですー。」

    一体いくつサバを読めば気が済むのか
    シラッと答えるアッシュに、オヤジが叫んだ。
    「俺は10歳から飲んでるぜー、わはははは。」
    「俺なんか産湯がウイスキーだったぜ、ぎゃはははは。」
    「あたしなんか母親がアル中で、腹ん中で既に酒浸りさー。」

    ドワッと笑いの渦が巻き起こる中
    アッシュだけは無表情で、皿を突付いていたが
    いたたまれず席を立ち、そそくさと食堂から退散した。

    「愛想がないのね。」
    え? 私? と振り返ると、女性が立っていた。
    えーと誰だっけ? と、珍しく思わなかったのは
    その強烈な香水の匂いである。
    アッシュが初日に門のとこで会った女性であった。

    「はあ。 酔っ払いに愛想良くしても良い事ないですからー。」
    その答に大笑いするその女性も、かなり酔っている。
    構わず行こうとするアッシュの顔を覗き込む女性。

    ジッと凝視され、目が泳ぐアッシュ。
    「あなた、お兄さんと全然似ていないのね。」
    「はあ、よく言われますが、ほんとにほんとの実の兄妹でー。」
    「でも、目の色は同じね。」
    「すいませんが、日本人は全員この色なんですよー。」
    「髪も一緒ね。」
    「ほんとすいませんけど、日本人、皆こうなんですー。」

    女性はふふっと笑い、フラフラと東の廊下へと歩いて行った。
    明るい茶色の巻き髪のその小柄な女性は
    他の住人たちと一緒にここにいるにしては、異質な雰囲気である。

    あの人は何をしている人なんだろう?
    女性のピンヒールを見て、アッシュは違和感を感じた。

    続く。

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